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<概要>
 環境負荷化合物の分解・除去に放射線が利用できる。特に、電子線およびガンマ線が排気ガス中の窒素酸化物(NOx)および二酸化硫黄等の除去、フロンガスおよび二酸化炭素の分解、水中有機塩素系化合物、芳香族化合物、および合成洗剤の分解除去、更に重金属イオンの還元除去等で幅広く研究されている。ここではいくつかの例を紹介し、環境負荷化合物の低減における放射線の利用について概説する。
<更新年月>
2006年07月   (本データは原則として更新対象外とします。)

<本文>
 現在、有機塩素系炭化水素、重金属イオンなどの有害物の汚染が地球規模で広がっている。また、オゾン層の破壊を助長するフロンガスと地球温暖化をもたらす二酸化炭素の濃度も大気圏で増加している。これらの有害物および環境負荷化合物の分解処理にガンマ線および電子線等の放射線が利用できる。
1.放射線を利用する排気ガス中の有害物の処理
 排気ガス中の二酸化硫黄、窒素酸化物、炭化水素類化合物および芳香族化合物等の有害物の除去に放射線、特に電子線の利用が研究され、火力発電所からの排煙ガス処理にすでに実用化されている(文献1−3)。排ガス中の二酸化硫黄と窒素酸化物が放射線照射により硫酸と硝酸へ変換、除去されている。除去効率をあげる目的で通常アンモニアを少量添加し、それにより、生成された硫酸と硝酸は、硫安と硝安に転換され、固形化除去される。また、電子線による排ガス中の有害物の除去は高温領域(数百℃〜1200℃)(文献4−7)で行われる場合もあるが、現在進められている研究や技術開発の殆どは室温から100℃以下の低温領域である(文献1−2、7)。
2.ガンマ線によるフロンガスの分解
 ガンマ線照射によりフロンガスが分解できる。例えば、1,1,2−トリクロロ−トリフルオロエタン(113CFC)のようなフロンガスをモレキュラーシーブスに吸着してからガンマ線で照射分解させることができる(文献8)。
3.ガンマ線による温室効果ガスCO2の還元
 CO2にガンマ線を照射するとCO2がCOとOラジカルに分解される。そのCOとOとの再結合反応によりCO2に戻り、結果的に0.1%程度しか分解できない(文献9)。
 最近、ガンマ線/無機物(鉄、銅などの金属粉末、酸化鉄などの金属酸化物および金属塩)/CO2/水系におけるCO2の還元研究が報告されている(文献10−11)。特に、亜硫酸ナトリウムと硫酸銅を含む系では、CO2からCOへの転換効率が2桁以上向上した(G値が0.001から0.1に向上)。これは亜硫酸イオンがOラジカルと結合反応し、硫酸イオンが生成することにより、COとOとの再結合反応が阻止されたと考えられる。一方、硫酸銅の効果はまだ分かっていない(文献11)。
4.放射線による水中有害物の分解
 有機塩素系農薬およびハイテク産業で使用されている有機塩素化炭化水素は、地下水を含む水源を汚染している。また、飲用水の殺菌に使われている塩素が水中微量のフミン酸などと反応し、様々な塩素系炭化水素を生成することも報告されている。これらの有機塩素系化合物の一部は催奇性、発ガン性を有し、環境ホルモン毒性が疑われている。水中微量の有機塩素系化合物は活性炭の吸着で除去できるが、最終処分としての焼却過程でダイオキシンの発生、酸性雨になる塩酸の発生も問題になる。放射線照射による水中汚染物の分解処理は化学試薬を使わないだけではなく、生物処理で分解できない有害物の分解もできるので、注目されている。
 水に高エネルギー電子線あるいはガンマ線を照射すると、OHラジカル、水和電子、水素原子、水素分子、過酸化水素などの反応性に富む活性種を生成する(文献12)。また、溶存酸素が存在する場合、反応活性なスーパーオキシドイオン等も生成される。これらの活性種は水中有機物の分解反応を誘導する。
4.1 ガンマ線による水中有機塩素化炭化水素の分解
4.1.1 水中ppbレベルの有機塩素系炭化水素の分解
