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<概要>
 原子炉の立地審査に当っては、公衆の安全を確保するため、原子炉と公衆が居住する区域との間に「ある適当な距離」が保たれている必要がある。特に原子炉にプルトニウム燃料を装荷する場合には、プルトニウムによる放射線被曝を厳重に評価し、公衆の構成員の健康に有意な損失がもたらされないよう「プルトニウムに関するめやす線量」を設定している。「めやす線量」は個々の構成員の特定臓器に対する「線量当量」で示され、「骨」に対しては2.4Sv、「肺」に対しては3Sv、そして「肝」に対しては5Svに設定されている。
(昭和56年7月20日原子力安全委員会決定、58年5月26日一部改訂、平成元年3月27日一部改訂)

(注)東北地方太平洋沖地震(2011年3月11日)に伴う福島第一原発事故を契機に原子力安全規制の体制が抜本的に改革され、新たな規制行政組織として原子力規制委員会が2012年9月19日に発足した。上記事故を受けて原子力政策の転換が行われつつあり、原子力発電所の建設に関する動向は不透明な状況にあるが、立地審査に係る「めやす線量」は原子力規制委員会によって適宜見直しが行われる見込みである。なお、原子力安全委員会は上記の規制組織改革に伴って廃止された。
<更新年月>
1998年05月   (本データは原則として更新対象外とします。)

<本文>
1.「めやす線量」設定の背景(基本的考え方)
(1) ここで言う「めやす線量」とは、プルトニウムを燃料とする原子炉と公衆居住区域の適切な「隔(へだて)距離」の判断に役立たせるものである。したがって、ここで設定された「めやす線量値」を、プルトニウムを燃料として使用しない原子炉および原子炉以外の施設の立地審査に適用することはできない。また、「事故時」において取られる措置に関する基準として用いることも避けるべきであるとされている。
(2) 「めやす線量」は公衆の構成員がその線量を被曝しても、健康に対して有意な損失が与えられないよう設定されるべきものとされる。
(3) 「めやす線量」設定の前提となる人体に対する放射線の影響は「発がん」である。人体に対する放射線の影響は、放射線防護の観点から、確率的影響非確率的影響に大別される。前者には、発がんと遺伝的影響があるが、「めやす線量」の設定において想定する原子炉事象では公衆構成員の生殖腺が受ける放射線量が骨、肺、肝などの臓器に対するものに比べてかなり小さいことから、遺伝的影響は考慮しなくても良いとされている。
(4) したがって、「めやす線量」は、公衆の個々の構成員の「骨、肺および肝の組織」に対する「線量当量」で示される。「めやす線量」が適用されるような原子炉事象によるプルトニウム被曝では、人体内におけるプルトニウム分布はかなり不均等であるが、線量の評価にとって最も問題とすべきものは「骨」であり、それに「肺」と「肝」を加えた「3 臓器」を対象とすれば十分であるとされている。
(5) 遺伝的影響に関与する線量は、生殖腺が受けた線量である。プルトニウムが放出する放射線のなかで、生体組織の被曝評価に有意な寄与を行うものは、飛程が短いアルファ放射線である。したがって、生殖腺の被曝で問題となるものは生殖腺内に直接沈着したプルトニウムであり、生殖腺以外の組織や臓器(たとえば骨、肺、肝)に沈着したプルトニウムからのアルファ放射線の到達は無視してさしつかえない。身体内に存在するプルトニウムの分布に関し、生殖腺に沈着する割合は極めて小さいことがICRP Publication 30 で報告されている。つまりプルトニウムの身体内取入れに起因するアルファ放射線被曝では、「線源組織(source tissue)」としての被曝だけが問題となり、「標的組織(target tissue)」としての被曝は事実上問題とならないと判断されている。
(6) 「アルファ放射体」(プルトニウムのようにアルファ線を放出する元素の総称)が人体に及ぼす「発ガン作用」については、公的な医学情報、原則として国連科学委員会(UNSCEAR )報告、国際放射線防護委員会(ICRP)、ならびにそれらに準じる国際機関の刊行物に掲載されたデータに基づき、かつ「めやす線量」の数値は、今後の新しい科学情報、適用経験などから必要がある場合にはその都度改訂されるべきものとされている。

2.プルトニウムの人体内挙動に影響を与える因子
 何らかの事象によって原子炉から放出されたプルトニウムによって原子炉周辺の公衆が放射線を被曝することを想定した場合、公衆構成員が被曝する放射線の量に影響を与える因子は次の 3項目に分類できる。
(1) 人体への侵入(摂取)経路
 一般論として、「吸入摂取」、「経口摂取」それに「経皮吸収」が考えられる。しかし、「めやす線量」が適用されるような原子炉事象では、大気中に漂うプルトニウム微粒子、(主としてプルトニウム酸化物)の「吸入(呼気)摂取」だけを考えれば良い。
(2) プルトニウムの物理化学的性状
 プルトニウムは種々の化学的形態をとることができるが、「めやす線量」適用事象では原則として「酸化プルトニウム」が対象となる。そして、その微粒子の粒径分布が体内摂取(挙動)の状況を支配する。つまり、「粒径分布」が、吸入による被曝、特に肺が被曝する線量に大きな影響を与える。特に「めやす線量」の設定に当って問題となるのは、原子炉格納施設から漏出した「エアロゾル」である。
 このうち肺に対して有意な被曝を与えるエアロゾル粒子は、ある特定の範囲にある粒子径のものであると言われている。幸いなことに、プルトニウム微粒子の呼吸気道内における挙動と粒子径との関係については、国際機関によって与えられた有用なデータがある。
(3) 人体側の条件
 人体側の条件として「年令差」、「個人差」などがあるが、「めやす線量」は成人年令の者を対象として決められている。公衆の年令構成は幅が広いが、安全側のデータ採用を基本としているので成人年令者対象の「めやす線量」で大きな誤りはないものと判断されている。個人差は考慮されていない。多くの場合、相当な安全係数が考慮されているので、個々の人だけが、健康上の損失を不当に小さく評価されていることはない。

