<大項目> エネルギーと地球環境
<中項目> 人間活動とエネルギー・地球環境問題
<小項目> エネルギー利用の外部性
<タイトル>
化石燃料利用の外部性研究 (01-01-03-01)

<概要>
 エネルギー利用の外部性研究は、21世紀のエネルギー・環境・人間の安全保障面からみた種々の関連政策の形成と評価および国民への説明責任を果たしていく上で不可欠な評価技術や知識基盤の構築を目指している。この内、化石燃料利用に伴う大気汚染や気候変動等の環境外部性に関する解析・評価上の制約は、近年の環境関連諸科学や情報処理技術の飛躍的進歩を背景として、次第に克服可能となってきた。ここではこの歴史的背景や外部性の概念を紹介した後、米国エネルギー省の協力も得つつ欧州委員会が1990年代に行ったエネルギー外部性研究の内、火力発電による大気汚染に関する影響解析・価値付け方法論の概要と英国における国別実施例を紹介する。なお、気候変動については大気汚染のような損害費用の推計が現状では困難なので、次善の策としての対策費用面からみた経済的測度について、欧州委員会、米国エネルギー省、および気候変動に関する政府間パネルにおける検討結果の概要を紹介した。今後、原子燃料利用の外部性も含め、その国家的な位置づけを明確にして、多角的な教育と研究開発を計画的に推進していく必要がある。
<更新年月>
2007年12月   (本データは原則として更新対象外とします。)

<本文>
 近年、化石燃料利用の外部性研究が改めて注目を集めている。それは過去30年間の環境関連諸科学の研究の展開や知識の蓄積により、化石燃料利用に伴う環境排出が、都市・地域および地球レベルで、人の健康、自然生態系および人工環境に様々な損害を引き起こすのみならず、人類の持続可能な発展の脅威となることが明らかとなってきたからである。また、これらの損害の多くが、各国の環境政策や競争政策の意思決定、およびエネルギーの社会的選択に反映されていない外部費用で、その排出規制やエネルギー市場への内部化方策が厳しく問われ始めてきたからである。
 ここでは、この化石燃料利用の外部性研究について、欧州委員会のエネルギー外部性研究報告の他、米国エネルギー省や気候変動に関する政府間パネル等の報告を参照しつつ、その概要を紹介する。
1.エネルギー外部性研究の歴史的背景
 1960年代、OECD主要国では工業化・都市化の進展と大量消費社会への移行に伴い、大気汚染による深刻な健康被害の発生や差し止め訴訟(わが国では四日市・川崎・尼崎等)が頻発し、共通の社会問題となった。その結果、1970年頃、主要国で環境政策法が施行され、1974年にOECDから、環境汚染を引き起こす財やサービスの価格に、受忍可能な状態に環境を保つ上で必要な対策費用の内部化を目指した「汚染者支払原則の実施に関する理事会勧告」が出され、加盟各国の大気汚染状況は次第に改善されるに至った(参考文献1)。
 しかし、政治経済的調整の産物としての環境基準や排出基準に抵触する場合を除き、この勧告によって超高層煙突による広域・越境拡散や無数の移動排出源による低濃度・複合大気汚染の進行を押しとどめることはできず、大陸国家(中国も同様)、特に米国において問題が深刻化し、慢性疾患を主体とした多くの健康被害の発生を招くこととなった(参考文献2)。
 また、東西の冷戦が終焉し、グローバルな市場経済化の流れのもと、それまで看過されがちであった広域・越境型大気汚染による健康被害、チェルノブイリ事故等の重大事故による環境・健康・社会経済影響、および気候変動などの地球的規模の環境問題が国際政治の表舞台でも取り上げられ、これらエネルギー外部性問題への対応が各国の環境政策や競争政策の焦眉の課題となり始めた。なかでも、気候変動問題については、1986年、ユネスコ傘下の環境問題科学委員会が、「戦争の環境への影響」(核の冬)に次いで、「温室効果・気候変動・生態系」を出版、新たな地球的規模の環境問題として温室効果ガスによる気候変動に警鐘を鳴らした。また、翌1987年、「環境と開発に関する世界委員会」がこの問題に焦点をあてた「Our Common Future(我ら共通の未来)」を公表した。さらに、翌1988年、この問題が国際政治の表舞台(トロント会議)で主要議題として採り上げられ、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の設立に至った。
