<本文>
気候変動に関する政府間パネル(IPCC:Intergovernmental Panel on Climate Change)は、気候変動に関するこれまでの研究成果を評価し、気候変動のメカニズム、影響、対策などを明らかにすることを目的として1988年11月に設立された。世界気象機関(WMO:World Meteorological Organization)と
国連環境計画(UNEP:United Nations Environment Programme)を共同事務局として、各国政府の推薦による専門的科学者が評価作業を行い、設立以来これまでに3回にわたって評価を実施した。
1.第一次及び第二次評価
IPCCは、1990年8月に報告書(第一次評価報告書)をまとめた。その要点は、
(1)二酸化炭素等の温室効果ガスの大気中濃度は人為的排出によって著しく増加しつつある、(2)過去100年間に地球全体の平均で0.3〜0.6℃の気温上昇をもたらした、(3)これによって海面水位が10〜20cm上昇した、(4)現在のまま排出が継続すれば21世紀末には3℃の気温上昇、約65cmの海面水位の上昇があり得る、ことなどである。
さらに、1995年12月の第11回全体会合で第二次評価報告書が承認された。その注目点は、
(1)人為的影響による温暖化は既に起こりつつあり、今後100年の中位の予測として約2℃の気温上昇、約50cmの海面上昇、極端な高温等の気候変化が予測される、(2)植生、水資源、食糧生産、健康等への広範な影響を及ぼす、(3)
地球温暖化の進行を止めるためには二酸化炭素等の排出量を将来的に1990年を下回る水準に低下させる必要性がある、(4)低コストの排出削減は可能であり、「いずれにしろ後悔しない対策」を超えた対策を開始する根拠がある、と指摘したことなどである。
2.第三次評価の経緯
IPCCは、1996年から新たな排出シナリオの作成を開始し、1997年から本格的な評価作業に入った。この評価作業では、第1作業部会(科学的基盤)、第2作業部会(影響、適応策、及び脆弱性)、第3作業部会(緩和策)を設置し、気候変動の地域的側面、不確実性、人間の適応性等の観点を重視するとともに、検討全体の前提条件の整合性確保が図られた(
図1)。また、第二次評価までは各作業部会に共通する課題についての調整が行われなかったことを踏まえ、第三次評価では共通課題(不確実性、開発の展望・持続性及び公平性、コスト評価法、意思決定の枠組み)を選定して、統一的に取り扱うことが試みられた。評価結果は、作業部会ごとに報告書本体、技術的要約(TS:Technical Summary)、及び政策決定者向け要約(SPM:Summary for Polcymakers)の形でまとめられ、2001年1〜3月に各作業部会の会合で承認された後、同年4月の第17回IPCC全体会合で採択された。さらに、これら報告書をまとめた統合報告書も作成され、同年9月の第18回IPCC全体会合で採択された。
3.排出シナリオに関する特別報告書
第二次評価で用いられた排出シナリオIS92は、1985年のデータを基礎にしたものであり、その後の急激な社会経済的変化を考慮していない等の理由から、第三次評価にあたって新たな排出シナリオが作成された。このシナリオは、排出シナリオに関する特別報告書(SRES:Special Report on Emission Scenarios)の名前を冠して、SRESシナリオと呼ばれる。シナリオの作成に当たっては、今後世界が歩む道筋を決める指針となるのは経済重視か環境重視か、グロ−バル化の進展か地域主義の強化かの選択であるとの考えの下に、4つの叙述的シナリオA1(高成長社会シナリオ)、A2(多元化社会シナリオ)、B1(持続発展型社会シナリオ)、B2(地域共存型社会シナリオ)が構築された(
図2)。そして、これらの叙述的シナリオに基づいた温室効果ガスの排出シナリオが各種モデルによって作成された。二酸化炭素の将来排出量について見ると(
図3)、この中で排出量が最も小さいのは環境重視のB1シナリオ、温暖化対策が最も困難なのは世界の地域ブロック化を想定したA2である。高成長型のA1シナリオでも、技術革新のバランスをとることによって、排出量を中庸に抑制できるとの予測がなされた。
4.第三次評価報告書の内容
(a)科学的基盤(第1作業部会)
[観測結果からの知見]
●地球の平均地上気温は1861年以降上昇しており、20世紀には0.6±0.2℃上昇した。これは第二次評価報告書の見積もりよりも約0.15℃高い。地球全体でみた場合、1990年代は1861年以降の観測記録の中で最も暖かい10年間であり、1998年は最も暖かい年であった可能性がかなり高い(
