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<概要>
放射線による健康影響の低減化を図るため、放射線リスクの性質とその実態を明らかにし、その大きさを客観的に評価する必要があり、さらに、そのリスクについての指針や判断基準を確立する必要がある。放射線リスクを伴う人間活動の安全性を評価する安全評価研究は、これらの要請に答えるために行うものである。安全評価研究として実施すべき研究は、段階的に、(1)リスク評価のための健康情報の収集と解析に関する研究、(2)リスク評価手法の開発に関する研究、(3)安全評価体系の確立に関する研究に分類して推進し、さらに、安全評価の実際的な適用分野として(4)放射線防護と放射線リスクの低減・管理に関する研究を進めることとしている。
<更新年月>
1997年03月   (本データは原則として更新対象外とします。)

<本文>
 安全評価研究では、被ばく線量に関する研究、生物影響に関する研究等様々な研究分野で得られた成果を活用しながら、放射線の健康影響に対して総合的な視点に立って研究を進める。さらに、放射線リスクに関する認識について、理工学、生物、医学、人文社会学等異なる領域に共通の枠組みを設定し、リスクの総合的な知見の提供を図る。これによって、客観的な自然科学上の知見と社会科学的な現実の要求との間の橋渡しが可能となり、安全評価研究によって得られる成果は、環境放射能安全研究の集大成となる。
 前回の年次計画により放射線のリスクの総合的な評価を行うための基盤が形成されてきたので、これを完成させ、その上に我が国における安全評価の体系を確立することを目指して、多様な研究の中から今後重点的に行うべき研究を集約、組織化することとした。安全評価のプロセスを整理し、リスク評価に必要な情報を収集して解析し、その情報に基づいてリスクの大きさを予測する等の評価を行うための手法を開発し、評価を行い、評価結果をいろいろな角度から体系的に検討し、考察した上で、さらにこれらをリスクの低減・管理に運用することによって、放射線のリスクの総合的評価を完結する( 表1-1 参照)。
 本安全研究は、放射線医学総合研究所、日本原子力研究所(現日本原子力研究開発機構)、(財)環境科学技術研究所、(財)原子力安全技術センター、(財)体質研究会、(財)放射線影響協会、(財)放射線影響研究所、大学等が分担・実施する。
1.リスク評価のための健康情報の収集と解析に関する研究
放射線による健康リスクの性質を明らかにするとともに、その大きさを評価するための基礎を確立するには、放射線被ばくの大きさと健康影響の種類やレベルとの関係の解析に使用できる客観的なデータを調査し、集積する必要がある。
 このため、人間活動において受ける放射線被ばく、特に低線量放射線被ばくのパターンについて調査し、併せて低線量被ばく者あるいはその可能性のある人間集団、すなわち放射線業務従事者や原子力施設等周辺公衆、大規模な原子力災害等で被ばくした一般公衆、高放射線地域の住民及びそれぞれに対応する対照集団並びに原爆被爆者集団のような人間集団について健康影響の実態調査を行う。これらの集団に対して分子疫学を合む疫学的手法を適用することにより放射線影響の有無、あるいはその大きさに関する健康情報・分子疫学情報のデータを得る。また、核実験の降下物による被ばく、放射線事故による被ばく、医療被ばく等による健康影響に関して既存の情報を収集し、リスク評価のための基礎資料として利用できるように整理する。さらに、これらのデータの集積や利用を効率的に行うために、それらのデータを使って高度な解析ができるような機能を備えたデータベースを構築する。
 具体的には、(1)「職業被ばく者の健康影響調査」、(2)「原子力施設等に起因する公衆被ばく者の健康影響調査」、(3)「自然放射線被ばくの公衆の健康影響調査」、(4)「放射線影響関連情報の収集と整理」、(5)「安全評価データベースの構築に関する研究」を実施する。
2.リスク評価手法の開発に関する研究
調査や実測によって収集された放射線による健康リスクに関するデータを使用し、健康リスクに係わる全ての様相の情報を得る必要があるので、得られたデータから、放射線被ばくの大きさ(たとえば線量)と健康影響の程度との一般的な関係を解明し、リスクレベルの数値的な予測等を行うために、リスクのモデル化、すなわち、リスクの性質の生物学的・数学的な表現であるモデルを構築するとともに、被ばくの大きさとリスクの大きさとの関係の生物学的・数学的シミュレーションであるリスク評価手法を開発する必要がある。
 このため、人体への放射線影響発現の基礎的なメカニズムの解明に基づく、線量−反応関係を表現するモデルを開発するとともに、各種リスク要因の影響発現時間の確率分布によるモデル化を検討する。原子炉事故時等に発生する放射線による確率的影響及び確定的影響の予測に関しては、日本人の分子生物学的データ、形態学的データ及び放射性物質の代謝データ等を用いて線量からリスクの大きさを推定するためのモデルを開発する。また、人間集団のリスクの様態を表現し、解析する手法として被ばくデータの統計解析法を開発する。
