<本文>
1.原子力災害対策特別措置法(原災法)の制定経緯
1.1 JCO臨界事故の発生
1999年9月30日午前10時35分頃、茨城県東海村にある株式会社ジェー・シー・オー(JCO)東海事業所で臨界事故が発生した。この事故により、住民への避難要請や屋内退避要請が行われるなど、わが国で初めて原子力災害対策が講じられる事態となった。また、加工作業に直接従事していた3名のJCOの作業員が重篤な放射線被ばくを受け、2人が死亡した。
1.2 原災法制定前における原子力防災体制
事故発生当時の原子力
防災対策については、災害対策基本法(1961年11月15日制定の法律第223号、1962年7月10日施行)の体制下で、同法の政令において災害の一つの原因として、「
放射性物質の大量の放出」が定められていた。この枠組みで、中央防災会議が定めた防災基本計画(第10編:原子力災害対策編)、
原子力安全委員会が定めた「
原子力発電所等周辺の防災対策について」(防災指針)を基本として、科学技術庁(現文部科学省)、通商産業省(現経済産業省)等の指定行政機関、原子力発電所等の立地都道府県や市町村等で防災計画を策定するなど必要な体制が整備されていた。(注:原子力安全委員会は
原子力安全・保安院とともに2012年9月18日に廃止され、原子力安全規制に係る行政を一元的に担う新たな組織として原子力規制委員会が2012年9月19日に発足した。)
その中で、原子力発電所等において事故が発生し、放射性物質の大量放出が生ずるかそのおそれがある場合には、国は直ちに事故対策本部等を設置し、原子力安全委員会は緊急技術助言組織を参集し、職員や専門家を現地に派遣して、関係地方公共団体と協力して対応を行うこととされていた。
これに対して、立地都道府県等からは、原子力防災には専門的知見が必要であり地方公共団体だけでは限界があること、安全規制は国が一元的に実施していること、原子力事業者の責務と役割を明確にすべきであることなどから、基本的に地方公共団体が対応の中心となる災害対策基本法とは別の原子力防災のための特別措置法の制定について、要望がなされていた。
1.3 JCO臨界事故対応で顕在化した課題
従来の原子力防災においては、原子力発電所及び再処理施設を防災対象施設とし、JCOのような加工施設等は対象でなかったこと、放射性物質の大量放出を念頭にし今回のような加工施設での臨界事故を想定していなかったことが、法制度の仕組みとは別に、特に初期対応において事故情報の迅速かつ正確な把握などに混乱を招いた原因であった。具体的には、東海村においては原子力発電所と再処理施設が所在することから、当該施設を念頭に防災対策がとられており、それを基にできる限りの対応がなされたが、JCO施設を対象にした防災計画はなく、同施設近傍にはモニタリングポストが設置されておらず、また、同施設は
中性子線を測定する機器も保有していなかった。このことが、初期活動を図る上で、大きな制約になった。
また、今回の対応を通して、法制度に関連するものとして、様々な観点から反省事項や教訓が得られた(
表1)。
1.4 原子力災害対策特別措置法の制定
上記のような課題の顕在化に対応し、災害に対する一般法である災害対策基本法と原子力規制に関する「
核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律」(以下「原子炉等規制法」という。)の特別法として原子力災害特別措置法(原災法)が1999年12月17日に制定され、2000年6月16日から施行された。(最終改定2006年12月22日)
原子力災害に対しては、特別法の性格上、災害対策基本法、原子炉等規制法と相まって原災法を中心に対応が図られ、関係機関において防災計画等の策定などが進められる。原子力災害については、まずは十分な安全規制によりその発生を防止することが基本であるが、平常時から防災計画の策定や防災訓練等を実施しておくことにより、災害時に本法等に基づく対応を迅速に講じていくことが特に重要である。原災法の枠組みを
表2に示す。
2.原子力災害対策特別措置法の概要
2.1 原子力災害の特殊性と原災法の目的
原子力災害は、五感に感じることなく被害を受ける可能性があり、適切な対応を行うためには専門的な知見や特別な装備が求められる特殊性があることから、国が果たすべき役割と責任については、自然災害と比較して大きい。また、具体的な措置に際しては、事故の原因者であり、事故が発生した施設について熟知する原子力事業者の責任ある対応が必要であることも特徴である。