図4)。
●積雪面積は1960代後期以降約10%減少した可能性がかなり高い。また、北半球の春及び夏の海氷面積は1950年代以降、約10〜15%減少した。
●潮位計データによると、地球の平均海面水位は20世紀に0.1〜0.2m上昇した。
●
エルニーニョ現象は、1970年代中頃以降、過去100年に比べて発現頻度、持続期間、強度が増大している。
●大気中の二酸化炭素濃度、メタン、及び亜酸化窒素は、1750年以降それぞれ31%、151%、及び17%増加した。1750年から2000年までの温室効果ガス全体の増加による
放射強制力は2.43W/m2と見積もられる(
図5 )。
●新しい証拠に照らすと、残された不確実性を考慮しても、過去50年間に観測された温暖化の大部分は、温室効果ガス濃度の増加に起因している可能性が高い(
図6 )。
[将来予測の結果]
●「IPCC排出シナリオに関する特別報告書(SRES)」の代表的シナリオに基づいた分析結果では、大気中の二酸化炭素濃度は、2100年までに540〜970ppmになると予測される。その結果、地球の平均地上気温は1990年から2100年までの期間に1.4〜5.8℃上昇すると予測される(
図7)。これは、第二次評価のときの1.0〜3.5℃よりも大きいが、その理由は冷却効果を持つ二酸化硫黄の将来排出量を下方修正したためである。
●ほとんどすべての陸域で、上記の平均気温上昇よりも急速に気温が上昇し、特に北半球高緯度の寒候期に顕著となる可能性がかなり高い(
図8)。
●北半球の積雪域や海氷域はさらに減少し、また氷河や氷原は21世紀にわたって広範囲に後退が続くと予測される。南極西部の
氷床の安定性が懸念されているが、その融解によって海面水位が上昇する可能性はかなり低いことが広く合意されている。
●地球の平均海面水位は、SRESシナリオ全体の予測幅に対して、1990年から2100年までに0.09〜0.88m上昇すると予測される(
図7)。第二次評価のときに比べて気温上昇がより大きいと予測しているにもかかわらず、海面水位の上昇が第二次評価の予測値0.13〜0.94mよりわずかに低下したのは、氷河や氷床の寄与がより小さい改良モデルを使用したためである。
●地球の平均地上気温は、温室効果ガスの大気中濃度が安定した後も、100年あたり0.2〜0.3℃の割合で上昇するであろう。氷床は、気候の温暖化に反応し続け、気候が安定した後も数千年間にわたって海面水位上昇の一因になり続けると見込まれる。
(b)影響、適応策、及び脆弱性(第2作業部会)
[新たな知見]
●氷河の後退、永久凍土の融解、河川・湖沼の氷結期間の減少等の観測結果から、地域的気候変化が、すでに世界の多くの地域における広範な物理的・生物的システムに影響を与えていることが強く確信される。
●干ばつ、洪水、熱波、なだれ、台風等の異常気象の中の幾つかは、21世紀にその頻度と程度が増大することが予測されており、温暖化とともにその影響も激化することが予想される。
●21世紀の気候変化は、さらに将来的に大規模かつ不可逆的変化を地球システムに与える可能性もある。その要因としては、北大西洋に暖流を運ぶ海洋大循環の大幅な速度低下、グリーンランドや南極西部氷床の崩壊などが挙げられる。
●貧しい国は気候変化に対する適応力がより小さく、脆弱性が大きいため、温暖化は先進国と途上国の福利の格差を拡大させる。
[自然・人間系への影響とその脆弱性](
表1)
●気候変化によって、水が十分に利用できない人口は、現在の約17億人から、2025年には約50億人になると予測される。
●中緯度の農作物生産は、数℃以下の温暖化では一般に好影響となり、それ以上の温暖化では悪影響となる。熱帯では、乾燥地農業が支配的であることから、一般に気温のわずかな上昇でさえも生産量が減少する。
●気候変化により、多くの沿岸域で海水の氾濫の増加、浸食の加速化、湿地やマングローブ林の損失、淡水源への海水の侵入が起こることが予測される。また、海面水温の上昇によって珊瑚礁へのストレスが増大し、病気の頻度が増加する。
●多くの生物媒介性、食物媒介性、及び水系の伝染病は、気候変化に敏感に反応する。モデル研究では、気候変化によりマラリア及びデング熱に
感染するおそれのある地域が増加することが予測されている。
●2080年代までに海面水位が40cm上昇する場合には、海面上昇がない場合に比べて、高潮により浸水を受ける年平均人口が7500万〜2億人増大すると推計される。
●大規模な異常気象による世界規模での経済損失は、1950年代の年間39億ドルから、1990年代の年間400億ドルへと10.3倍増大し(1999年米国ドル換算)、このうち約4分の1は開発途上国で発生した。
