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<概要>
 高速増殖炉における放射性物質の放出移行挙動は、プラントの運転および保守点検や補修時の従業員の被ばく低減並びに事故時の安全評価の観点から重要であり、高速増殖炉の特徴、特に冷却材ナトリウムの存在とその影響効果を十分考慮に入れる必要がある。そのため、高速増殖炉における放射性物質の生成と移行の過程において、その存在形態やナトリウムによる保持能力に着目した試験研究が行われ、データが蓄積されている。また、それらのデータを基に各種解析コードの開発も平行して進めている。
<更新年月>
2007年01月   

<本文>
 高速増殖炉の冷却材中やカバーガス中の放射性物質は、以下のメカニズムで生成するが、その放出移行挙動については、高速増殖炉の特徴を十分考慮に入れる必要がある。
(1)カバーガスや冷却材自身の放射化
(2)冷却材が炉心領域を通過する際に溶解或いはエントレインされた不純物(初期から存在するLiやU等の不純物や腐食によってエントレインされた不純物を含む)の放射化
(3)放射化された炉心構成要素(燃料被覆管、炉心構造材、制御棒、ステライトのような耐磨耗材)の腐食
(4)破損燃料から放出された放射性核分裂生成物と核燃料および燃料被覆管表面の汚染核燃料
(5)冷却材中の不純物6Liの(n、α)反応と核燃料の三体核分裂(Ternary Fission)および中性子吸収材の10B(n、2α)3Hによるトリチウム
一般に、放射性物質は原子炉の炉心や一次系ナトリウム中で生成され、沈着、吸着、拡散、同位体交換および化学反応の過程を経て冷却材やカバーガス、コールドトラップ、構造材表面などへ移行する。表1に高速増殖炉プラントの運転および保守点検や補修時の放射線量率の観点から重要な1次冷却系内の主要線源を示すが、これらは放射性腐食生成物(CP)、放射性核分裂生成物(FP)、トリチウム、燃料および放射化ナトリウムである。以下では、これらのうちのCPとFPおよびトリチウムの挙動について、被ばく低減と安全評価の観点から述べる。
1.放射性腐食生成物(CP)の挙動
 高速増殖炉におけるCPは炉心領域で生成され、1次冷却系の機器配管に移行・沈着するとともに、燃料交換および1次系機器の分解検査・修理に伴って燃料洗浄設備や液体廃棄物処理設備に移行する。この結果、CPは強い放射線源となり、これら設備のメンテナンス時における被ばくの主な原因となるため、CPに対する総合的な対策が重要である。1次冷却系では、原子炉内で放射化された炉心材料の腐食現象により、主として54Mnと60CoのC P核種がナトリウム中に溶出し、運ばれ、ある程度循環し、機器や配管壁に沈着する。核種の生成、溶出によるCPの発生はもっぱら炉心部で起こるが、沈着は冷却系の機器、配管壁のほか、炉心入口、出口領域およびブランケット領域でも起こっている。これまでの炉外ループ実験結果では、60Coは中間熱交換器の高温部までに優先的に沈着し、それ以降の低温部にかけて沈着量はむしろ減少する。一方、54Mnは低温領域に優先的に沈着している。
 CPの発生、移行、沈着挙動に関する解析コードとしてはPSYCHE(Programme System for Corrosion Hazard Evaluation)が開発されている。これは、図1に示す「溶解・沈着モデル」(Solution−Precipitation Model)を用いて、原子炉中でのCP核種の生成と実機プラント体系に適用可能なように作成されており、高速炉プラントの1次冷却系でのCPの発生、移行、沈着をシミュレーションできるものである。解析コードの検証には、積算出力約3万、4万、6万MWdの時点で行われた「常陽」1次主冷却系配管のCP沈着分布と線量率分布の実測値が用いられている。図2に測定が行われた「常陽」主冷却系配管のレイアウトを示す。表2に配管壁のCP沈着密度の推移に関するC/E値(計算値/実測値の比)を示すが、ほぼ0.5〜2の範囲に入っている。
2.放射性核分裂生成物(FP)の挙動
 破損燃料から放出される放射性物質(FPおよび燃料物質)は、事故時に環境中へ放出される放射性物質の種類と量(ソースターム)とその環境に対する影響評価の観点から重要である。特に、冷却材としてのナトリウムの存在、および高速増殖炉特有の事象推移に関連した現象に注目し、燃料から冷却材中への放出挙動、冷却材中の移行挙動、冷却材から気相( アルゴンカバーガス、1次系窒素雰囲気および2次系空気雰囲気 )への放出挙動及び気相での移行挙動について、化学的な効果も考慮した実験を行い、評価手法を拡充整備するとともに、それらの成果をもとに、炉心から大気放出に至る経路での減衰効果の定量化を図っていくことが重要である。また、FPの中には原子番号30のZnから65のTbまで、質量数として72から161まで多くの核種が含まれるが、それらは物理的、化学的性質に基づいて表3のようにグループ分類される。
