<本文>
1.原子力開発体制
英国政府は2008年1月、新規原子力発電所の建設はしないとする従来の政策を転換し、「民間事業者が競争市場で原子力発電所を建設できるよう環境整備を行う」という新たな原子力政策を発表し、以降、新規原子力発電所建設促進のための様々な制度改革が進められている。
英国は、1950〜60年代に国産の
マグノックス炉(黒鉛ガス冷却炉:GCR)を開発、さらに1960〜70年代に改良型ガス炉(AGR)を開発した。しかし、1970年代の石油危機に際し、北海での石油・天然ガス開発の優先と、発電用燃料としての国内炭使用の義務付け政策を実施したことで、原子力開発に関しては1970年代後半にWH社製
PWR・1基の導入を決定したのみであった。一方、1979年のTMI事故や1986年のチェルノブイル事故、及び1990年以降の電力民営化の中で、原子力開発は市場原理に委ねられ、積極的な政策は取られなかった(
図1参照)。
しかし、近年、エネルギー・セキュリティの確立、低炭素経済への移行及び国際的な気候変動対策の取組み等の必要性が高まるなか、2008年10月にエネルギー・気候変動省(DECC)を発足させ、政府による金銭的な補助はないものの、原子力推進のための環境整備を実施している。
図2にイギリスの原子力関連の主な行政組織図を示す。
(1)エネルギー気候変動省(DECC:Department of Energy and Climate Change)
2008年10月の内閣改造により新設。これまで環境・食糧・農村地域省(DEFRA)が担当していた気候変動分野と、ビジネス・企業・規制改革省(BERR)が担当していたエネルギー分野を統合した。
(2)ビジネス・イノベーション・技能省(BIS:Department for Business, Innovation
and Skills)
大学、高等教育の管理、技術戦略委員会(TSB)等を通じた科学を基礎とする技能施策などを行うイノベーション・大学・技能省(DIUS)と起業環境の整備、英国の産業の分析、産業力強化の戦略の構築を行うビジネス・企業・規制改革省(BERR)が2009年6月に合併して発足した。
2.原子力
安全規制体制
英国の原子力施設は、1946年に制定された「原子力法」を原子力の基本法としており、実質的な安全規制を、原子炉の設置、運転等の規制を定めた1965年の「原子力施設法」(NIA65)及び安全規制機関の設置と権限等を定めた1974年の「労働保健安全法」(HSWA74)に基づいて実施している。その他関連法としては、1993年の「
放射性物質法」、1970年の「放射線防護法」、1999年の「電離放射線規則」、2003年の「原子力産業セキュリティ規則」等がある。これら法律の下で、原子力施設の安全、放射線防護等の方針は、エネルギー・気候変動省(DECC)、環境・食糧・農村省(DEFRA)、スコットランド環境保護局(SEPA)及びイングランドとウェールズの環境保護局(EA)が策定する。また、原子力全般の安全に関する規制は、保健安全執行部(HSE)が実施する。EAとSEPAは1995年環境法(EA95)の規制枠組みに基いて設置された。
放射性物質の輸送に係る規制に関しては、陸上は環境・食糧・農村省が、空、海上はエネルギー気候変動省が責任を持つ。また、放射線防護に関する研究及び基準の制定にあたっての勧告等は、国立放射線防護委員会(NRPB)及び医学研究審議会(MRC)の管轄であり、保障措置業務はエネルギー気候変動省が、アイソトープの規制は環境省及びHSEが実施している。原子力関連事業を含むすべての事業の従事者及び影響を受ける可能性のある一般公衆の健康及び安全の確保については、1974年労働安全衛生法の規定により、HSEが担当する。また、公衆への放射線量規制に関しては、原子力許可サイトの安全規制検査を行うHSE、及び放射性物質の環境への放出による公衆への影響を監督するEA及びSEPAが共同で責任を有している。HSEとEA及びSEPAとは、相互の規制を矛盾無く、調和的かつ包括的に実施するために協定を結んでいる。
(1)保健安全執行部(HSE:Health and Safety Executive)
1965年原子力施設法が修正され、エネルギー大臣とスコットランド大臣が有していた許認可権限を移管された組織。1974年保健安全法を根拠とし、作業活動によるリスク管理の確保を目的に原子力産業安全に関するほとんど全ての事項を取り扱う。HSEは原子力安全諮問委員会(NuSAC)の助言を受けて、安全規制政策の枠組みの策定や規制を実施、原子力事業者に敷地許可等原子力施設に関する許認可を発給する権限を持つ。2007年4月には、BERRの原子力安全部門と民生用原子力安全保護局(OCNS)の安全保障部門がHSEに移管され、2008年4月に保健安全委員会(HSC:Health and Safety Commission)を吸収合併し、独立した規制機関となった。
(2)原子力局(ND:Nuclear Directorate)
1960年に設立され、1975年にエネルギー省からHSEの執行局として移管された、独立機関である。原子力施設の規制を担っており、原子力施設の維持・改善・放射線防護が主な役割で、原子炉の設計審査(GDA)のほか、ライセンスの発給やライセンス条件(運用規則)の策定及びその遵守状況の監視、
放射性廃棄物の安全規制、緊急時の避難体制、原子力安全研究、国際協力などの安全性を実施する。