このような認識の下、JCO事故により顕在化した課題の解消に向けて、原子力災害対策特別措置法(以下「原災法」という。)が災害対策に関する一般法である災害対策基本法及び原子力規制に関する原子炉等規制法の特別法として制定された。この法律では、原子力災害予防に関する原子力事業者の義務、政府の原子力災害対策本部の設置等について特別の措置を講ずることにより原子力災害対策の強化を図り、原子力災害から国民の生命、身体及び財産を保護することを目的(第1条)としている。
2.2 原災法の要点
原災法の下での対応体制を
図1に示す。
(1)迅速な初期動作の確保
災害対策においては初期動作が重要な鍵であるが、適切な初期動作を確保するためには、迅速に正確な情報を把握することが必要である。このため、一定の事象が生じた場合の通報を原子力事業者の
原子力防災管理者に義務付ける(第10条第1項)とともに、罰則によりその履行を担保することとしている。また、通報を受けた主務大臣(原則として原子炉等規制法における規制担当大臣)は、
原子力防災専門官や原子力事業者に対する指示、専門的知識を有する職員の派遣等といった初期動作を開始し、事象の推移に応じ、あらかじめ定められた異常な事態に至った場合には、直ちに内閣総理大臣に報告(第15条第1項)し、内閣総理大臣は直ちに原子力緊急事態宣言を発出する(第15条第2項)とともに、内閣総理大臣を本部長とする原子力災害対策本部を設置する(第16条)こととしている。
いわば、通報や原子力緊急事態宣言の発出に係る基準をあらかじめ明確にするとともに、当該宣言が発出された場合には、災害対策基本法と異なり、政府の対策本部及び現地対策本部を必ず設置することにより、緊急時における初期動作に係る判断要素を極力少なくすることとし、国として迅速な対応が図れるよう期したものである。
(2)国と地方公共団体との有機的な連携の確保
国と地方公共団体との連携強化を図るため、国の原子力防災専門官(第30条)が平時から原子力事業所の所在する地域に駐在し、緊急時はもとより、日頃から原子力事業者に対する指導や地方公共団体と連携した活動を行うほか、前記の通報があった場合には、要請に応じて専門的な知識を有する国の職員を地方公共団体に派遣する(第10条第2項)とともに、原子力緊急事態が発生した際には、国、都道府県、市町村等の関係者が一堂に会し、情報の共有化や緊急事態応急対策について相互に協力するため、主務大臣はあらかじめ緊急事態応急対策拠点施設(いわゆる
オフサイトセンター)を指定し(第12条)、そこに原子力災害合同対策協議会を組織し(第23条)、円滑な協力体制を構築することとしている。
また、主務大臣が定める計画に基づき、国、地方公共団体、原子力事業者等関係者が共同して実践的な防災訓練を実施する(第13条)とともに、原子力安全委員会による資料や情報の提供など、都道府県防災会議や市町村防災会議に対する協力を明確化(第28条第1項)しており、これらを通じて日頃から国と地方公共団体との連携が図られるようにした。
原子力事業者に課した義務の履行については、地方公共団体においても必要に応じて適切にチェックできるよう、主務大臣のみならず、関係地方公共団体についても原子力事業者に対する報告聴取や立入検査が行えるよう措置(第31条・第32条)している。なお、原災法は、原子力災害の特殊性に鑑み国による積極的な対応を図ることとしているものであるが、地方公共団体は、これまでと同様に、現地の状況を直接把握できる立場から、国の指示を待たずに迅速に住民に対して必要な指示等を行うことが可能な枠組みとなっている。この場合にも、原子力防災に関する知識や経験を有する国の原子力防災専門官が当該地方公共団体に専門的アドバイスを行ったり、専門的知識を有する国の職員を要請に応じて派遣するなどの形で、国が積極的に支援することとなっている。
(3)国の緊急時対応体制の強化
緊急時に国が実効的に対応するため、政府の原子力災害対策本部長に対して、関係行政機関、地方公共団体、原子力事業者等に対して必要な指示を行う強力な権限を付与する(第20条第3項)とともに、緊急事態応急対策の実施に関して自衛隊派遣の要請権限を付与し(第20条第4項)、国としての対応体制の強化を図ることとしている。
また、原子力災害対策本部長の主要な権限が委任される原子力災害現地対策本部長は、現地における実質的な責任者として、関係機関の調整や指示を行い、原子力事業者、原子力の専門家、派遣された自衛隊、警察、消防、医療チーム等が連携を取りつつ、総力を挙げて緊急事態応急対策を実施することを期している。
さらに、緊急事態応急対策の実施に関する技術的事項については、原子力災害対策本部長に対する原子力安全委員会の助言等を明確に位置付ける(第20条第6項)とともに、機動的に対応し得る専門家として同委員会に緊急事態応急対策調査委員を設ける(附則第8条)ことにより一層の体制強化を図ることとしている。