 ジクロロメタン、クロロホルム、四塩化炭素、トリクロロエタン、トリクロロエチレン、テトラクロロエチレンなどの有機塩素系炭化水素の濃度が数十ppb〜数百ppb程度の水溶液に放射線を照射(線量2kGy)すると、殆どの有機塩素化炭化水素が分解され、検出されなくなり、四塩化炭素とトリクロロエタン水試料のみ1ppb程度残留している(表1、文献12−13)。分解生成物として塩化物イオン(図1)、分解中間物としてアルデヒドとカルボン酸が検出されている(文献12)。
4.1.2 水中数千ppmのような高濃度有機塩素化炭化水素の分解
 最近、8000ppm程度の高濃度有機塩素化炭化水素を含む水溶液のガンマ線照射分解も報告されている(文献14)。100kGyの線量下で水中8000ppmのクロロホルムの分解率は約50%で(図2)、その他の塩素化炭化水素の分解率は90%以上である。また、照射後溶液のpHが小さくなり、HCl、蟻酸などが生成されている。さらに、照射容器の気相からメタン、エタン、CO、CO2などの生成物が測定されている。これらの生成物は線量および塩素化炭化水素の濃度とともに増加している。つまり、塩素化炭化水素分子中の炭素原子がこれらの分子に変換されたことを意味する。
 また、照射容器の気相中の水素発生量は有機塩素化炭化水素の濃度、線量とともに増加する(図3−A)。この水素の増加は水の放射線分解効率の向上、塩素化炭化水素中の水素原子の水素分子への転換かのいずれかである。酸素については、クロロホルムの濃度、線量とともに減少している(図3−B)。減少した酸素はCOやCO2などの生成に使われたと推測できる(文献14)。
4.2 水中芳香族化合物の放射線照射分解
4.2.1 フェノールの放射線照射分解
 水中フェノールの放射線照射分解は広く研究されている。酸素存在下で分解生成物はpyrocatechol(G値=1.42)、hydroquinone(G値=0.94)、および微量のresorcinolとphloroglucinolである(文献15)。フェノールの放射線分解機構も詳しく検討されている(文献11)。水の放射線分解で生成したOHラジカルがフェノールを攻撃し、OH付加物であるhydroxycyclohexadienyl radicalsという中間物を生成する。この中間物はさらに酸素と付加反応し、過酸化物ラジカルを生成し、さらにベンゼン環を開環する。フェノールの濃度が低い場合、これらのラジカル反応により、蟻酸などの有機酸、最終的にはCO2に分解される。溶存酸素濃度に対しフェノールの濃度が高い場合には、ラジカル重合反応も発生する。
4.2.2 クロロフェノールの分解
 クロロフェノールの放射線分解は溶存ガスに大きく依存する(文献16)。例えば、空気飽和の場合、0.0001mol/lのクロロフェノールを分解するのに約12kGyの線量が必要であるが、酸素およびオゾンを含有する場合、1.5kGyの線量で分解できる(図4)。
 更に、クロロフェノールの放射線照射分解に塩素原子の置換位置の影響も検討されている(表2)。塩化物イオンの生成速度は塩素原子の置換位置とあまり関係ないが(表2)、塩素原子の数が多いほど、塩化物イオンの生成速度が大きくなっている。また、放射線照射処理した溶液の生物毒性の変化も検討されている(文献17)。生物毒性評価は発光性細菌試験により行われ、結果として、低線量の放射線照射を行うと、いずれのクロロフェノール水溶液の生物毒性も増加し、線量が400Gyを超えると生物毒性が急激に減少し、最終的には生物毒性がなくなることが明らかにされている。
4.2.3 農薬アトラジンの放射線分解
 濃度が11.63μmol/lのアトラジン水溶液にコバルト60からのガンマ線を照射し、すべてのアトラジンを完全に分解できると報告されている(文献18)。
4.2.4 ポリ塩素化ビフェニル(PCB)の放射線分解
