<解説記事ダウンロード>PDFダウンロード

<概要>
 国際共同によるCABRI炉内試験プログラム(仏、独、日等の研究機関が参加)では、1970年代から約30年にわたり高速炉の安全性に関わる試験研究を実施してきた。この研究では、仮想的炉心崩壊事故時の挙動解明を始め、将来的な高速炉燃料の設計高度化の基礎となるデータなど、本施設の特長を生かした多くの貴重な知見が得られた。これらの知見により、高速炉安全研究は大きな進展を遂げ、実用化に向けた合理的な安全評価手法整備が進められた。
<更新年月>
2007年10月   

<本文>
1.CABRI試験の概要
 CABRI炉(図1)は南仏プロヴァンス地方のカダラッシュ研究所に設置された試験専用の原子炉である。cabriとは仏語で「子ヤギ」の意味であり、同炉がぴょんぴょん跳ねる子ヤギのようなパルス過出力運転を特長とすることから名付けられた。同炉はスイミングプール型の試験炉であり、炉心中央に流動ナトリウム試験ループ(図2)を有する。1970年代初め、この施設を用いて高速炉の安全研究を行う国際共同プロジェクトCABRI炉内試験が立ち上げられた。このプロジェクトは当初、CEA(仏原子力庁)とGfK(独原子力研究協会、現FZK(カールスルーエ研究所))が主導してスタートしたが、PNC(動燃事業団、現JAEA(原子力機構))は1975年より参加することとなった。
 CABRI炉内試験プロジェクトの当初の主要課題は高速炉の「仮想的炉心崩壊事故(Hypothetical Core Disruptive Accident)」の挙動解明にあった。炉心崩壊事故時の挙動が早くから注目された背景には、高速炉の安全上の特徴がある。高速炉に限らず、原子炉の安全確保は「止める」「冷やす」「閉じ込める」が基本である(参考文献1)。「止める」は異常があったら炉をスクラムすることであり、スクラムの信頼性は極めて高く設計される。「冷やす」はスクラム後も発生し続ける崩壊熱をいかに除去するかであり、軽水炉の炉心損傷事故(シビアアクシデント)研究の主要課題は「止めた後にいかに冷やすか」である。これに対してナトリウム冷却高速炉では炉心物質の配位によって反応度の増加が生じる可能性があるため、発生の可能性は極めて小さいものの、「止まらなかった場合」を敢えて想定し、それでも放射性物質の放散が適切に抑制されることの確認に重点がおかれてきた。
 CABRIプロジェクト立上げの当時は、各国が各々の高速炉開発計画を持ち、前述の炉心崩壊事故時の挙動解明を主体に、実験データに基づく合理的な評価手法の確立に向けて取り組んでいた。
 図3にこれまでの4期にわたるCABRIプログラムの実施時期と参加パートナーを示す。第1期のCABRI−1プログラム(参考文献2)では日本に続き、UKAEA(英原子力公社)およびUSNRC(米原子力規制委員会)も参加し、5か国による国際的な共同プログラムとなった。CABRI−1プログラムでは全32回の過渡試験が実施された。
 第2期のCABRI−2プログラム(参考文献3)では全12回、第3期のCABRI−FAST(参考文献4)では全8回、第4期のCABRI−RAFT(参考文献5)では全11回の過渡試験を実施した。
2.CABRIプログラムのねらいと主要な知見
 これまでの4期30年にわたるCABRIプログラムの狙いは大きく2つの分野に分けられる。一つは「仮想的炉心崩壊事故」に関わる分野であり、先行して実用化されている軽水炉と同等の安全性を確認するという観点から歴史的に重視されてきたものである。もう一つは高速炉燃料の高燃焼度化や高出力化といった設計高度化を支えるためのデータ取得を主目的としたものである。
2.1 「仮想的炉心崩壊事故」に係る主要な知見
 高速炉炉心は通常時の物質配位が反応度を最大にする体系でないことから、炉心崩壊事故を想定すると冷却材沸騰や燃料移動によって反応度の増加が生じ得る。このことから高速炉安全研究においては、その開発初期から炉心崩壊事故時の反応度応答を中心とした事象推移解明に重点がおかれてきた。炉心崩壊事故において想定される冷却材沸騰、被覆管溶融、燃料溶融、燃料移動といった一連の挙動を含む代表的事象としてULOF(Unprotected Loss of Flow)事象が挙げられる。これは1次系の主循環ポンプ(通常2〜4系統)がすべてトリップしたにも関わらず、多重性・多様性を有する信頼性の高い原子炉保護系が作動しないという極めて起こり難い想定であるが、その場合ボイド反応度係数が正となる一般的な高速炉では10〜20秒で冷却材沸騰を生じ、やがて出力は上昇する。このような出力上昇によって炉心に高いエネルギーが蓄積され、原子炉容器などのバウンダリーに機械的影響を及ぼす可能性の評価がCABRI試験研究の第一の重点課題となった。
 図4に炉心崩壊事故時の初期過程における事象推移と炉出力の変化を模式的に示す。冷却材の沸騰によって出力が上昇した状況を模擬した多くのCABRI試験結果からは、燃料条件や過渡条件に依存した燃料破損メカニズムと破損条件が把握された(参考文献6)。また、破損後の燃料移動に関わる精度の高いデータから、破損後の燃料分散は燃料エンタルピー(単位質量あたりの蓄熱量)に支配され、この燃料分散が極めて有効な反応度抑制効果として働くことが単一ピン体系、および3本ピンクラスター体系の試験により確認された(参考文献7)。すなわち、炉心崩壊事故時の初期過程では、炉心におけるエネルギー放出を抑制する固有のメカニズムが存在することを明らかにしたと言える。
