<本文>
1. 原子力発電の現状
2017年1月末現在、イギリスでは8ヵ所のサイト(Dungeness B、Hartlepool、Heysham I、Heysham II、Hinkley Point B、Hunterston B、Torness、Sizewell B)で15基の原子炉(AGR14基およびPWR1基)が運転中である(
図1参照)。永久閉鎖された原子炉は計30基である。運転中の原子炉の総発電設備容量は1036.2万kW(グロス電気出力)、2015年の総発電電力量に占める原子力発電の割合は18.9%、638億9454万kWhであった。
イギリスでは、1956年10月1日に商用運転を開始したコールダーホール1号機から1972年1月に運転開始されたウィルファ2号機(Wylfa−2)まで合計26基の商用発電用GCR(Gas−Cooled Reactor、黒鉛減速炭酸ガス冷却型原子炉)が建設・運転された。GCRは天然ウランを燃料とする天然ウラン金属棒をマグネシウムとアルミニウムの合金であるMagnox(マグノックス)で被覆していることから、Magnox型原子炉(
マグノックス炉)と称され、プルトニウム生産炉として優れているが、出力が6〜30万kWと小さく老朽化が進んだことから、経済的な理由により2000年5月に当時所有者であったBNFL(British Nuclear Fuels plc. 英国原子燃料会社)が閉鎖計画を発表した(
表1参照)。
現在稼働中のAGRはMagnox型原子炉の後継炉として開発された第2世代原子炉で、Hunterston B−1号機(商用運転開始1976年2月6日)からTorness2号機(同、1989年2月)にいたるまで合計7サイト各2基で建設され、イギリス国内だけで運転されている。
1990年代後半には、原子力による発電電力量は総発電電力量の約25%を占めるようになったが、2000年以降に相次いでGCR29基を永久閉鎖した結果、原子力による発電電力構成比も次第に低下していった。なお、現在15基の原子炉を所有・運転するのは、2009年1月にブリティシュ・エナジー(BE)を買収したフランス電力EDF(Electricite de France)の子会社EDFエナジーである。イギリスとフランスとは高圧直流送電網(容量は2000MW)で連結され、イギリスの大半の電力をフランスの原子力発電から輸入している。
2. エネルギー情勢
イギリスはもともとエネルギー資源に恵まれた国で、産業革命発祥の地として古くから工業国として栄えてきた。石炭産業はその基盤で、大小600以上もの炭田があり、中でもミッドランド炭田の近郊に位置するバーミンガムは炭坑の街として発展した。1990年に国営石炭会社であったブリティッシュ・コール社が民営化され、エネルギー源として天然ガスが台頭したことで、2001年からは外国からの輸入炭が生産量を上回るようになった。イギリスの天然ガスおよび石油資源は北海のイングランド沖東部で産出するが、1999〜2000年をピークにどちらとも減少傾向にある。そのため、2004年から原油、天然ガスともに純輸入国となっている。
BP統計によると2015年時点での石炭の確認埋蔵量は2億2,800万トンで可採年数(R/P:Ratio of reserves to production)は27年であり、石油は28億バレル(2000年当時47億バレル)で可採年数は8年、天然ガスは2,060億m
3で可採年数は5.2年である。
表2にエネルギー源別一次エネルギー生産量の推移を示す。
3. 電力情勢
イギリスでは、従来石炭火力発電を多く行っていたが、サッチャー政権による1990年の電力自由化・民営化以来、北海ガス田の開発に合わせて天然ガス・コンバインドサイクル発電(CCGT:Combined Cycle Gas Turbine)が増え始め、1990年当時は1%に過ぎなかった総発電電力量に占める天然ガスは2010年には総発電電力量の約半分(47%)を発電するようになった。しかし、近年は北海油田の生産量の減衰から、石炭火力および再生可能エネルギーの発電量が増えている。しかし、
温室効果ガス(GHG:Greenhouse Gas)排出量の拡大の懸念もあり、将来的に石炭火力の発電量を抑えていくことを検討している。
ビジネス・エネルギー・産業戦略省が発表した2015年のエネルギー統計によると、総発電電力量339.7TWhのうち、石炭が71.8TWh(21%)、天然ガスが98.2TWh(28%)、原子力が63.9TWh(19%)、再生可能エネルギーが73.4TWh(22%)、輸入電力が20.9TWh(6%)であった。
表3に発電電力量の電源別構成の推移を、
表4に主な発電所の電源別設備容量の推移を示す。
4. エネルギー政策に占める原子力政策の動向
4.1 2003年2月、エネルギー白書「イギリスの将来:低炭素経済の創設」
貿易産業省(DTI:Department of Trade and Industry)は、2050年までのイギリスエネルギー政策の見直しに端を発して2003年2月24日、エネルギー白書「イギリスの将来:低炭素経済の創設」を公表した。
白書では2050年までにGHG排出量を1990年比で60%まで低減するためのエネルギー政策として、発電のエネルギー効率の改善と再生可能エネルギーの開発促進を挙げた。原子力発電については、2020年代にほとんどが停止するが、経済性が悪くまた
放射性廃棄物の問題から将来のオプションとして維持するにとどまり、再生可能エネルギーやCCS(Carbon Capture and Storage:化石燃料を使用することで排出される炭酸ガスを回収し、地中や深海底に貯留する)を備えたクリーンコール技術の導入が重要とされた。エネルギーの安全保障に関しては、北海油田の枯渇から将来化石燃料を輸入すると想定して、輸出国の多様化と良好な外交関係の構築を目標とした。
