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原子力発電所では、炉心の反応度およびプロセス量の制御によるタービン発電機の負荷に見合った高温高圧の蒸気を供給する設備はもとより、運転中に発生する可能性のある異常な過渡変化事象、一次冷却材喪失事故事象などに対処するための安全保護設備として「原子炉保護設備」および「工学的安全施設」を備えている。原子炉系統はタービン系統の主蒸気系、主給水系およびタービンの運転状態とも関係しており、これらの状態が変化すると原子炉の反応度もプロセス量も変化する。これらの系統に異常な過渡変化が発生した場合には、原子炉計測制御設備は警報を発し、運転員がこれに対処する。さらに異常な過渡状態の継続や機器故障等の事象が生じた場合には、燃料および原子炉冷却材バウンダリの健全性が損なわれないように、原子炉保護設備は原子炉トリップ信号を発信し、制御棒は自重により炉心に挿入 (落下)して原子炉を停止する(原子炉トリップ;PWRではこう呼んでいるが、一般には原子炉スクラムと呼んでいる)。
原子炉保護設備説明図を図1に、制御棒クラスタ配置図を図2に、および制御棒クラスタ構造図および制御棒駆動装置構造図を図3に示す。制御棒駆動装置は駆動軸アセンブリを3箇のコイルアセンブリと2箇のラッチアセンブリで制御棒(スパイダ)を保持する構造となっている。
原子炉保護設備は4チャンネル(あるいは3チャンネルなど)からなるアナログ回路部と、2トレイン(あるいは4トレイン)からなるロジック回路部、および原子炉トリップしゃ断器からなる二重構成となっている。それぞれのトレインは電気的及び物理的に分離してあるので、単一のトレインの故障で原子炉保護機能を失うことはない(独立性の原則)。また、ロジックリレーや原子炉トリップしゃ断器のコイルは常時通電状態(励磁状態)であるため、駆動電源の喪失に対して原子炉の保護動作をとる方向に作動する(フェイルセイフの原則)。
アナログ回路部は各種検出器からの信号を受け、演算処理を行い、定められた設定値に達すると原子炉トリップ信号を発信する(原子炉トリップ信号とその働きについては表1および表2を参照)。ロジック回路はアナログチャンネル部からの信号を受け2 out of 4(あるいは2 out of 3など)の論理演算を行い、2チャンネル以上が原子炉トリップ信号を発信すると、原子炉トリップしゃ断器へ原子炉トリップ信号を送る。
制御棒駆動装置用M−Gセットの発生電力は、2トレインの場合には、2台の直列に接続している原子炉トリップしゃ断器A(RTA)および原子炉トリップしゃ断器B(RTB)を介して制御棒駆動装置に接続されている。通常時この原子炉トリップしゃ断器は閉じており、制御棒駆動装置を励磁して制御棒クラスタを炉心内の適切な位置に保持している。ロジック回路からの原子炉トリップ信号は原子炉トリップしゃ断器の不足電圧コイルへの直流回路を開く。不足電圧コイルの直流電源が喪失すると、原子炉トリップしゃ断器が開放され制御棒駆動装置への電源が開放されるので、ラッチアセンブリーが駆動軸から離れ、駆動軸とこれに連結している制御棒クラスタが自重で炉心に挿入され(落下し)原子炉が停止する。
たとえば、中性子束が設定値を超えた場合には燃料の健全性を確保するため「出力領域中性子束高」、一次冷却材の流量低下は炉心熱除去能力を低下させるので、燃料損傷を防止するため「一次冷却材流量低」、タービンのトリップ(急速停止)に伴う一次冷却系の温度と圧力の過度の上昇を避けるため「タービントリップ」、蒸気発生器への給水流量の喪失による一次冷却系の除熱能力低下を防止するため「蒸気発生器給水流量低(最近では蒸気発生器水位低)」などの原子炉トリップ信号を発する。これらの原子炉トリップ信号の発信を受けて、原子炉トリップしゃ断器が開放され、全制御棒が自重で炉心に挿入される。<図/表>