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<概要>
 従来の放射線防護体系では防護の対象は人間であり、環境は放射性物質の移行経路としてのみ考慮する対象として捉えて来た。国際放射線防護委員会ICRP)の従来の勧告でもこの人間中心的な放射線防護の考えに基づいていた。放射線防護において初めて環境を取り上げたのは1992年の「環境と開発に関する国連会議」におけるリオ宣言である。また地球温暖化防止対策に対する国際的な取り組みや、チェルノブイル事故による広域の環境放射能汚染、放射性廃棄物の処分における環境影響評価などで環境への社会的関心が高まった背景もあって、人間以外の生物に対しても放射線防護に取り組もうとの新たな認識が国際的に高まってきた。
 2001年にはICRP主催「電離放射線の影響から環境を守るための専門家会合」(ウィーン)およびICRP主催「環境防護に関するTask Group」会合(ウィーン)、2002年にはIAEA等主催「第3回電離放射線からの環境防護に関する国際シンポジウム」(ダーウィン)などが開催され、2003年にはOECD/NEA・ICRP主催「環境放射線防護に関するフォーラム」(4月)、IAEA等主催「電離放射線の影響からの環境の防護に関する国際会議」(10月、ストックホルム)が開催の予定である。またICRPでは、2005年新勧告の検討を進めており、この新勧告には環境(人間以外の生物)に対する放射線防護が含まれる予定である。
<更新年月>
2003年02月   

<本文>
1.はじめに
 1970年代から環境問題の国際的な検討が進められていた。1972年の国際連合人間環境会議(ストックホルム会議)では、人間環境宣言・環境国際行動計画のほか4つの決議が採択された。1984年には環境と開発に関する世界委員会(ブルトン委員会)が「地球の未来を守るために」を発表し、将来の環境や次世代の利益を損なわない範囲で社会の発展を進める「持続可能な開発:sustainable development」の理念を強調している。1988年には国連環境計画と世界気象機関が共同で「気候変動に関する政府間パネルIPCC)」を設置し、地球温暖化の機構と将来予測、環境や社会・経済への影響と対応策を提示しており、気候変動枠組み条約(1994年発効)が採択され、2000年までに温室効果ガス排出量を1990年の水準に戻す目標が設定された。
 従来の放射線防護体系では、防護の対象は人間であり、環境は放射性物質の移行経路としてのみ対象として捉えて来た。国際放射線防護委員会(ICRP)では、放射線防護に関して1977年勧告および1990年勧告を出しているが、人間が放射線から防護されていれば人間以外の生物種もリスクに曝されないと信じる人間中心的な放射線防護の考えであった。放射線防護において初めて環境を取り上げたのは1992年の「環境と開発に関する国連会議」におけるリオ宣言である。この宣言では、環境に配慮した放射性廃棄物処分の取り組みは国際原子力機関(IAEA)が行うべきと提言しており、あらゆる生物種は生態系に寄与しているので重要であるとする生物多様性に関する協定、および持続可能な発展のための行動計画「アジェンダ21」が採択された。
 このように、地球温暖化防止対策に対する国際的な取り組みや、チェルノブイル事故による広い地域の放射能汚染、放射性廃棄物の処分における環境影響評価などで、環境へのリスクに社会的関心が高まった背景もあって、人間以外の生物に対しても放射線防護の対象として取り組もうとの新たな認識が国際的に高まってきた。

2.環境の放射線防護に関する国際的な新しい動き
  表1 に転換点(1992年リオ宣言)以降の放射線環境影響に関する国際動向を示す。
(1)環境(人間以外の生物種)放射線防護体系検討の背景
 ICRPは、以上のように環境の放射線防護については明示的せず、そのための哲学、手法、指針も示さないできたが、近年環境リスクに関する社会的関心が高まってきていることから、21世紀の放射線防護を検討するためタスクグループを設置して、科学的、倫理・哲学的原則に基づいた環境の放射線防護の枠組みを提案している。この背景には欧米先進諸国では放射線を念頭に置いたさまざまな環境影響評価プロジェクトが実施されており、環境に関する関心が高まっているからである。たとえば欧州では「環境影響評価の枠組み(FASSET:Framework for Assessment of Environment Impact)」および「北極における電離放射線汚染に関する環境保護(EPIC:Environment Protection from Ionizing Contaminants in Arctic)」が実施されている。FASSETは、人間と環境を保護するに際し、放射線が生物種に及ぼす損傷を判断する科学的根拠を得るためのプロジェクトであり、EPICは北極における放射性物質の環境中の移行、生物種の摂取のモデル化および放射線影響評価を目指すプロジェクトである。これらのプロジェクトの成果は2003年にまとめられる予定である。一方米国では、エネルギー省(DOE)が水生生物の放射線防護のための線量限度(0.01Gy/日,1990年)、陸水生生物の放射線防護のための線量限度(植物に対して0.01Gy/日、動物に対して0.001Gy/日、1996年)など、環境の放射線防護のための基準を提示している。ロシアでは、海洋生動物に対して100mGy/年、海洋性植物に対して1000mGy/年の基準を提示している。
(2)環境(人間以外の生物種)の放射線防護に関する国際会議
 最近環境の放射線防護に関する重要な国際会議がいくつか開催されている。2002年7月豪州ダーウィンでIAEA等主催「第3回電離放射線からの環境防護に関する国際シンポジウム(SPEIR3:Third International Symposium on the Protection of the Environment from Ionizing Radiation)」および2002年9月モナコで国際放射生態学連合等主催「環境中における放射性物質に関する国際会議(Conference on Radioactive in the Environment)」が開催された。
(2-1)第3回電離放射線からの環境防護に関する国際シンポジウム(ダーウィン会議)
 IAEAと豪州環境・管理科学部(SSD:Supervising Scientific Division, Enviroment Australia)/放射線防護原子力安全局(ARPANSA:Australian Radiation Protection and Nuclear Safety Agency)の共催である。従来の人間中心的な放射線防護においては人間を防護できれば人間以外の生物も防護されるという考えに対する疑問発生、自然環境事態を防護しようとする動き、およびICRPとIAEAが開催した国際会議があった。世界の各所でこのような討論があるので、この国際会議での討論は2003年10月ストックホルムで開催予定のIAEA等主催「電離放射線の影響からの環境防護に関する国際会議(Protection of the Environment from the Effects on Ionizing Radiation)
に集約されることになった。グリーンピースの参加もあった。
(2-2)環境中における放射性物質に関する国際会議(モナコ会議)
 IAEAと国際放射生態学連合(IUR:International Union of Radioecology)/ノルウェー放射線防護庁(NPRA: Norwegian Radiation Protection Authority)/環境放射能ジャーナル(Journal of Environmental Activity)との共催である。1992年のアジェンダ21を受けたもので、放射線の環境影響評価の対象を人間の保健だけでなく環境と生態系、および人間以外の生物種への負荷も考慮すべきとの考え方が注目されてきたことによる。1998年にオスロ・パリ会議が開催され「北洋大西洋の海洋環境防護の規約の下で海洋環境への人工放射能核種の放出濃度を限りなくゼロに近づけるべきである」との結論が出された。また2001年にIAEA主催の「電離放射線の影響から環境を防護するための 枠組みに関する専門家会議」が開催され、2002年にはダーウィン会議が開催されており、モナコ会議はこうした一連の環境関連会議と一つとして注目される。このモナコ会議では、環境の放射線防護に世界の注目を集める場として多くの参加者があった(約350名)。

