<大項目> 放射線利用
<中項目> 放射線の理工学利用
<小項目> 理化学利用
<タイトル>
SPring-8(放射光)施設による放射線利用 (08-04-01-07)

<概要>
 日本原子力研究所(現日本原子力研究開発機構)と(現独立行政法人)理化学研究所は、1991年から建設開始した大型放射光施設SPring-8(Super Photon ring 8 GeVから命名)(兵庫県西部の播磨科学公園都市)を1997年10月に完成し供用を開始した。SPring-8はX線領域に重点を置いた高輝度放射光源であり、真空紫外線からX線までの広い波長範囲(200〜0.01nm)の光(電磁波)を得ることができるが、主としてX線が利用されている。ここではX線と物質の相互作用を明らかにするとともに、広範な分野で基礎研究(地球科学)から応用研究(物質科学、環境科学)、さらに産業利用(医学・生命科学)に役立っている例を示す。
<更新年月>
2007年10月   

<本文>
 SPring-8は大型放射光施設(Super Photon ring)で8GeVの高エネルギーを電子に与え放射光を発生させることができる。世界最高性能の放射光を発生することができる大型の基礎研究施設であることから、日本国内はもとより世界中の研究者にも広く開かれた共同利用施設として、官公庁・民間企業・大学など国内外の諸機関が様々な研究開発に利用している。SPring-8は、1991年から日本原子力研究所(現日本原子力研究開発機構)と理化学研究所が共同で建設を開始、兵庫県をはじめとする産・学・官の各界支援のもと、1997年10月に完成・供用を開始した。図1に施設の航空写真を示す。
1.放射光の特徴
 光速に近い速さで直進する電子が磁場中で進行方向を急激に曲げられた時、その接線方向に発生する電磁波を放射光(あるいはシンクロトロン放射、synchrotron radiation、SR)と呼び(図2)、1947年に発見されて以来その利用技術は急速に発展し、次のような特徴を持っている。
(1)従来の光源に比べて数桁上の強度で極めて明るい。
(2)赤外線からX線まで幅広いエネルギー領域をカバーする。
(3)広がり難い高い指向性、細く絞られる平行性を持っている。
(4)任意の偏光を取り出せる。
(5)短パルス特性を持っている。
 SPring-8の放射光は、真空紫外線からX線までの広い波長範囲(200〜0.01nm)の光(電磁波)を得ることができるが、その中でも主として波長1nm以下のX線が利用されている。
2.X線と物質の相互作用
 X線を物質(研究対象)に当てた時に認められる相互作用を図3に示す。高エネルギーの吸収によって、次のような現象が認められ、それを利用する研究分野を示す。
(1)透過X線の減衰:イメージング法による構造観察
(2)蛍光X線や光電子の放出:機能解析・分光・分析
(3)X線の回折・散乱:原子配列・構造解析
(4)反応活性点の生成:新材料創製
 現象的には、一般X線利用と同一であるが、高強度・短パルス性を活かして動的な観察・解析が可能であるという大きな特徴をもっている。そこで微量物質の種類や構造、性質を詳しく知ることができ、それらの様々な環境下での挙動や時間変化の様子を詳しく知ることができ、さらに化学反応や物質変化の起動力として用いるとともに反応挙動の解析にも利用可能である(表1)。
 放射光は広範な分野で基礎研究から応用研究、さらに、産業利用に役立っている例を次に示す。
3.放射光の利用研究
 放射光は、下記のような広範な分野で基礎研究から応用研究、さらに産業利用に役立っている。すなわち、タンパク質巨大分子の三次元構造解析などの生命科学への利用、先端材料の原子・電子の構造など物質科学への利用、地球深部物質の構造と状態などの地球科学への利用、生体試料中の環境汚染微量元素の分析などの環境科学への利用、微小血管造影法による腫瘍血管の観察などの医学への利用、燃料電池のメカニズム解明や半導体材料の評価など産業への利用、中間子の生成・クォーク核物理など核物理への利用がある。今後、上記のような分野を基盤としたバイオテクノロジー、ナノテクノロジー、IT(情報技術)などの新技術が新しい産業革命への先導となることが期待されている。
 2005年度には施設利用の民間共用課題が221課題/125社と、2004年度の約1.5倍の利用状況であった。産業界の重点領域研究としては、燃料電池、次世代半導体、フラットパネルディスプレイなどの最先端技術開発に伴う課題が取り上げられている。表2に産業界課題の研究領域動向を示す。
3.1 地球科学における利用
 地球深部物質の構造と状態の解明や極限環境下における各種物質の物性、さらに隕石・宇宙塵の構造などの解明に利用されている。
 供用を開始したSPring-8で得られた初めての研究成果は、高温構造物性ビームラインに大型多重アンビル型高温高圧装置(通称SPEED-1500:図4)を設置し、地球深部関連物質の高温高圧下での挙動をX線その場観察手法により明らかにした。ここでは、高圧セル内の試料にX線(放射光)をあて、回折してきたX線を解析した。地球マントルを構成する主要鉱物と考えられているカンラン石(Mg2SiO4)を24万気圧(24.3GPa)、2000℃までの高温高圧条件下におき、この鉱物が高圧下でスピネル構造からペロブスカイト構造のMgSiO3と岩塩構造のMgOに分解する様子を、放射光を用いて直接観察し、この分解反応の相境界の温度圧力(22万気圧(22.3GPa)、1500℃)を、初めて精度良く決定した。それにより、SPring-8の高温高圧ビームラインを利用した研究により、マントル構造や海洋プレート物質の解明に飛躍的進歩がもたらされた。