(3)原子力施設検査局(NII:Nuclear Installations Inspectorate)
HSEの原子力局に属し、原子力施設の設置許可・検査を行う。NIIの主席検査官は、原子力施設の運転者に対して、安全に関する許可権を有する。保健安全法と原子力施設法の下で関連規則の執行について、責任を持つ保健安全執行官の代理として原子力施設主席検査官と副主席検査官に権限が委任されている。
(4)環境・食糧・農村省(DEFRA:Department for Environment, Food and Rural Affairs)
放射性廃棄物の処理・処分管理の策定等、環境保護のための政策・立法を行う。
3.原子力許認可手順
政府は低炭素社会の実現に向けてエネルギープロジェクトのスムーズな開発が重要であるとして、許認可システムの透明性と認可期間短縮を目指して、許認可システムの改革に着手、2007年5月には原子力開発など大規模プロジェクトに関する新たな認可政策(エネルギー白書)を発表した。具体策としては、(1)認可期限を政府から独立したインフラ計画委員会に与える(認可に関して政治的な影響を排除)、(2)認可プロセスから、当該インフラの必要性を除く(認可までの期間短縮を図る)などがある。さらに2008年1月には「原子力白書」を発表し、原子力開発を政策的に支援するため、サイト選定や許認可手続きの簡素化などの環境整備を行う方針を決めた。
2011年1月現在、英国では19基1096.2万kWが運転されているが、2012年までには全マグノックス炉の運転が終了し、7ヶ所のAGRツインユニットとPWR1基となる。
図3にイギリスの許認可取得原子力サイトを示す。なお、英国で最も新しい原子力発電所は、1987年に認可されたサイズウェルB(PWR)で、当時の許認可手順を
図4に示す。この手順では、申請者が貿易産業省(DTI)へ計画申請書を提出すると、地元に対する影響評価(景観、経済基盤、水供給等)のための公聴会が地元自治体と協議して開催され、申請書承認の是非を決定する。計画承認が得られた場合、原子力安全局(NSD)が
安全審査を行い、設計、建設等の各段階で許可を発給する。
今回の許認可手続き合理化に際しては、この許認可手順を参考に、保健安全執行部(HSE)は2007年1月に省庁を再編し、環境食糧省環境局(EA)、スコットランド環境保護庁(SEPA)、貿易産業省・原子力セキュリティ室(OCNS)などと共同で、標準化された原子炉設計の認証手続きへ統合した。これにより、HSEは原子炉設計のみの審査を、EA及びSEPAは環境影響への審査を、OCNSは原子炉設計のセキュリティの審査を担当することとなった。核物質の輸送規制を担当する運輸省は状況に応じて各機関へ協力し、サイト許認可は従来どおりHSEなどの関係当局が行う2段階方式が採用されるが、原子炉の安全審査と、立地場所の安全・環境・地域社会への影響など総合的な評価が並行して実施されることになった(
図5参照)。
なお、新規原子力発電所建設に伴う事前設計認可は、包括的設計審査(GDA:Generic Design Assessment)と呼ばれ、現在2つの炉型が申請されている。炉型はフランス・アレヴァ社製EPR(160万kW)と米ウェスチングハウス社製AP1000(110万kW)である。GDA対象炉型選定の初期評価は、2007年8月から開始され、米国原子力規制委員会(NRC)やフランス原子力安全機関(ASN)など諸外国の規制当局の知見も活用するとしている。今後、国家の重要な基盤施設建設計画について総合的な判断を下す独立機関IPC(IPC:Infrastructure Planning Commission、2008 Planning Actに基づいて2009年10月に設置された)が設置者の申請に対して建設の許可を判断することになる。
(前回更新:2004年2月)
<図/表>
<関連タイトル>
イギリスの原子力政策および計画 (14-05-01-01)
イギリスの原子力発電開発 (14-05-01-02)
イギリスの原子力安全規制体制 (14-05-01-04)
イギリスのエネルギー事情と政策 (14-05-01-14)
<参考文献>
(1)世界原子力協会(WNA):Nuclear Power in the United Kingdom,
http://www.world-nuclear.org/info/inf84.html、
http://www.world-nuclear.org/info/inf23.html
(2)(社)日本原子力産業協会:原子力年鑑 2011、(2010年10月)、p.200-203
(3)公益財団法人原子力環境整備促進・資金管理センター:英国における高レベル放射性廃棄物処分
(4)日本電気協会新聞部:原子力ポケットブック2010年版(2010年9月)、第6、12章
(5)(社)海外電力調査会:海外諸国の電気事業第1編、(2008年10月)、イギリス
(6)OECD/NEA(編集発行)、日本原子力産業会議(翻訳):OECD/NEA加盟国の放射性廃棄物管理計画(1999年1月)、p.151-152
(7)エネルギー・気候変動省(DECC):Nuclear
(8)保健安全執行部(HSE):
http://www.hse.gov.uk/nuclear/
(9)(社)日本原子力産業会議:原子力ポケットブック2002年版(2002年11月)、p.451