また、BNFLおよび英国原子力公社(UKAEA:United Kingdom Atomic Energy Authority)が保有する原子炉の廃止措置によって生じる負の原子力債務を解消するため、2005年4月1日に英国
原子力廃止措置機関(NDA:Nuclear Decommissioning Authority)を2004年エネルギー法(Energy Act 2004)に基づいて設立した。放射性廃棄物に関しては、CoRWM(Committee on Radioactive Waste Management、放射性廃棄物の最終処分方法を検討する委員会、2003年11月に設置)の最終勧告を受けて、政府は2006年10月に深地層処分と
中間貯蔵を組み合わせた高レベル放射性廃棄物等の管理方針を決定した。2007年4月には中間貯蔵の責任を有するNDAを地層処分の実施主体とした。なお、イギリスでは8万m
3の放射性廃棄物が各原子力発電所や施設サイトで貯蔵され、デコミショニング等により100年間で合計47万m
3の廃棄物の発生が見込まれている。
4.2 2008年の「原子力白書」
政府はその後、化石燃料の高騰とクリーンエネルギーの実用化への技術的不確定性、経済的負担を背景に、GHG排出量の抑制やエネルギー安全保障の観点から原子力発電は不可欠として、既存原子力発電所の大規模リプレースを推進する姿勢を鮮明に打ち出している。
原子力の推進は2006年7月に発表されたEnergy Review Report 2006に記載され、2007年5月に発表されたエネルギー白書を経て、2008年1月に発表された原子力白書で新規原子力発電所の建設が国のエネルギー戦略の一つとして固まったが、原子力開発や原子炉建設に関する一切の費用は事業者負担によるとされていた。また、将来の低炭素社会に向けて気候変動法(CCA:Climate Change Act 2008)を2008年10月に制定し、2050年までにGHG排出量を1990年比で80%まで削減することを目標と定めた。
まず、新規原子力発電所建設のための許認可手続きの合理化を目指し、2007年1月には省庁の再編が行われた。これにより、健康安全局(HSE:Health and Safety Executive)は原子炉設計のみの審査を、環境食糧省環境局(EA:Environment Agency)およびスコットランド環境保護庁(SEPA:Scottish Environment Protection Agency)は環境影響への審査を、貿易産業省・原子力セキュリティ室(OCNS)は原子炉設計のセキュリティの審査を担当し、
核物質の輸送規制を担当する運輸省は状況に応じて各機関へ協力することになった。新規原子力発電所建設スケジュールでは、(1)戦略的サイト評価(SSA:Strategic Siting Assessment)・・・サイト決定手続き、(2)包括的設計審査(GDA:Generic Design Assessment)・・・事前設計認可審査、(3)放射線利用の影響評価・・・ICRP勧告に基づいた電離放射線利用導入前の健康、安全、地域社会・経済に与える影響評価、(4)放射性廃棄物と廃止措置・・・バックエンドの財源確保の4つが並行して進められる。評価作業の簡略化により、原子炉の設計認証作業が33〜42か月、サイト許認可が6〜12か月に短縮されると予想された。
図2に新規原子力発電所建設スケジュールを示す。
建設サイトの適正評価に関しては、「戦略的サイト評価」システムが導入され、一度国レベルで適正が承認された場合、地方レベルで撤回されることはなくなった。
原子力の安全規制に関しては、透明性を高めるため、2011年4月にHSE内に原子力規制室(ONR:Office for Nuclear Regulation)を設置した。ONRは、HSEの原子力安全規制、保安規制、保障措置等の業務に加えて、運輸省が実施してきた放射性物質の輸送に関する業務も実施することとなった。ONRはその後、安全規制機関としての独立性と重要性が増し、2014年4月に独立した公法人に移行している。
4.3 エネルギー法2013(Energy Act 2013、2013年12月)
イギリスでは老朽化したGCR原子力発電所の閉鎖、EUの大気汚染規制(Large Combustion Plant Directive)による2015年までに旧式石炭火力発電所を閉鎖などで、既存の電力供給能力が2015年に向けて低下する(
図3参照)。一方、2030年までに必要な電力設備投資は約19GWと見積もられ、投資家が安心して投資できる環境の構築、かつ効率的な発電部門の脱炭素化政策の推進が必須となった。
図4に燃料別発電電力量の予想推移を示す。
このようななか、政府は2011年7月「イギリス電力の将来計画:安定した低価格の低炭素電源に対する白書」を公表し、電力市場改革(EMR:Electricity Market Reform)に踏み切ることになった。エネルギー・気候変動省(DECC:Department of Energy and Climate Change)は白書の政策を基に、2012年5月、電力市場とエネルギー規制機関の改革を目的としたエネルギー改革法草案を発表。原子力発電は将来の電力市場における重要なエネルギーミックス手段の一つとみなされ、新規原子炉の導入を円滑に行うための提案が盛り込まれた。DECCは2012年11月、エネルギー・気候変動委員会における草案への議論を踏まえて、正式にエネルギー法案(Energy Bill)として議会に提出した。この法案の要点は、発電施設と送電網の革新に必要な1,100億ポンド(約18.7兆円)を確保するための投資の誘致と電力市場の改革(EMR)により、2050年までの脱炭素化80%と2020年までの再生可能エネルギー化15%を達成し、同時に電力料金廉価安定化を目指すことである。なお、1,100億ポンドの内訳は発電所新設(5か所16GW):750億ポンド、送電部門:350億ポンドである。法案は2013年12月、法律(Energy Act 2013)として成立した。
