<大項目> 海外情勢
<中項目> 旧ソ連・東欧各国
<小項目> ロシア
<タイトル>
旧ソ連秘密都市の原子力施設 (14-06-01-20)

<概要>
 ソ連は、米国に対抗するため、1940年代初期から国家の威信をかけて核兵器の開発を行い、秘密の原子力施設を非常な勢いで建設した。これらの秘密都市は原爆開発を目的としていたので具体的な位置を極秘にする必要があり、郵便番号で表示された。これらは10の秘密都市(アルザマス−16、チェリャビンスク−65、チェリャビンスク−70、トムスク−7、クラスノヤルスク−26、クラスノヤルスク−45、スベルドロフスク−44、スベルドロフスク−45、ペンザ−19、ズラトースト−36)として知られている。
 1991年12月旧ソ連崩壊以降、秘密都市は民需転換を図った。かつて軍需産業用に開発された原子力施設は、商業用発電炉の燃料を取扱う濃縮プラントや再処理プラントになった。原爆開発の中心となった原子力施設は、現在、研究所として核融合や商業用原子力発電所の安全研究などを行っている。
<更新年月>
2001年03月   (本データは原則として更新対象外とします。)

<本文>
 ソ連は、米国に対抗するため1940年代初期から国家の威信をかけて核兵器の開発を行い、秘密の原子力施設を非常な勢いで建設した。これらは10の秘密都市として知られている。これらの秘密都市は原爆開発を目的としていたので具体的な位置を極秘にする必要があり、郵便番号で表示された。しかし1992年頃から、原子力施設が建設される以前の地名が使われるようになった。
 1991年12月ソ連崩壊以降、秘密都市の原子力施設も従来の軍需産業から民需転換を図った。スベルドロフスク−44やクラスノヤルスク−45、トムスク−7などの軍事用濃縮プラントは、商業用原子力発電所の原子燃料を取扱う濃縮プラントになった。チェリャビンスク−65にあったプルトニウム分離回収プラントは、1977年からロシア型加圧水型軽水炉(VVER−440)の使用済燃料を再処理するプラントになった。また原爆の製造や設計をしていたアルザマス−16やチェリャビンスク−70なども、現在では原子力研究所となって、核融合や商業用原子力発電所の安全研究などを行っている。
 次に、10の秘密都市の歴史と現状を説明する。また 図1 に秘密都市の地図を示す。
1.アルザマス−16 (Arzamas-16)
(現在、全ロ実験物理研究所; All Russian Research Institute of Experimental Physics; Russian Federal Nuclear Center; ARIEP [ロシア語:VNIIEF]、クレムリョフとも云う)
 モスクワ中心部から東南東約360km、アルザマス市の南西約60kmにあるサロフ(Sarov)の西側に位置している。1947年に核兵器の設計および科学的・技術的支援を目的として、人里離れたサロフ修道院跡地に建設された。設立当時はKB-11(第11設計事務所)、ボルガオフィス、ハリトン研究所などとも呼ばれた。米国のロスアラモス国立研究所に匹敵する。
 この研究所では、1949年8月29日にセミパラチンスク実験場で行った旧ソ連最初の原子爆弾(プルトニウム型)を組立てた。その後も核兵器の設計および組立を行っていたが、現在では核兵器の解体を取扱っている。1993年以降、原子力発電所の安全解析、核物理、熱核融合、物性研究を行っている。従業員数は1990年当時25,000人。
2.チェリャビンスク−65 (Chelyabinsk-65)
(現在、生産合同マヤーク; ”MAYAK” Production Association; 旧チェリャビンスク−40、オジョルスクとも云う)
 ウラル地方キシュチムの東約15kmのオゼルスク(Ozersk)にあり、1946年に建設を開始した。第2研究室(現クルチャトフ研究所)のF1炉完成(1946年12月25日初臨界達成)後、直ちにプルトニウム大量産用の天然ウラン燃料黒鉛減速・軽水冷却炉(プルトニウム生産炉)5基を建設して、1948年から1952年にかけて運転を開始した。これらは冷戦終了後、1987年から1990年まで運転を続けた。
 また1948年12月に運転を開始したプルトニウム分離回収工場は、ロシア型加圧水型原子炉(VVER-440)の再処理ができるよう改造され、1977年から再処理工場(RT-1)として運転を行っている。高速増殖炉燃料の成型加工工場(Paket)では、ガザフスタンのBN-350(海水脱塩装置つき高速増殖炉、出力350MWe、運転:1973-1999)およびベロヤルスクのBN-600(高速増殖炉、出力600MWe、運転:1980−)の燃料を製造している。職員数は不明。