(4)原子力事業者の責務の明確化
原災法の目的を達成するため、原子力事業者に対し、原子力災害の発生や拡大の防止等に必要な業務が的確に行われるよう
原子力事業者防災業務計画の作成(第7条)を義務付けるとともに、当該業務を行うために必要な原子力防災要員及び原子力防災資機材を備えた原子力防災組織の設置(第8条、第11条第2項)や原子力事業所ごとに原子力防災管理者等を選任しなければならない(第9条)としているほか、関係者への通報を確実にするための放射線測定設備の設置(第11条第1項)やその数値の記録・公表(第11条第7項)を義務付けている。原子力事業者への義務付けと関係者の関与を
表3-1、
表3-2に示す。
なお、原子力事業者が当該義務を遵守しない場合には、適切な状態が確保されるよう主務大臣が原子力事業者に対して措置命令ができ、万が一、当該命令に従わない場合には、罰則を科す(第40条)とともに、原子炉等規制法上の事業許可の取り消し等が行えるよう措置(原子炉等規制法第20条第2項第17号等)している。
2.3 特別法としての位置付け
(1)災害対策基本法との関係における留意点
災害対策基本法と原災法との主な枠組みの相違を
表4に示す。
災害対策基本法では、災害の定義として「暴風、豪雨、洪水、高潮、地震、
津波、噴火その他の異常な自然現象又は大規模な火事若しくは爆発その他その及ぼす被害の程度においてこれらに類する政令で定める原因により生ずる被害」とされており、また、災害対策基本法施行令(政令第288号)第1条において、「放射性物質の大量の放出・・・その他の大規模な事故」が政令で定める原因として規定している。このため原災法制定以前から、原子力に関する大規模な事故についても災害対策基本法に基づき必要な措置が講じられることとなっている。
一方、原災法では、事故時点で放射線被ばくによる被害発生の認識が困難又はその規模が不確定な状態であることから、災害対策基本法に規定されている「災害の発生」に係る判断の齟齬(食い違い)による対応の遅れを防ぎ、関係機関による適切な応急対策が行えるよう、内閣総理大臣が発出する原子力緊急事態宣言を応急対策実施の契機として設定する特別の措置を講じている。
(2)原子炉等規制法との関係における留意点
原災法により原子力事業者に義務付けている事項についても、原子炉等規制法による規制の延長線上で捉えられている。このため、原子力事業者の義務については、原子炉等規制法体系に位置付けることも検討されたが、地方公共団体が防災に関して基本的な責務を有していることや緊急時における連携といった観点を考慮し、災害対策基本法に係る特別の措置と併せて規定した。具体的には、原子力事業者防災業務計画について災害対策基本法などに基づく防災計画との整合を図るとともに、通報や各種の届出等について関係する地方公共団体の長と原子力事業者との間の関係を体系的に規定するため、防災法令体系の一部である原災法に規定することにより、原子力災害対策に係る法令上の一貫性を確保している。
<図/表>
<関連タイトル>
JCOウラン加工工場臨界被ばく事故の概要 (04-10-02-03)
原子力防災対策のための国および地方公共団体の活動 (10-06-01-04)
<参考文献>
(1)原子力防災法令研究会(編著):原子力災害対策特別措置法解説、大成出版社(2000年8月1日)p.3-17
(2)末広峰政:原子力災害対策特別措置法について、原安協だより第177号、p.3-7、原子力安全研究協会(2000年8月25日)
(3)科学技術庁原子力安全局(監修):原子力災害対策特別措置法、同法施行令及び同法施行規則、第4編防災対策、原子力規制関係法令集2000年版、大成出版社(2000年6月8日)p.1399-1453
(4)科学技術庁原子力安全局(監修):災害対策基本法及び同法施行令(抄)、第4編防災対策、原子力規制関係法令集2000年版、大成出版社(2000年6月8日)p.1454-1497
(5)科学技術庁・通商産業省:「原子力災害対策特別措置法」及び「核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律の一部を改正する法律」の概要について、科技庁・通産省資料(2000年3月)
(6)日本原子力産業会議:原子力ポケットブック2000年版(2000年7月18日)p.84-87
(7)電気事業連合会(編):パンフレット「原子力Q&A、コンセンサス2000-2001 −そこが知りたい原子力−」(2000年10月)
(8)原子力安全委員会(編):原子力安全白書平成12年版(2001年3月27日閣議了承)、原子力安全委員会事務局(2001年3月)p.47-53、p.159-166
(9)原子力災害対策特別措置法