<本文>
1.
安全規制の概要
核燃料物質等の運搬については、国際原子力機関(IAEA:International Atomic Energy Agency)により国際基準となる「放射性物質安全輸送規則」が定められており、各国はこの2005年版輸送規則に従って安全規制を実施している。
わが国においても、このIAEAの輸送規則(2005年版)に準じて運搬の安全規制が行われている。具体的には、工場または事業所の外であって陸上での車両運搬については、「
核原料物質、核燃料物質および
原子炉の規制に関する法律(昭和32年6月10日、法律第11号、最終改正平成19年6月13日法律第84号)」(「
原子炉等規制法」と略称)に基づき、経済産業省、文部科学省、国土交通省および都道府県公安委員会により実施されている。さらに、海上での船舶運送については、「船舶安全法(昭和8年3月15日、法律第11号、最終改定)」に基づき国土交通省および海上保安庁により、また、航空機による航空輸送については、「航空法(昭和27年7月15日、法律第231号)」に基づき国土交通省により、それぞれ実施されている。
核燃料物質等は
図1に示す
核燃料サイクルの大きな流れに従って運搬され、核燃料物質等の運搬、運送、輸送は、核燃料サイクルの動脈に例えることができる。核燃料物質等の車両運搬の代表的な例としては、六フッ化ウランとウラン燃料(新燃料)集合体および使用済燃料の運搬がある。
2.輸送物の安全基準
核燃料輸送物は、収納する放射能の総量により「L型輸送物」、「A型輸送物」および「B型輸送物」に区分され、また、これらの区分の他に、
放射能濃度が低いものや表面のみが汚染されたものの「IP型輸送物」の4つに区分される。ここで、「核燃料輸送物」とは、核燃料物質等が容器に収納されているものをいう(「事業所外運搬規則」第1条)。さらに、核燃料物質のうちでもウラン235、プルトニウム239、プルトニウム241およびこれらの化合物等の核分裂性物質は、ある条件を満たすと
臨界になる性質をもっているため、上記の区分とは別に「核分裂性輸送物」として分類されている。これらの核燃料物質を輸送する場合には、いずれも区分ごとに定められた技術基準を満足することが必要である。核燃料輸送物の技術上の基準を表1-1、表1-2に示す。表の中で「一般の試験条件」とは、通常の取扱いで生じうる状況を想定した試験条件であり、「特別の試験条件」とは、万一、思いがけない事故に遭遇した場合を想定した試験条件である。この技術基準を満足しているかどうかの試験条件を
表2に、試験条件の概念を
図2に示す。
3.
安全審査
核燃料物質を初めて(承認された
輸送容器によらないで)運搬する場合には、B型輸送物および核分裂性輸送物の運搬にあたっては以下の確認等が行われる。これらの手続きの流れを
図3に示す。
(1)輸送物設計承認(主務省:本文末の注を参照)
輸送物を設計する段階で、その設計が基準に適合していることについて安全審査を受ける必要がある。その内容は、輸送物の説明、輸送物の安全解析(構造強度、熱(火災)、密封性、
遮へい、臨界等)および輸送容器の製作方法に関する事項等である。審査の結果、輸送物の設計が技術上の基準に適合していると認められた場合には、「核燃料輸送物設計承認書」が交付される。これらの技術的な審査にあたっては、必要に応じ「輸送物安全技術顧問会」が開催され、専門的な見地から慎重な審査が行われる。
(2)容器承認(主務省)
輸送容器を製作する段階で、その輸送容器が上記の「核燃料輸送物設計承認書」に記載されているとおりに製作され、基準に適合していることの確認を受け、「容器承認書」の交付を受ける。検査は、輸送容器の製作中、製作後の各段階で行われる。
(3)車両運搬確認(主務省)
実際の運搬を行う前に発送前検査(外観検査、吊り上げ検査、重量検査、表面密度検査、線量当量率検査、収納物検査、温度測定検査、気密漏洩検査および圧力測定検査)を行い、技術上の基準に適合していることの確認を受け、「車両運搬確認証」の交付を受ける。
(4)積載方法承認(国土交通省)
運搬中に、移動、転倒、転落等により輸送物の安全性が損なわれることがないよう、車両への積載方法、固縛用具、架台等に関する強度計算、運搬の実施体制等について確認を受け、「積載方法承認証」の交付を受ける。
(5)運搬届(公安委員会)
通過する都道府県の公安委員会に対し運搬届出をし、公安委員会から安全運搬のための指導や指示を受ける。
4.輸送物の概要
図4、
図5、
図6および
