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1.世界における食品照射の必要性
全世界で生産される食料の10〜20%以上が毎年虫害や腐敗によって失われている。この食品貯蔵中の虫害や微生物による腐敗防止のためには多くの薬剤が用いられているが、多くの薬剤は害虫や微生物に作用するだけでなく、人間に対しても発癌性を有したり、代謝やホルモン異常をもたらす可能性があることが明らかになっている。例えば、これまで殺虫または殺菌に使用されてきた臭化メチルは単に毒性の問題だけでなく、オゾン層破壊物質として使用しにくくなってきている。このため、臭化メチルは先進国では西暦2005年より使用が禁止されようとしている。臭化メチル等薬剤処理の代替法としては、薬剤と比べ残留性がなく、食品の内部まで均一に処理できる
放射線処理法が国際的に注目されている。サルモネラ等の病原菌による食品由来の病気は世界保健機関(WHO)の統計に示すように(
図1)、先進国で年々増加している。例えば、病原大腸菌O-157:H7による食品由来の病気は米国で大発生し、その後ヨーロッパ諸国やわが国に拡散して、各国に被害をもたらしている。サルモネラや病原大腸菌、腸炎ビブリオ菌、
カンピロバクターなどの非芽胞形成の病原性細菌は、少ない量の放射線(1〜5kGy)で殺菌可能なため(
表1)、放射線処理は食品衛生の確保の手段としても有望である。
2.国連機関の食品照射への取り組み
世界保健機関(WHO)は1960年代より他の国連機関と協力して照射食品の安全性評価に取り組んできている(
表2)。1970年には照射食品の安全性を評価する国際プロジェクトが発足し、1976年のFAO・IAEA・WHO合同専門家委員会では、食品の放射線処理は物理的な処理法であり、食品添加物としての取り扱いは妥当でないと結論した。さらに、1980年のFAO・IAEA・WHO合同専門家委員会では、10kGyまでの照射食品の安全性が確認された。1997年には世界保健機関主催の専門家会議で10kGy以上の高
線量照射食品についても安全性に問題がないと宣言された。1980年の照射食品の安全宣言を受けて、FAO・WHO合同食品規格委員会(
コーデックス)は1983年に照射食品の規格基準を採択し、加盟各国に規格基準の採用を勧告した。さらに、2003年には技術的な目的を達成する上で正当な必要性がある場合には10kGy以上での照射も認められることになった。また、ウルグアイ・ラウンドで採択された世界貿易機関(WTO)の議定書では、食品類の国際間流通はFAO・WHO合同食品規格委員会(コーデックス)の規格基準に従うと記載されており、欧州連合でも香辛料等の照射食品の流通が公認されている。また、モンテリオール議定書では、臭化メチルがフロンと同様にオゾン層の強力な破壊物質であるため、先進国においては2005年より全面的に使用禁止することが決定されている。臭化メチルは農業及び検疫処理に世界各国で使用されていることから(日本での検疫処理量は世界で最も多い)、今後、検疫処理の代替法として放射線処理法が国際的に注目されていくものと思われる。
3.各国における食品照射実用化の動向
食品照射の許可国は、2002年の時点で53か国に達し、100品目以上の食品類が許可されている。食品照射をなんらかの分野で実用化している国は35か国である。そのうちの主要国を
表3に示す。米国では年間約5万トンの香辛料が
放射線殺菌されている。病人食や宇宙食の放射線殺菌も実用化されている。また、生鮮果実や肉類の照射も大規模に実用化され始めている。米国では1986年に食品医薬品局が1kGy以下の低線量照射食品及び30kGyまでの線量での香辛料の放射線殺菌を許可した。その後、鶏肉のサルモネラの放射線殺菌、牛肉や豚肉等の赤身肉の病原大腸菌O-157などの放射線殺菌が次々に許可されている。米国では食品由来の病原菌による被害が深刻な問題となっており、農務省は牛肉や鶏肉などの放射線殺菌等に関する規格基準を1999年12月に制定した。2000年3月より牛挽き肉の商業照射が開始され、米国のほとんどの州の7000以上のスーパーマーケットで照射牛肉が流通し、年間20万トン以上の牛肉が照射されている。また、米国では臭化メチル代替法として青果物の放射線殺虫処理が実用化されはじめており、農務省は外国より輸入される青果物についても放射線処理を認可し、ハワイやフロリダでは熱帯果実の商業照射が行われている。
フランスでは冷凍鶏肉のサルモネラ殺菌を目的として高エネルギー電子加速器(
図2)で年間約1万トン処理している。さらにフランスやオランダ、ベルギーでは香辛料や冷凍魚介類の照射がコバルト60ガンマ線照射施設で大規模に行われており(
図3)、欧州連合内で流通している。最近、欧州連合は香辛料と乾燥野菜の放射線殺菌を認めたため、全加盟国で法制化されている。
アジアでは中国が食糧保存の観点から食品照射推進に熱心であり、ニンニクの発芽防止が年間約7万トン、香辛料や生薬(漢方薬)の殺菌が約1万トンの規模で実用化されている。韓国やタイ、インドネシア、またインドでも食品照射の実用化が始まっており、主に香辛料や発酵生ソーセージ等が照射されている。
南アフリカやイスラエルでも実用照射が行われており、メキシコ、アルゼンチン、チリなどの中南米諸国でも香辛料等の照射が実用化されている。オーストラリアやニュージランドでも香辛料や生鮮果実の照射が許可され、輸出用を中心に商業照射が始まっている。
東南アジアや中南米、米国、オーストラリア、イタリアなどミバエ類が生息している地域では検疫を目的とした放射線処理法を臭化メチル代賛法として検討しており、2003年には放射線殺虫に関する国際的な規格基準が採択されている。
食品および生鮮果実の照射例を
図4に示す。米国、フランス、中国、オランダ、南アフリカ、タイなどでは、香辛料、乾燥野菜、牛肉、鶏肉、ニンニク、マンゴー、バナナ、えび、蛙の脚、発酵豚肉ソーセージなどの照射食品が、日常的に市場で販売されている。これらの照射食品は、照射処理した旨とその目的を表わす表示をして、非照射のものと並べて売られている。
<図/表>
<関連タイトル>
動物用飼料の放射線処理 (08-03-02-03)
米国における食品照射の動向 (08-03-02-06)
国際原子力機関(IAEA) (13-01-01-17)
国連食糧農業機関(FAO) (13-01-01-20)
世界保健機関(WHO) (13-01-01-21)
<参考文献>
(1)世界保健機関:照射食品の安全性と栄養適性、コープ出版 (1996年)
(2)伊藤 均:食品照射の新しい展開と可能性、原子力eye、44(8)、p.60 (1998)
(3)伊藤 均:食肉製品における電子線殺菌の可能性、月刊フードケミカル、No.6、p.23(1998)
(4)伊藤 均:食品照射の最近の話題−ICGFI総会に出席して−、放射線と産業、No.70、p.27 (1966)
(5)伊藤 均:食品照射の基礎と安全性、JAERI-Review 2001-029(2001)
(6)国際食品照射諮問グループ:わかりやすい食品照射 平成10年度改訂、FAO/IAEA原子力利用食品農業共同事業部、p.15,38、または