<本文>
1.宇宙物質とは
宇宙物質とは地球以外に起源を持つ物質を指す。代表的な宇宙物質には隕石が挙げられる。隕石は我々が受動的に手に入れることができる宇宙物質である。それに対して、能動的に手にすることができる宇宙物質もある。旧ソ連とアメリカが国の威信をかけて地球に持ち帰った月試料である。今後、宇宙探査が進むと、月以外の天体から宇宙物質を地球に持ち帰る機会がふえることは確実である。例えば、2003年5月に打ち上げられた日本の探査衛星「はやぶさ」は2007年の秋に、小惑星から試料も持ち帰る予定である。また、それよりも前に、アメリカの探査衛星「スターダスト」は、彗星を構成する物質をエアロジェル中に採取して地球に帰還することになっている。一方、受動的に得られる試料についても、隕石に加えて宇宙塵の研究が盛んになってきた。宇宙物質の簡単な分類を
表1 に示す。このように、21世紀には、これまでは我々の手に入らなかったような様々な種類の宇宙物質が研究対象として利用できるようになり、宇宙に関する知識が飛躍的に深まることが期待される。
2.宇宙物質の元素分析法−中性子放射化分析の優位性
宇宙物質を化学の面から研究するには、元素に注目する場合と
同位体 に注目する場合に分けられる。宇宙物質の元素組成は、その生成環境や、生成条件を考える上で最も基本となる情報である。元素組成を求めるには元素分析を行うどのような手法でも利用可能であり、宇宙物質であることは分析手法を限定しないが、分析に利用できる量が限定要因となる。つまり、地球上の試料のように、分析にいくらでも試料を利用できることはなく、比較的自由に使える隕石試料の場合でも非常に限られた量の試料で分析することが求められる。今後宇宙探査で地球に回収されてくる試料の場合には、利用できる試料の量にこれまで以上の大きな制約が加わることになる。従って、利用されうる分析法の特徴として、感度が高いことが重要である。また、物理的に破壊されないこともそれと等しく重要である。さらに、繰り返し分析しなくても信頼できる、確度の高い分析値が得られることも望ましい。中性子放射化分析法はこのような要求をすべて満たしており、宇宙物質、それも微小宇宙物質の元素組成を求めるには最も適した分析法であるといえる。次項以下において、中性子放射化分析法を用いて宇宙化学的試料がどのように有効に分析されるのかを、いくつかの実例を挙げながら示したいと思う。中性子放射化分析法に関しては別タイトル(ATOMICA構成番号 <08-04-01-27>)を参照頂きたい。
3.宇宙物質の分析に利用される中性子放射化分析法(1) 即発ガンマ線分析
即発ガンマ線とは、
原子核 が中性子を捕獲したときに極短時間(10−14秒以内)に放出されるガンマ線で、その測定は試料に中性子を
照射 しながら行う必要がある。日本では日本原子力研究所(現日本原子力研究開発機構)のJRR-3Mを用いて実施することができる。分析には冷中性子と
熱中性子 を選ぶことが可能である。即発ガンマ線分析では物理的に完全なる非破壊のままで元素組成を求めることができる。また、試料を照射する位置における中性子束は原子炉内で行う通常の中性子照射の場合に比べて6桁程度低いために中性子照射によって誘起される放射能レベルが低く、適当時間冷却すれば自然放射能のレベルまで下がるので、試料の再利用が可能である。分析感度の点でもすぐれていて、数10mgの岩石試料に対して質量%で0.1%までの主要・微量元素含有量を求めることができる(ほぼ唯一の例外はリン)。このような特徴を考えると、即発ガンマ線分析は宇宙物質の分析に最適な分析法であることが理解されよう。
4.宇宙物質の分析に利用される中性子放射化分析法(2) 機器中性子放射化分析
機器中性子放射化分析(INAA:Instrumental Neutron Activation Analysis)は別名、非破壊中性子放射化分析ともいい、即発ガンマ線分析同様、物理的に非破壊で行う中性子放射化分析である。即発ガンマ線分析に比べて、用いる中性子束が高いために、分析は非破壊で行われても、中性子照射後の試料は一般実験室で再利用することはできない。反面、ppmやppbレベルの微量、極微量元素の定量が可能である。また、照射後の試料の利用は、
