<本文>
1.原子力規制委員会の設立
連邦政府の独立行政機関である「原子力規制委員会」(NRC:Nuclear Regulatory Commission)は、米国内のあらゆる核物質利用分野の危険性から、公衆の健康と安全を確保し、国家の安全保障を推進し、環境保全を目的として、核物質取扱い施設の許認可、規則の制定、ならびにこれらが遵守されるよう検査・強制執行業務を行っている。
米国では、1974年にエネルギー再編法案(Energy Reorgranization)が議会で可決。それまでの
原子力委員会(AEC:Atomic Energy Commission)が廃止されるとともに、原子力開発と規制業務が新たな2つの機関に分割されることになった。原子力規制委員会は、AECの規制部門を引き継ぐ形で発足した。また、研究開発を担当するエネルギー研究開発庁(ERDA)が設立された。ERDAはその後、1977年に現在のエネルギー省(DOE)に改組された。
2.原子力規制委員会の構成
原子力規制委員会で最終的な権限を持つ委員は5名(内委員長1名)で構成され、委員会の決議採択は過半数の賛成(3名以上)による。委員の指名は大統領が行ない、上院の承認が必要となる。各委員の任期は5年で、再任は1期を限度としており(通算2期まで)、各委員の任期は順番に1年毎に切れるようになっている。委員の過半数は同一党派から選出することはできない。原子力規制委員会全体の組織は
図1に示す通りである。2001年当時の委員長は、リチャード・A・メザーブ(Richard A. Meserve)氏で、委員は、グレタ・J・ディカス(Greta Joy Dicus)、ニルス・J・ディアス(Nils J. Diaz)、エドワード・マクガーフィガンJr.(Edward McGaffigan, Jr.)、ジェフリー・S・メリフィールド(Jeffrey S. Merrifield)の4氏である。NRC事務局の2001会計年度(2000年10月〜2001年9月)の合計人数は2785名で、分野別の人数を
図2に示す。なお、NRC委員長は、2003年4月ニルス・J・ディアス(Nils J. Diaz)氏に交替した。職員は、安全研究や実証試験の要員も含め約3100名、うち検査官は約370名で原子力発電所は103基である。
3.規制の変遷
現行の原子力開発・規制体制は「1954年原子力法」、「1974年エネルギー行政機構再編成法」、「エネルギー省(DOE)設置法」などを根拠法としている。1979年のスリーマイルアイランド(TMI)原子力発電所の事故後、規制手続きは懲罰的な色彩を強め、NRCと産業界の対立が深まった。規制面での要求は、詳細かつ慣例化し、新しい規則が古い規則の上に積み重ねられ、重複・矛盾の傾向が強まった。
原子力産業界は、規制手続きが負担になっているため、安全運転に対する注意がそがれるとの原子力産業界の懸念に対して、当時のアイバン・セリンNRC委員長は1992年10月、原子力発電所を所有・運転する電力会社に対し、安全面でコストに見合う利益がないような規制や要件を具体的に列挙するよう要請した。また、NRC事務局に対しても、不要な規制を明らかにするため検討グループの設置を命じた。そして、1994年1月には、すでに原子力産業界から指摘されたものも含め、17分野における規制要件の改善計画を発表した。
1995年に就任したシャーリー・ジャクソン委員長(当時)は、リスク情報と運転実績に基づいた規制への転換を表明した。従来は、系統的な運転実績評価(Systematic Assessment of Licensee Performance:
SALP)に基づき、発電所の運転実績を18ヵ月ごとに幅広く評価していた。具体的には、
放射線管理や緊急時計画、発電所の保安、
安全評価などを含む、原子力発電所の運転や保守、エンジニアリング、支援サービスについて審査が行われていた。また、電力会社は、運転実績に応じて、「きわめて優秀」のレベル1から、「綿密な調査が必要」のレベル3まで、3段階にランク付けされていた。レベル3にランク付けされた原子力発電所では、NRCが要求する安全基準をさらに高い水準でクリアしなければならず、これができないと運転が許可されない場合もある。SALPによるランク付けで問題とされたのは、文書で示された客観的な基準がないため、NRCの検査官の主観によって左右されてしまうことであった。
リスク情報と運転実績に基づいた規制という方向が打ち出されたのも、そうしたことが背景にある。そして、1991年には、新しい方針に基づいた初の規則として原子力発電所の保守関連規則が公表され、1996年に全面的に発効した。NRCは、運転認可の更新に対する規則についても同じ手法を採用し、原子力発電所の運転認可を当初の40年間からさらに20年間延長できるようになった。この規則は1995年5月に発効した。さらにNRCは、SALPに基づいて作成していた「監視リスト」(SALP評価と問題発電所リスト)を1994年4月に削除するとともに、運転性能評価の抜本的見直しを進め、新たな評価方式を取りまとめた。新たな評価方式は、運転・保守・エンジニアリング・プラント支援の4分野について具体的数値による評価が行われるとともに、安全に運転されているプラントについては、NRC検査の負担を軽減する方式となっている。1998年にリスク情報を活用した規制(RIR)のガイドライン「RG−1.174」が発行され、2000年に実施計画が出されて運転性能指標(PI)に基づく規制,すなわち原子炉監視プロセス(ROP:Reactor Oversight Process)の本格運用が始まった。
新SALPは、発電所のPIの評価結果と、NRCの日常の検査活動の結果から総合的に判断するもので、特に前者のPIは、評価結果に基づく発電所の運転可否、NRCの規制要求などを規定しており、従来のSALPなどと比較して、より重要な指標値として位置づけられる。このPIは、起因事象、事象緩和系、障壁健全性、緊急時対策、作業者被ばく防護、公衆被ばく防護、
