<本文>
石油も油田が発見された当初は、地圧と内圧がかかっているのでボーリングの井戸から勢いよく自噴した(一次回収)。1/3も取り出すと、自噴しなくなる。大量にある海水をポンプで注入し、内部の圧力を維持して反対側から取り出す(二次回収)。それでも6〜7割の石油が残る。水蒸気、界面活性剤、炭化水素ガス、炭酸ガスなどを油層内に注入し、ガスと原油が完全に混ざった状態で、その一部をなんとか回収する(三次回収)。石油を取り出すのに、多くの石油エネルギーが必要になる。質が悪くなってきている(
図1)。
エネルギーの質を科学的に表す指標がEPRである。Energy Profit Ratioの略で、エネルギー収支比と呼ばれ、EPR=取り出すエネルギー(出力)/取り出すのに必要なエネルギー(入力)と定義される。この値が大きいほど益が大きく、「質」のいいエネルギーということになる。米国において、石油が自噴していた時のEPRは100以上、1970年代には8まで低下した。
EPRは、これまで環境制約面(二酸化炭素などの
温室効果ガスの排出抑制)の観点で使われてきたが必ずしも定義について十分に理解されているとはいえない。EPRと似た概念としてEPT(Energy Payback Time)という指標がある。これは、設備を作るために投入したエネルギーを太陽光などにより発電することで節約できる年間の化石燃料の熱エネルギー(化石燃料の節約は二酸化炭素排出量の削減につながる)で割ることで、求めた年月と定義される。太陽光発電の場合EPTは約2年であるが、これは投入エネルギー(もしくは投入資金)が2年で元が取れるという意味ではない。計算上、熱エネルギーを電気エネルギーに変換する効率を見込んで、エネルギーを電気エネルギーの約3倍としている。このためエネルギーの投入エネルギーを回収するという意味では、2年×3倍の6年となる。
ここでは、資源制約からEPRを発電される電力(電力)/投入エネルギーと定義して、検討している(
表1)。
取り出すエネルギーは石油の持つ
熱量である。とり出すために必要なものは採掘の設備資材、設備を運転する石油など燃料である。二次回収になると、地下深くに海水を注入するためポンプ動力としてエネルギーを多く費やす。三次回収になると、気体の二酸化炭素を高圧で冷却し、液体状にして、地下深くに注入する。EPRは大幅に低下する。石油を取り出すのに、それに近い石油が必要となる。現在、世界のほとんどの油田は、二次回収の段階にある。三次回収、回収困難まで入れると、量的にはまだまだある。しかし質的に悪くなっている。質の良い、安い石油の供給が、そろそろ世界の需要に追いつかなくなる。石油の代替を本格的に検討する時期に来ている。
石油は車の燃料などの輸送に4割、製鉄などの加熱、オフィスや家庭の冷暖房、発電用の燃料として4割、残り2割がペットボトル、衣料など化学用原料に使われている(
図2)。車の燃料であるガソリンの代替として、
バイオエタノールや電気自動車、燃料電池車が研究開発されている。工場やオフィスなどの加熱としての石油(灯油)は、石炭と電気に置き換わる。化学用原料は、ゴムなどの天然もの、石炭など代替を用いる。製造過程のエネルギーは電気である。石油の代替に果たす電気の割合は飛躍的に高まる。
電気を取り出すには、発電所が必要である。発電所の建物、機械設備などの素材である鉄鋼やセメント(石灰)を地球から取り出すのに、石油、石炭、電力を使う。セメントやコンクリートは地球から掘り出すだけなので、そのエネルギーは200から800Mcal/t程度である。鉄鋼は地球から掘り出し、純度を高めて使うので石炭を中心に6,125Mcal/t、シリコンは更に純度を高めて使うので、電力により必要エネルギーは鉄鋼の100倍の562,500Mcal/tである。これらは素材の
エネルギー原単位と呼ばれる(
表2)。
発電所では燃料を燃やしてその熱で蒸気やガスによりタービンを回して電気を得る。石油、石炭、天然ガス、
ウランなどの燃料を海外から調達するためのエネルギーが必要で、海外で採掘工場をつくり、採掘、選鉱(鉱石の純度を高める)し、日本まで船で輸送する。また、発電所を運転あるいは、定期的に機械を取り替えるなどの補修にも石油、石炭を使う。発電所の寿命を30年とすると、30年間に必要な燃料調達、設備補修での部品交換物量など、発電に必要な投入エネルギーはこれらの全体のエネルギーである。原子力発電では、発生する廃棄物や施設解体に伴う処理、処分のエネルギーも見込む必要がある(
図3)。
取り出せる出力エネルギーとしては、運転開始から寿命に至るまで(例えば30年)の期間に需要家が得る電気エネルギーの積算値である。
日米の1980年代の
原子力発電所のEPRは6程度と低かった。原子力発電所の燃料は、
天然ウランを5倍程度に濃縮しており、
ガス拡散法による膜分離の濃縮では、入力エネルギーの85%を占めるほどの莫大なエネルギーが必要なためである。