放射線管理 を受けた実験室では可能であり、貴重な資料の再利用の道は残されている。即発ガンマ線分析を行った試料を冷却し、その一部を用いて機器中性子放射化分析を行うことによって、同一試料から%オーダーからppbレベルに至る多くの元素の定量値を求めることができる。通常、機器中性子放射化分析では照射時間を変え、また場合によっては冷却時間を変えて、できるだけ多くの元素の分析をおこなう。元素組成があらかじめわかっていれば、それに類似の比較標準試料を用いて定量値を計算できるが、そうでない場合にはko標準化法(ATOMICA構成番号 <08-04-01-27>参照)を用いると都合が良い。即発ガンマ線分析を行った後の試料を用いて、誘導結合プラズマ質量分析法(ICP-MS:Inductively Coupled Plasma Mass Spectrometry)*1 を行うことがある。ICP-MSで固体試料を分析する場合、精度良い定量値を求めるには、一度、完全に融解して溶液試料としなければならないので、試料は消費されてしまい、再利用は不可能である。
*1 誘導結合プラズマ質量分析法(ICP-MS):高周波誘導加熱によるArプラズマをイオン化源として用いる質量分析法であり、多くの元素に対してpptレベルの超高感度分析ができるだけでなく、多元素同時分析(最大70元素)に適している。近年、半導体材料、有機ポリマー、生体試料、環境試料などの無機元素分析に広く利用されている。
5.中性子放射化分析の宇宙物質への応用(1)「神戸隕石の帰属」
この10年間に日本でもいくつかの隕石が発見されているが、その多くは落下が確認され、その後に試料が発見・回収されている。このような、試料の落下が目撃され、回収された隕石を「落下隕石」(observed fall又はfall)と呼ぶ。それに対して、落下が目撃されずに回収される隕石を「回収隕石」(find)という。6.で述べる、南極大陸で回収された隕石はfindに分類される。隕石はその落下場所の地名で呼ばれるが、公式名称は国際隕石学会の「隕石命名委員会」で承認される。
表2 に1990年以降、発見された隕石の名称、発見場所、fall(落下)かfind(発見・回収)か、等の情報を示す。神戸隕石は1999年9月に兵庫県神戸市に落下した隕石で、落下直後に組織的な共同研究体制が組まれ、いわば日本の隕石研究の力が結集して研究された隕石である。
神戸隕石を即発ガンマ線分析で分析した。その結果、水素、ナトリウム、マグネシウム、アルミニウム、ケイ素、硫黄、塩素、カリウム、カルシウム、チタン、マンガン、鉄、コバルト、ニッケルの計14元素が定量できた。このうちの硫黄、アルミニウム、ケイ素、マンガンの4元素の組成をもとに、神戸隕石の種類を特定した。隕石の簡単な分類を
表3 に示す。アルミニウムとケイ素の元素組成比からこの隕石が炭素質球粒隕石(炭素質コンドライト隕石)グループに分類できることがわかった。次に、硫黄、アルミニウム、マンガンの3元素の組成から、この隕石がCKグループに分類されることがわかった。その分類の根拠となった図を
図1 に示す。これまでCKに分類される隕石は少なく、またその大半がfindであるために、落下直後のCK隕石が組織的に研究できたことは、隕石研究者にとって、あるいは惑星科学者にとって非常に幸運なことであった。この隕石の共同研究の成果は論文集として印刷されている。
6.中性子放射化分析の宇宙物質への応用(2)「火星隕石の分類と化学組成上の特徴」
隕石の分類(
表3 )で示されるように、隕石の中には月に起源を持つ「月隕石」や同じく火星に起源を持つ「火星隕石」が存在する。月試料に関してはソ連のルナ、アメリカのアポロが月から実際に試料を採取して地球に持ち帰っており、「月隕石」が確かに月から飛来したものであることは疑問の余地がない。それに対して「火星隕石」に関しては、現時点では月隕石と同じように断定することはできない。1996年8月に、「火星に生命発見!?」というニュースが世界を駆けめぐったが、その根拠となるデータは、火星飛来と考えられる隕石を研究して得られた結果である。火星起源とする根拠は、隕石の持つ年代が若いこと(比較的最近まで火星活動があった)、含有されている気体成分の組成が1976年に火星探査機バイキングが測定した火星大気のそれと似ていること、が挙げられる。「火星隕石」はこれまで南極大陸で多くの試料が見つかっているが、最近ではアフリカのサハラ砂漠でも発見が相次いでいる。南極隕石は南極大陸で発見・回収される隕石の総称で、現在その総数は3万個に迫るが、その半分以上を日本の南極観測隊が発見したもので、国立極地研究所に保管されている。
南極で回収された最も新しい火星起源隕石Yamato(Y)000593とY000749隕石の化学組成を中性子放射化分析で求めた。
