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<概要>
 コスタリカ共和国の首都サンホセの基幹病院のひとつであるサン・ファン・デ・ディオス病院において、1997年8月26日から10月3日にかけて、コバルト60線源による放射線治療を受けている患者が過剰な照射を受けるという事故が発生した。この原因は、同年8月22日に放射線照射装置の線源を交換した際に、放射線ビームのキャリブレーションを誤ったことに起因した。この間放射線装置で治療をうけた115人の患者のうち、少なくとも3人はこれが原因で死亡、少なくとも46人は過剰照射の影響を受けた。
<更新年月>
1999年03月   (本データは原則として更新対象外とします。)

<本文>
1.事故の発生
 コスタリカ共和国には6つの国立の基幹病院があるが、首都サンホセ( 図1 )ではこのうち3つの病院が癌(がん、ガン)の治療専門に稼働している。放射線治療を行っているのはこのうち2病院である。その内の1つ、サン・ファン・デ・ディオス病院において、1996年8月22日に、コバルト60を線源とする放射線照射装置アルシオン−2の線源の交換が行われた。
 同年9月27日、同病院の線量測定の責任者が他の病院の物理学者に同装置の吸収線量率の測定を依頼したところ、毎分1.22Gyと計算していたものが、実は毎分2.02Gyであることが判明した。これは主として、同責任者が0.3分(18秒)を30秒のことと誤解していたために生じた計算上の誤りであったが、この結果は、この期間に放射線治療を受けた患者は、医師が計画した線量の1.66倍の放射線を照射されたことを意味した。同責任者は10月3日に、同国厚生省に自分の測定結果が装置製造会社の規格の値と異なっていた事実を報告し、これを受けた厚生省は直ちにこの装置の稼働の中止を命じ、調査を開始した。この線量測定の責任者は、いかなる学位も有しておらず、いくつかの短期講習を受けたことがあるのみであった。
 その後国際原子力機関(IAEA)の専門家チームが1997年9月にさらにより詳細な調査を行った結果、患者は本来受けるべき線量より50〜60%多い線量を照射されていたことがわかった。さらに、装置自体には問題がみられなかったが、放射線治療の体制にはいくつかの改善すべき点が見いだされた。すなわち、照射室の天井のシールドが不十分なため照射の方向に制限があること、照射の際患者に施すべき遮蔽が正しく行われていなかったうえ、照射計画がたてられてなかったこと、放射線事故を防ぐ二重三重のシステムがなかったこと、放射線業務従事者の教育が不充分で責任体制が不明確なことなどである。また、サン・ファン・デ・ディオス病院における放射線照射装置の線量の測定値について、1977年以降、IAEAは繰り返し自前の測定値とのずれがあることを通報しており、1996年7月に専門家がその原因を調査に訪れた際、過去の放射線ビームのキャリブレーションの記録は残されておらず、照射条件の記録もなかったうえ、上記管理者自らが開発した吸収線量率を計算するためのコンピューター・プログラムにも誤りが認められた。
2.被ばく線量
 患者のカルテに残っていた照射時間の記録から実際の照射量が計算された。通常放射線治療は患者が受けるトータルの線量で計画されるものであり、一回あたりの線量を2Gy程度に抑えることにより、副作用をかなり軽減できることは放射線治療上の常識であるが、同病院では極端な例では一回に10Gyの照射が行われていた。
3.患者への影響と経過
 線源の交換から装置の稼働を止めるまでの間に115人の患者が放射線治療を受けたが、このうち1997年7月の調査の時点で生存していた73人中70人について調査が行われた。その結果、46人の患者において、過剰な線量による照射によると考えられる副作用が生じており、特にそのうち4人の患者においては極めて重大であった( 表1 )。
 放射線の生体への影響は数年後に明らかになるものもあり、過剰照射を受けた患者は今後長年にわたって、副作用を発症する可能性がある。逆に2人の患者では、治療が中断されたために照射量が必要以下であり、ガンの治療として不充分であることの悪影響が考えられた。
 また、調査時点で既に死亡していた42人の患者の内34人についての記録の検証の結果、3人は過剰照射が原因で死亡、4人については過剰照射が死を早める要因であったと考えられた( 表2 )。過剰照射を受けた患者の大部分は、最初に皮膚の潰瘍、極度の粘膜の炎症、悪心嘔吐、下痢などの症状を呈した。以下主な臓器別に患者への影響を記載する。
 脳への過剰照射の例では、ある3歳の小児は58Gyを20分割で、別の小児は50Gyを18分割で照射された。これらの結果、一部の患者では大脳皮質の萎縮、白質の変化、神経症状や痴呆が見られた。また、これらの患者には、照射後数年を経て脳の壊死が起こる可能性がある。10%の患者では、脊髄への過剰照射の副作用の危険を有していた。例えば47Gyを11分割で照射された患者、および50Gyを16分割で照射された患者は麻痺を呈した。
 大部分の患者では、皮膚へ52Gyを超える線量を受けており、しかも20分割以下で受けた患者が多かった。その結果、皮膚の線維化、潰瘍形成、壊死、脱毛などが見られた。
 腸は放射線感受性の高い臓器の一つである。腸への過剰照射を受けた患者の中には、72Gyを25分割、さらに横方向から12Gyを5分割で照射され、持続的な直腸の出血、下痢、貧血、体重減少をきたした者もあった。
 循環器系への影響では、少なくとも一人の患者で心膜炎を来したほか、数人の患者では数年後に血管病変を起こす危険度が高いと考えられた。
<図/表>
表1 患者を診察した結果得られた所見
表1  患者を診察した結果得られた所見
表2 死亡した患者の記録からの所見
表2  死亡した患者の記録からの所見
図1 コスタリカ共和国とその首都サンホセ
図1  コスタリカ共和国とその首都サンホセ

<関連タイトル>
放射線の急性影響 (09-02-03-01)
胎児期被ばくによる影響 (09-02-03-07)
放射線の中枢神経への影響 (09-02-04-01)
放射線の皮膚への影響 (09-02-04-04)
放射線の消化器官への影響 (09-02-04-05)

<参考文献>
(1)Accidental overexposure of radiotherapy patients in San Jose,Costa Rica.IAEA,Vienna,1998
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