 地球上に降り注ぐ隕石には、コンドリュールと呼ばれる直径数mm以下の球状物質(図5)が含まれている、このコンドリュールの三次元構造を、放射光を用いたX線CT(コンピューター・トモグラフィ)装置を使って精密に調べた。図5aの一辺の長さは1.2mm程度であり、コンドリュールどうしの衝突でできたと考えられるマイクロクレーターが左側に認められる。図5bのCT像では、青がX線吸収の少ない所、赤は吸収の多い所で左上から右下に走っているスジ状オリビン結晶板の断面像であることが分かる。これらの結果から、コンドリュールは今から46億年ほど前、毎秒約100回転しながら原始太陽系星雲中を漂っていたということが想像されている。
3.2 物質科学における利用
 微量物質の構造や機能解析、材料の構造等の評価、化学反応等における触媒作用の解明、新物質創製などに、放射光は利用されている。
 微量の重元素検出による素材産出地や製造ロットの特定などにも放射光は威力を発揮している。
 X線を物質に照射すると物質中の原子の内殻軌道の電子が外部にたたき出されて、原子の内殻に空孔(電子が存在しないエネルギー準位)が生じ、この空孔に外殻電子が遷移する(図6)。このとき元素によって決まっているエネルギー準位差に等しいエネルギーの蛍光X線が外部に放出され、微量元素分析の手段として用いられる。図7は産出地別による標準的な亜ヒ酸に含まれる微量の重元素の蛍光X線スペクトルである。不純物として存在する錫、アンチモン、ビスマスなどの量が産出地により大きく異なることがわかる。これをもとに素材の産出地を特定することができ、古代遺物の研究や、和歌山市北部の園部におけるカレー事件(1998年7月25日)で問題となったヒ素の微量不純物分析から原料ヒ素の同定などにも利用された。また材料開発では、高圧装置を使って世界で最も硬い超高硬度ナノダイヤモンドの合成に成功している。さらに、高輝度X線によりメソ領域での規則構造解析がポリマーの結晶化機構や固体のミクロ相分離構造などを明らかにしている。
3.3 医学・生命科学における利用
 生体試料の血管造影、CTなどを用いるイメージングによる医療診断、生体物質の構造と機能の解明、医薬品の薬理作用、創薬、また、SPring-8の高フラックスビームラインにより、毛髪キューティクル層の厚みとほぼ同寸の直径約5ミクロンのマイクロビームX線を利用することで、キューティクル間の細胞膜複合体を毛髪を輪切りにすることなく、構造解析する手法を開発したり(図8)、皮膚角質層の微細構造研究などの新しい分野などに、放射光は利用されている。
 医療診断の研究において、人の死因のトップであるがん(腫瘍)中の複雑な血管形成が観測された。初期の固形がんは、周辺に存在する成熟した血管からの拡散による酸素や栄養の供給により成長する。しかし、がんが数mm以上に成長するためには持続的な新生血管の誘導が必要である(図9)。20−30μmのラット移植腫瘍新生血管をSPring-8にある微小血管撮影装置で生体下に観察し、新生血管形成へ及ぼす影響や循環動態を形態学的に定量的に評価する実験系を確立することによって図10に示すような結果を得た。その他、心臓の鼓動状況や毛細管中を流れている血液の様子の実時間観察も行われている。
3.4 環境科学における利用
 環境問題、エネルギー問題への対応が早急に求められている今日、水素と酸素を原料としてクリーンな水のみを排出し、かつ高エネルギー効率の燃料電池システムは、自動車をはじめとするさまざまな分野への実用化が切望されている。実際の燃料電池作動時における電極触媒表面の電気化学的反応、触媒種の構造変化過程および燃料電池触媒表面の反応機構を解明するため、燃料電池作動条件下におけるカソード白金ナノ微粒子触媒の酸化還元挙動をSPring-8のXAFSビームラインの放射光を用いて、世界で初めてリアルタイムで捕らえることに成功した。図11に使用したシステムを示す。
[用語解説]
 XAFS:X線吸収微細構造(X-ray Absorption Fine Structure)の略。放射光からのX線を物質に照射するとX線吸収スペクトルに波打ちが現れる。これをEXAFS(広域XAFS)振動と呼ぶ。この振動をフーリエ変換して、乱数関数によりフィッティング解析するとPt-PtやPt-O結合の距離や数が求まる。触媒ナノ微粒子のような長距離構造秩序のない物質の構造情報を与えうるほとんど唯一のその場(in situ)観察手法である。
(前回更新:2001年2月)
<図/表>
表1 放射光(X線)を利用して行う研究
表2 産業界課題の研究領域動向(2005年度)
図1 SPring-8航空写真
図2 放射光の発生原理
図3 X線と物質の相互作用
図4 SPEED-1500を用いた高温高圧下でのX線その場観察実験の概念図
図5 コンドリュールのX線CT像
図6 エネルギー準位と外殻電子の遷移
図7 産出地別による亜ヒ酸の蛍光X線スペクトル
図8 毛髪キューティクルの細胞膜複合体のX線による構造解析
図9 腫瘍の発育と腫瘍血管の経時的変化
図10 SPring-8微小血管撮影装置を用い観察した経時的な腫瘍血管新生像
図11 燃料電池の運転条件下でXAFSスペクトルを測定するためのシステム

