<大項目> 放射線影響と放射線防護
<中項目> 原子力施設による健康影響
<小項目> 放射線障害の治療
<タイトル>
放射線防護薬剤 (09-03-05-03)

<概要>
 電離放射線の生物作用を増強する薬剤を放射線増感剤(radiosensitizer)、抑制する薬剤を放射線防護剤(radioprotector)と総称している。WR−2721などラジカル消去や低酸素作用で防護効果を示す薬剤は、被ばく前に投与しておく必要がある。インターロイキン1なども事前投与で効果を示す。G-CSFなど造血細胞増殖因子や432OKなど免疫賦活剤のように、造血細胞増殖因子の体内産生を高める薬剤は、被ばく後投与でも効果がある。放射性核種が皮膚や消化管から吸収されたり組織に沈着するのを防止し、排せつを促進するキレート剤やヨウ素剤なども広義には防護剤といえよう。
<更新年月>
2001年03月   (本データは原則として更新対象外とします。)

<本文>
1.ラジカル消去剤
 防護剤はがんの放射線療法の補助のための薬として研究され、多くの化合物の中で、WR-2721(S-2-(3-Aminopropylamino)ethylphosphorothioic acid)が最も有望であった。
放射線の間接作用によって生ずるラジカルの消去、水素付加、酸素効果の低減などにより防護作用を示すと考えられているもので、放射線被ばく直前に投与すると、放射線障害を軽減できる薬剤を放射線防護薬剤という。システアミン(メルカプトエチルアミン)、WR-2721などアミノチオール誘導体がその代表である。腫瘍の放射線療法の際に、腫瘍周辺の正常組織を防護する目的で臨床応用が考えられたが、実用化には至っていない。また、原子力施設の事故に際して救護隊員や除染作業員の防護に、これらの放射線障害予防薬を使用する可能性が考えられるが、現在知られている薬剤は、いずれもスタミナ、判断力、機敏性の低下や嘔吐などの副作用が強く、実用化されていない。
2.生体防御機構の活性化薬剤
 MnやZnやCdイオンは、細胞内にラジカル消去能をもつメタロチオネインの生合成を誘導して防護効果をもたらす。また、ゼレンやインターロイキン1(IL-1)やリポ多糖(リポポリサッカライド、LPS)やムラミルジペプチド(MDP)誘導体や朝鮮人参抽出物などは、生体に備わっている防御機構を高めることにより、被ばく前投与で効果を発揮する。ロイコンやイノシーなどは核酸前駆物質で、白血球減少症の薬として認可されており放射線防護作用もあるが強力ではない。
3.造血細胞増殖因子
 G-CSF(顆粒球コロニー形成刺激因子)は、好中球など白血球の前駆細胞の増殖因子であるが、被ばく直後から1−2週間連投することにより、白血球の減少を防ぎ感染や出血を防止して救命効果をもたらす。GM-CSF(顆粒球・マクロファージコロニー形成刺激因子)やインターロイキン6(IL-6)にも同様の作用があるが、副作用が少ない点においてG-CSFが最も期待されている。これらのタンパク質は、サイトカインと総称されている天然物質であるが、遺伝子工学的手法により組換体として生産することができる。また、ピシバニール(OK-432)、グルカン、乳酸菌製剤などは、造血細胞増殖因子の生体内産生を高めるとされており、被ばく後投与で効果がある。GM-CSFなど造血ホルモンは、実際にブラジル(ゴイアニア被ばく事故<09-03-02-04>)やサン・サルバドル(サン・サルバドルの放射線被ばく事故<09-03-02-03>)で事故後に被ばく者に使用された。
4.新しい防護薬剤について
 安定ニトロキシドラジカルにはSOD活性があり、スーパーオキシドや過酸化水素による酸化的ストレスから動物細胞を保護する働きがある。安定ニトロキシドラジカルの一つであるTempolは、C3Hマウスに対してin vitroおよびin vivoのいずれにおいても放射線防護作用を示すことが明らかにされた。放射線による骨髄障害を防ぐことも示され、がんの放射線治療における防護剤として有望であると思われる。生体計測用ESR(*1)によるニトロキシドラジカルの測定とニトロキシドラジカル化合物の構造を図1に示す。
5.放射性核種の体内吸収・沈着防止と排せつ促進のための薬剤
 放射性核種が皮膚や消化管から吸収されたり、組織に沈着するのを防止し、または排せつを促進するものとして、キレート剤やヨウ素剤なども広義には防護剤といえる。プルシアン・ブルーは137Csの吸収防止に使われる。90Srの排せつ促進には、クエン酸カルシウム、アルギン酸ナトリウムが推奨されている。また、クエン酸ナトリウムや低リン食が有効である。ゲラルミン(水酸化アルミニウムゲル)はリン酸の吸収を阻害するので、低リン食と同じ効果がある。プルトニウムの排せつ促進には、Zn-DTPAまたはCa-DTPAが使われる。放射性ヨウ素甲状腺に集まるのを防ぐには、ヨウ素剤(ヨウ化カリウム剤)が有効である。
6.まとめ
 上に述べたように、作用機序の異なる数種類の防護剤を組み合わせて使用すれば、最大の効果を得ることができる。しかし、これらの処置はいずれも放射線の急性障害の防護が目的で、発ガンや寿命短縮など晩発障害の防護に役立つかどうかについては不明である。
[用語解説]
(*1) ESR:電子スピン共鳴(electron spin resonance)、電子は1/2のスピンをもつので、外部から磁場をかけると、エネルギー準位が二つに分裂する。このエネルギー差に等しい周波数をもつ電磁波をかけたとき、準位間の遷移が誘起され、電磁波の吸収現象が起きる。吸収の大きさを計測して、原子・分子の動的な性状を知ることが出来る。
<図/表>
図1 生きているニトロキシドラジカルの測定とニトロキシドラジカル化合物の構造

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<関連タイトル>
放射線の急性影響 (09-02-03-01)
エルサルバドル国サン・サルバドルコバルト60照射施設の放射線被曝事故 (09-03-02-03)
ブラジル国ゴイアニア放射線治療研究所からのセシウム137盗難による放射線被ばく事故 (09-03-02-04)
緊急被ばく医療 (09-03-03-03)
放射性核種の体内取込みと体外除去 (09-03-03-04)
安定ヨウ素剤投与 (09-03-03-05)

<参考文献>
(1)モズジュヒン・ラチンスキー共著、波多野博行 校閲、稲葉弥之助翻訳:放射線障害の化学的防御法 、産業図書(1967年)
(2)特集 造血因子と生体防御、生体防御 6巻(2号)、ライフ・サイエンス社、(1989年)
(3)中尾慂(編):緊急時の被ばく評価と医療、放医研シンポジウムシリーズ No.19 放射線医学総合研究所、(1989年)
(4)青木芳郎、渡利一夫(編著):人体内放射能の除去技術、講談社サイエンティフィク、(1996)
(5)S.M.Halm,et al.,:Evaluation of temp radioprotection in murine tumor model,Free Rad. Biol. Med.,22,1211,(1997)
(6)文部科学省:低線量放射線安全評価データベース“CD-ROM,DRESA”、放射線増感剤・放射線防護剤(2001)
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