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1.マグノックス炉から改良型ガス冷却炉へ
改良型ガス冷却炉(Advanced Gas-cooled Reactor:略称AGR)は、英国(イギリス)が
マグノックスMagnox炉(コールダーホールCalderHall型炉)の後継炉として開発し、発電用原子炉として14基を建設・運転した(
表1 参照)。これらのAGRは現在なお運転中である。結局英国のみでしか用いられず、これ以降の新設計画はない。原型炉ウインズケール炉(Winscale AGR、36MWe、運転期間:1963年2月〜1981年4月)は現在解体中である。 英国は、原子力開発の初期よりガス冷却黒鉛減速炉に着目し、まずマグノックス炉と呼ばれる天然ウランを燃料とする炉型を開発し実用化した。日本に導入した商業用原子力発電の第1号機である日本原子力発電(株)の東海発電所がこの炉型である。1950年代英国にはウラン濃縮プラントも重水濃縮プラントも無かったので、マグノックス炉が選ばれた。マグノックス炉は、マグノックスと呼ばれるマグネシウム合金を燃料被覆材に用いた金属ウランを燃料とすることによって、黒鉛減速材を用いて天然ウランを使用可能にした炉型である。出力密度が高くとれず、出力の割りには原子炉容器が大型になる上、炭酸ガス冷却材の炉出口温度も約390℃にとどまり、熱効率も約30%をあまり超えられなかった。また燃料燃焼度も5,000MWd/t程度までであった。経済性が良いとは云えなかった。
このため、経済性向上を図るため、1963年にウインズケール(現セラフィールド)で営業運転開始した原型炉(Winscale AGR,36MWe)の成功を踏まえて、英国政府は1964年、マグノックス炉の後継炉型として、類似の技術の延長上に立ちつつ、低濃縮ウランを使用し、出力密度と熱効率の向上を図った炉型の開発に移行することとし、改良型ガス冷却炉AGRを選択する決定を行なった。
2.AGRの性能
改良型ガス冷却炉AGRを選択した当時のAGRの性能の傾向を
図1 に示す。熱効率向上の大きな要因は、原子炉容器の寸法の縮小(
図2 参照)、燃料体の変更(クラスタ型化、短縮化、低濃縮二酸化ウラン採用など)ばかりでなく、タービン発電機の復水器容量を大幅に縮小できたからでもある。
燃料棒(燃料ピン)としては、高い融点をもつセラミック燃料(二酸化ウラン・ペレット、融点:約2,800℃)およびステンレス鋼被覆管(融点:約1,400℃)を採用し、燃料形態としては、長さ約1mの黒鉛スリーブ管の中に収納したクラスタ型(燃料棒36本で構成)を
燃料要素として、この燃料要素8体を垂直方向に積み重ねて燃料チャンネルとしている。
この燃料体によって、原子炉冷却材の炭酸ガスは炉出口温度約635℃を達成でき、約42%の熱効率が得られた(最新のAGRトーネスTorness炉で)。燃料の
ウラン濃縮度は約2.6〜3.3%であって、燃料クラスタの内側部分と外側部分とで濃縮度を変えている。これにより取出燃料の平均燃焼度は約24,000MWd/tを達成している。これらの値はいずれもマグノックス炉(熱効率約30%、燃焼度約5,000MWd/t)より格段に向上している。炉心の出力密度が高められた(0.8kW/リットルから2.76kW/リットル)ことと相まって、改良型ガス冷却炉と呼ばれる理由になっている。なお、原子炉運転中において炉の上部より燃料交換ができる。
3.AGR発電所の展開
改良型ガス冷却炉AGRの発電所の建設を、発電所当り2基、1基の電気出力は650MWe、のユニットで行く方針を採用した。最初に建設を始めたのはダンジネス(Dungeness)B発電所(1966年着工)で、次いでヒンクレーポイント(Hinkley Point)B発電所(1967年着工)が続いた。ダンジネスBの建設が先行していたが、工学的な問題が多数出現し安全上の要請から設計変更があったりストライキ等の影響もあって、運転開始は1980年となり、ヒンクレーポイントB-1(運転開始1976年)に遅れをとることとなった。
引続いてヒンクレーポイントB発電所と共通の設計で建設されたハンタストン(Hunterston)B発電所が運転を開始した(1976年)。以後1980年代に入ってから、ハートルプール(Hartlepool)発電所、ヘイシャムA,B(Heysham)発電所と続き、1989年に営業運転を開始したトーネス(Torness)発電所まで続いたが、そこでAGRの建設は終りとなった。これら14基、計9,240MWeのAGR発電所の概略仕様を
表1に示す。これで分る通り、14基は2基ずつ共通設計となっている。最後に建設したトーネス発電所2号炉の主要諸元を
表2 に示す。
英国ではAGRに続く炉型として、ウィンフリスで順調に運転されいた蒸気発生重水炉Winfrith SGHWR(102MWe、原型炉)を採用することが一時決まりかけたが、経済性等の理由から見送られ、議論の末加圧水型炉PWRに決定した。このPWRの1号機は、サイズウエル(Sizewell)B発電所(1,258MWe)として1995年に漸く運転開始となった。その後英国では原子力発電所そのものの新設計画が当面打切られることになり、PWRは1基にとどまっている。上述の9,240MWeのAGRが担う役割りは大きい。その平均設備利用率は、1991年頃迄は十分でなかったが、1993年以降は60%前後を推移している。
