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<概要>
 1990年6月25日、中国の上海市にある放射線医学核医学研究所で、化粧品や医療用製品の殺菌を行うコバルト60線源により7名が2〜12Gyの被ばくをした。最も重度の被ばく(11〜12Gy)をした2名は、骨髄移植を受けたが、事故後25日及び90日後に死亡した。この事故の原因には、担当者が規則に則った手順を踏まずに操作を行ったこと、事故以前に安全扉の一つをはずしていたこと、さらに悪いことにアラームのついた個人線量計を誰もつけていなかったことなど様々な要因が挙げられるが、いずれにせよ放射線防護及び安全性を軽視したために起こってしまった事故である。
 この他、中国における密封線源による代表的な事故例についても述べる。
<更新年月>
1999年03月   (本データは原則として更新対象外とします。)

<本文>
1.上海市における事故の発生
 1990年6月24日、中国上海(シャンハイ)市放射線医学・核医学研究所では、60Coを線源とする殺菌(滅菌)装置で医療用製品の殺菌が始められた。翌25日、装置管理者の1人(Shi)が朝6時に換気のために照射室に入室し、9時に予定されている殺菌された製品の輸送の準備をした。8時に、彼はコバルト照射室の電灯のスイッチを入れ、部屋を出て仲間の1人(Wu)と部屋を出て行った。この2人は9時に照射室に戻ってきた。この照射室では、主電源のスイッチを入れることで安全装置が働き、安全扉を開けるときは、線源が遮蔽されるように連動されている。しかし、Shiは鍵で防護扉を直接開け、一緒に働いているLong、Jun、Wuとともに部屋に入り、殺菌済みの製品を扱い始めた。このときShiは、60Co線源を格納するための操作盤の電源をいれておらず、線源の位置をも確認せず、さらに悪いことにアラームのついた個人線量計もつけていなかった。9時8分、9時20分そして9時23分にそれぞれWan、Jan、Geiが照射室に来て手伝いだした。Shiは、9時40分になって製品の照射記録をチェックしに操作室へ来て初めて、線源が照射位置にあるのに気づき、非常に衝撃を受けた。Shiはこのことを仲間にも関係当局にも話さず、線源を防護水槽にそっと格納し、全製品が部屋から運び出される10時40分まで仲間と働いていた。11時20分になり、Shiは研究所の幹部に事実を話し、この7人はすぐに応急処置のために上海病院に収容された。
2.被ばく線量の評価
 放射線源による被ばく事故では、線源から被ばくした線量を正しく評価することが可能な場合が多い。。60Co線源の放射能は8.5 E14Bqであった。これをもとに、事故時の状況を再構築した。また人体を 図1 に示すように17に分けたファントム(人体模型)をつくり、各臓器に当たるところにフッ化リチウム(LiF)などを置き、外部から同じ線源で照射することでLiFの熱変化から体の各部位の被ばく線量を推定した( 図2 )。同時に、末梢血リンパ球の染色体分析から、また腕時計の中のルビーからも線量を推定した( 表1 )。7人の平均体幹被ばく線量は2〜12Gyであった。患者WanとJanの線量分布は図2に示してあるが、Wanは腹部で16Gyにもなっている。
3.患者の経過と治療
 この事故では、7名の技術者が被ばくした。2名は10Gy以上の極めて重度の被ばくであり、他の2名は重度の被ばく、残りの3名も中等度の被ばくをした。10Gy以上の被ばくをしたShiとWanは地元の上海病院で、Shiは被ばく後11日目に兄弟から、Wanは7日後に娘から骨髄移植を受けたが、25日、90日後に死亡した。Shiは、事故当日から嘔吐を繰り返し、当日の嘔吐量は5,000ccにも及んだ。下痢や脱水などの消化器症状も日に日に進行した。13日頃には、脱毛もひどく21日頃には全身脱毛状態となった。事故後直ちに胎児肝細胞の注入を開始したが効果が見られず、9日後に白血球はほとんど0近くになった。また骨髄移植施行後も、骨髄は回復せず、25日に死亡した。解剖の結果、内臓出血、敗血症(全身に細菌や真菌等が増殖)、肺に膜ができ酸素交換が行えない状態であった。一方、Wanについては、娘から移植した骨髄が定着し染色体は娘の型を示した。Y染色体にある遺伝子も確認された。しかしながら、移植に対する拒絶反応の兆候が見られはじめ、呼吸不全の兆候が出現した。ウイルス感染も認められ、90日で肺が線維化して呼吸不全を起こす間質性肺臓炎のため死亡した。