 図5はCABRI試験の高精度データ取得を可能にした中性子ホドスコープと呼ばれる燃料移動計測装置の概要を示す。この計測装置では、CABRI炉心中央に設置した燃料ピンにおける核分裂で発生する中性子をコリメーターと呼ばれるスリット越しに多数の中性子検出器(縦51列×横3列の格子状配置)で検出し、過渡中の空間的な燃料分布に関わるリアルタイムのデータを取得した。
 図6にこのような中性子ホドスコープデータによる燃料分散挙動モデルの検証例を示す。試験では過出力中の各時間レンジでの燃料分布を示す信号が得られており、解析コードSAS4Aによる燃料分布の状況と妥当な一致が見られる。このように実機条件に即した実験データによって燃料破損判定および破損後燃料移動に関わる解析モデルを改良・検証することにより、実機評価精度が飛躍的に向上した。この結果、将来的な大型炉についても、ボイド反応度など炉心設計において適切な配慮を行えば、炉心損傷の初期過程では炉容器などバウンダリーの健全性に懸念を及ぼすものではないとの結論が得られた。
2.2 高速炉燃料の設計高度化に向けた安全研究の主要な知見
(1)過出力条件下での燃料ピン破損限界
 第2期のCABRI−2プログラム以降では、将来的な燃料設計の高度化を念頭に、「運転時の異常な過渡変化」あるいは「事故」と呼ばれるカテゴリーに属する過出力条件下での燃料ピン破損限界あるいは破損に対する裕度の解明に重点がおかれた。これらのカテゴリーは安全設計の妥当性を確認するために想定されるものであるが、燃料性能をより高く引き出すためには、このような設計の基準となる事象、すなわち「設計基準事象」における応答特性が重要となる。
 「設計基準事象」としての代表的な過出力条件として「制御棒誤引き抜き事象」が挙げられ、定格出力Poに対して数%Po/秒といった速度で出力が上昇する。このような過出力条件はスローTOP(Transient Overpower)と呼ばれている。なお、実際の原子炉では燃料が溶融する以前にスクラムするように設計されるが、実験では燃料破損を発生させるまで、あるいは施設の能力限界まで出力上昇を継続させる。この分野の先行した研究にはTREAT(参考文献8)やEBR−II試験研究(参考文献9)、があった。CABRI−FASTプログラムでは、従来データが不足しており、かつ将来の燃料設計の観点から重要性の高いピン径8.5mm程度の「太径中空燃料」を中心にスローTOP試験データを得た(参考文献10)。
本項目に関わる具体的な知見については「高速増殖炉の燃料安全性に関する研究」に示す。これらの試験研究を通じて、高速炉燃料は「事故」条件で想定される過出力条件に対して総じて破損限界が高く、適切な設計を行うことによりその健全性裕度は十分に大きなものにできることが示された。
(2)破損燃料の冷却性
 前述のように高速炉MOX燃料の過出力条件下での破損限界は一般に高く、極端な過出力にならない限り被覆管の破損は生じ難い。特に中低スミア密度燃料では極めて高い破損限界が達成可能であり、目標とする高燃焼度領域(15at.%以上;at.%は核分裂した原子数の分裂性物質に対する百分率)での実験的確認は必要であるものの、破損に対して十分に裕度を持たせた設計が可能であるとの見通しが得られている。
 しかしその一方で、炉心燃料全体に対する照射特性の統計的バラツキを考慮し、いくつかの燃料ピンが破損することを想定してその影響を把握しておくことも重要である。そして、燃料溶融を伴わずに破損を生じた場合については短時間のピン間破損伝播などは考え難く、異常拡大防止の観点からは燃料溶融を伴って被覆管が破損した場合の応答に係る試験ニーズが高かった。CABRI−RAFTプログラムでは、このような燃料溶融を伴って被覆管が破損した場合について有効なデータを得ることができた。この試験では、6.4at.%の中空照射済燃料ピンに対してスリット型の人工欠陥を設置し、このスリットを低融点合金により塞いだ特殊燃料を使用した。そして過出力によって燃料溶融を生じさせ、冷却材流量を調整することでスリットを塞いでいる低融点合金を溶融させた。その結果、図7に示すように20%程度の燃料断面溶融割合とスリット部の開口破損を実現したが、溶融燃料の放出や急激なガス放出は見られなかった。すなわち、低スミア密度燃料(注;スミア密度とは被覆管の内側を燃料体が占める面積割合)では、燃料溶融領域の圧力があまり上昇せず、外側の固相燃料部分が溶融燃料の放出に対するバリアーとして有効に作用することが示された。なお、燃料放出が見られない反面、開口部を通じて、異常検出の観点から重要なDN(遅発中性子先行核)の冷却材流中への移行が確認された。
 この結果は、低スミア密度燃料は、破損限界の向上のみならず、仮に破損を想定した場合の異常拡大防止の観点からも有効であることを示した。
3.CABRI試験の意義