核物質防護の7分野について、計15のPIが客観的な定量的な指標として用いられている。原子炉監視プロセス(ROP)の枠組み及び仕組みと流れを
図3と
図4に示す。
それぞれのPIは、基本的に緑(安全が保持されている)、白(安全裕度がわずかに減少)、黄色(安全裕度が顕著に減少)、赤(安全裕度が許容できない程度まで減少)の4種に分類される。例えば7000時間あたりの計画外スクラム回数(n)では、緑(n≦3回)、白(3回<n≦6回)、黄色(6回<n≦25回)、赤(25回<n)というように規定されている。
4.原子力発電所の許認可
現在米国内の原子力発電所は、1954年原子力法に基づく許認可手続きにしたがって認可を取得し、運転している。当時の手続きは、「建設許可」と「運転認可」の2つに大きく分けられていた。当時は、原子力技術がまだ開発段階にあり、規制も十分に固まっていない状況で、建設許可が発給されていた。そして、電力会社は原子力発電所が完成した時点で運転認可を申請した。この段階で、はじめて詳細な設計が公開され、公聴会において設計や安全面などすべての問題点が議論された。緊急時計画など、運転以外の重要問題についても、この段階になって初めて検討が行われた。そうした結果、運転認可段階における公聴会では、白熱した論争が長々と続くケースが多く、原子力発電所の運転を遅らす原因となった。中には、スケジュールの遅れにより数億ドルもの出費を余儀なくされる電力会社もあった。1979年TMI事故後にこの傾向は一層強まり、1979年以前に米国で建設された62基の原子力発電所は、完成までに平均してわずか5年程度しかかかっていなかったが、それ以降のものは完成までに平均して12年を要している。
プラントの標準化が進んでいる現状に照らしあわせ、こうした問題に対処するため、「1992年包括的国家エネルギー政策法」に原子力発電所の許認可手続きの改定が盛り込まれ、NRCの規則として明文化された。NRCは1992年12月に改定規則を公布した。新しい許認可手続きは「設計認証」「事前のサイト認可」「一体的な建設・運転認可」の3段階で構成されている。
設計認証:原子炉メーカーは、認証を取得するため、原子力発電所の設計をNRCに提出する。この中には、安全に関連したあらゆるシステムや機器に対して必要とされる詳細エンジニアリングも含まれている。電力会社としては、NRCが認証した原子力発電所については、設計や安全問題がすべて解決されているとの前提にたって発注することができる。1997年にゼネラル・エレクトリック(GE)社の「改良型沸騰水型炉」(ABWR、135万kW)、1999年にABBコンバッション・エンジニアリング(当時、ウェスチングハウス社に統合)の「システム80+」(PWR、130万kW)とウェスチングハウス社の「AP600」(PWR、60万kW)、また2004年にウェスチングハウス社の「
AP1000」(PWR、100万kW)が設計認証(15年有効)を取得している。
事前のサイト認可:電力会社は、NRCに対し、将来の原子力発電所の(手持ちの)建設候補地としてサイトの認可を申請することができる。この手続きは、地質学や地震学、
水文学、そして環境問題など、立地に関係したすべての問題を原子力発電所の着工前に解決しようとするもの。事前のサイト認可を申請する電力会社は、NRCの承認を取得するため、連邦政府や地元政府との調整を織り込んだ緊急時計画を提出することが要求されている。
一体的な建設・運転認可(複合認可):電力会社は、認証を受けた設計の原子力発電所を選定し、建設・運転認可を申請する。この申請の中には、建設中に行われる検査や試験、分析などについての詳細を盛り込む必要がある。NRCは、運転を認める前に、安全基準がクリアされているということを確認しなければならない。また、申請にあたっては、他の検討段階で未解決となっているサイトに固有の環境・設計上の問題を処理しなければならない。
5.今後の規制方針・見通し
NRCのメザーブ前委員長は、今後の規制方針について、新しい考え方を原子力発電所だけでなく、核物質の規制や
放射性廃棄物の
安全規制にも拡大していく考えであることを明らかにしている。また同委員長は、電力市場の規制緩和・自由化に言及している。原子力発電所の資産価値が見直されてきていることが統合や売却、運転認可の更新を加速してきており、NRCとしてもこうした動きに迅速に対処する必要があるとの見解を示している。そして、原子力発電所が優秀な電力会社に統合されることは、安全性の向上という点からみても歓迎すべきであると述べている。
<図/表>
<関連タイトル>
TMI事故調査特別委員会の設置について (10-03-02-03)
アメリカの原子力政策および計画 (14-04-01-01)
アメリカの原子力発電開発 (14-04-01-02)
アメリカの原子力開発体制 (14-04-01-03)
原子力許認可プロセスの改革と1992年エネルギー政策法の成立 (14-04-01-16)
<参考文献>
(1)日本原子力産業会議:原子力資料No.292「米国の原子力最新事情(上)」。No.293「米国の原子力最新事情(下)」、(1997年5月)
(2)米国原子力規制委員会ホームページ:
http://www.nrc.gov/
(3) ”Changing Regulatory Oversight: NRC’s Formula for Reform”: Nuclear Energy Institute, July 1999
(4) NRC NEWS ”Remarks of Dr. Richard A. Meserve” October 23,2000
(5)日本原子力産業会議:原産マンスリー No.52、2000年4/5月号、p.47−70
(6)原子力安全・保安院ホームページ:NISAメールマガジン
(7)原子力安全委員会 リスク情報を活用した安全規制に関するタスクホース:リスク情報を活用した安全規制の導入に関する今後の課題と方向性(平成17年12月)