3.OECD/NEA・CRPPHの動き
(1)放射線防護体系の発展に関する専門家グループ(EGRP)の活動
OECD/NEA・放射線防護保健委員会(CRPPH:Commitee on Radiation Protection and Public Health)では、ICRPにおいて放射線防護に関する2005年新勧告の検討が開始されたのにともない、2000年に「制御可能な線量と集団線量に関するワーキンググループ(Working Party on Controllable Dose and the Use of Collective Dose)」を設置し、クラーク氏の提案した制御可能な線量の概念を中心に放射線防護体系の進展に関する討議を行い、報告書「放射線防護体系の厳しいレビュー:放射線防護と保健に関するOECD/NEA委員会の最初の反映(A Critical Review of the System of Radiation Protection:First Reflections of the OECD Nuclear Energy Agency’s Committee on Radiation Protection and Public Health(NEA2000)」を作成した。引き続き、新しい専門家グループ(EGRP:Expert Group on the Evolution System of Radiation Protection)を組織し討議を続けることとなった。討議の結果EGRPは2000年5月広島で開催されたIRPA-10会議での制御可能な線量のセッションで出されたさまざまな放射線防護団体の意見も取りまとめ、「より広く理解され受け入れられる新しい放射線防護体系はどう発展させたらよいか」と「クラーク氏の提案」とを合わせたアプローチを2002年2月「全身への道標:放射線防護体系の近代化」としてまとめた。このようにして2005年ICRP新勧告に対する意見が集約された。EGRPはアジア諸国の意見も集約するため、2002年10月に東京でNEAワークショップ「放射線防護体系の発展のためのアジア地域会議(Asian Regional Conference of the Evolution of Radiation Protection」を開催している。
(2)ICRP勧告の意味合いに関する専門家グループ(EGIR)の活動
 ICRPが2005年新勧告に環境を取り入れると発表したので、CRPPHではICRP勧告の意味合いに関する専門家グループ(EGIR:Expert Group on the Implication of Radiation Protection)を新設し、環境影響に関する報告書ドラフトと2005年ICRP新勧告について検討することとなり、第1回の会議は2002年9月パリで開催された。環境影響に関する報告書ドラフトは内容的には内部的報告書でICRP報告書とするのは適切でない、2005年ICRP新勧告は、当面は環境放射線防護について学術的知見の収集と蓄積の段階であり今後検討を進めていく課題である、この勧告を策定する際には利害当事者と広く協議することが重要である、などの討議があった。
<図/表>
表1 転換点(1992年リオ宣言)以降の放射線環境影響に関する国際動向
表1  転換点(1992年リオ宣言)以降の放射線環境影響に関する国際動向

<関連タイトル>
ICRP1977年勧告によるリスク評価 (09-02-08-01)
ICRP1990年勧告によるリスク評価 (09-02-08-04)
ICRP勧告(1990年)による個人の線量限度の考え (09-04-01-08)

<参考文献>
(1) 藤元憲三:環境の放射線防護に関する世界の動向、放射線科学、45(3),70-76(2002)
(2) 土居雅弘:放射線環境影響の評価とその防護に関する新しい考え方、原安協だより、第190号(2002.10.25)、p3-8
(3) L−E Holm(ICRP): ICRP’s Recommendations on Radiological Protection、第15回原安協シンポジウム(原子力安全研究協会、2003年2月24日)
(4) 原子力安全研究協会:ICRP新勧告と環境放射線防護について、第15回原安協シンポジウム(2003年2月24日)
(5) ICRP Task Group(Chairman:L-E Holm): Protection of Non-Humane Species From Ionising Radiation,ICRP reference 02/305/02(Draft 2002-08-16),//www.icrp.org/draft_nonhuman.htm
(6) C-M Larsson(Swedish Radiation Protection Institute): FASSET,Framework for Assessment of Environmental Impact,4th FASSET(Oslo,Oct.21-24,2002),
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