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わが国のエネルギー政策は「環境保全や効率化の要請に対応しつつ、エネルギーの安定供給を実現する」という基本目標を掲げているが、この三つの目標はしばしば矛盾するから、その達成は決して容易なことではない。省エネルギーはその矛盾を解決する一番よい手段であるが、わが国では非常な努力が必要となる。原子力の利用は供給多様化と環境面で基本目標の達成に貢献してきたが、近年発電所の立地が長期化している。
総合資源エネルギー調査会では、このような状況を深刻に認識し、2000年4月から基本目標の同時達成を実現するようなエネルギー需給像とそれを支える政策の方向について検討し、2001年7月12日に経済産業大臣へ報告した。以下に、概要について述べる。
1.わが国のエネルギーを巡る状況
1.1 エネルギー政策の基本目標
(1)安定供給の確保
わが国は、国内にエネルギー資源をほとんど持たず、大部分を海外から輸入している。1970年代の第1次・第2次石油危機を経験して、この脆弱な供給構造を改善すべく、安定供給の確保に多大な努力を払ってきた。すなわち、省エネルギーの推進、石油代替エネルギーの導入、備蓄等を積極的に進めてきた。その結果、需要面では、石油危機後、世界でも最も優れたエネルギー利用効率を実現してきている。この間に、わが国の一次エネルギー供給に占める石油の割合を約77%(1973年度)から約52%(1999年度)へと約25%低減し、原子力、天然ガスの割合を大きく増加させてきた(
図1)。安定供給の確保という目標は、今後とも重要である。
(2)環境保全の要請への対応
1990年頃からは、環境保全、とりわけ地球温暖化が国際的に大きな問題となってきている。地球温暖化問題は、化石燃料の燃焼等により発生するCO
2等の
温室効果ガスが原因となって生ずるものと考えられ、エネルギー消費と不可分の問題として、対応が厳しく求められている。
(3)効率化の要請への対応
近年、わが国産業の国際競争力強化の観点から、一層、エネルギーコストの低減を図ることが求められている。
(4)基本目標の同時達成の難しさ
こうした状況の中、わが国のエネルギー政策は「環境保全や効率化の要請に対応しつつ、エネルギーの安定供給を実現する」という基本目標を実現することが必要となっている。ただし、これらの目標達成の努力は、相互に矛盾する側面も有しており、エネルギーを巡る状況がさらに大きく変化しつつある中で、これらの目標の同時達成は非常に難しい課題となっている。
1.2 最近の環境変化
(1)自由化・効率化の下での競争を通じたコスト意識の明確化
近年、石油・電力・都市ガス等のエネルギー産業の自由化・効率化が制度改革を通じて具体的に進展し、新規参入者も含めて競争を通じたコスト意識が明確化されつつある。エネルギー源の選択に関しては、安価であるが、CO
2排出量が相対的に多い石炭の利用が進むことにより、地球温暖化問題に関する目標が十分に実現されないという可能性もあるものと考えられる。また、水力や
新エネルギー等国産の非化石燃料よりも安価な輸入化石燃料へのシフトが起これば、安定供給に支障が生ずる可能性もある。このように、自由化等を通じた一層の効率化が始まっていることを前提として、安定供給と環境保全が同時に達成されるような、具体的な政策を構築することが必要となっている。
(2)需給両面における主体の多様化
わが国では、第1次石油危機の時点では、消費全体の約66%を産業が占めていた。その後、製造業では大幅な省エネルギーが実現されたのに対して、家庭やサービス部門におけるエネルギー消費が一貫して増加してきており、エネルギーの消費主体は、家庭やサービス部門にシフトしてきている(産業は全体の約49%に低下(1999年度))。消費主体が大企業から不特定多数の国民全体に広がったことを意味している。エネルギーの供給主体も、従来の大規模エネルギー供給事業者に加えて、新規参入者の出現、分散型エネルギー源の導入等今までにない多様化が進みつつある。今後の対応においては、こうした多様な主体に対して政策を講じていくことが必要となっている。
(3)CO
2排出抑制の難しさの顕在化
1990年頃から国際的に大きな課題となってきた地球温暖化問題は、1997年12月にCOP3 COP 3(気候変動枠組条約第3回締約国会議)が開催され、