 重度被ばくの2名は、骨髄移植をすることなく、輸血、胎児肝細胞注入、抗生物質などの治療で回復した。経過中、1名に白血球の一種の好酸球が増加し、最大白血球の37%にも達した。中等度の3名は、輸血や胎児肝細胞注入もせず回復した。
4.中国におけるその他の放射線被ばく事故
 上海市で起きた。60Co線源による大きな放射線被ばく事故のほかにも、密封線源による被ばく事故及び放射線線源の管理上のミスによる被ばく事故がいくつか発生している。これらを 表2 および 表3 にまとめて示す。 表4 にこれらの事例に引用した文献名に番号を付けて一覧表として示す。
5.用語解説
表2の*1 急性放射線症
 放射線による被ばくは、全身に被ばくをした場合(全身被ばく)と体の一部が被ばくした場合(部分被ばく)に分けられる。全身が短時間に大量の放射線被ばくし、被ばく後数時間から数週間後に現れてくる全身症状を急性放射線症(acute radiation syndrome, ARS)と言う。急性放射線症には、吐き気や倦怠感がでる前駆期、一次的に症状がなくなる潜伏期、症状が現れてくる発症期、治療が功を奏する場合は回復期がある。被ばく線量が高い場合、潜伏期は短く、死亡することもある。急性放射線症は、1〜6Sv(シーベルト)の被ばくで出現する血液・骨髄障害、6Sv以上で出現するひどい下痢と脱水などの消化器障害、更に30Svを超えると出現する傾眠や錯乱などの精神症状やショック状態になる精神障害や循環器障害がある。
表2の*2 姉妹染色体交換(Sister Chromatid Exchange、SCE):
 細胞が分裂する際に、それに先だって染色体のDNAが複製される。それを姉妹染色分体(Sister Chromatid、SC)と言い、各々が分裂した細胞に分配される。SCは、お互いに交差し、SCEは傷がついた部分を修復したことを反映していると考えられている。したがってSCEの頻度が高いと言うことは、DNAに傷がついたこと、またそれを修復機構がすべての遺伝子についてではないが働いたことを意味する。
<図/表>
表1 事故24時間後に採血した末梢血リンパ球の染色体分析と事故再構築による物理学的被ばく線量
表1  事故24時間後に採血した末梢血リンパ球の染色体分析と事故再構築による物理学的被ばく線量
表2 中国の放射線施設における密封線源による代表的な事故例
表2  中国の放射線施設における密封線源による代表的な事故例
表3 中国における放射線源の不適切な管理による事故
表3  中国における放射線源の不適切な管理による事故
表4 中国における放射線被ばく事故例に対する文献リスト
表4  中国における放射線被ばく事故例に対する文献リスト
図1 被ばく線量評価に使用した人体模型(ファントム)
図1  被ばく線量評価に使用した人体模型(ファントム)
図2 患者の被ばく線量分布
図2  患者の被ばく線量分布

<関連タイトル>
放射線の消化器官への影響 (09-02-04-05)
放射線の急性影響 (09-02-03-01)
放射線の造血器官への影響 (09-02-04-02)

<参考文献>
(1) ”Collected papers on diagnosis and emergency treatment of the victims involved in Shanhai June 25 60Co radiation accident”,Editors-in Chief;Liu Benti and Ye Genyao,Military Medical Science Press (軍事医学科学出版),Bejing,1996
(2) Guo Y,Zhang J,Xiao J,Min R,Meng X,Wang X,Zhu Y.: Dose estimation for victims in Shanhai June 25 60Co radiation acciden,in ”Collected papers on diagnosis and emergency treatment of the victims involved in Shanhai June 25 60Co radiation accident”,Editors-in Chief;Liu Benti and Ye Genyao,Military Medical Science Press (軍事医学科学出版社),Bejing,1996
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