 CABRI試験プログラムは当初、仏独のイニシアチブに基づき、先行して類似目的の研究を実施していた米国のTREAT試験プログラムと並行して実施された。しかし、これらの試験から得られた知見は互いに相補的なものであり、両者を総合的に評価することにより、物理メカニズム解明が効果的に実現された。すなわち、7本ピン束条件を中心にして冷却材流路条件の実機模擬性に重点をおいたTREAT試験では、燃料破損や破損後燃料移動の3次元性が観測精度を低下させたのに対して、単一ピン体系で軸方向の配位や移動を単純化したCABRI試験では、その観測精度が大幅に向上し、そこから得られた知見はTREAT試験データのより深い解釈を可能にした。また、CABRI炉においては、TREAT炉では困難な短時間の高い過出力条件での試験が実現され、燃料加熱速度の影響の解明に効果的につながった。
 本CABRI試験研究を通じて、様々な過渡条件下での挙動が解明され、その知見は高速炉の安全性評価手法の整備と設計における安全裕度の確認に役立てられている。
<図/表>
図1 CABRI炉の外観
図1  CABRI炉の外観
図2 CABRI炉の試験用ナトリウムループ
図2  CABRI炉の試験用ナトリウムループ
図3 4期にわたるCABRIプログラムの実施時期と参加パートナー
図3  4期にわたるCABRIプログラムの実施時期と参加パートナー
図4 炉心崩壊事故時の初期過程における事象推移と出力変化
図4  炉心崩壊事故時の初期過程における事象推移と出力変化
図5 リアルタイムの燃料移動計測を可能にする中性子ホドスコープ
図5  リアルタイムの燃料移動計測を可能にする中性子ホドスコープ
図6 CABRI−2 E13試験における燃料分散挙動の中性子ホドスコープデータと解析の比較
図6  CABRI−2 E13試験における燃料分散挙動の中性子ホドスコープデータと解析の比較
図7 CABRI−RAFT RB1試験での過渡後断面金相
図7  CABRI−RAFT RB1試験での過渡後断面金相

<関連タイトル>
ナトリウムの特性 (03-01-02-08)
高速増殖炉の工学的安全防護システム (03-01-03-03)
高速増殖炉の安全対策 (03-01-03-06)
高速増殖炉想定事故の安全評価 (03-01-03-07)
高速増殖炉におけるシビアアクシデントの研究 (06-01-02-08)

<参考文献>
(1)藤家洋一:原子力 −自然に学び、自然を真似る−、ERC出版(2005)
(2)G.Kussmaul,et al.:“The CABRI Project − Overall Status and Achievements”Proc. of Science and Technology of Fast Reactor Safety,Guernsey(1986),Vol.I.,p.103
(3)M.Haessler,et al.:“The CABRI−2 Programme − Overview on Results”Proc. of International Fast Reactor Safety Mtg.,Snowbird(1990),Vol.II.,p.209
(4)佐藤一憲:“CABRI−FAST試験における燃料破損及び溶融燃料移動挙動”、日本原子力学会「1995年春の年会」予稿集、B28(1995.3)
(5)佐藤一憲、深野義隆、小野田雄一:“CABRI−RAFT試験総合評価(1):RAFTプログラムの概要と評価の現状”、日本原子力学会「2002年春の年会」予稿集、J30(2002.3)
(6)I.Sato,F.Lemoine and D.Struwe: ”Transient Fuel Behavior and Failure Condition in the CABRI−2 Experiments,”Nucl. Technology,Vol.145(1),p.115−137(January 2004)
(7)N.Nonaka and I.Sato:“Improvement of Evaluation Method for Initiating−Phase Energetics Based on CABRI−1 In−Pile Experiments,”Nucl. Technology,Vol.98,p.54−69(April 1992)
(8)A.E. WRIGHT,et al.:”Fast Reactor Safety Testing in TREAT in the 1980s,”Proc. Int. Fast Reactor Safety Meeting,Snowbird,Vol.II,p.233(1990)
(9)H.TSAI,et al.: ”Behavior of Mixed−Oxide Fuel Elements During an Overpower transient,”J. Nucl. Mater.,Vol.204,p.217(1993)
(10)J.Charpenel,F.Lemoine,I.Sato,D.Struwe and W.Pfrang:“Fuel Behavior under the Slow Power Ramp Transients in the CABRI−2 Experiments,”Nucl. Technology,Vol.130(3),p.252−271(June 2000)
JAEA JAEAトップページへ ATOMICA ATOMICAトップページへ