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<概要>
 高等植物は、受精卵の分裂によって細胞を殖やし、胚を形成するが、まもなく分裂能力は植物体の一部、たとえば根端、茎端、形成層にのみ残り、ほかの部分はそれぞれ一定の形態、性質、機能をもった組織に分化し、もはや分裂しない。前者を分裂組織、後者を永久組織(あるいは永存組織)と呼んで区別している。分裂組織は多くの細胞からなり、それらの細胞群の間には活動に差異がある。高等植物でもその種によって、同種でも変種、品種、系統によって、同じ植物でも発生段階、生育条件によって、また同一個体でも器官、組織によって、放射線に対する感受性が大きく異なることが広く知られている。
<更新年月>
2004年08月   (本データは原則として更新対象外とします。)

<本文>
1.放射線感受性
 植物では、放射線感受性は主として成長や細胞分裂の抑制、または致死率をパラメータとして調べられている。Sparrow & Woodwell(1962)によると、放射線感受性は種によって非常に異なり、500倍もの差異がある。その後、Sparrowら(1965)は、草本植物でも木本植物でも、放射線感受性が分裂組織細胞の体積を染色体数(2n)で割った値に強く相関することを見出した。この感受性パラメータは分裂間期染色体体積(interphase chromosome volume,ICVと略す)といい、分裂間期細胞の核が染色体によって占められていると仮定すると、ICVは細胞核で1本の染色体が占める平均的な空間の大きさ、つまり分裂間期染色体体積となる。このパラメータは、必ずしも厳密な値といい難いが、少なくとも相対的な値として使えると思われる。
 このような感受性とICVとのあいだの相関関係は、感受性をいろいろな程度の成長阻害、致死率、種子稔性、花粉稔性で測っても、同様な関係が認められる。同一植物体でも、器官、組織、細胞の型によって放射線感受性の差異が観察されるが、Miller & Sparrow(1965)は、同一個体で2つの型の細胞のあいだに観察される感受性のちがいがそれらの核体積の差異に関連することを報告した。両方の型の細胞は同数の染色体を含むから、この場合も感受性はICVに関連があることになる。
 一般に、倍数性が高くなると放射線感受性が低下するが、この感受性にもICVが大きく関与していることが明らかとなった。すなわち、自然界に存在する倍数体は、近縁の2倍体と比べて、ICVが減少していることが認められた。
 染色体の体積とそのDNA 含量とのあいだにはほぼ正比例の関係が見られることから、Sparrowら(1967)は生物種をRNAウイルス、細菌、酵母、哺乳動物、両棲類などに拡げて、放射線感受性と染色体あたりDNA(またはRNA)含量の関係を調べ、両者に密接な関連があることを認めた。これらの結果は、標的理論が述べるように、放射線の標的がDNA分子であることを明らかにしたものである。
2.種子の放射線照射
 X線γ線を植物の種子や胞子に照射すると、そこに含まれる水分の量によって感受性が大きく影響される。浸水種子は乾燥種子よりも著しく感受性が高い。これには、発芽に伴う発生段階の差異と種子中の水分含量のちがいの2つが関係している。
 種子をさまざまな湿度の空気と平衡状態にして水分含量を変えて放射線感受性を調べると、オオムギの場合、水分含量が12%よりも少なくなっても、20%よりも多くなっても放射線感受性が高くなった。イネ種子では、13〜15%の水分含量で感受性が最も低くなった。電子スピン共鳴法で種子胚に生じるフリーラジカルの量は水分含量とほとんど無関係であるが、水分が多いほどラジカルの減衰が速やかであった。低水分含量の種子を水に浸す場合、酸素を多く含んだ水を用いたときは少なく含んだ水よりも放射線障害が大きくなった。また乾燥種子に放射線を照射してから発芽させるまで時間を変えると、放射線の効果が大きく変更することが知られている。これは貯蔵効果と呼ばれ、この貯蔵期間中の湿度、温度、ガスなどの雰囲気によって効果に著しい差異が現れる。照射種子を乾燥状態のまま長期間保存すると障害が増す。貯蔵期間中の湿度が高いと障害があまり大きくならないが、湿度が極端に低いと数時間の貯蔵でも顕著な効果が見られる。
 これらの乾燥種子の放射線照射における作用機構には放射線誘発のフリーラジカルが関与し、水の存在や温度によって減衰する。これらのラジカルが障害をひき起こすときには酸素が重要な役割を演じていることが明らかである。
3.培養細胞の放射線照射
 培養細胞については下記のような報告がある。
 スギ、カラマツの胚由来培養細胞、およびタバコの未分化培養細胞を試料として用い、X線(0.2−20Gy)またはγ線(20−1000Gy)の照射後に経時的に試料を採取し、細胞増殖、形態の変化を調べ、また細胞死の判定も行ったところ、スギ、カラマツの培養細胞ではともに0.5Gy以上のX線照射により細胞増殖が有意に阻害され、5Gy以上では細胞の増殖が完全に停止した。一方タバコの培養細胞で細胞増殖が完全に停止するのには50Gy以上の放射線量が必要であった。照射によってタバコでは顕著に細胞が肥大したものの、1000Gyものγ線照射によっても細胞死の増加は照射後10日後まで認められなかった。これに対して、スギ、カラマツ培養細胞ではともに0.5Gy以上のX線照射2日後から細胞死の有意な増加が観察された。
4.染色体異常と突然変異の誘発
 高等植物では、個々の染色体が大きく、染色体数も比較的少ないので、ソラマメの根端細胞やムラサキツユクサの小胞子が放射線による染色体異常の材料として古くから用いられてきた。染色体異常の観察結果は、1本の染色分体が基本的には1本の二重鎖DNAからなり、それが複雑に折り畳まれた構造であるという染色体構造モデル(Taylor,1958) と一致した。また、放射線による染色体異常の生成機構について、切断再結合説(Sax,1940,Clowes,1964)と交換説(Revell,1966)とが提案された。
 一般に、G1期からS期へ、またS期からG2期へと染色体切断の頻度は増加するが、G1末期およびS末期からG2期にかけて染色体の感受性が高く、G1中期とG2中期は感受性が低い。染色体断片の形成はG1中期細胞のX線やγ線の照射で1ヒット事象であったが、G2中期細胞では線量率効果が見られる2ヒット事象であり、G2細胞はG1細胞よりも高い感受性を示した(Yamamoto & Yamaguchi,1966) 。
 染色体切断の大部分は放射線照射後まもなく再結合して回復する。この回復はDNA修復によっておこなわれる(山口、1972)
 Stadler(1930)は、植物では遺伝子突然変異と染色体異常とを区別することが困難であることをのべたが、現在では点突然変異の誘発が確認されている。生存力の変わらない突然変異は品種改良の材料となっている。
<関連タイトル>
放射線照射による農作物の品種改良(放射線育種) (08-03-01-01)

<参考文献>
(1)村松清二、田島与太郎(編):放射線遺伝学、裳華房(1964)
(2)菅原 努ほか(編):放射線細胞生物学、朝倉書店(1968)
(3)山口彦之(編):植物遺伝学VI、形態形成と突然変異、裳華房(1975)
(4)渡辺嘉人、武田志乃、湯川雅枝、西村義一、笹本浜子:針葉樹培養細胞における放射線高感受性の細胞死、日本放射線影響学会大会講演要旨集 45、138(2002)
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