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<関連タイトル>
シンクロトロン放射光 (08-01-03-08)
医療分野での放射線利用 (08-02-01-03)
SPring-8計画 (08-04-01-06)
SPring-8の材料研究の現状 (08-04-01-42)

<参考文献>
(1)放射光利用研究促進機構、(財)高輝度光科学研究センター:SPring-8パンフレット(2000年9月)
(2)日本原子力研究所、(財)高輝度光科学研究センター:SPring-8研究成果報告プレス懇談会および懇談会用資料(2000年1月)
(3)(財)高輝度光科学研究センター:SPring-8の概要、
http://www.spring8.or.jp/ja/users/new_user/sr/
(4)(財)高輝度光科学研究センター:ハイライト、プレスリリース・トピックス(1998年)、SPring-8放射光利用研究で初めての研究成果−地球深部マントル不連続面対応の高温高圧X線観察実験に成功、
http://www.spring8.or.jp/ja/current_result/press_release/1998/980313
(5)(財)高輝度光科学研究センター:サポート情報、刊行物、SPring-8 2005年度年報
(6)(財)高輝度光科学研究センター:SPring-8 NEWS vol.34、No.07、
http://www.spring8.or.jp/pdf/ja/SP8_news/no34_07/p6.pdf
(7)(財)高輝度光科学研究センター:サポート情報
(8)(財)高輝度光科学研究センター:サポート情報、パンフレット、

(9)(財)高輝度光科学研究センター:ハイライト、プレスリリース・トピックス(2000年)(2005年)(2007年)、http://www.spring8.or.jp/ja/current_result/press_release/
(10)SPring-8放射光入門:4.放射光の利用
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