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<概要>
 「発電用軽水型原子炉施設の安全設計に関する審査指針」では、原子炉施設の幾つかの構築物、系統及び機器は、通常運転の状態のみならず、これを超える異常状態においても所定の機能を果たし安全性を確保することを求めている。したがって、「発電用軽水型原子炉施設の安全評価に関する審査指針」では、原子炉施設の安全設計の妥当性を確認するため、異常状態すなわち「運転時の異常な過渡変化」及び「事故」について解析し評価を行うことを求めている。ここではBWRの運転時の異常な過渡変化について、事象及び判断基準を示すとともに、代表的な再循環ポンプの故障、主蒸気隔離弁の誤閉鎖及び原子炉起動時の制御棒の異常な引抜きによって起こる事象について解析例を示し、原子炉施設の安全設計の妥当性をどのように確認しているかを示す。
<更新年月>
2010年03月   

<本文>
 原子炉施設の構築物、系統及び機器には通常運転時の変動状態のみならず、これを超える異常状態においても所定の機能を果たし安全性を確保することが要求されている。「運転時の異常な過渡変化」とは、発生頻度は高い(原子炉の寿命期間中に1回以上発生する可能性のあるもの)が、燃料及び原子炉冷却材圧力バウンダリの破損は起こらず、放射線影響の観点からは無視できる事象である。これは、「事故」に比べて発生頻度が高いことを想定しているため、安全評価の判断基準においては、放射性物質の放出に対する障壁の健全性を維持するための厳しい制限が設けられている。「運転時の異常な過渡変化」の起因事象としては、単一機器の故障もしくは誤動作、運転員の単一の誤操作、及びこれらと類似の頻度で発生すると予想される外乱を想定している。
1.想定事象
 具体的な事象の想定においては、上記のように発生頻度が高く、また、制御されずに放置すると、炉心または原子炉冷却材圧力バウンダリに過度の破損をもたらす可能性のある事象が選定されている。BWRでは、以下に示すように、3つのカテゴリの下で、12種類の事象の解析が実施されている。
(1)炉心内の反応度又は出力分布の異常な変化
  ・原子炉起動時における制御棒の異常な引抜き
  ・出力運転中の制御棒の異常な引抜き
(2)炉心内の熱発生又は熱除去の異常な変化
  ・原子炉冷却材流量の部分喪失
  ・原子炉冷却材系の停止ループの誤作動(ABWRを除く)
  ・外部電源喪失
  ・給水加熱喪失
  ・原子炉冷却材流量制御系の誤動作
(3)原子炉冷却材圧力又は原子炉冷却材保有量の異常な変化
  ・負荷の喪失
  ・主蒸気隔離弁の誤閉止
  ・給水制御系の故障
  ・原子炉圧力制御系の故障
  ・給水流量の全喪失
2.判断基準
 上記で選定された異常事象が生じた場合、炉心が損傷に至ることなく、かつ、原子炉施設が通常運転に復帰できる状態で収束されることが必要である。このことを判断する基準は以下の通りである。
 ・最小限界熱流束比または最小限界出力比MCPR)が許容限界値を超えないこと(許容限界値以上となるよう発生熱出力が抑制されること)。
 ・燃料被覆管は機械的に破損しないこと(許容限界値を超えないこと)。
 ・燃料エンタルピーの最大値が許容限界値を超えないこと。
 ・原子炉冷却材圧力バウンダリにかかる圧力は最高使用圧力の1.1倍以下であること。
3.解析事例
 運転時の異常な過渡変化として検討すべき事象は上記のとおり多種あるが、上記の条件で組合せた事象のうち代表的な事例を以下に示す。なお、解析の結果は110万kW級BWR発電プラントに対して実施されたものである。
(1)機器の単一故障に基づく熱除去の異常な変化
 再循環ポンプの故障により、炉心の冷却水流量が急速に減少すると仮定する。この場合の判断基準としては、最小限界出力比が許容限界値以上であること(許容値を超えないよう発生熱出力が抑制されること)、燃料被覆管は機械的に破損しないこと、及び原子炉冷却材圧力バウンダリにかかる圧力は最高使用圧力の1.1倍以下であることを適用する。
 解析の結果を図1−1及び図1−2に示す。原子炉は許容される出力変動の上限(105%)で運転されており、その運転状態で、再循環ポンプが故障し停止すると仮定する。再循環ポンプが故障し停止すると、冷却水の炉心入口流量が減少し、炉心内の冷却水(減速材)にボイド(気泡)が発生し、負の反応度が添加されるので出力(中性子束)が減少する。冷却水の循環量は減少するが、自然循環は持続するので、この冷却能力に対応した出力水準で運転は維持される。ボイドの発生によって原子炉水位が一時的に上昇するが、出力が低下するためにその程度はわずかであり、原子炉水位高信号によるタービンのトリップには至らないので原子炉は自動停止しない。(注:BWRでは、原子力で発生した蒸気を直接タービンに送る。この時、水を含んだ蒸気がタービンに流入するとタービン翼が損傷するおそれがあるため、原子炉水位がある高さ以上に上昇すると自動停止する設計となっている。)燃料表面熱流束は初期値より上昇することなく、また最小限界出力比は初期値を下回らない。したがって、燃料被覆管の損傷は生じない。さらに、原子炉圧力も初期値を超えない。
