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<概要>
 2002年4月23日の中央防災会議において、「防災基本計画第10編原子力災害対策編」の修正として「第4章原子力艦の原子力災害」が新たに追加され、原子力艦の原子力災害が発生した場合の国の対応体制および省庁の対応分担が明確化された。一方、従来から文部科学省によって、原子力軍艦の寄港地における周辺環境の放射能調査が実施されており、その調査結果も公表されている。ここでは、「防災基本計画原子力災害対策編原子力艦の原子力災害」および「原子力軍艦放射能調査」の概要について述べる。

(注)東北地方太平洋沖地震(2011年3月11日)に伴う福島第一原発事故を契機に原子力安全規制の体制が抜本的に改革され、新たな規制行政組織として原子力規制委員会が2012年9月19日に発足したため、本データに記載されている「防災基本計画原子力災害対策編原子力艦の原子力災害」について見直しや追加が行われる可能性がある。
<更新年月>
2003年02月   

<本文>
1.はじめに
(1)経緯
 米国の原子力潜水艦の日本への寄港については1964年8月以降、また原子力水上艦については1967年11月以降、日本政府はその寄港を認めてきた。以来、神奈川県横須賀港、長崎県佐世保港および沖縄県金武中城港ホワイトビーチに、米国の原子力軍艦が1,000回以上寄港している。
 米国原子力艦の日本寄港に先立って行われた日米政府間の手交文書の「米国政府からの覚書、1954年8月17日」および「外国の港における合衆国原子力軍艦の運航に関する合衆国政府の声明、1964年8月24日」によれば、原子力軍艦の入出港は原子動力によって行うこと、寄港地において環境放射能の全般的バックグラウンドが上昇するような放射性物質の放出をしないこと、軍艦周辺の環境放射能モニタリングを行い、必要があればそのデータを日本側に提出すること、日本側は当該軍艦周辺のモニタリングができること、寄港中の軍艦の原子炉に係る事故が発生した場合には直ちに日本側に通報し、また当該軍艦をできるだけ遠方に曳航し被害を僅少にするよう努めること、日本側に対し原子力軍艦の設計および運航に関する技術上の情報入手のための乗船を許可しないこと、寄港に際し、軍艦名、寄港名、寄港地点、入港日時、寄港日数、寄港目的および出港日時を寄港24時間前までに日本側に通報すること、などが記されている。
 1999年に起きたJCOウラン加工施設臨界事故を契機に、原子力事故対策を強化・整備するため、中央防災会議(会長:内閣総理大臣)において「防災基本計画原子力災害対策編」が策定された。また原子力事故発生時の初期動作における国・地方公共団体の連帯強化、原子力災害の特殊性に応じた国の緊急時対応体制の強化、および原子力事業者の防災対策上の責務の明確化などを規定した「原子力災害対策特別措置法」が国会に提出され1999年12月に成立した。これらには、原子力艦の原子力災害については含まれていなかったので、米国の原子力艦が寄港している沖縄県、横須賀市および佐世保市から日本政府に対する強い要請があり、政府はこれを受けて、中央防災会議において2002年4月23日「防災基本計画第10編原子力災害対策編」の修正(「第4章原子力艦の原子力災害」の追加)を決定した。
(2)原子力艦の原子力災害対策上の特徴
 原子力艦における原子力災害は原子力発電施設等の原子力災害と基本的にはほぼ同様と考えられる。また原子力災害時には原子力艦を港湾等から遠方に曳航するなどして、一般公衆への影響をできるだけ避けることができる。しかし、原子力艦の設計(原子炉施設)および運航(原子炉運転)に関する技術上の情報が提供されていないこと、日本の「原子炉等規制法」および「原子力船運航指針」の適用を受けないこと、「原子力災害対策特別措置法」の対象とはなっていないこと、原子力艦に関する防災訓練に米国側が参加していないことなどの問題点がある。
2.「防災基本計画原子力災害対策編」の修正
 2000年5月30日中央防災会議で決定した「防災基本計画第10編原子力災害対策編」の前文において「なお、原子力艦の原子力災害に関しては、地域的な特殊性をかんがみて、必要とされる場合、関係自冶体の防災計画において、その対応に留意するものとする。」と記述され、関係自冶体が原子力艦の原子力災害に関しての防災計画を策定するための根拠が明記された。これを受けて、原子力艦の寄港地の地元自治体は原子力艦の原子力災害への対応を地域防災計画(「原子力艦事故防災マニュアル」等)に盛り込んでいる。