3.チェリャビンスク−70 (Chelyabinsk-70)
(現在、全ロ技術物理研究所; All Russian Research Institute of Technical Physics; Russian Federal Nuclear Center; ARITP [ロシア語:VNIITF]、スネジンスクとも云う)
 ウラル地方エカテリンブルグ市の南約80kmのスネジンスク(Snezhinsk)に位置している。1955年に核兵器の設計研究所として設立した。設立当時はサイト21とも呼ばれた。米国のローレンスリバモア国立研究所に匹敵する。
 第二次世界大戦(1941-1945年)以前は療養所として、戦争中は病院として使用された。戦後は放射線医学研究所となったが、1955年にアルザマス−16の人員約1/3がここに移動して研究所を設立した。1988年に非核兵器部門に民需転換を図り、スングル科学技術センターを設立している。
 この研究所では、核物理、高圧下の水力学、数値解析などの基礎研究や、コンピュータによる自動化システム、計測、商業用原子炉の安全性の計算と実験、イオンビームを用いたTRU廃棄物 研究など多くの基礎研究と応用研究を行っている。また、ここでは核実験のデータ解析も行っていた。1993年当時の職員は数千人。
4.トムスク−7 (Tomsk-7)
(現在、シベリア化学コンビナート;Siberian Chemical Combine; SCC、セベルスクとも云う)
 トムスク市の北北東約15kmのセベルスク(Seversk)に位置し、トミ川の東岸に面している。軍事用プルトニウム生産炉(5基)が1958年から1963年にかけて運転を開始し、プルトニウムの生産とトムスク市へ電気と熱を供給した。またプルトニウムを抽出する放射化学工場も1958年頃から操業を開始している。
 プルトニウム生産炉5基のうち3基は、米ロの協定により1990年から1992年にかけて運転を停止したが、残りの2基は、コンビナートとともにトムスク市に熱を供給しているため、2000年現在も運転している。
 ここにはウラン転換工場とウラン濃縮工場も併設されており、発電炉用燃料の低濃縮ウランの製造も可能な施設である。トムスク−7は、1992年から民需への転換を行っている。1994年頃の職員数は約33,000人、セベルスクの人口の約1/3がトムスク−7の従業員である。
5.クラスノヤルスク−26 (Krasnoyarsk-26)
(現在、鉱山化学コンビナート;Mining and Chemical Combine;MCC、ジェレズノゴルスクとも云う)
 中央シベリアにあるクラスノヤルスク市の北東約60kmのジェレズノゴルスク (Zheleznogorsk)に位置し、エニセイ川の東岸に面している。軍事用プルトニウムの生産を目的として1958年に設立した。この施設は米国の攻撃を避けるため、山中に巨大な空洞を掘って建設され、プルトニウム生産炉3基とプルトニウム抽出用の再処理プラント(1958年に操業開始)がある。
 3基のうち2基は、米ロの協定により1992年に運転を停止した。残りの1基は、コンビナートとクラスノヤルスク市に熱を供給しているため、2000年現在も運転している。
 1988年以降、半導体製造施設の建設が計画された。また、クラスノヤルスク−26の北側には、1977年からロシア型加圧水型原子炉(VVRE-1000)の使用済燃料を処理する再処理プラント(RT-2)が建設された。しかし、財源不足から使用済燃料受入施設(貯蔵容量:6,000トンU)はのみが完成し、操業を行っている。
6.クラスノヤルスク−45 (Krasnoyarsk-45)
(現在、電気化学コンビナート;Electrochemical Plant;ECP、ジェレズノゴルスクとも云う)
 中央シベリアにあるクラスノヤルスク市の東約100km、ジェレズノゴルスク(Zheleznogorsk)に位置し、カン川の西岸に面している。ここでは、ガス拡散濃縮工場が1962年から操業を開始し、1990年まで運転した。現在はガス遠心濃縮工場が操業中している。
 この濃縮工場は、ロシアの全濃縮設備容量の約30%を占め、製品は原子燃料成型加工施設を抱えるノボシビルスク化学濃縮工場生産合同に納入される。また濃縮時に発生する劣化ウラン再濃縮も行っている。