4.AGRプラントの構造
AGRの発展上代表的設計の例として、ヒンクレーポイントB発電所の主要諸元を
表3 に、原子炉全体構成を
図3 に、炉心黒鉛の構成を
図4 に、燃料要素の構成を
図5 に、原子炉冷却材の流れを
図6 に示す。
(1)原子炉全体構成
AGRでは、原子炉容器一体化構造という方式をとっている。これは炉心を含む原子炉容器、40気圧以上の炭酸ガスを循環させる8台のガス循環機と配管系統、および8基の蒸気発生器などの一次系を、プレストレストコンクリート原子炉容器(鋼製ライナー付)内に収納する方式である。大口径外部配管がないので、その配管破断を考えなくてよい利点がある。原子炉冷却材の出口温度は634℃(入口温度292℃)、圧力42.4kg/cm2gである。蒸気発生器は蒸発器と過熱器を分離しない貫流式の単純な構造であり、温度498℃、圧力131.7kg/cm2g、流量1,435t/hの過熱蒸気(タービン入口で)が得られる。
AGRはガス冷却のため、液体状および固体状の放射性廃棄物の発生が少ない利点がある。炭酸ガスと黒鉛とが反応して生じる一酸化炭素を酸化させる再結合器を含むガス処理系がある。原子炉冷却材ガスの中にアルゴン41および粒子状の放射性物質を含むものの、それらの量はそう多くはない。
(2)炉心、燃料体
炉心は、黒鉛をブロック状に積み重ねたもので構成され、燃料用の黒鉛ブロックには燃料チャンネルがある。制御棒チャンネルは、炉心の上部より、燃料チャンネルを取囲む黒鉛ブロックのすき間へ挿入されている。燃料チャンネルでは、約1m長の燃料ユニット(燃料要素)が8段積み重ねられている。
燃料要素は、燃料棒(燃料ピン)36本で構成した燃料クラスタが内径約190mmの黒鉛スリーブ管の中に収納した構成となっている(
図5参照)。燃料棒はステンレス鋼の
燃料被覆管の中に外径約14.5mm、内径約5.1mmの中空型の二酸化ウラン・ペレットを挿入した構成である。炉心有効高さは約8.3m、等価直径は約9.3mである。原子炉冷却材ガス(炭酸ガス)の流れは、燃料に沿い上昇流で、黒鉛の冷却のための一部の流れと蒸気発生器内の流れは下向流である(
図6参照)。
5.AGRの安全性
AGRはガス冷却であるため、原子炉冷却材喪失事故に相当する事象がなく、最悪の事態でも、原子炉冷却材の圧力が大気圧程度まで下がるだけであり、流れと温度が不連続に変らない。大気圧程度(運転時の約2.5%)のこの原子炉冷却材に対して、燃料の残留熱も数分程度で2.5%以下に低下するので、原子炉冷却材の循環が維持されている限り、熱除去に関する問題は起きない。ただし原子炉冷却材減圧時の空気侵入を防ぐため、炭酸ガス注入設備を設けている。
炉心が
熱容量の大きい黒鉛ブロックから成っているので、異常発生時でも温度変化が緩やかなものになる利点がある。炭酸ガスは化学的に不活性であり、また相変化も発火も起こらないので、燃料や被覆管とは発熱反応を起こすことはない。特に過酷な事故を想定しても、溶融した燃料との相互作用で原子炉冷却材が急激な変化を起こす心配はない。
運転中に燃料交換されるので、炉心に
余剰反応度を多く持たせる必要はないので、
反応度事故の
リスクは少ない。原子炉冷却材は炭酸ガスなので、軽水炉の
ボイド係数に相当するものはない。炉心全体がゆっくりと温度上昇する場合、黒鉛減速材が若干の正の
反応度係数をもたらすが、即発的に効く燃料ドップラー
反応度係数が大きな負の値であるので、実効的な反応度の温度係数は負となり問題となることはない。
6.その他
AGRの
使用済燃料中には0.8%程度のプルトニウム(Pu)が含まれている。マグノックス炉燃料について英国自身で
再処理しているが、これは燃料被ふく材や金属燃料が長期間安定を保てないからである。一方AGRの使用済燃料の方は再処理を急ぐ必要はないので再処理を考えていない。なお、英国では、マグノックス炉燃料から取出したPuの原子力発電での利用は計画していない。
<図/表>
<関連タイトル>
ガス冷却型原子炉の技術的進展 (03-03-01-01)
原子炉型別ウラン燃料 (04-06-01-03)
イギリスの再処理施設 (04-07-03-09)
イギリスの原子力発電開発 (14-05-01-02)
イギリスの核燃料サイクル (14-05-01-05)
<参考文献>
(1) W.マーシャル(編)、住田健二(監訳):原子炉技術の発展[上]、筑摩書房(1986年9月)、p.195−226
(2) W.マーシャル(編)、内藤圭爾(監訳):核燃料サイクル[上]、筑摩書房(1987年1月)、p.236ー238
(3) 藤井晴雄、森島淳好(編):原子力発電プラントデータブック1994年版、日本原子力報センター(1994年8月)、p.553
(4) 日本原子力産業会議(編):原子力ポケットブック2001年版、日本原子力産業会議(2001年8月)、p.271
(5) IAEA: Directory of Nuclear reactors Vol.X−Power and Research Reactors,,IAEA(1976),p313−318
(6) 英国フィナンシャル・タイムズ社:Financial Times、1994年6月29日号、p.5(1994年6月)