 一方、環境影響の解析や損害の価値付けを阻んでいた科学的知識の欠落や不確実性の壁は、近年の情報処理技術の飛躍的進歩を背景とした種々の環境影響解析モデルの開発やデータベースの整備、低濃度域の曝露・応答関数の決定に必要な膨大な疫学研究成果の長期的蓄積や広範な関連諸科学の進歩、および統計的生命の価値や環境資産等の価値付けに係わる環境経済学の理論や手法の発展等により、次第に克服可能となってきた。
 これらは、1991年以降、欧州委員会が米国エネルギー省の協力も得つつ、主に発電分野を対象としたエネルギー外部性の体系的な研究開発プロジェクト−ExternE:Externalities of Energy−を展開し、米国でも改正大気浄化法に基づき環境保護庁による環境規制の費用便益分析の実施とその議会への報告が行われた背景である(参考文献3)。また、気候変動に関する政府間パネルにより4次にわたる調査研究報告がまとめられてきた背景でもある。
2.経済学における外部性の概念
 現在、経済学における外部性とは、「生産者や消費者などの経済主体の市場取引を目的とした経済活動が、市場取引を介することなく、他の経済主体に正の、ないしは負の影響を及ぼす副次的な効果」のことをいう。ここで他の消費者の効用の増加や他の企業の生産の増加に寄与するといった正の影響を与える効果を外部経済といい、その逆の負の影響を与える効果を外部不経済という。ここで外部という言葉を付して呼ばれるのは、それが当該経済取引の当事者ではない第3者(外部)の経済主体に与える影響だからである。
 化石燃料を使用する発電所の場合、大気中にSO2、NOx、CO2等を放出するが、これらの環境負荷はその周辺のみならず、遠く離れた地域の人々や将来世代にまで好ましからざる外部不経済(人の健康、農林漁業、生態系、住宅、インフラ等に対する損害)を与える。外部性が「市場の失敗」として問題視されるのは、外部性が存在するとき、市場での取引が社会全体の資源配分を歪める効果を持つからである。火力発電所の例でいえば、その生産決定の際に考慮する私的費用と社会全体の観点から考慮すべき社会的費用との間に、上記の外部不経済に対応する費用分だけ乖離が生ずる。経済学ではこの費用を「外部費用」といい、この費用を軽減し資源配分の歪みを是正するには、(1)当事者間の交渉、(2)政府による課税、(3)政府による規制、等の方策を適宜講じることが必要となる(参考文献4)。
 なお、外部費用の推計が不確実で困難な場合、次善の策として、排出量取引のような種々の環境負荷低減に要する対策費用を測度として、資源配分の歪みの是正が行われる。
3.環境外部性の解析評価方法論−大気汚染の影響
 環境外部性の解析評価方法論は影響経路手法を基本としている(図1)。この手法によれば、追加排出量1単位あたりの損害額、すなわち限界的な環境損害費用が推計できるので、様々な政策手段の費用便益分析や最適化検討など広範な政策課題への適用が可能となる。この手法では、まず、燃料ライフサイクルの各段階別に、サイトと使用技術を特定して環境負荷データを算定した上、次のステップで、各サイトの気象データ、風況マップ、平常時のバックグラウンド濃度等のもとで、ガウスのプルームモデル(50km以下)、Harwellの風配軌道モデル(50km以遠)、および地域規模のオゾンモデルを用いて広域の汚染影響が解析される。続いて、種々の受容体(人口、農作物、建築材料等)の分布データや線量応答関数を用いて様々な影響を定量化し、最後のステップで、影響内容に応じた種々の経済的価値付け手法(死亡予防の価値(VPF)、寿命年の価値(VOLY)、状況依存的価値(CV)、市場価格等)を適用して金銭的な損害費用が算定される(参考文献5および6)。
 ここで留意すべき点は、第1に、大気汚染による健康影響の場合、その影響範囲(図2)が従来の環境アセスメントの評価範囲(50km程度)をはるかに超えて数千kmにも及ぶ点である。これは近年の物理的性状研究、大気環境調査および疫学研究の結果、明らかになった点で、様々な排出源から排出されたSO2、NOx、CO2、粒子状物質等の汚染物質、および2次生成物質としての硫酸塩、硝酸塩、オゾン等は、排出源から数千km離れた地域でも、呼吸器系の慢性的な健康被害の原因となる可能性を示唆している。