具体的政策としては、
(1)低炭素発電電力の差金決済取引(CfD:Contracts for Difference)付き固定価格買取制度(FIT:Feed−in Tariff)により投資を確保する、(註1)
(2)CO2排出基準を制定し、新規石炭火力発電所に二酸化炭素回収・貯蔵システム(CCS:Carbon dioxide Capture and Storage)の設置を義務付ける、
(3)炭素最低価格(CPF:Carbon Price Floor)を設けて低炭素化を支える(註2)、
(4)容量市場(Capacity Market)の創立(註3)、というものである。
また、政府は2012年10月にインフラ法(Infrastructure(Financial Assistance)Act 2012)を成立させており、インフラ事業に関連させて、財務省もしくは担当大臣が歳出を行うことができるようになった。原子力発電所の建設に関しても500億ポンドを超えない範囲で政府の保証が行われる。現在、イギリスでは政府のこれらの施策を活用した投資家による新規原子力建設プロジェクトが5サイトで浮上している(
図5参照)。
・註1:CfDは、権利行使価格(Strike price)と市場価格の差額を補償するもので、再生可能エネルギーと共に原子力、CCS付き火力も対象とされている。買取価格は卸売市場価格が権利行使価格を下回った場合には発電業者にその差額が支払われるが、逆に上回った場合には発電業者が配電業者に支払い、消費者に還元するという仕組みである。なお、電源の投資回収を保証するFIT−CfD適用期間は5,000kW以上再生可能エネルギーに対して15年、原子力は35年が保証されている。
・註2:イギリスのCPFはEU域内の排出量取引制度(EU−ETS:European Union Emission Trading Scheme)にイギリス独自の炭素価格支援値(CPS:Carbon Price Support)を加えたもので、2013年4月から導入された。CPF(ポンド/tCO2)は2013年15.7ポンド(約2041円)、2020年30ポンド(約3900円)、2030年70ポンド(約9100円)となっている。
・註3:容量市場とは、電力安定供給のため、自然条件の変化に柔軟に対応できる火力発電を予備電源として維持しておく必要から、化石燃料発電所(ガスまたは石炭)に補助金を支払ってその容量を維持する制度。
(前回更新:2007年8月)
<図/表>
<関連タイトル>
イギリスの原子力発電開発 (14-05-01-02)
イギリスの原子力開発体制 (14-05-01-03)
イギリスの核燃料サイクル (14-05-01-05)
イギリスの電気事業および原子力産業 (14-05-01-06)
<参考文献>
(1)日本原子力産業協会:世界の原子力発電開発の動向2016年版(2016年4月)
(2)原子力年鑑編集委員会編纂:日刊工業新聞社発行 原子力年鑑 2017年版
(2016年10月)、2003年版(2002年11月)、イギリス
(3)ビジネス・エネルギー・産業戦略省(National Statistics):Indigenous production of
primary fuels(ET1.1)、Fuel used in electricity generation and electricity supplied
(ET5.1)、Plant capacity、United Kingdom(DUKES5.6)
(4)エネルギー・気候変動省(The Department of Energy&Climate Change):Nuclear
power in the UK、2016年7月、
https://www.nao.org.uk/wp-content/uploads/2016/07/Nuclear-power-in-the-UK.pdf
(5)フランス電力会社(EDF):“Nuclear Safety、Our Overriding Priority”EDF Group
Report 2015 In response to FTSE4Good Nuclear Criteria、2015年6月、
https://www.edf.fr/sites/default/files/contrib/groupe-edf/responsable-et-engage/rapports-et-indicateurs/rapport-developpement-durable/EDFGroup_FTSE4Good2015_va.pdf
(6)ビジネス規格改革省(BERR:Department for Business,Enterprise and Regulatory
Reform):Nuclear white paper 2008’Meeting the energy challenge’(2008年1月)、
(7)エネルギー・気候変動省(The Department of Energy&Climate Change):Nuclear
power in the UK、2016年7月、
https://www.nao.org.uk/wp-content/uploads/2016/07/Nuclear-power-in-the-UK.pdf
(8)海外電力調査会:海外諸国の電気事業 第1編2008年版(2008年10月)、
p.257−298
(9)世界原子力協会(WNA):Nuclear Power in the United Kingdom(2017年1月更新)、
http://www.world-nuclear.org/information-library/country-profiles/countries-t-z/united-kingdom.aspx