 破損燃料から放出されるFPの量は、燃料中の放射性同位元素の含有量、破損前の燃料中でのFPの分布、燃料ペレットと被覆管のギャップに存在する量、原子炉や燃料ピンの運転履歴に依存する。希ガス(Kr、Xe)は破損孔サイズに係わりなく極めて速く放出され、ナトリウムに対する溶解度が小さいことから速やかにカバーガス空間へ移動する。揮発性の高いFPで収率の高いセシウム(Cs)、ヨウ素(I)、バリウム(Ba)、ストロンチウム(Sr)も燃料被覆管が破損した初期段階で放出される。CsおよびIは、燃料中ではヨウ化セシウム(CsI) を形成しているものと推定されている。このため、燃料からこの化学形態で放出されるものと考えられるが、試験の結果、CsI はナトリウム中では極短時間のうちに化学反応:CsI+Na=NaI+CsによってNaIとCsに転換され、IはNaIとして、またCsは単体としてそれぞれ気相へ移行することが確認されている。
 FPがナトリウム中からアルゴンカバーガス中に蒸発によって放出される割合は、[気相中のモル分率]/[液相中のモル分率]の比で定義される気液平衡分配係数Kdで表される。図3に示す各FP元素のKd値と温度との関係から、。セシウムは蒸気圧が高く、Kd値は20〜100 と他に比較して大きい。一方、ヨウ素のKd値は450℃で0.05〜0.5、650℃で0.3 〜0.8というように、各測定温度で他の元素に比較して大きな幅に分布している。蒸気圧が低く捕集量が少ないテルルについては、実験値の幅が比較的小さい。また、Kd値とナトリウム液相温度との関係は、テルルがナトリウムと化合物を作り純テルルより蒸発しにくくなる場合のCastleman の理論値に一致している。その化合物としては、Na2Te等が考えられている。
 燃料からナトリウムへ移行するキセノンやクリプトンが気泡を形成する場合について、これらの気泡がFPのナトリウムによる保持効果に及ぼす影響についても研究されている。静止したナトリウム中で石英ガラス球を割って内部の模擬FPXeとI2)を含むガスの気泡を発生させ、カバーガス中に放出された気体を吸引サンプリング装置により回収する方法で得たヨウ素の除染係数DF([気泡内の初期ヨウ素量]/[カバーガスへ移行したヨウ素量])の測定例を図4に示すが、気泡内の初期ヨウ素濃度が高いほど、また気泡のナトリウム中滞在時間が長いほど、カバーガスへの移行割合が少なくなる結果が得られている。
 FPを含んだ冷却材ナトリウムが雰囲気中へ漏洩し、燃焼した場合、それにともなってナトリウムとFPの混合エアロゾルが発生する。エアロゾルの気相中の濃度は、その凝集・沈降・沈着等により、時間経過とともに減衰する。また、コンクリートと接触した場合には水素の発生を伴うナトリウム−コンクリート反応が生じ、発生する水素ガス気泡がナトリウムプール表面で破砕する際にナトリウムに非溶解性の不揮発性FP粒子を気相へ飛散・放出させる。この際の不揮発性FPの保持係数([ナトリウムプール中FP濃度]/[気相中のナトリウムに対するFP濃度])として、図5に示す結果が得られている。
 炉内ソースターム挙動の解析コードとしては、TRACER(Transport phenomena of Radionuclides for Accident Consequence Evaluation of Reactor)が開発されている。本コードは、図6に示すように燃料ピンから放出される放射性物質が冷却材中を経由してカバーガスへ到達するまでの放出移行過程で生ずる物理的・化学的挙動を機構論的に解析する機能を有している。また、炉外ソースターム挙動の解析コードとしては、シビアアクシデント事象が炉容器外へ進展した場合の格納施設内の様々な現象を解析するCONTAIN−LMRが開発されている。
3.トリチウムの挙動
