<本文>
ヒトをはじめとして高等動植物の細胞、すなわち、真核細胞では、分裂・
増殖するときその細胞核内に染色体という棒状の形態構造を形成、その棒状染色体が2本に等分に分離することによって親細胞の遺伝子が新しく生じる娘細胞に均等配分される。細胞核の存在しないバクテリアなど下等生物の細胞は原核細胞とよばれ、その遺伝子を構成するDNA分子はそのまま細胞内で半保存的複製法則に従い、2分して増殖する。しかし、多量の遺伝子、すなわち、多量のDNA分子を保有する真核細胞では、DNA分子の長軸方向に直線的に配列する
遺伝子暗号が集合して遺伝子を構成、さらに、複数の遺伝子が直線的に配列して遺伝子連鎖群を形成して一つの染色体を構成する。 通常、真核細胞では種によって細胞あたりの染色体数やそこに観察される染色体の形態的特徴は、生物の種によって固有のパターンを示す。これを細胞の核型という(
図1 、
表1 )。生物体を形成する体細胞の核型に見られる染色体構成は、Gバンド法と呼ばれる染色法によって明確に示されるように、全く同じ形態と同じ縞模様(バンド)を示す2ヶの染色体(
相同染色体)が何組か存在し、これら相同染色体組の他にヒトなどの高等動物では性決定に関与する
性染色体および性染色体組(XとY,ZとWなど)が存在するのが普通である(
図2 )。これらの染色体組の片方は父親、他方は母親由来の染色体と認識されており、また、ヒトでは性染色体XYの組み合わせは男性に、XXの組み合わせは女性細胞を構成している。因みに、ヒトの体細胞を構成する染色体数は46本で、その構成は1対の性染色体組と22対の男女共通の相同染色体組から成り、性染色体対を除いてサイズの大きい方から、各群に1から22番まで番号が付けられている。
図1はヒト染色体の核型を示し、
表1は数種の生物の細胞に含まれる染色体数を示す。生殖細胞である精子と卵子には各染色体組のどちらか片方しか含まれないので、生殖細胞はメンデル法則における相続されるべき遺伝子の最小量、すなわち
ゲノムを保有すると考えられ、通常、生殖細胞の染色体数は体細胞の染色体数2nの半数nで表す。
染色体は遺伝子の担架体であり、その主成分はDNA分子である。高等動植物に含まれる多量の長いDNA分子は、一般にヌクレオソーム、ソレノイド、スーパーソレノイドといわれる高次の螺旋構造を形成して細胞核や染色体内に折り畳まれている。分裂期の染色体内では直径約30nmの染色糸の螺旋凝縮状況が電子顕微鏡で確かめられている(
図3 、
図4 )。最も小さいヒト染色体でも、〜4.6×10
7塩基数(大腸菌ゲノムの約10倍)のDNAを保有しているといわれるが、このDNAを伸展すると約1.4cmに達する。因みに、ヒトDNAの総量は6×10
8kbでその長さは約1.8mに達すると推測される。細胞分裂は通常短時間(10分位)で終了し細胞は直ちに間期または休止期と呼ばれる通常の生理機能を営む生活状態に戻るので、上記でいう染色体はその形態を失いその中で凝縮していた染色糸の螺旋構造はゆるんで染色糸が核内一杯に拡散する。そのときの染色体構造は電子顕微鏡を用いても明瞭にはその形態を認識できない。
染色体は、0.5Gyの
被ばくでも形態異常を観察できるほど放射線に非常に高い感受性を示すので、昔から細胞学者にはその現象はよく知られていた。現実に、放射線被ばく事故が起きると被ばく者の血液細胞に放射線によって誘発される染色体異常量を検査して
被ばく線量が推定されている。放射線によって分裂期の染色体に生じる形態異常は、染色体腕の切断とその再結合の結果であるが、被ばくした
線量や細胞の
細胞周期における位置の如何によってその切断と再結合は染色体に種々の構造異常をもたらす。なかでも、2つの染色体が切断—再結合して形成される2動原体染色体と呼ばれる異常染色体の形成は、細胞の放射線による細胞致死に密接な関係があるといわれている。染色体切断の起源は、放射線によって誘発されるDNA2重螺旋構造の破壊と切断に起因すると考えられているが、染色糸の多重螺旋構造がどのように破壊されて染色体異常に結びつくか詳しいことは未だ明らかになっていない。現在の放射線生物学では、DNA2重螺旋の切断と破壊が放射線によって起こる細胞致死効果のもっとも有力な一義的原因と考えられている。
<図/表>
<関連タイトル>
細胞の構成 (09-02-02-01)
遺伝子と遺伝子暗号DNAの構成 (09-02-02-02)
生殖細胞の構成 (09-02-02-05)
放射線のDNAへの影響 (09-02-02-06)
<参考文献>
(1)日本分子生物学会(編):シリーズ分子生物学の進歩(6) 染色体と細胞周期(1989年)
(2)日本分子生物学会(編):シリーズ分子生物学の進歩(14)ヒト遺伝子から医学へ(1989年)