(c)緩和策(第3作業部会)
●気候変化の緩和策は、開発、公平性、持続可能性に関係する広範囲な社会・経済政策と相互に影響を及ぼしあうものである。
●21世紀中に石油、石炭、天然ガスの枯渇によって炭素排出量が制限されることはない。ただし、在来型の石油及び天然ガスの埋蔵量は限定されているため、21世紀中にエネルギー構成の変化が起きる可能性がある(
図9)。
●技術の進歩は著しく、排出シナリオによっては、正味の直接コスト100ドル/トン(炭素換算)で2010〜2020年の全世界の排出レベルを2000年水準以下に低減できる潜在的可能性がある。
●排出削減のためのオプションとしては、天然ガスによるコージェネレーションや複合サイクル発電、バイオマス燃料発電、
風力発電、
原子力発電などが挙げられている。
●森林、農耕地その他の陸地生態系は、大きな緩和ポテンシャルを有している。その規模は2050年までに約100GtC(累積)と推定され、この期間の化石燃料による排出量予測値の10〜20%に相当する。
●大部分のモデルによれば、既知の技術的オプションにより、今後100年、又はそれ以上の期間にわたって大気中のCO
2濃度を550ppmや450ppmあるいはそれ以下の水準で安定化できる可能性がある。ただし、その実施には関連する社会経済的及び制度的な変革が必要となる。
●京都議定書の実施に要するコストは、次のように推定されている。附属書II諸国(先進国)に関しては、
排出量取引なしの場合、2010年におけるGDPの損失が約0.2〜2%、限界削減コストが約20〜600米ドル/トン炭素と予測されている。排出量取引が自由に行われる場合には、2010年における損失はGDPの0.1〜1.1%、限界削減コストが約15〜150米ドル/tCと予測されている(
表2)。
●長期的な費用対効果の研究によると、大気中濃度の安定化水準が750ppmから550ppmまでの間はコストの上昇は緩やかであるが、550ppmから450ppmの間で大幅なコストの上昇が起きる。
●気候変化に対する各国の総合的政策手法としては、課税(排出、炭素、エネルギー)、取引可能または取引不可能な排出枠、補助金の供与または廃止、デポジット制度、技術または性能基準、エネルギー規制、製品の規制、自主協定、政府の投融資、研究開発支援等がある。
●国際的な協調活動としては、京都議定書に基づく排出量取引(ET)、
共同実施(JI)、
クリーン開発メカニズム(
CDM)に加え、協調的な課税、技術・製品基準、産業界との自主協定、資金や技術の直接的な移転等が挙げられる。
<図/表>
<参考文献>
(1) 地球産業文化研究所:GISPRIニュースレター1996年8月号/IPCCの歴史と活動の概要、地球産業文化研究所
(2) 地球産業文化研究所:IPCCに関する最近の動向、地球産業文化研究所
(3) 気象庁編:地球温暖化の実態と見通し−世界の第一線の科学者による最新の報告、大蔵省印刷局発効(平成8年10月)
(4) Nebojsa Nakicenovic and Rob Swart 編:IPCC Special Report on Emissions Scenarios 、IPCC事務局(
http://www.grida.no/climate/ipcc/emission/index.htm)
(5) IPCC 第三次評価報告書第1作業部会報告書
(5a) 環境省:気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第1作業部会第8回会合の結果について、環境省/報道発表資料、(5b) 気象庁:気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第三次評価報告書第1作業部会報告 政策決定者向けの要約(気象庁訳)、地球産業文化研究所、
(6) IPCC 第三次評価報告書第2作業部会報告書
(6a) 環境省:気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第2作業部会第6回会合の結果について、環境省/報道発表資料、
(7) IPCC 第三次評価報告書第3作業部会報告書
(7a) 環境省:気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第3作業部会第6回会合の結果について、環境省/報道発表資料、
(7b) 地球産業文化研究所:第3作業部会報告書 気候変化2001 緩和対策 政策決定者向け要約(仮訳)、地球産業文化研究所
(8) IPCC報告書(単行本及びPDFファイル)、IPCC事務局