3.めやす線量の設定と評価の経過
 「プルトニウムに関するめやす線量」については、昭和44年(1969年)11月13日原子力委員会策定の指針(昭和44年指針)がある。原子力安全委員会は、その後、同指針の再評価作業を進め、昭和56年(1981年)7月20日に「改正指針」をまとめ公表するに至った。この再評価作業が必要に至った経緯は、昭和44年以降、プルトニウム及びその他の放射性物質に関する新しい生物学的知見が得られたこと、プルトニウムに関する線量の検討に役立つ原子炉技術について経験が増したこと、さらにUNSCEARやICRP(特に1977年勧告)等で行われた、放射線被曝による人体への影響についての作業の成果が公表されたことなどである。
 昭和56年指針では、「めやす線量」は公衆の個々の構成員の「被曝線量」、つまり構成員の「臓器線量(organ dose)」(呼吸線量表示)で表すこととされた。この指針によれば、問題とされる臓器に対する「めやす線量」は、「骨」については12rad(0.12Gy) (骨表面近くの細胞の線量)、「肺」については15rad(0.15Gy)、そして「肝」については15rad(0.15Gy) のように設定された。
 さて、昭和56年指針が策定された以降も見直しの作業が続けられてきた。この間に報告された重要な情報は、ICRP Publication 48 で示された「アクチニド核種の身体内代謝についての改訂(最新のデータ)」である。このICRP Publication 48 で示された重要なポイントは、i)身体内に取り入れられたプルトニウムの生物学的半減期が、「骨」については 100年から50年に、「肝」については40年から20年にそれぞれ改訂されたこと、また、ii)胃腸管からのプルトニウム吸収率が公衆について化学形に関係なく0.001に変更されたことなどである。

4.問題とすべき各臓器のめやす線量
(1) 「骨」に対する「めやす線量」
 「骨」の発がんの下限値に相当する線量としては、ICRP Publication 30 の記述内容から、骨表面近くの細胞における線量として54Svとするのが妥当である。また、立地評価に際しての線量計算は、原則として ICRP Publication 30に記載されている方法およびICRP Publication 48 に述べられている代謝データを用いるのが適切であると判断されている。その結果、「骨のめやす線量」は骨表面近くの細胞の線量当量として 2.4Svのように設定されている。
(2) 「肺」に対する「めやす線量」
 プルトニウムによる「人体」の肺がん誘発事例に関する知見はない。このような事実、および動物実験の結果から、プルトニウムの吸入によって肺障害が現れる危険性がほとんどないと推定される線量レベルは3Gy(300rad) を下回ることはないと判断されている。ICRP Publication 30 では吸入したエアロゾルの呼吸気道内での挙動、またPublication 48では、アクチニド核種の最近の代謝データがそれぞれ示されている。しかし、現時点で、昭和44年指針および56年指針で示された「肺のめやす線量」の3Sv を特に変更する必要はないものとされている。
(3) [肝」に対する「めやす線量」
 プルトニウムによる「肝」の発がんについては、人体例がない。人体についての「肝」の放射線がんが、トロトラスト(商品名:天然トリウムから造ったコロイド状の酸化トリウムを主体とする血管造影剤で、第2次大戦中にドイツで開発された)投与患者で現れているが、しかし発がんの危険性がほとんどないと推定される線量の設定に直接役立つものではない。昭和44年指針では、「プルトニウムの放射線によって人間の肝に腫瘍を誘発する最小の線量は500rad程度」のものと判断された。現時点でも、この数値が変更される必要はないものとみられている。従って、「肝のめやす線量」は 5Svと設定されたままである。
<関連タイトル>
ICRPによって提案されている放射線防護の基本的考え方 (09-04-01-05)
放射線の確定的影響と確率的影響 (09-02-03-05)
放射線のリスク評価 (09-02-03-06)
安全審査指針体系図 (11-03-01-01)
原子炉立地審査指針及びその適用に関する判断のめやすについて (11-03-01-03)

<参考文献>
(1) 科学技術庁原子力安全局原子力安全調査室(監修):改訂8版 原子力安全委員会安全審査指針集、(1994.10).
(2) 下川純一(1987):原子燃料サイクルの展望と課題 (4)プルトニウムのインパクト問題と原子燃料サイクル、日本原子力事業NAIG特報 7月号.
(3) 社団法人 日本アイソトープ協会(1977) :国際放射線防護委員会勧告(1977年 1月17日採択).
(4) ICRP(1979-1982): ICRP PUBLICATION 30(Part 1-4).
(5) ICRP(1986): ICRP PUBLICATION 48.
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