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<概要>
 原子力の安全は、放射線の悪影響から人、社会、さらには環境をいかに防護するかが主題である。このための基本的な考え方として、原子力の利用は得られる便益が放射線被ばくの悪影響を十分に上回る場合に限ること、線量限度を設けること、放射線被ばくを可能な限り低減する対策をとること、が求められる。さらに、以下のような安全原則が提言されている。原子力施設の設置・運転や放射性廃棄物の処分に関して、政府による安全規制の法的枠組みを確立し、利用推進組織と独立した機関が規制すること。事業者は安全確保を最優先とし、立地から設計、建設、運転、廃止にいたる施設利用の全期間にわたって品質保証計画を確立、実施すること。放射性物質の放出を防ぐための多重の防護と障壁を設けた深層防護の思想による設計とし、実証された技術、手法により高信頼度の設計、建設、運転を実施すること。万一の事故への緊急時対策を確立すること。放射性廃棄物は将来世代への過度の負担を与えないよう管理すること。
<更新年月>
2008年12月   

<本文>
 原子力の安全では、原子力利用に当たって、放射線の悪影響から人、社会、さらには環境をいかに防護するかが主題である。原子力利用においては、一般の科学技術利用と同様に、化学的、生物学的な毒物や、火災・爆発などの物理的な悪影響に対する安全確保が必要とされるが、さらにこれらに加えて放射線影響に対する安全確保が要求され、かつ、これには他の影響因子とは異なった配慮や手法が必要とされる。このため、原子力安全では、この原子力特有の考慮事項である放射線影響からの安全確保が主要な課題とされている。
 原子力利用は、19世紀末のレントゲンによるX線の発見に端を発し、放射線利用の分野から始まった。そこで、最初は放射線被ばくによる皮膚の炎症や脱毛等の急性障害や、長期間を経て発現するガン、白血病の発生や遺伝的な影響などが問題となり、これを避けながら、いかに放射線を有用なものとして利用するかという観点から安全問題が考えられた。この放射線防護に関する研究の中で、比較的早期に発現する確定的な影響に対しては、放射線被ばくをある限度(しきい値)以下に抑えれば影響を防止できること、しかし、ガン発生や遺伝的な影響など長期間の後に発現する確率的な影響については、明確な限度はないことなどが明らかになり、放射線防護の観点から以下のような基本的な考え方が構築された。
(1)原子力の利用は、これにより得られる正味の便益が、放射線被ばくの悪影響を十分に上回る場合にのみ正当化される。(「行為の正当性」という)
(2)個人に対する放射線量は、線量限度以下に保たなければならない。(「線量限度」の策定と適用が求められる)
(3)安全策は、放射線被ばくを可能な限り低減するように最適化されなければならない。(「ALARA(as low as reasonably achievable)」の原則という)
 以上の基本的な考え方は、ICRP(International Commission on Radiological Protection)の長年の活動の中で整理、構築されたもので、放射線防護に関する基本的な理念とされている。
 原子炉の開発によって原子力のエネルギー利用が行われるようになると、それまでの放射線利用における規模を遙かに上回る量の放射線源を内蔵する施設が登場する。そして、原子炉施設、使用済燃料の再処理施設、放射性廃棄物の処理、処分施設など大量の放射線源を内蔵する施設や、使用済燃料など高放射性物質輸送の安全確保が求められるようになった。このため、個人の被ばく防止の原則に加え、原子力施設に対する公的な安全規制や施設からの放射線や放射性物質の放出防止、万一の事故における施設周辺公衆の防護に対する対策が求められるようになり、新たな安全の原則が作られた。その最も代表的なものに、IAEAにおいて国際的な合意を経て策定されたIAEA安全原則(Safety Fundamentals)がある。この安全原則では、全ての原子力利用において基本とすべきものとして10項目の原則が示されている。
以下に、これらの安全原則の要点を示す。
原則1 安全に対する責任
 安全に対する第一義的な責任は、放射線リスクをもたらす施設あるいは行為の責任者である個人または組織が持たなければならない。
原則2 国の責任
 国は、安全確保のため効果的な法律体系および独立した規制組織体系を構築し維持しなければならない。
原則3 安全に対する管理、監督
 放射線リスクをもたらす施設あるいは行為の責任者である組織においては、安全確保のための効果的な安全管理、監督の枠組みが構築され、維持されなければならない。
原則4 施設あるいは行為の正当性
 放射線リスクをもたらす施設あるいは行為は、これにより得られる正味の便益が、放射線被ばくの悪影響を十分に上回るようなものでなければならない。
原則5 安全防護の最適化
 実行可能な範囲で最高レベルの安全を確保するよう最適な安全防護対策が図られなければならない。
原則6 個人のリスクの制限
 個人が許容できない障害のリスクを負わないように、照射線被ばくに対する制限を設けなければならない。
原則7 現世代および次世代に対する防護
 現世代のみならず次世代の人類や環境に対する放射線リスクの防護が考えられなければならない。
原則8 事故発生の防止
 原子力施設事故や被ばく事故を防ぎ、また、事故の影響緩和のために最大限の実効的対策を講じなければならない。
原則9 原子力防災対策
 原子力施設事故や放射線被ばく事故に対応するための原子力防災対策が整備されなければならない。
原則10 規制対象外の放射線リスクに対する防護措置
 例えば天然ラドンによる被ばくや規制外となった過去の行為など、安全規制の対象外となる放射線リスクについても、これが比較的高い場合には抑制するなど最適化の配慮が求められる。

 原子力の利用においては、放射線影響を防止する観点から、以上のような基本的な安全原則に基づいて安全確保が図られている。
<関連タイトル>
原子力施設に対する国の安全規制の枠組 (11-01-01-01)
原子力施設の安全確保を図るための基本的考え方 (11-01-01-05)
安全審査指針体系図 (11-03-01-01)
我が国の安全確保対策に反映させるべき事項について (11-03-01-18)
発電用軽水型原子炉施設の安全審査における一般公衆の線量評価について (11-03-01-21)

<参考文献>
(1)IAEA SAFETY STANDARDS No.SF−1 “Fundamental Safety Principles”
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