 この「防災基本計画原子力災害対策編」が決定されたことおよび2000年3月30日8省庁等での申し合わせに基づき、2001年3月29日に表1に示す原子力艦の原子力災害に係る関係省庁の対応分担等が13省庁等で申し合わされた。また2001年6月に開催された中央防災会議において、防災基本計画専門調査会に設置された原子力災害プロジェクトチームが行った「原子力艦の原子力災害」が検討され、「防災基本計画原子力災害対策編」の修正としての「原子力艦の原子力災害」の追加に反映された。
 修正された「防災基本計画原子力災害対策編」(「第4章 原子力艦の原子力災害」の追加)の内容は、原子力発電施設等に対する災害対策(第1章 災害予防、第2章 災害応急対策、第3章 災害復旧)とほぼ同様であるが、若干相違点もある。以下に、その相違点に留意してその要旨を述べる。
[防災基本計画、第10編原子力災害対策編、第4章原子力艦の原子力災害]の要旨
第1節 情報の収集・連絡および通信の確保
(1)災害情報の収集・連絡
(1-1)災害情報等の連絡
 外務省は、米国大使館等から原子力艦の原子力災害に関する通報を受けた場合、官邸(内閣官房)、原子力安全委員会、関係指定行政機関、関係地方公共団体に連絡する。(注:原子力安全委員会は原子力安全・保安院とともに2012年9月18日に廃止され、原子力安全規制に係る行政を一元的に担う新たな組織として原子力規制委員会が2012年9月19日に発足した。)
(1-2)放射能影響の早期把握のための活動
 文部科学省は、海上保安庁、水産庁および関係地方公共団体の協力を得て、原子力艦の寄港する港湾等における放射能調査を行う。放射能調査により異常が観測された場合、関係機関に連絡する。
(1-3)応急対策活動情報の連絡
(2)通信手段の確保
第2節 活動体制の確立
(1)関係指定行政機関、関係地方公共団体および関係指定公共機関の活動体制
(2)政府の活動体制
(2-1)関係省庁原子力艦事故対策連絡会議の開催
 内閣府は、原子力艦の原子力災害の発生のおそれがある場合または原子力艦の原子力災害が発生した場合、連絡を受けた情報の確認、情報の共有化、応急対策の準備の調整等を行うため、必要に応じ、関係省庁原子力艦事故対策連絡会議を開催する。
(2-2)官邸対策室または官邸連絡室の設置
(2-3)関係閣僚会議の開催
(2-4)外国政府との調整
(2-5)非常災害対策本部の設置と活動体制
(2-6)緊急災害対策本部の設置と活動体制
(2-7)専門家の派遣
(2-8)非常災害対策本部等の調査団等の派遣、現地対策本部の設置
(3)原子力安全委員会の活動
 原子力安全委員会は、原子力艦の原子力災害に関する通報を受けた場合、直ちに原子力安全委員会を開催するとともに、放射線計測、放射線防護等の専門家を招集する。また、必要に応じ、原子力安全委員会委員および当該専門家を現地に派遣する。現地に派遣された原子力安全委員会委員および専門家からの調査報告または意見を踏まえ、非常災害対策本部長等に対し、応急対策に関する技術的助言を行う。
(4)自衛隊の災害派遣
(5)防災業務関係者の安全確保
第3節 屋内退避、避難収容等の防護活動
(1)屋内退避、避難誘導等の防護活動の実施
(2)避難場所
(2-1)避難場所の開設
(2-2)避難場所の運営管理
(3)安定ヨウ素剤の予防服用
(4)災害弱者への配慮
(5)飲食物の摂取制限等
第4節 犯罪の予防等社会秩序の維持
第5節 緊急輸送のための交通の確保・緊急輸送活動
(1)交通の確保・緊急輸送活動
(2)輸送支援
第6節 救助・救急および医療活動
(1)救助・救急活動
(1-1)国、地方公共団体による救助・救急活動
(1-2)資機材の調達等
(2)医療活動
(2-1)緊急被ばく医療派遣チームの派遣
(2-2)緊急被ばく医療の実施
第7節 関係者等への的確な情報伝達活動
(1)周辺住民等への情報伝達活動
(2)国民への的確な情報伝達
(3)住民等からの問い合わせに対する対応
(4)在京大使館などへの情報提供体制の強化
第8節 迅速な復旧活動
(1)屋内退避、避難収容等の解除
(2)損害賠償
 国(防衛施設庁)は、原子力艦の原子力災害により、被害者から損害賠償の請求を受けた場合は、日米地位協定等に基づき適切に処理する。
3.原子力艦災害対策緊急技術助言組織(原子力艦災害対策組織)の設置