図2 は即発ガンマ線分析による結果の一例である。ここではマグネシウム、ケイ素、カルシウムのデータを組み合わせて表示してある。このような表示方法を用いると火星起源の隕石をそれ以外の隕石と区別することができるほか、火星隕石の中での細分類も可能であることがわかった。このことと5.で述べた結果を併せると、隕石と疑われる試料の鑑定、分類に即発ガンマ線分析は非常に有効な手法であることがわかる。即発ガンマ線分析に使った試料の一部を機器中性子放射化分析で分析した結果の一例を
図3 に示す。機器中性子放射化分析では含まれている元素すべてを定量することができる。その結果、Y000593とY000749はお互いにペアであること(落下前は同一メテオロイド−地球に飛び込む前の宇宙空間に漂流しているときの天体−に属すること)、落下隕石であるNakhla隕石と組成が事実上等しく、火星での位置は同じで、恐らく同じクレータリング−天体の表面に別の天体が落下していわゆるクレータを作る出来事−で火星から太陽系空間に放出されたことが推察された。
7.今後の展望
即発ガンマ線分析や機器中性子放射化分析が宇宙物質の分析にいかに有効な分析法であるかを述べたが、中性子放射化分析のもう一つの手法である放射化学的中性子放射化分析法も宇宙物質の分析には同じくらい有効な分析法である。放射化学的中性子放射化分析法では中性子照射後に試料を化学的に分解し、その中の目的元素を放射化学的に精製する。従って試料は破壊され、再利用はできないが、目的とする元素を即発ガンマ線分析や機器中性子放射化分析とは比べものにならないくらいの感度と正確さで定量することができる。またその分析法の特徴から、繰り返し分析をせずに、いわば一発勝負で、正確な定量値を求めることができる。従って、即発ガンマ線分析−機器中性子放射化分析−放射化学的中性子放射化分析という分析操作の流れは、近い将来、宇宙探査衛星で地球に回収される試料の化学分析法として、比類ない力を発揮するものと期待される。
<図/表>
表1 宇宙物質の分類
表2 1990年以降に日本で発見された隕石
表3 簡単な隕石の分類
図1 即発ガンマ線分析による炭素質球粒隕石の分析結果
図2 即発ガンマ線分析による「火星隕石」の分析結果
図3 機器中性子放射化分析による「火星隕石」の分析結果
<関連タイトル>
中性子放射化分析−原理と応用 (08-04-01-27)
<参考文献>
(1) S. A, Latif, Y. Oura, M. Ebihara, G. W. Kallemeyn, H. Nakahara, C. Yonezawa, T. Matsue and H. Sawahata: Prompt gamma-ray analysis (PGA) of meteorite samples, with emphasis on the determination of Si, J. Radioanal. Nucl. Chem. 239, 577-580 (1999).
(2) 伊藤泰男、海老原充、松尾基之(編):「放射化分析−原理と実践」、日本アイソトープセンター
(3) Y. Oura, M. Ebihara, S. Yoneda and N. Nakamura: Chemical composition of the Kobe meteorite; Neutron-induced prompt gamma ray analysis, Geochem. J. 36, 295-307 (2002)及び同誌36巻No. 4に掲載されている論文。
(4) D. S. McKay, E. K. Gibson, Jr., K. L. Thomas-Keprta, H. Vali, C. S. Romanek, S. J. Clemett, X. D. F. Chillier, C. R. Maechling, R. N. Zare; Search for past life on Mars: Possible relic biogenic activity in Martian meteorite ALH84001. Science 273, 924- (1996).
(5) 海老原充:万人を納得させる証拠を待ちたい. SciaS(朝日新聞社) 1996.10.18号, 72-73 (1996).
(6) Y. Oura, N. Shirai and M. Ebihara: Chemical composition of Yamato(Y)000593 and Y000749: Neutron-induced prompt gamma-ray analysis study. Antarct. Meteorite Res. 16, 80-93 (2003).
(7) 国立科学博物館 理工学第三研究室:日本の隕石リスト