 PCBはカネミ油症事件の原因物質で、今でも古いトランスなどに多量に残っている。PCBを2−プロパノールに溶かしてガンマ線や電子線で照射すると、PCBが効率よく(G値約200-1500)分解され、ビフェニルおよびアセトン等が生成することが明らかにされた(文献19)。この方法によれば、常温常圧しかも閉鎖系で分解反応を行わせるので、原料の回収および多量のPCBの無害処理ができる。
4.3 水中重金属イオンの還元除去
 放射線を利用した水中重金属イオンの還元除去も報告されている(文献20−22)。電子線およびガンマ線が水中鉛イオンおよび水銀イオンの除去に利用できることが明らかにされている(文献20)。また、ガンマ線照射下でAgクラスター、Cd/Cuクラスター微粒子の形成も報告されている(文献21−22)。これらの実験ではOHラジカルの捕獲剤としてアルコール類を添加し、放射線照射により生じた水素原子および水和電子による金属イオンの還元が効率よく進んだと考えられる。最近、亜硫酸ナトリウムの存在下でガンマ線による水中銀イオン、亜鉛イオン、銅イオン、およびコバルトイオンの還元と除去も報告されている(文献23)。
4.4 生活排水の浄化処理
 ロシアでは、低エネルギー加速器(0.3MeV、ビーム出力15kW)からの電子線を実際の生活排水処理に利用する研究が進められている(文献24)。生活排水を空気で噴霧し、形成された微小液滴の流れに電子線を照射することにより、生活排水中の有害物を効率よく分解している。その排水処理能力は500m3/dayで、処理後の水の色、透明度、浮遊物質量、匂い、COD、BOD、硫化物イオン濃度、リン酸塩濃度、塩化物イオン濃度、硝酸イオン、亜硝酸イオン濃度、細菌数等すべての水指標が大幅に改良され、しかもロシアの安全指標範囲内に収まっている(表3)。また、合成洗剤も効率的に除去されている。合成洗剤の濃度を13.25mg/lから0.2mg/lまで低下させるのに必要な線量は2kGy程度である(図5)。
4.5 その他の水処理法との併用
 放射線照射による水中有機物の分解処理はさらにその他の廃水処理技術と結合できる。例えば、放射線照射処理後、化学処理法あるいは生物処理法で処理することにより水中有機物が完全に除去できる。放射線処理はその他の廃水処理で除去できない有機物の除去に最適である。
5.放射線照射処理の経済性
 排気ガスおよび排水中の有害物の処理に放射線を利用する経済性について、具体的なコスト試算のデータがまだ無い。放射線源の建設および維持は大きなコストが必要と思われやすいが、化学処理法や生物化学的な処理法では副生成物の発生およびそれに由来する新たな環境問題が発生する可能性がある。この問題がないのが放射線照射処理法の利点である。
<図/表>
表1 水中ppbレベルの有機塩素化炭化水素の放射線照射分解
表1  水中ppbレベルの有機塩素化炭化水素の放射線照射分解
表2 各種クロロフェノールの放射線照射分解および塩化物イオン生成の半減期とそれらの速度定数の比
表2  各種クロロフェノールの放射線照射分解および塩化物イオン生成の半減期とそれらの速度定数の比
表3 電子線照射処理前後の生活排水の各種指標およびロシアの安全指標
表3  電子線照射処理前後の生活排水の各種指標およびロシアの安全指標
図1 生成した塩化物イオンの濃度と吸収線量の関係
図1  生成した塩化物イオンの濃度と吸収線量の関係
図2 クロロホルムのガンマ線照射分解率と吸収線量の関係
図2  クロロホルムのガンマ線照射分解率と吸収線量の関係
図3 照射したクロロホルム水溶液試料の気相中の水素と酸素の吸収線量依存性
図3  照射したクロロホルム水溶液試料の気相中の水素と酸素の吸収線量依存性
図4 10
図4  10
図5 生活排水中の残留合成洗剤の濃度と吸収線量の関係
図5  生活排水中の残留合成洗剤の濃度と吸収線量の関係

<関連タイトル>
電子ビームを利用した環境保全技術 (08-03-03-01)
放射線照射による下水処理技術 (08-03-03-02)

<参考文献>
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