図7に、各種の輸送容器例を示す。また、
図8に使用済燃料輸送の一例を示す。輸送容器の大きさは種類によって多少の差があるが、外部の直径は約2メートル程度の円筒形で、本体はステンレス鋼でできている。内部には
放射線を遮へいするために鉛やシリコンゴムが張られている。また、外部の表面には使用済燃料が出す熱を放散するために、フィンが取り付けられている。輸送の際にはこの輸送容器に使用済燃料が入れられ、ステンレス製のふたで密封したうえ、上部と下部に緩衝体が取りつけられる。
これらの輸送容器を使用して核燃料物質等を運搬する場合には、いずれも上記の安全規制に従って、安全基準に適合することの確認等が行われており、既に数多くの運搬実績が積み上げられている。なお、文部科学省(旧科学技術庁)では、核燃料等の運搬に係る技術基準について、その信頼性を実証するため、実物大(使用済燃料輸送容器の場合には100トン級になる)の輸送容器による各種実証試験を(財)電力中央研究所に委託して実施しており、十分に信頼性が確保できることを確認している。
5.まとめ
1966年8月、わが国において初めての使用済燃料運搬が行われた(茨城県東海村から日本原子力研究所(現日本原子力研究開発機構)の研究炉(JRR−2)の使用済燃料を米国のアイダホ州に運搬)。それ以来、40年以上にわたって、毎年、発電炉等からの使用済燃料の運搬が実施されている。また、放射性物質(
ラジオアイソトープを含む)の運搬は、毎日、数百件の割合で実施されている。
このような状況下、放射性物質の運搬で、特に大きなトラブルは生じていない。これは、放射性物質の運搬に係る技術基準等が、安全性の観点からみて信頼に足るものであることを示している。なお、特定核燃料物質の運搬にあたっては、上記の他に、必要な防護措置を講ずることが要求されている。
(注)主務省とは、行政事務の主管権限を持つ省を言い、事業の種類によって以下のように区分されている。
(1)精錬、加工、使用済燃料貯蔵、
再処理、廃棄、発電用原子炉:経済産業省
(2)上記以外の事業における核燃料物質等の使用、試験研究用原子炉:文部科学省
(3)船舶用原子炉:国土交通省
<図/表>
<関連タイトル>
核燃料物質の船舶運送 (11-02-06-14)
核燃料物質の輸送に関する技術上の基準 (11-03-05-01)
核物質の車両運搬時の防護措置 (13-05-03-07)
核物質の船舶運送 (13-05-03-08)
核物質の航空機輸送 (13-05-03-09)
<参考文献>
(1)原子力安全委員会(編):原子力安全白書 平成18年版、佐伯印刷(2007年)
(2)麻岡秀行:高レベル放射性廃棄物輸送物の安全性について、原子力工業、41巻第10号、日刊工業新聞社(1995年10月)p.24−30
(3)科学技術庁原子力安全局核燃料規制課核燃料物質輸送対策室(監修):パンフレット「核燃料サイクルと輸送−安全輸送をめざして−」、(財)原子力安全技術センター(1999年1月)
(4)科学技術庁原子力安全局核燃料規制課(監修):パンフレット「核燃料輸送の安全性−使用済燃料輸送容器信頼性実証試験−」、(財)電力中央研究所
(5)日本原子力産業会議(編集発行):原子力ポケットブック1997年版(1997年5月)p.209−210
(6)(財)電力中央研究所バックエンド研究会(編):核燃料輸送工学、日刊工業新聞社(1998年3月)
(7)松岡 理:核燃料輸送の安全性評価、日刊工業新聞社、(1996年11月)
(8)IAEA輸送規則編集委員会(編):IAEA放射性物質安全輸送規則 1985年版解説、情報センター出版会(1985年)
(9)IAEA:Safe Transport of Radioactive Material(Booklet).1996
(科学技術庁:日本語版「放射性物質の安全輸送」、1988)
(10)青木成文:放射性物質輸送のすべて、日刊工業新聞社、(1990年6月)
(11)有富正憲ほか:特集「放射性物質の安全輸送−現状と将来の課題−」、日本原子力学会誌、Vol.39、No.3、(社)日本原子力学会(1997年3月)p.2−31
(12)原子力規制関係法令研究会(編著):原子力規制関係法令集2008年版、大成出版社(2008年)
(13)Regulations for the Safe Transport of Radioactive Material−2005 Edition,Safety Standards Series No.TS−R−1,IAEA,2005