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原子力委員会の重要な任務は、平和利用の担保と、原子力研究開発利用に関する国の施策が計画的に遂行されるよう必要な企画、審議及び決定を行うことにある。これまで8回にわたって、概ね5年ごとに、「原子力開発利用長期基本計画」(以下、「長期計画」という)を策定してきた。これら「長期計画」は一貫して、日本における原子力研究開発利用施策の計画的な遂行のための牽引役として、重要な役割を果たしてきた。また、安全の確保、平和利用の堅持等、基本的な考え方を示し、その確実な履行を促してきた。
原子力委員会は、1999年5月、前回長期計画策定以降の諸情勢の変化を踏まえ、21世紀を見通してわが国が採るべき原子力研究開発利用の基本方針及び推進方策を国民、国際社会及び原子力関係者に明らかにするため、新たな長期計画の策定を決定し、その策定に資するための調査審議を、長期計画策定会議(以下「策定会議」という)に付託した。
策定会議は、原子力研究開発利用の原点に立ち返り、その上で、21世紀の展望をどう描くべきかとのスタンスに立って検討に着手した。策定会議は、広範多岐にわたる各界の有識者によって構成された。審議はすべて公開され、透明性の高い審議が行われた。また、様々の形で、国民からの意見聴取に努めた。
新たな長期計画の策定に当たって、原子力平和利用の意義と役割、国民・社会や国際社会へ向けてのメッセージとしての役割及び課題解決のための計画に取り組む原則の提示に留意した(
表1 参照)。以下第1部では原子力の研究、開発及び利用の現状と今後の在り方について、国民・社会や国際社会に向けたメッセージを述べる(
表2 に長期計画第一部の目次を示す)。
第1章 20世紀の科学技術
20世紀において科学技術は飛躍的な発展を遂げ、医療の進歩、交通機関の発展、大量生産された財貨、情報通信機器の発達、エネルギー源の開発は、人類の社会と生活に大きな変化をもたらして、先進諸国における物質的な豊かさと繁栄を実現した。
しかし、これとともに、飛躍的に高まった生産活動は、人口の爆発的な増加を伴って、資源の枯渇、生態系の破壊、地球温暖化問題、廃棄物処分問題等をもたらしている。先進国は、今後、大量の生産・消費・廃棄の上に立つ社会経済システムを転換し、循環型社会システムの構築を目指していくことが不可欠となっている。21世紀は、発展途上国の人口増加と経済発展の追求により、エネルギー、資源及び食料の需給の逼迫、水資源の不足、熱帯雨林の減少などが予想され、全人類的視野に立った取組を必要としている。また、原子力等の巨大科学技術や急速に進展する生命科学等に対して、人々は不安も抱くようになっている。科学技術が社会的に有意義な便益をもたらすために、専門家と社会一般の人々の知恵が必要な時となっている。
一方、これらの問題を解決していく上で、科学技術の効果的な利用が必要であることも事実である。人類活動のフロンティアを拡大し、文明の更なる発展の可能性を確実なものとするよう、共通の知的財産として科学技術の発展を促していくことは有効であろう。このような科学技術の役割を社会に認めてもらうには、どうすべきか、といった視点がこれまで以上に重要となってくる。
第2章 原子力科学技術の発達
原子力は20世紀が産んだ科学技術である(
表3−1 、
表3−2 参照)。不幸にも、
核分裂反応で解放されるエネルギーの利用は第二次世界大戦での軍事利用から始まった。核兵器の脅威は今日まで永く人類の上に重くのしかかっている。冷戦終了後は、核軍縮や核不拡散への取組が進む一方で、新たな核拡散の懸念も見られる。原子力の平和利用は、1953年の米国アイゼンハワー大統領による国連総会でのアトムズ・フォア・ピース(Atoms for Peace)演説以降、核兵器の拡散を防ぎつつ、平和利用を促進する国際的枠組みが整備された。日本は、広島・長崎への原爆投下という不幸な体験を経て、そのほぼ10年後には、
原子力基本法を制定し、原子力の平和利用に徹するとの決意の下に多くの国民の支持を得ながら、原子力利用への取組を開始した。原子力発電の現状と将来展望については各国各様で、それぞれの国と地域のエネルギーを取り巻く固有の事情の相違によるところが大きい。
放射線利用の技術は、その普及度合いに違いはあるものの世界各国において広く定着しつつある。他方で、原子力の開発利用に伴って、核拡散、安全性、
