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高速炉では
冷却材に液体金属ナトリウムを使用しているため、ナトリウム自由液面上部にはアルゴンカバーガスが満たされている。主要な動的機器である
制御棒駆動機構や主ポンプ等は、このカバーガス層を介して設置されているため、冷却材との直接的なバウンダリーを構成していない。また、これらの機器は大気中に設置されている駆動部等を除いてメンテナンスフリーに設計されている。したがって、一般的に高速炉における保守は、定期検査期間を通じて冷却材バウンダリーを開放せずに実施される。その結果、系統のナトリウムを直接的に取り扱うことはなく、保守員の内部被曝の可能性がないため放射線管理が容易である。また、
原子炉運転中でも1次系主ポンプモータ等へのアクセス上の制限がない。
高速実験炉「常陽」の定期検査は次の4 ステップからなる。
・フェーズ1:原子炉停止から主系統のナトリウムドレンまで
・フェーズ2:主系統のナトリウムドレンから充填まで
・フェーズ3:主系統のナトリウム充填から炉起動まで
・フェーズ4:炉起動から定期検査合格まで
高速炉において放射線被曝上問題となる線源は、1次系の機器・配管に付着したマンガン54、コバルト60等の放射性腐食生成物と、使用済燃料の洗浄に伴い洗浄廃液中に移行する放射性腐食生成物である。冷却材ナトリウムの
誘導放射能については、ナトリウム24の場合は
半減期が短く問題とならず、ナトリウム22の場合は機器・配管内のナトリウムを
ドレンすることによりその影響を無視し得る程度に軽減することができる。したがって、定期検査時等における作業員の被曝上問題となる作業は、1次系機器室内の作業と洗浄廃液を処理する
液体廃棄物処理系に係わる作業である。
高速実験炉「常陽」における1次系機器室内の放射線線量率の推移を
図1 に示す。放射線線量率はほぼ原子炉積算出力に比例して増加しており、1次系主配管の平均表面線量率は定格熱出力100MW運転に入ってからは25mR/h/EFPY(Effective Full Power Year:等価定格出力年) の割で上昇している。
線量率に最も寄与が大きいマンガン54、コバルト60のような長半減期の
核種は、原子炉の運転に伴って生成量が増加していくが、次第に発生量と崩壊量がバランスして飽和状態に近づいていく。放射性腐食生成物解析コードによる予測計算によれば、飽和状態での配管表面線量率の値は平均で約100mR/hとなっている。
これまでの「常陽」の定期検査期間中の総被曝線量は、上述した放射性腐食生成物による放射線量率の上昇と必ずしも対応した値となっていない。これは、
図2 に例を示すように定期検査期間中には、プラントの性能を向上させるための改造工事、照射試験の準備、1次冷却系配管・機器表面の放射性腐食生成物測定などが実施されるが、これらの規模が大きい場合や件数が多い場合、総被曝線量は増えるためである。したがって、「常陽」のいわゆる点検に係わる被曝線量を評価するには、定期検査期間中の被曝線量を点検・改造・研究開発に分類してみる必要がある。代表的な定期検査期間における作業別の被曝線量の比較を
図3 に示す。
改造については、工事の量およびその
作業環境の違いから各定期検査ごとに作業被曝のバラツキがあり、格納容器内床下での改造工事が多く実施された第5回定期検査で21.7人レムと最も大きい。研究開発(R&D)についても同様であり、放射性腐食生成物測定の測定点を増やした第5回定期検査ではR&Dに係わる被曝線量が11.0人レムと、これら3回のなかでは最も大きくなっている。一方、点検に係わる総被曝線量はこれら3回を通じて14〜19人レム程度である。点検作業の主なものは、燃料取扱設備・1次主配管支持装置等の点検および試験的に行われた1次主ポンプ分解点検などである。
1次系機器室内での点検による被曝は相対的に大きくはないが、これまでの経験から設計段階での保守性に関する配慮により更に一層低減できると考えられる。その例を挙げると、1次系機器室内における機器の配置、機器や部品へのアクセス手段を確保するためのグレーチングや踏み台等の設置、あるいは電気部材への耐放射線性の優れたものの使用などである。なおこれらは同時に、限られた空間のなかでの保守作業の効率向上にも有効なものである。
高速炉における作業員の放射線被曝がおもに放射性腐食生成物に起因することから、高速実験炉「常陽」においては、被曝低減技術の開発の一環としてアルファベット計画という放射性腐食生成物の発生から除去・処分までを含む広範な研究開発が進められている。これにより、放射性腐食生成物の発生メカニズムや挙動が解明されるとともに1次系機器配管表面線量の精度の良い予測解析が可能となり、それを低減するための材料(コバルトフリー表面硬化材等)やマンガントラップ等の開発が進んでいる。ナトリウム洗浄廃液の処理、
化学除染の方法などの開発も行われている。その成果により、実験炉自体だけでなく原型炉およびそれ以降の高速炉の定期検査時の従業員の放射線被曝の今後の低減が期待されている。
<図/表>
<関連タイトル>
高速実験炉の原子炉運転特性 (03-01-04-01)
大型ナトリウム機器のメンテナンス (03-01-04-03)
高速実験炉「常陽」と運転・保守経験 (03-01-06-02)
<参考文献>
(1) 「高速増殖炉技術の現状と将来の展望」、日本原子力学会、「高速増殖炉工学」研究専門委員会(1987.12)
(2) 「動力炉の実用化をめざして」大洗工学センター20年の研究開発、動力炉・核燃料開発事業団大洗工学センター(1990.3)
(3) 「高速増殖炉研究開発の現状、1988年」動力炉・核燃料開発事業団
(4) 「高速増殖炉研究開発の現状、1989年」動力炉・核燃料開発事業団
(5) 「高速増殖炉研究開発の現状、1990年」動力炉・核燃料開発事業団