ウラン濃縮の技術開発が進み、消費電力がガス拡散法に比べ1/24と小さい遠心濃縮(遠心分離法)が欧州、日本で採用され、EPRは28.2まで向上した。さらに欧米並みの発電所稼働率90%、出力を120%まで増強させるとEPRは40を超える。もちろん、原子力の場合には、前述の入力に廃棄物の処分や廃炉に係わるエネルギーも見込む必要がある。廃棄物の処分や廃炉には、深い地中に埋設するため、地球のバリア機能を用いるので投入エネルギーが少なく、EPRは2.5%低下する程度である。
原子力発電の生産エネルギー、投入エネルギーとEPR評価を
表3に示す。また電源別のエネルギー収支比(EPR)を
図4に示す。
LNG火力発電のEPRが低いのは、天然ガスはもともと気体であり、輸送のために液化するが、それに大幅にエネルギーをとられるためである。パイプラインでも輸送や純化のために同等以下のエネルギーが必要である(期待されている水素も、ガソリンと異なり、気体であり、製造よりも、貯蔵、運び、供給の後工程に多大のエネルギーが必要であり、EPRは悪い)。
風力や太陽光で発電する場合、自然エネルギーを利用しているので、質は変わらず、EPRは劣化しないが、EPRそのものは低い。日本で比較的風の強い北海道でも、冬はなんとか定格の30%は風力による電気出力が取れるが、夏は風がかれる凪の状態が続き、平均すると定格の10%しか出力が取れない。このためEPRは3.9である。太陽光でも発電できるのは、24時間中太陽の出ている8時間程度で、雨の日もありEPRは2前後である。波力、潮力、海洋温度差発電も質は劣化しないが、EPRは1.9から2.5である(
図4)。
世界の人口の1/4を占める中国、1/5を占めるインドのエネルギー消費量が急増している。2050年には、世界のエネルギー需要は2000年に比べて約2倍になると国際機関IIASA(国際機関・国際応用システム分析研究所)等が予測している。倍の需要を賄うだけの供給は可能であろうか。EPRの高い原子力を世界に展開しても、2050年までに量的には限りがあり、現在の3.5倍程度と予測され、全体に占める割合は20%弱である。まず、世界全体で3割節約し、30%は従来の石炭、石油、ガスを使う。水力などの再生エネルギーの割合をこれまでの3倍以上にする。それでも足りない。残り20%は新規開発が必要である(
図5)。
太陽光発電も風力発電も技術革新が進み、設備の投入エネルギーが減少し、その分EPRが大幅に向上する。太陽光発電、風力発電は出力変動する。太陽光発電は太陽が出ている間、風力発電はエネルギーを取り出せる風が吹いている間しか出力が得られない。出力がとれている間の出力値も変動する(
図6)。このため、太陽光発電、風力発電は主力にはなり得ない。しかし、石油資源が有限であることを実感する時期には、使える物は使うのが大切である。世界の需要拡大に対して、必要な物作りとして日本は貢献でき、尊敬もされる。
出力変動の対策として、主力となる原子力発電での負荷追従運転、孤島などではNAS電池などで蓄電して使うことも可能である。
現在のチャンピオンデータで可能性を探ると、ウランを再利用する
高速増殖炉のEPRは37.5、水力は19.1、地熱も有望なところでは、11.4となる。太陽光発電で架台に高寿命の高品質木材を利用するとEPRは高まり、7.3まで上昇する。出力変動は主力の原子力発電の負荷追従でフォローする。原子力発電が使えない離島や化石燃料発電地域では、蓄電池と併用する。蓄電池のEPRも考慮すると太陽光発電の総合的なEPRは4.82となる。条件の良い風力発電のEPRは10.9まで上昇する。出力変動は原子力発電の負荷追従でフォローする。風力発電と蓄電池を併用した総合的なEPRは7.19となる(
図7)。
<図/表>
<関連タイトル>
日本の各種電源の特徴と位置付け(2002年) (01-04-01-15)
石油代替エネルギーの構成と推移 (01-04-02-03)
発電システムのライフサイクル中の環境汚染ガスの排出量(1995年電力中央研究所) (01-08-01-09)
<参考文献>
(1)天野治:石油の代替エネルギーをEPRから考える、日本原子力学会誌、Vol.48、No.10(2006)、p.759-765
(2)タンチェリエ博士[Bernard Tinturier]、天野治:電力に占める原子力の割合80%原子力を使いこなすフランス、日本原子力学会誌、Vol.48、No.11、p.863-870
(3)もったいない学会/用語集/油田
(4)市川勝:水素エネルギーがわかる本 水素社会と水素ビジネス、オーム社(2007年2月)
(5)化学工学CO
2研究会:太陽光発電システムのエネルギー評価、化学工学論文集、第19巻、第5号(1993)、p.811
(6)内山洋司、山本博巳:発電プラントのエネルギー収支分析、電力中央研究所報告Y90015(1991年11月)、p.10
(7)(財)電力中央研究所:エネルギーの「質」とは何か、電中研ニュースNo.439(2007年3月)、2/4
(8)資源エネルギー庁:エネルギー白書2006、(第213-1-2)石油製品の用途別需要量(2004年度)
(9)電気事業連合会:「原子力・エネルギー」図面集 2007(2007年2月)、p.63、5/8