放射性廃棄物処分の課題を残している。今後これらの諸問題を管理し、あるいは解決することができるのか、内外の社会で改めて問われている。
第3章 わが国の原子力の研究・開発・利用の現状と今後
1.原子力発電
日本では、1990年代後半には、商業用原子力発電所の稼働率は、毎年80%を超えるようになった。1999年度末現在、51基(「
ふげん」を除く)、総発電設備容量にして4,492万kWの商業用原子力発電所が稼働し、国内総発電電力量9,196億kWhのうち34.2%を供給し、わが国の一次エネルギー供給の13.7%を担っていることになる。
1990年代に入ると地球温暖化問題への関心が高まり、わが国では温室効果ガスである二酸化炭素排出削減の有力な方策として、原子力発電への期待が大きい。
一方で、原子力発電に対しては、1986年に起きたのチェルノブイル原子力発電所事故に見られるように、大規模な事故では放射能汚染被害が甚大であるところから、人類は原子力を安全に管理できるのかといった不安、わが国の最近の原子力関係事故とこれに伴う不祥事により醸成された、原子力関係者への不信感がある。国や原子力事業者は、自らにとって不都合な情報を十分公開していないのではないかとの疑念が国民の間に存在する。
放射線や原子力に関する知識、情報が国民に十分分かりやすく説明されていないことも指摘されている。また、高レベル
放射性廃棄物の処分に関する対策の遅れや、欧米諸国の脱原発の情報、
再生可能エネルギー導入の動きなどを理由に、わが国の原子力発電の利用や核燃料サイクルの推進に疑問を呈する人も増えている。
エネルギーの安定供給の確保と、環境保全を両立させていくことは重要な問題である(
表4−1 、
表4−2 および
表4−3 参照)。わが国では、民間事業による経済効率の追求にあたって、エネルギーの安定供給の確保や環境保全に配慮する様誘導する施策を適切に講じていくことが肝要である。
原子力発電は、供給安定性に優れ、二酸化炭素の排出が少なく環境適合性が高い。一方放射性廃棄物を適切に管理し処分することが肝要である。また、化石燃料の賦存状態によって、化石燃料の方が有利な国もあるが、わが国では原子力発電の経済性は他の電源とあまり変わらない。事故トラブルの結果の放射線を五感で感じることができないため、安全を確証できないとか、安全確保の仕組みが、見えない理由で安全性に不安を感じる人が多い。安全確保に最優先で取り組むことが不可欠である。核不拡散への配慮が不可欠で、国際的約束の遵守はもとより、わが国の政策の透明性を向上させることが肝要である。
わが国が質の高い国民生活を持続しつつ、21世紀にふさわしい循環型社会の実現を目指すには、エネルギー需給構造そのものを転換していくことが重要である。このため国は、国民のライフスタイルの変革をも視野に入れて、様々な規制的及び誘導的手段を通じて、省エネルギー、再生可能エネルギーの利用を最大限に推進していくことが必要である。
それと並行して、エネルギー資源の乏しいわが国のおかれた地理的・資源的条件を踏まえ、また、将来の不透明さを考慮すれば、原子力発電を引き続き基幹電源に位置付け、最大限に活用していくことが合理的である。すなわち
電源構成に占める原子力発電の割合を適切なレベルに維持していくことが必要である。その際、残された課題への対応を着実に進めていくことが不可欠である。
2.核燃料サイクル
核燃料サイクルの現状を
表5 にまとめて示す。プルトニウムと
ウランを回収するには、設備投資が大きくなるが、ウラン資源の有効利用によって、安定供給性という原子力発電の特性を著しく改善するものとなり、原子力を将来のエネルギー選択肢の一つとしよう。この技術開発で世界に貢献できる。安全性、核不拡散の堅持に万全を期し、国際的に理解を得ていくことが必要である。
3.放射線利用
現在、放射線は、医療、工業、農業等の分野で身近な国民生活や産業活動に広く利用されており、放射線利用が科学技術の発展や国民生活の向上に役立っているにもかかわらず、その多くは一般国民に知られていない。また、食品照射のように消費者の照射食品の安全性に対する不安等から、諸外国に比べて普及が遅れている分野もある。
今後、患者の身体的な負担が少ない放射線診療の実現、食品照射による食品衛生の確保、排煙からの窒素・硫黄酸化物の除去技術などによる環境保全、高分子材料の改質等の効率的なプロセス技術の製造業への応用等、様々な分野における放射線の利用が一層期待されている。これらの放射線を利用した技術の開発、利用は国民生活の質の向上、環境と調和する循環型社会の実現、活力ある産業の維持・発展等、21世紀の社会的な要請に答えることになるであろう。
