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<概要>
 各家庭から処理場に流入してくる下水は、微生物で浄化された後、塩素殺菌処理され河川等に放流される。微生物処理の際に生じた汚泥は脱水され、そのまま廃棄されたり、焼却された後、廃棄する等の処理・処分が行われる。また、汚泥の脱水の際に生じた、微生物で分解し難い有機物を大量に含む脱離液は、多くの場合、微生物処理槽に返送され、再度、浄化処理される。これらの処理・処分技術は、環境保全や資源のリサイクルの観点から必ずしも完成されたものではなく、より効果的な技術の開発が社会的課題となっている。放射線は極めて優れた殺菌作用を有しており、また、微生物では分解し難い有機物の分解にも非常に有効である。そこで、これらの作用を下水処理水や下水汚泥の殺菌や、汚泥脱離液中に大量に含まれる有機物の分解処理に役立てることができる。
<更新年月>
2004年11月   (本データは原則として更新対象外とします。)

<本文>
1.下水処理と放射線
 水にガンマ線や電子線などの放射線を照射すると、水分子が分解され、酸化力の強いOHラジカルや還元力をもつ水和電子などが生成する。これらの活性種を利用して水中の汚染物質を分解し、浄化しようとする技術が放射線による上水・排水処理技術である。
 下水道の普及につれて、環境保全並びに資源のリサイクルの観点から、塩素を使わない下水処理水の殺菌技術、下水を微生物で浄化する過程で生じる汚泥の衛生的、かつ、有効な処理・処分術、および汚泥の脱水の際に生じる脱離液の効果的処理技術等の開発が望まれている。
 放射線は強力な殺菌作用を有していることから、処理水や脱水した汚泥の殺菌に利用することができ、また、脱離液中に含まれる、微生物では分解できないような有機物の分解も可能である。
2.下水放流水の殺菌
 下水処理水の放流に関して、わが国では、処理水中に含まれる大腸菌数を3千個/ミリリットル以下とするように法律で規制されている。そこで、通常、処理水を河川等に放流する前に塩素による殺菌処理が行われる。この場合、放流水中に含まれる有機物と添加した塩素との反応により、有害なトリハロメタン等の有機塩素化合物が生成し、環境を汚染する可能性がある。電子線(ベータ線)やガンマ線(γ線)等の放射線照射はこのような殺菌処理に極めて有効で、例えば、1ミリリットルの下水処理水中に含まれる1万6千個の大腸菌を160グレイの低線量で規制値以下に減少させることができ、しかも、有害な有機塩素化合物も生成しない。ここで、グレイ(Gy)とは放射線の量の単位で1グレイは物質1キログラム当たり1ジュールのエネルギー吸収に相当する。
 放射線の殺菌作用に着目して、日本原子力研究所(現日本原子力研究開発機構)と民間企業が共同して電子線による下水放流水の殺菌処理の経済性の検討を行った結果を表1に示す。電子線殺菌、オゾン殺菌、紫外線殺菌のそれぞれの経済性を比較している。放射線殺菌はオゾン殺菌とほとんど同じ経済性であることが示されている。また、電子線殺菌では、殺菌効果の確実性や処理水にオゾンなどのにおいが残留しない点などの特徴があることが明らかとなった。
3.下水汚泥の処理
 下水を微生物によって浄化処理する過程で生じる汚泥は、下水中の有機物を栄養源として増殖した微生物と下水中の固形分が凝集してできたものである。下水汚泥の大部分は表2に示すように陸地や海面への埋立によって処分されているが、悪臭や微生物等による環境汚染と埋め立て地の確保の難しさから、より有効な処理・処分技術の開発が望まれている。下水汚泥は有機物を大量に含んでおり、植物の成長に有効な肥料として利用できることが知られている。しかし、病原菌や寄生虫の卵等が含まれていたり、また、悪臭の発生源になる等の点から農地や緑地に肥料としてそのまま投入することは衛生上問題である。放射線が殺菌や寄生虫卵の殺滅に有効であることは広く知られており、下水汚泥を放射線照射により衛生化処理して、または照射した後、促成堆肥化して、肥料や土壌改良材としてリサイクルする技術の研究開発が日本を始めとする各国で行われた。
 日本で行われた研究結果では、代表的な下水汚泥中には1グラムあたり1億から10億個の菌が含まれており、その10%が病原菌の指標とされている大腸菌である。図1に電子線並びにガンマ線照射による汚泥中の菌数の変化を示す。電子線とガンマ線の殺菌効果はほとんど同一で、同一の線量であれば短時間で照射しても長時間で照射しても差がない。総菌数は10キログレイの照射で10万分の1に減少させることができ、大腸菌は2キログレイの照射で検出されなくなり、寄生虫卵も同時に殺滅できる。
 現在、稼動している放射線による汚泥処理の実用施設としては、1990年に1日110立方メートルの汚泥(固形分4%)をコバルト60線源によりガンマ線照射処理するプラントがインドのバローダに建設された。照射された汚泥は肥料として農地に試験利用されている。また、アルゼンチンでは1997年に1日140立方メートルの汚泥(固形分8%)をガンマ線照射処理するプラントが完成している。
4.汚泥脱離液の処理
 下水を微生物によって処理するときに生じる汚泥や、汚泥を酸素がない状態で微生物によってさらに分解・減量する際に生じる消化汚泥を脱水すると、微生物では分解困難な有機物を高濃度に含む汚泥脱離液が生じる。通常、脱離液には悪臭があり、黒褐色に着色している。この脱離液に空気を供給しながら放射線照射すると、有機物が酸素と反応して低分子の物質となり、微生物で分解できるようになる。例えば、80ppmの微生物難分解性有機物を含む消化汚泥脱離液に10キログレイの放射線を照射してから微生物処理すると難分解性有機物の濃度を1/3程度にまで減らすことができる。

 放射線を用いた水処理技術の実用化は、わが国では、まだ実現されていないが、オーストラリアでは、上水処理におけるトリクロロエチレンなどの除去で、韓国では工場廃水処理のパイロット試験で実現させようとしている。
<図/表>
表1 下水放流水の殺菌処理コストの比較
表1  下水放流水の殺菌処理コストの比較
表2 日本における下水汚泥の処分状況
表2  日本における下水汚泥の処分状況
図1 電子線並びにガンマ線照射による下水汚泥中の総菌数と大腸菌群数の変化
図1  電子線並びにガンマ線照射による下水汚泥中の総菌数と大腸菌群数の変化

<関連タイトル>
電子ビームを利用した環境保全技術 (08-03-03-01)
環境浄化材料の開発と実用化 (08-03-03-03)

<参考文献>
(1)橋本、町:下水処理への電子線の利用、日新電機技報、33(4)、p37-42(1988)
(2)建設省都市局下水道部(監修):日本の下水道 平成9年版、日本下水道協会(1997年1月)、p218.
(3)橋本他:Disinfection of Sewage Sludge Cake by an Electron Accelerator,J.Ferment.Technol.,64(4),p299-304(1986)
(4)新井他:電子線照射と生物処理との組合わせによる汚泥脱離液の処理、水処理技術、31(10)、p541-547(1990)
(5)新井英彦:放射線利用における最近の進歩、第IV章上水・排水処理、日本原子力産業会議 原子力システム研究懇話会、p183-192(2000)
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