(2)機器の単一誤動作に基づく原子炉冷却材圧力の異常な変化
 原子炉が運転出力上限で運転されている時に主蒸気隔離弁が誤閉鎖し、主蒸気の流れが遮断されることにより原子炉圧力が急上昇すると仮定する。この場合の判断基準としては、最小限界出力比が許容限界値を超えないこと、燃料被覆管が機械的に破損しないこと、及び原子炉冷却材バウンダリにかかる圧力が最高使用圧力の1.1倍以下であることを適用する。
 解析の結果を図2−1図2−2図2−3および図2−4に示す。この事象では主蒸気隔離弁が閉じ始めると、一般に、蒸気の流出が減るため原子炉圧力が上昇し、ボイドがつぶれて正の反応度が添加され中性子束が上昇する。しかし、主蒸気隔離弁が10%位置まで閉鎖されると、原子炉保護系が原子炉の自動停止信号を発し、原子炉は緊急停止(スクラム)する。この時、燃料の熱流束の増加はわずかで、燃料被覆管に損傷は生じない。一方、主蒸気隔離弁の閉鎖に伴い、原子炉圧力は上昇するが、逃し安全弁が作動し圧力の上昇は押えられ、原子炉冷却材圧力バウンダリの健全性は維持される。なお、図2−1図2−2は運転サイクルの早期、図2−3図2−4は末期の状態での解析結果である。運転サイクルの末期では運転中に生成し、未燃焼のPuが炉心燃料内に蓄積しているため、早期の場合に比べて原子炉緊急停止時の制御棒の挿入効果にやや遅れが出て、中性子束低下速度が遅くなる。その結果、逃し安全弁からの蒸気流量がゼロになるまでの時間が少し長くなるが、上記の判断基準が満足されることに変わりはない。
(3)運転員の単一誤操作に基づく反応度の異常な変化
 原子炉起動操作中特に臨界に接近した状態から、最大反応度価値の制御棒を誤って連続的に引抜き炉心に正の反応度を連続して与えると仮定する。この場合の判断基準としては、燃料エンタルピーが許容限界値を超えないこと、及び原子炉冷却材圧力バウンダリにかかる圧力が最高使用圧力の1.1倍以下であることを適用する。
 解析の結果を図3に示す。この事象では、中性子束の増加に対して原子炉保護系が中性子束高スクラム信号を発し、原子炉が自動停止することにより、燃料UO2の最高エンタルピの上昇はするが許容値に対して充分余裕があり、燃料の健全性は維持される。また原子炉圧力の上昇もごくわずかであり、判断基準を満足する。
(前回更新:1998年5月)
<図/表>
図1−1 再循環ポンプ故障時の過渡変化(1/2)
図1−1  再循環ポンプ故障時の過渡変化(1/2)
図1−2 再循環ポンプ故障時の過渡変化(2/2)
図1−2  再循環ポンプ故障時の過渡変化(2/2)
図2−1 主蒸気隔離弁閉鎖時の過渡変化−サイクル早期炉心(1/2)
図2−1  主蒸気隔離弁閉鎖時の過渡変化−サイクル早期炉心(1/2)
図2−2 主蒸気隔離弁閉鎖時の過渡変化−サイクル早期炉心(2/2)
図2−2  主蒸気隔離弁閉鎖時の過渡変化−サイクル早期炉心(2/2)
図2−3 主蒸気隔離弁閉鎖時の過渡変化−サイクル末期炉心(1/2)
図2−3  主蒸気隔離弁閉鎖時の過渡変化−サイクル末期炉心(1/2)
図2−4 主蒸気隔離弁閉鎖時の過渡変化−サイクル末期炉心(2/2)
図2−4  主蒸気隔離弁閉鎖時の過渡変化−サイクル末期炉心(2/2)
図3 原子炉起動時における異常な制御棒引抜時の過渡変化
図3  原子炉起動時における異常な制御棒引抜時の過渡変化

<関連タイトル>
原子炉機器(BWR)の原理と構造 (02-03-01-02)
BWRの原子炉冷却系統 (02-03-03-02)
原子力発電プラント(BWR)の制御 (02-03-06-01)
BWRの原子炉保護設備 (02-03-07-01)
事故(BWRの場合) (02-03-13-02)
重大事故(BWRの場合) (02-03-13-03)
仮想事故(BWRの場合) (02-03-13-04)

<参考文献>
(1)火力原子力発電技術協会(編):やさしい原子力発電、平成2年6月
(2)原子力安全研究協会(編):軽水炉発電所のあらまし、平成20年9月
(3)東京電力:柏崎刈羽原子力発電所原子炉設置変更許可申請書、平成4年10月
(4)内閣府原子力安全委員会事務局(監修):改訂12版 原子力安全委員会安全指針集、大成出版(2008年3月)
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