 高速増殖炉の炉心におけるトリチウム生成量は軽水炉や重水炉と同等程度であるが、高速増殖炉と水炉とではそれぞれ冷却材が液体金属ナトリウムと水であり異なる化学的環境にあること、燃料被覆管材料にステンレス鋼とジルコニウム合金が用いられていること、また運転温度が500℃と300℃程度と異なることにより、トリチウムの系統内での化学種や配管機器壁透過性など、その挙動に特徴的な違いを生ずる。すなわち、トリチウムはいずれの場合も燃料の三体核分裂(Ternary Fission)と中性子吸収材の10B(n、2α)3Hにより生成される。高速増殖炉のナトリウム系統では化学種はNaTでNaT Na+1/2T2反応を通じてガス体(T2)に等価であり、ガス−メタルシステムにおけるシーベルト則により鋼材に溶込み拡散し、管璧を透過してナトリウム中に移行する。ナトリウム中に移行したトリチウムのほとんどは、1次ナトリウム純化系に設置されているコールドトラップに捕集されるが、一部は配管およびIHXや蒸気発生器の伝熱管壁を拡散し、2次ナトリウム系や水・蒸気系、あるいは機器・配管の保温材を透過してプラント雰囲気や環境へも移行する。水炉の場合、被覆管材に用いられるジルコニウム合金は水素(トリチウム)と安定な金属水素化物を形成するため、トリチウムは被覆管材中に止まる。また、水中ではトリチウム水(HTO)となり、鋼材管壁透過性は生じない。
 トリチウムは水素の同位体であるため、その挙動は水素の挙動と密接に関連し合い影響される。管壁中の拡散係数はトリチウムの方が水素に比べて小さくなるが、ナトリウム中の挙動はほとんど同等と考えられている。したがってコールドトラップによる除去効率は高い。トリチウムのコールドトラッピングについては、水素との共沈および同位体交換捕獲機構の存在が実験的に確認されており、また、カバーガス中におけるH2+T2  2HTの同位体交換反応がよく知られている。
 トリチウム挙動解析コードとしては、TTT(Tritium Transport and Trap Analysis Code)が開発されており、「常陽」データによる検証や「もんじゅ」予測評価が実施されている。もんじゅ」出力上昇試験時の系統内トリチウム濃度分布実測データによるTTTコードの検証例を図7に示す。図は1次、2次ナトリウムおよび蒸気発生器水・蒸気中のトリチウム濃度の実測値と計算値の比較を示しているが、コードの検証精度としてC/E=1.1が得られている。
<図/表>
表1 高速増殖炉プラントの運転および保守・補修の観点から見た1次系内の主要線源
表1  高速増殖炉プラントの運転および保守・補修の観点から見た1次系内の主要線源
表2 「常陽」1次系におけるCP沈着密度実測値とPSYCHEコードによる計算値の比較
表2  「常陽」1次系におけるCP沈着密度実測値とPSYCHEコードによる計算値の比較
表3 物理的、化学的性質に基づいた核分裂生成物(FP)のグループ分類
表3  物理的、化学的性質に基づいた核分裂生成物(FP)のグループ分類
図1 PSYCHEコードにおけるCP挙動の「溶解、沈着モデル」
図1  PSYCHEコードにおけるCP挙動の「溶解、沈着モデル」
図2 「常陽」1次主冷却系(Aループ)におけるCP測定位置
図2  「常陽」1次主冷却系(Aループ)におけるCP測定位置
図3 ナトリウム中のセシウム、よう素およびテルルの気液平衡分配係数測定値
図3  ナトリウム中のセシウム、よう素およびテルルの気液平衡分配係数測定値
図4 ナトリウム中の希ガス気泡に伴うヨウ素の除染係数
図4  ナトリウム中の希ガス気泡に伴うヨウ素の除染係数
図5 ナトリウム−コンクリート反応に伴うナトリウムプール中不揮発性FPの保持係数
図5  ナトリウム−コンクリート反応に伴うナトリウムプール中不揮発性FPの保持係数
図6 炉内ソースターム挙動関連事象と解析コードTRACERの基本構造
図6  炉内ソースターム挙動関連事象と解析コードTRACERの基本構造
図7 トリチウム濃度分布実測値とTTTコードによる計算値の比較
図7  トリチウム濃度分布実測値とTTTコードによる計算値の比較

<関連タイトル>
ナトリウムの特性 (03-01-02-08)
ナトリウム冷却システム (03-01-02-09)
ナトリウム取扱い技術 (03-01-02-10)
ナトリウム燃焼挙動に関する研究 (06-01-02-06)

<参考文献>
(1)核燃料サイクル開発機構:ナトリウム技術読本、JNC TN9410 2005−011 (2005)
(2)飯沢克幸:ナトリウム冷却材の不純物制御と被ばく低減、日刊工業新聞社「原子力工業」(1987)
(3)動力炉・核燃料開発事業団:高速増殖炉研究開発の現状−1989年
(4)S.Miyahara, et al.:Iodine Mass Transfer from Xenon−Iodine Mixed Gas Bubble to Liquid Sodium Pool, (I) Experiments,
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