 具体的には、(1)「放射線リスク評価モデルの開発」、(2)「原子力施設事故時等放射線リスク評価モデルに関する研究」、(3)「リスク評価における被ばくデータの統計解析に関する研究」を実施する。
3.安全評価体系の確立に関する研究
安全評価プロセスの最終段階において、人間社会が放射線リスクをどのように認識すべきかについての指針や判断基準を確立し、放射線リスクを伴う人間活動の安全性を判定するためには、異なる学問領域にまたがるリスクの共通認識の枠組みを設定し、リスクをいろいろな角度から検討・考察する必要がある。また、リスク評価の正当性・合理性の確立と維持のために、環境安全と放射線防護についての新たな学問体系の確立につながる研究を行う必要がある。このため、人間環境における各種リスク要因がもたらす影響の定量的比較から放射線リスクの自然科学的認識の研究を行うとともに、リスクの損益のバランスに関する社会科学的研究、並びにリスクの歴史的認織の人文科学的研究を行う。さらに、リスク評価の社会的受容の正当性・合理性を確保するために、リスクの予知に関する知見の不断の更新を可能にする潜在的リスクのモニタリングに関する研究を進める。確立された安全評価体系によって各種被ばく条件下での個人又は集団デトリメント値(不確かさも含めて)を推定できる体制の整備を目指した研究を進める。 さらに、公衆に対してリスクの実態を正確に伝え、リスクの正しい認識の情勢を図るための効果的な方法の確立を目指して、原子力のリスクに対する公衆の意識調査とその結果の解析を行う。
 具体的には、(1)「安全評価体系の確立に関する研究」、(2)「放射線リスクの相対的評価に関する研究」、(3)「種々のリスク源の比較評価に関する研究」、(4)リスクモニタリングに関する研究、(5)「社会科学的観点を含めた放射線リスクの評価研究」を実施する。
4.放射線防護と放射線リスクの低減・管理に関する研究
安全評価研究は、放射線防護や環境安全に関して人類社会が直面している特定の課題を解決する役割も担うべきである。すなわち、放射線防護基準や防護方策に関する基礎理論の構築を行うとともに、放射線管理の実務を支援する応用研究を進める必要がある。このため、内部被ばくの防護等における放射線リスクの低減や合理的な管埋を実施する際の実務的な基準を確立するための基礎研究を行う。また、放射線や放射性核種の利用、それらに関連する研究の多様化に伴い新たな対応が必要になっている放射線作業に関しては、被ばく防護服、放射線モニタリング装置、エキスパートシステム等、被ばくによるリスクを管理する新しい技術を開発する。公衆に対する放射線リスクの低減・管理に関しては、放射線防護の最適化手法や緊急時対応策の立案に応用する研究を行う。
 具体的には、(1)「日本人の年摂取限度等の設定に関する研究」、(2)「種々の環境物質による健康環境影響の低減策に関する意志決定の最適化技法研究」、(3)「緊急時対応策の最適化に関する研究」、(4)「放射線作業におけるリスク管理技術の開発に関する研究」を実施する。
5.参考実証試験( 表1-2 参照)
以下の参考実証試験で(本実証試験が国により行われるものであり安全研究を直接目的としてはいないが)得られるデータが、原子力施設等から放出される放射線(能)に関し、その安全研究を補い、かつその安全性を実証するための貴重なデータであるため、本年次計画では、参考として取り扱うこととしている。
 具体的には、(1)「緊急時技術助言対応技術調査」、(2)「緊急時対策総合支援システム調査」、(3)「低線量放射線安全評価情報整備」、(4)「海洋モニタリングシステム整備調査」、(5)「海洋環境放射能総合評価」、(6)「原子力発電施設等内部被ばく評価技術調査」、(7)「再処理施設環境放射能安全性実証試験」、(8)「再処理施設:環境放射能総合調査」、(9)「原子力発電施設等放射線業務従事者に係る疫学的調査」についての調査・試験がある。
<図/表>
表1-1 環境放射能安全研究年次計画(平成8年度〜平成12年度)5.安全評価研究
表1-1  環境放射能安全研究年次計画(平成8年度〜平成12年度)5.安全評価研究
表1-2 環境放射能安全研究年次計画(平成8年度〜平成12年度)5.安全評価研究
表1-2  環境放射能安全研究年次計画(平成8年度〜平成12年度)5.安全評価研究

<関連タイトル>
環境放射能安全研究年次計画(平成3年度〜平成7年度) (10-03-01-04)
環境放射能安全研究年次計画(平成8年度〜平成12年度)生物影響研究 (10-03-01-12)
環境放射能安全研究年次計画(平成8年度〜平成12年度)特定核種の内部被ばく研究 (10-03-01-13)
環境放射能安全研究年次計画(平成8年度〜平成12年度)緊急時被ばく医療対策の研究 (10-03-01-14)
環境放射能安全研究年次計画(平成8年度〜平成12年度)環境・線量研究及び被ばく低減化研究 (10-03-01-16)
環境放射能安全研究年次計画(平成13年度〜平成17年度) (10-03-01-19)

<参考文献>
(1) 科学技術庁原子力安全局:原子力安全委員会月報 通巻第207号、p.46-52、大蔵省印刷局(1995)
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