 2002年4月23日の中央防災会議において決定された「防災基本計画原子力災害対策編」において、原子力艦の原子力災害の発生のおそれがある場合、または原子力艦の原子力災害が発生した場合の国等の対応が規定され、原子力安全委員会の役目も規定されたのにともない、原子力安全委員会に求められた活動を的確に行うため、原子力安全委員会に「原子力艦災害対策緊急技術助言組織」(原子力艦災害対策組織)の設置が2002年6月24日に決定された。表2に原子力艦災害対策緊急技術助言組織の召集タイミングを、表3に原子力艦災害対策緊急技術助言組織と関係機関との関係を示す。「原子力艦災害対策組織」は原子力安全委員会委員および原子力安全委員会が指名する専門委員により構成され、JCO臨界事故後2000年6月16日に原子力安全委員会に設置された緊急技術助言組織と同様の任務を行う。
4.原子力艦放射能調査
 米原子力潜水艦ソードフィッシュ号が佐世保港に停泊中1968年5月6日同艦の周辺を放射能調査中の放射能調査船により異常値が観測されたことがあった。原因が解明できなかったこともあって、放射能監視体制の整備強化の措置がとられるとともに「原子力軍艦放射能調査指針大綱」(1968年9月5日)が原子力委員会によって決定された。現在では、この「原子力軍艦放射能調査指針大綱」に基づいて、文部科学省によって、原子力軍艦の寄港地3港(神奈川県横須賀港、長崎県佐世保港、沖縄県金武中城港ホワイトビーチ)における周辺環境の放射能調査を行っている。すなわち、リアルタイムの環境放射線(大気中および海水中の放射線計数率)、出港後の海水中および海底土の放射能、ならびに定期的に四半期ごとの各寄港地の放射能を測定しており、測定結果は文部科学省の放射能分析評価委員会および原子力軍艦放射能調査専門家会議で評価・検討の後、(財)日本分析センターのホームページ(原子力軍艦放射能調査)で公表されている。表4に原子力軍艦放射能調査の担当機関と調査内容を、表5に原子力軍艦出港後調査の例(沖縄県金武中城港)を示す。
 なお、2002年4月中央防災会議においての「防災基本計画原子力災害対策編原子力艦の原子力災害」の決定を受けて、政府内において、2003年春頃を目途に具体的対応の検討を行っている。また、文部科学省では「原子力軍艦放射能調査指針大綱」および関連マニュアルの見直しを行っている。
<図/表>
表1 原子力艦の原子力防災に係る関係省庁の対応分担等
表1  原子力艦の原子力防災に係る関係省庁の対応分担等
表2 原子力艦災害対策緊急技術助言組織の召集タイミング
表2  原子力艦災害対策緊急技術助言組織の召集タイミング
表3 原子力艦災害対策緊急技術助言組織と関係機関との関係
表3  原子力艦災害対策緊急技術助言組織と関係機関との関係
表4 原子力軍艦放射能調査の担当機関と調査内容
表4  原子力軍艦放射能調査の担当機関と調査内容
表5 原子力軍艦出港後における放射能調査結果
表5  原子力軍艦出港後における放射能調査結果

<関連タイトル>
日本の原子力防災対策の概要−考え方と体制 (10-06-01-01)
原子力防災対策のための国および地方公共団体の活動 (10-06-01-04)
緊急時の医療活動 (10-06-01-07)
原子力災害対策特別措置法(原災法:2012年改定以前) (10-07-01-09)
原子力施設等の防災対策について(防災指針) (11-03-06-01)

<参考文献>
(1)鎌田 博:米国原子力軍艦の日本寄港千回目を迎えて<上>、放射線科学、44(4),p129-136(2001)
(2)鎌田 博:米国原子力軍艦の日本寄港千回目を迎えて<下>、放射線科学、44(5),p149-160(2001)
(3)鎌田 博:米原子力艦の日本寄港と防災対策の進展、放射線科学、44(7),p226-233(2001)
(4)中央防災会議内閣府政策統括官(防災担当)編:防災基本計画(平成14年4月)、財務省印刷局(2002年6月5日)
(5)中央防災会議内閣府政策統括官(防災担当)編:防災基本計画(平成13年1月)、財務省印刷局(2001年1月15日)
(6)原子力委員会編:原子力白書(昭和44年版)、大蔵省印刷局(1969年8月10日)
(7)吉清水克之:新設「米国原子力軍艦放射能調査室」、日本分析センター第1四半期報、July(No.5),2002,p4
(8)文部科学省防災環境対策室:原子力軍艦放射能調査の運用の概要について、日本分析センター
(9)原子力委員会(編):原子力安全白書(平成8年版)、大蔵省印刷局
(10)原子力委員会(編):原子力安全白書(平成10年版)、大蔵省印刷局
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