 第2に、健康影響の定量化ステップでは、広大な地域の受容体(例えば、数億の人口)への複合汚染影響を積分することになるので、想定する曝露応答関数の低濃度域での形状が線形、曲線、線形・閾値等のいずれであるか(図3)によって、その定量化結果が著しく変化する点である。ExternEでは、大気汚染物質の場合、大部分の国のバックグラウンド濃度が既知の健康影響のレベルを超えており、閾値があるとしてもこの濃度以下なので、曝露応答関数は線形(閾値なし)であると仮定して、健康影響の推計を行っている。
 第3に、経済的価値付けの重要な経済的測度であるVPFは、主に諸個人の主観的な支払意思額(WTP)の調査に基づき算定されているので、著しい分散傾向(図4)を示している点である。米国環境保護庁の議会報告でも、この点が、金銭的価値付け額の不確実性を規定する最大の要因であると指摘している(参考文献7)。
4.環境外部性の解析評価方法論−気候変動緩和対策の経済的測度
 ExternE報告では、気候変動による限界損害費用の推計にオランダの環境研究所(IVM)が開発したFUNDモデル(ver.2.8)が用いられたが、その推計は非常に不確実なものであった。それゆえ、別途、社会がCO2制御の便益をいかに価値付けるか、といった主に顕示選好面からみた2つの手法に基づき対策費用の推計を行った。最初の手法は、排出量取引を含む種々の排出低減手段により政策目標を達成する手法で、EUの将来目標(地球温暖化を工業化前の+2℃に制限)達成の場合、その限界削減費用は、Euro95(US-$117)/t-CO2程度にまで上昇するかも知れないとしている。また、2つ目の手法は、化石燃料から再生可能エネルギーへの転換を図る課税への支払意思額を問い合わせたスイスの国民投票の結果に基づくものである(参考文献5)。
 一方、米国エネルギー省は、下院科学委員会の要請により、1998年10月、温室効果ガスの排出低減が米国のエネルギー市場や経済活動にいかなる影響を及ぼすことになるか、対策費用面から総合解析し、その結果を公表した(参考文献8)。この解析では、7ケースもの炭素排出量の削減レベルが、植林等の吸収源やメタン等の他の温室効果ガスとの相殺、旧ソ連からの排出権調達、グローバルな国際取引による排出権調達などを勘案して設定された。その解析の結果、炭素排出量の削減レベルに応じて炭素価格は大きく変化し、2020年の米国における炭素の排出権価格は、100〜300$/t-Cに上昇し、米国の基幹電源である石炭火力等における石炭消費は激減していくことになると予測した(図5図6)。また、その帰結として、風力やバイオマスの競争力が向上し急速に普及し始める他、原子力も2010年代後半には、市場主導で4100万kWも一気に運開し始める可能性があると示唆した。
 気候変動に関する政府間パネルは、2007年の第4次評価WGIII報告で、2030年の温室効果ガス排出削減政策による経済ポテンシャルとして、排出削減費用に基づく3つのケースの炭素価格(1t-CO2あたり$20、$50および$100)のもとでの試算結果(表1)を明らかにした。その上で、エネルギー効率の改善のようなボトムアップ方策、および炭素税のようなトップダウン方策は、今後数十年にわたり相当な経済ポテンシャルがあり、予測される世界の排出量の伸びを相殺、または現在のレベル以下にまで削減することが十分可能であるとしている(参考文献9)。
5.ExternEにおける環境外部費用の推計事例
 ここでは、環境外部費用の代表的な推計事例として、ExternEにおける英国の発電用燃料サイクル別試算結果の概要を表2に、また、天然ガス複合火力に関する詳細な推計結果を表3−1および表3−2に示した。これらの表は、21世紀の主力電源の一つとして期待されている高効率なガスタービン複合火力に関する解析評価結果で、燃料ライフサイクルの各段階別(探査・採取・輸送・発電・発電所の建設等)の外部費用推計に係わる詳細な解析データベース(参考文献10)を分析し、環境損害費用推計の全体構造が理解できるように取りまとめた総括表である。この総括表では、上記ライフサイクルの各段階別に、環境負荷の排出量および影響経路別定量化方法と負荷量、各受容体別の影響項目と曝露応答係数および影響値、外部(損害)費用の価値付け手法と参照経済測度および評価値、並びにその費用項目別構成比を明らかにしている。
