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<概要>
 放射線の人体影響の指標となる、臓器・組織が受ける線量臓器線量)及びこれらの荷重平均である実効線量当量実効線量は直接測定が不可能な量であるため、数値ファントム(数学ファントム)を用いた線量計算によりこれらを評価することが広く行われている。数値ファントムは、人体臓器・組織の形状を数式で表現したMIRDタイプのものが多く使われてきたが、最近では人体をより詳細にモデル化できるボクセルタイプのファントムも開発されはじめた。数値ファントムとモンテカルロ輸送計算を組み合わせて外部被ばく線量評価が行われている。線量評価の目的は、放射線防護の基礎データ整備をはじめ、医療行為に伴う被ばく評価、環境被ばく影響評価等多岐にわたる。
<更新年月>
1997年03月   

<本文>
1.はじめに
 人体の臓器・組織が受ける線量(臓器線量)及びこれらの荷重平均である実効線量は、放射線の人体への影響の指標となる量であり、放射線防護や放射線影響評価はこれらの量に基づき行われてきた。人体内での放射線のエネルギー付与に関係付けられるこれらの量は、直接に測定することが困難であるため、人体の生体物質を模擬したモデル(ファントム)を用いたシミュレーション計算あるいは実験により評価する。ファントムは、シミュレーション計算に用いられる数値ファントムと実験に用いられる実体のある物理ファントムに分類される。ここでは、よりポピュラーな前者の数値ファントム(数学ファントム)を用いた外部被ばく線量評価に関して説明する。
2.数値ファントム(数学ファントム)
 数値ファントムを用いて臓器線量を計算しようとする試みは1960年代に始められた。当初は放射性核種を体内に取り込んだ場合におきる内部被ばくを対象としたシミュレーション計算が行われたが、この時用いられたモデルが改良され現在でも内部被ばくと外部被ばく両方の計算に用いられている。MIRDタイプファントムといわれるこの種のファントムは、人体の臓器・組織の形状を数式の組み合わせで表現しており( 図1 )、各臓器・組織に特有の元素組成、密度が与えられている。体格及び臓器・組織の重量については、国際放射線防護委員会ICRP)が1975年にレポート23でまとめた、西欧標準人のデータを参照して作成されたファントムが基本となっている。男女同体の成人ファントムが広く用いられてきたが、男女別の成人ファントム、年令別のファントム等も開発され用いられている。 最近では、人体の構造をより詳細にモデル化するために、数式のかわりに小さな直方体要素を用いて臓器・組織を表現する、ボクセルファントムと呼ばれるタイプのファントムも開発されてきている( 図2 )。ボクセルファントムを用いるとCTMRI画像データをほぼそのままモデル化できるため、現実の人体に非常に近い構造を持つファントムを作成することが可能となる。
3.外部被ばく線量評価
 数値ファントムと放射線輸送計算プログラムを組み合わせて人体の臓器・組織が受ける線量(臓器線量)の計算が行われてきた。計算手法としてはモンテカルロ法と呼ばれる、乱数を利用した手法がほとんどで、人体に入射した放射線の挙動を逐次追跡し、入射した放射線及び体内で生じた2次放射線により各臓器・組織に与えられるエネルギーに基づいて臓器線量を計算する。計算の対象となる人射放射線の種類は、従来光子と中性子がほとんどであったが、最近では電子や高エネルギー荷電粒子を対象とした計算も始められている。 放射線作業従事者の不必要な被ばくを避ける、いわゆる放射線防護のための基礎デー夕を整備することが、ファントムを用いた被ばく線量計算の一つの大きな目的である。ICRPは、放射線防護の目的で人間への確率的影響の総合的な指標である実効線量当量を1977年に導入し、1990年の勧告でこれの基本的考え方を受け継いだ実効線量への改訂を行った。実効線量当量と実効線量は、臓器線量にその臓器の放射線感受性に比例した重み付けをして加算したものであり、これらをもとに放射線防護の対策が考えられている。数値ファントムを用いた計算による、基本的な放射線入射方向、エネルギーに対する実効線量当量及び実効線量の基礎データがICRPのレポートにまとめられている。
 その他、医療診断(X線 検査等)や放射線治療(ガン治療等)の医療行為に伴う被ばく線量の評価、環境中における被ばく線量評価、広島・長崎での被爆における疫学調査のための線量推定等の目的で、被ばく条件をより特定した線量計算も行われてきている。放射線が様々な目的で用いられている今日、これらの行為に伴う被ばく線量を正しく評価するために、数値ファントムを用いた線量評価の重要性は益々増大していくことが予想される。
<図/表>
図1 臓器・組織を数式で表現したMIRDタイプの数値ファントムの例
図1  臓器・組織を数式で表現したMIRDタイプの数値ファントムの例
図2 臓器・組織を小直方体要素の集合体で表現したボクセルタイプのファントムの例
図2  臓器・組織を小直方体要素の集合体で表現したボクセルタイプのファントムの例

<参考文献>
(1) 国際放射線単位測定委員会(ICRU):Phantoms and Computational Models in Therapy,Diagnosis and Protection.ICRU Repot 48(1992)
(2) 国際放射線防護委員会(ICRP):Reference Man:Anatomical physiological and metabolic characteristics.ICRP Publication 23(1975)
(3) 国際放射線防護委員会(ICRP):Recommendations of the International Commission on Radiological Protection.ICRP Publication 26(1977)
(4) 国際放射線防護委員会(ICRP):1990 Recommendations of the International Commission on Radiological Protection.ICRP Publication 60(1991)
(5) 山口恭弘:数値シミュレーションを用いた外部被曝線量計算、目本原子カ学会誌、Vol.36,No.7,624-630(1994)
(6) 斎藤公明:環境γ線被ばく線量の計算機シミュレーション解析、日本原子力学会誌、Vol.38,No.12,970-976(1996)
(7) M.Zankl et al.:The construction of computer tomographic phantoms and their application in radiology and radiation protection, Radiat. Environ. Biophys.,27,153-164(1988)
(8) R.Kramer et al.:The Calculation of Dose from External Photon Exposures Using Reference Human Phantoms and Monte Carlo Methods Part1:The Male(Adam) and Female (Eva) Adult Mathematical Phantoms, GSF-Bericht S-885(1986)
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