しかし、
原子爆弾に加えて最近のチェルノブイル原子力発電所の事故、ウラン加工工場臨界事故等により、放射線に対する国民の不安感は以前にも増して強くなった。放射線利用に伴う便益、放射線のもつ特性、放射線の人体への影響等に対する国民の正確な理解を促すことが今後の放射線利用の普及にとって重要である。特に低線量の放射線の人体影響や
放射線障害の治療等に関する研究開発を一層進めるとともに、研究成果を広く国民に向けて発信していくことが必要である。
4.原子力科学技術
原子力に関する科学技術は、核融合を始めとする新たなエネルギー技術発展の基盤であるとともに、
レーザー、
加速器、
原子炉等、未踏の領域へ挑戦するための有効なツールを提供するものである。、原子力科学技術は、物理学等、基礎科学分野における新たな知見をもたらす一方、ライフサイエンスや物質・材料系科学技術等の分野における最先端の研究手段を提供するなど、大きな可能性を秘めている。21世紀の人類の知的フロンティアの開拓とわが国の新産業の創出等に貢献するものと考えられる。また、加速器、原子炉、核融合等の技術は、様々な分野における先端技術を総合した巨大システムであり、その開発は、他の科学技術分野への波及効果も考えられる。そのためには、独創性に富む研究を重視し、また、最新の知見や変化する社会の要請を的確に計画に反映させつつ着実に取り組む柔軟性が重要となってきている。
第4章 これからの原子力政策を進めるに当たって
今後原子力政策は、国民・社会や国際社会との関係をこれまで以上に重視して進めていかなければならない。このため、安全確保と防災、国民の信頼、立地地域との共生、平和利用の堅持、国際的理解を大前提としてこれからの原子力政策を進めていく。
国民・社会と原子力のよい関係を創ることが肝要で、原子力が社会に対して開かれた透明性の高い存在となり、また、国民生活にとって身近な存在となることが必要不可欠である。
このためには、安全確保と防災、信頼の確保が必要である。また、国民に判断の環境を整備するため、情報公開、政策決定過程への国民参加、国民の理解のための環境整備が欠かせない。原子力の立地は国全体の問題としての視点から、国民の理解を得つつ、地域の協力を得ていくことが重要である。
わが国の原子力研究・開発・利用は一貫して、原子力基本法に則り、民主・自主・公開の原則の下に、平和利用目的に限って推進してきた。わが国は、国際的な管理システムによってわが国の原子力開発・利用の透明性を確保してきているという実態を世界に明らかにし、わが国が非核兵器国としての立場を堅持していることをより強力に発信していくべきである。また、わが国の
プルトニウム利用政策に対する国際的理解促進活動も積極的に推進すべきである。
第5章 21世紀に向けて
20世紀における原子力は、人々の生存に対して様々な貢献を重ねてきたが、他方で軍事利用や、平和利用の際の放射線や放射能放出による事故等、人類の生存を脅かすことがあった。また、放射性廃棄物の処分問題も21世紀に持ち越される状況である。今後、これらの問題に対しては、これまでの原子力研究開発利用の歴史の中で反省すべき点は厳しく反省した上で、国民・国際社会と一体となって、核兵器不拡散、放射性廃棄物の処分、安全確保の課題解決の努力を重ねていくことが肝要である。また、原子力は未だその潜在的可能性を十分活用されるに至っていない。長期的視点に立って、原子力の可能性を引き出すための努力を怠らない様にすることが重要である。
冷戦が終了したこの時機に、非核兵器国である日本が原子力平和利用を実践し、国際社会において利用に供されるような普遍性の高い平和利用技術を開発し、世界に示していくことは、わが国の国際社会における役割としても重要な意義を有するものである。
<図/表>
<関連タイトル>
長期計画策定に当たっての配慮事項(平成6年原子力委員会) (10-01-01-03)
原子力開発利用長期計画(平成12年策定)各論 (10-01-05-04)
<参考文献>
(1) 原子力委員会(編):原子力の研究、開発及び利用に関する長期計画−大蔵省印刷局(2000年11月24日)
(2) 日本原子力産業会議(編・刊):原子力年鑑2000-2001、2000年10月