6.今後の外部性研究推進の方向
 エネルギー利用の外部性研究は、21世紀のエネルギー・環境・人間の安全保障面からみた種々の関連政策の形成と評価、および国民への説明責任を果たしていく上で不可欠な評価技術や知識基盤の構築を目指している。この内、化石燃料利用の外部性に関する研究領域は、大気汚染や気候変動といった環境外部性の計測とその評価、および低減対策に関する最も重要な研究領域の一つである。それ故、今後、曝露応答関数に関わる生命科学、医学、疫学等の科学的根拠やその価値付け、および気候変動緩和対策の経済的測度に関わる科学的・社会経済的知見の充実に応じて、今後、逐次、見直していく必要がある。
 また、ATOMICAデータ「原子燃料利用の外部性研究 <01-01-03-02>」も含め、わが国としても、今後、その位置づけを明確にして、研究の推進にあたっていくことが望まれる。
<図/表>
表1 予測された2030年の世界経済の排出緩和ポテンシャル
表2 発電用燃料サイクルの環境損害費用試算結果(英国)
表3−1 天然ガスGT複合サイクル発電システムの環境損害費用推計(英国の国別実施例:その1)
表3−2 天然ガスGT複合サイクル発電システムの環境損害費用推計(英国の国別実施例:その2)
図1 影響経路アプローチによる環境外部性の推計
図2 排出源からの距離に依存した累積損害率
図3 低線量域で考えられる線量・応答関数のパターン
図4 経済的価値付けの対数正規分布例:人命防護のための参照価値
図5 炭素価格の見通し(1996−2020)
図6 米国の石炭消費の見通し(1970−2020)

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<関連タイトル>
原子燃料利用の外部性研究 (01-01-03-02)

<参考文献>
(1)伊東慶四郎:総論:エネルギー外部性研究の概要、エネルギー・資源、Vol.21、No.6、p.10-15
(2)US-EPA:The Benefits and Costs of the Clean Air Act:1970 to 1990,EPA Report to Congress(1997)
(3)伊東慶四郎、川島啓、勝木知里:2.1 ExternEプロジェクト研究の詳細分析とわが国への示唆、エネルギーの外部性と原子力、(社)日本原子力学会(2006)、p.53-92
(4)關哲雄、庭田文近:外部費用評価の理論的側面−環境の経済的評価手法、エネルギー・資源、Vol.21、No.6、p.21-25
(5)EC:ExternE;Methodology 2005 update,European Commission,p.35-50,p.53,p.190-197,p.258(2005)
(6)内山洋司:環境影響評価の方法論、エネルギー・資源Vol.21、No.6、p.16-20
(7)US-EPA:The Benefits and Costs of the Clean Air Act: 1990 to 2010、EPA Report to Congress(1999)
(8)US-DOE/EIA:Impacts of the Kyoto Protocol on U.S. Energy Markets and Economic Activity(Oct.1998)
(9)気候変動に関する政府間パネル:第4次評価報告書/第3作業部会報告書/政策決定者向け要約、環境庁暫定版仮訳(2007年5月)、p.10-13
(10)J.E. Berry et al.:Power Generation and the Environment− a UK Perspective,Vol.1,AEA Technology,Appendix XII,p.33-41,p.133,p.169(1998)
(11)US-DOE & EC:Estimating externalities of nuclear fuel cycles,Report No.8 on the external costs and benefits of fuel cycles, p.ES-8(1995)
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