 以前は高濃縮ウランの生産を行っていたが、1987年の国際協定により高濃縮ウランの生産を中止した。現在は発電炉用の低濃縮ウラン(濃縮度5%以下)を生産している。1994年当時の職員数は約3,500人。
7.スベルドロフスク−44 (Sverdlovsk-44)
(現在、ウラル電気化学統合プラント;Ural Electrochemical Integrated Plant State Unitary Enterprise;UEIP、ノボウラリスクとも云う)
 ウラル地方エカテリンブルグ市(旧スベルドロフスク)の北西約55kmにあるノボウラリスク(Novouralsk)にあり、タヴァトゥン湖に面している。ガス拡散濃縮工場は1949年末に生産を開始し、その後増設した。また1957年には最初のデモンストレーション用のガス遠心分離濃縮工場が、1959年には工業規模のガス遠心分離プラントが運転を開始した。ここでは天然ウランの濃縮のみを取扱っている。1994年当時の職員数は約5,000人。
8.スベルドロフスク−45 (Sverdlovsk-45)
(現在、電気化学機器コンビナート;Electrokhimpribor Combine;EKP、レスノイとも云う)
 ウラル地方の東端にあり、エカテリンブルグ市(旧スベルドロフスク市)の北約200Kmのレスノイ(Lesnoy)に位置している。核兵器の開発当初は、アルザマス−16で核兵器を組み立てていたが、核兵器の貯蔵量が増えるにつれて、特殊部品の製作施設や大規模組立工場を建設する必要に迫られ、ペンザ−16、ズラトースト−36、スベルドロフスク−45を建設した。
 スベルドロフスク−45では、主に核兵器の製造や組立て、新材料の技術開発などが行われた。現在は、核兵器の解体を行っている。また、既存の設備を利用して精密部品製作用電子ビーム溶接制御システムの開発、アルゴンアーク溶接技術の開発と設計などを行っている。職員数は不明。レスノイ市の人口は約54,000人である。
9.ペンザ−19 (Penza-19)
(現在、START生産連合;START Plant Joint-Stock Company;START PA、ザレチヌイとも云う)
 モスクワの東南約530km、ペンザ市の東約115km、アルザマス−16のあるサロフ市の南東約300kmのザレチヌイ (Zarechny)に位置している。
 核兵器の製造および技術開発、核兵器用電子部品の製造を行っていたが、現在では核兵器の解体を行っている。また、既存の施設を利用して胃潰瘍、十二指腸潰瘍の治療に使用する超高周波治療施設(Yav-1)や電子機器利用警報システム(RIF)、光ファイバーケーブルなどを製造している。職員数は不明。ザレチヌイ市の人口は約61,000人である。
10.ズラトースト−36 (Zlatoust-36)
(計測器製作工場;Instrument-Making Plant、トリョフゴールヌイとも云う)
 ウラル地方チェリャビンスク市の西約110km、ズラトーストの南西約85kmのトリョフゴーヌルイに位置している。スベルドロフスク−45より小規模の核兵器の組立と解体施設がある。現在は核兵器の解体を行っているほか、安全防護システムや医療機器の生産を行っている。以前ここでは、大気圏弾道ミサイルの組立も行っていた。職員数は不明。トリョフゴーヌルイ市の人口は約29,000人である。
<図/表>
図1 ロシアの原子力関係研究所の地図(10の秘密都市を含む)

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<関連タイトル>
ロシア連邦の再処理施設 (04-07-03-18)
ロシアの核燃料サイクル (14-06-01-05)
旧ソ連の原子力研究施設 (14-06-01-19)
ソ連最初の原子炉F-1の開発 (16-03-02-01)

<参考文献>
(1) IBR NUCLEAR BUSINESS DIRECTORY 2000
(2) 藤井晴雄:ロシア連邦における再処理施設の開発と現状、海外電力誌、2000年9月号、p.53-58
(3) 藤井晴雄:ロシアにおける核燃料サイクルの過去と現状、海外電力誌、1995年6月号、p.46-54
(4) 藤井晴雄:旧ソ連・ロシアの原子力開発の歴史、ユーラシアブックレット、ユーラシア研究所(2001年3月)
(5) (社)日本原子力産業会議:世界の原子力発電開発の動向1999年次報告(2000年5月)、p.116-121
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