京都議定書として先進国の温室効果ガスの削減目標が合意されるに至り、エネルギー消費に対する新たな制約要因となってきた。わが国は、温室効果ガス全体を2008年から2012年の平均値で、1990年に比べて6%削減(米国は7%、
EUは8%削減)することとなっているが、温室効果ガスの約8割を占めるエネルギー起源のCO
2については、2010年度において1990年度と同じ水準に抑制することを目標としている。現状では、エネルギー起源のCO
2排出量は1999年度において既に1990年度に比べて約8.9%増加しており、今後2010年度に向けて当該増加分を削減し、1990年度の水準に戻すという困難な目標に挑むことが必要となっている(
表1、
図2)。
(4)原子力を巡る現状
わが国では、これまで、安全性、信頼性確保を大前提に管理・
防災対策を行いつつ、原子力立地を推進してきた。現在、国内で51基の
商業用原子炉が操業中であり、1999年度には発電電力量(一般電気事業用)の約34.5%を供給する主要な電源となっている。地球温暖化問題が顕在化する中で、発電過程でCO
2を発生しない
原子力発電はCO
2排出量抑制の観点からも重要な役割を担うものとなっている。従来2010年度までに運転開始する
原子力発電所は16〜20基と計画されていたが、1999年にウラン加工施設臨界事故が発生したこと等を背景として、2001年度供給計画によれば13基となっている。
(5)アジア地域におけるエネルギー供給
リスクの高まり
アジア地域においては、近年の経済成長に伴ってエネルギーの消費量も大幅に増大している。一方で、域内の石油生産の伸びは純化しており、中東地域からの輸入原油への依存度が上昇しつつある。その結果、アジア地域全体としてエネルギー供給のリスクが高まってきている。わが国の現状とアジア地域全体の状況と考えあわせると、わが国にとって、安定供給に対する潜在的なリスクは今後ますます高くなっていくことが懸念される。
2.わが国が直面している課題
2.1 我々の生活変化により伸び続けるエネルギー消費の合理化の必要性
わが国のエネルギー消費の動向は、製造業を中心とした産業のエネルギー消費が第1次油危機以来ほぼ横這いにとどまっている一方、1999年度には、1973年度に比べて、運輸旅客部門では約2.7倍に、家庭では約2.2倍に、さらにはサービス部門を中心とする業務では約1.9倍になっており、これら部門のエネルギー消費は景気の動向にかかわらず、一貫して大きく伸長している(
図3)。このため、今後、これらの部門を中心に一層のエネルギー消費の合理化を図っていく必要がある。
2.2 新たな環境変化の下でのエネルギー供給源の多様化の必要性
2度の石油危機以来、わが国においては、石油代替エネルギーの導入を全力で進め、特に原子力発電の利用に積極的に取り組んできた。原子力発電は、現在ではわが国の主要な電源となっている。原子力発電は、安定供給性から言っても、CO
2を発生しない点からも、安全の確保を大前提として、今後ともその供給力の増加を目指して努力することが重要であると考えられる。しかし一方で、原子力発電の立地計画が停滞していることに加えて、安価な石炭の利用が今後増大すると考えられることを踏まえれば、今後の政策対応としては、CO
2排出のより少ない天然ガスの一層の利用拡大や新エネルギーの可能な限りの導入等にも努力することが必要である。
2.3 アジア地域としてのエネルギー安定供給確保に向けた取組の必要性
アジア地域全体として輸入石油、特に中東石油への依存度が高まっていく中で、安定供給の確保を図るべく、例えば、域内の石油代替エネルギーの開発、省エネルギーへの取組等を進めるとともに、緊急時の対応として
石油備蓄の体制整備等が実現されることが期待される。こうした分野において経験を有するわが国が域内で可能な協力や支援を行っていくことは、極めて重要な課題となっている。
3.目指すべきエネルギー需給像及びそれを実現する対策
3.1 基準ケースの概要
今後の具体的な対応を考えるに当たっては、まずは現在の政策枠組みを維持した場合の2010年度におけるエネルギー需給の姿(長期エネルギー需給見通し(基準ケース))を定量的に明らかにし、それに基づいた検討を行うことが不可欠である。以下においては、基準ケースを1998年6月策定の長期エネルギー需給見通しにおける対策ケース(以下、前回対策ケースと称する)と比較して、今後の状況を把握し、新たな対応を考えるための材料としている。基準ケース策定の考え方を
表2-1と
表2-2に示す。
表3に基準ケースの概観(前回対策ケースとの対比)、
表4に基準ケースの各部門エネルギー消費の概観(前回対策ケースとの対比)
図4 にわが国の部門別エネルギー消費の見通し(基準ケース、対1990年度比)を示す。
3.2 基本目標実現のための今後の具体的な対策
基準ケースが推計のように実現されるためには、当然ながら引き続き以下のような各種の努力を続けていくことが不可欠である。こうした従来からの対策を継続したとしても基本目標の達成には十分でない。基準ケースを踏まえれば、「省エネルギー」、「新エネルギー」及び「電力等の燃料転換等」等を追加的に講じていくことが必要である。
まず、実施すべき対策は「省エネルギー」である。最大限の「省エネルギー」は、その分エネルギーの供給の削減を意味し、削減分については、CO
2等を発生させず最も優れた環境対策でもある。過度にならない範囲での「省エネルギ−」は、省エネルギー技術の開発や省エネルギー設備等への投資を通じ、新たな経済成長にもつながると考えられる。
表5に現行及び今後の省エネルギー対策の概要を示す。
太陽光発電、
風力発電、廃棄物発電等の新エネルギーは一般的にコストが高く、太陽、風力といった自然条件に左右される面もあるが、国産エネルギーであるとともに、基本的にはCO
2を発生させないという優れた環境特性を有している。目標ケースの新エネルギー導入目標を
表6に示す。詳細を
表7に示す。
さらに、これらの対策でもエネルギー政策の基本目標が達成されない場合には、発電部門の燃料転換等の対策を実施することが必要であると考えられる。ただし、例えば石炭が化石燃料の中ではもっとも供給安定性に優れているので、石炭の
環境負荷が高いという理由だけで、石炭を過度に抑制するような政策をとることは適切ではない。
3.3 目標ケースの概要
「環境保全や効率化の要請に対応しつつ、エネルギーの安定供給を実現する」という基本目標を実現するエネルギー需給像を、長期エネルギー需給見通し(目標ケース)として明らかにするため、上述の具体的な対策を講ずることを前提として、エネルギー需給像に関する定量的な推計を行った。
電源構成については、2001年度電力供給計画を上限として、経済合理的に整備される場合と、計画どおりに整備される場合を想定した。 長期エネルギー需給見通しの概要を
表8-1、
表8-2に示す。
終わりに以下のことを、国民1人1人に要望している。
(1)目標の厳しさの認識
目標ケースの実現のため、政府・企業・国民それぞれが問題の困難さを認識し、目標を実現していくための真摯な努力を行うことが強く望まれる。
(2)国民的な努力と負担の必要性
エネルギー問題は国民すべてに関わる問題で、安定供給の確保や環境保全等の利益は国民全員が享受するものである。そのための努力や負担も国民一人一人に求められるものである。この点について敢えて指摘し、国民各層の理解と協力を求めるものである。
(3)柔軟な対策の策定と実行
エネルギーを取り巻く諸情勢には不確実な多くの要因がある。これらすべてにわたって明確な見通しができたわけではない。今後の具体的対策の策定と実行に当たっては、情勢の変化を鋭敏にとらえて、常に柔軟に見直しを行っていくことが必要である。
(4)早急な対策への
着手とさらなる検討
エネルギー供給の設備整備等が効果を上げるのには非常に長い時間を要する。ここで具体的に提示された種々の対策については、早急に実施に着手することが必要である。
<図/表>
<関連タイトル>
長期エネルギー需給見通し(1998年6月・総合エネルギー調査会需給部会) (01-09-09-05)
地球温暖化防止京都会議(1997年のCOP3) (01-08-05-15)
<参考文献>
(1) 資源エネルギー庁(編):みつめよう!我が国のエネルギー、エネルギー環境制約を超えて−(財)経済産業調査会(2001年9月28日)p.3-69
(2) 総合資源エネルギー調査会 総合部会/需給部会:報告書−今後のエネルギー政策について− (2002年12月21日)
(3) 経済産業省資源エネルギー庁(編):エネルギー2002、(株)エネルギーフォーラム(2001年12月10日)、p.14-19
(4) 資源エネルギー庁(編):エネルギー2001、(株)電力新報社(2001年2月9日)、p.14-24
(5) 資源エネルギー庁(編):エネルギー2000、(株)電力新報社(1999年10月5日)、p.14-21