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<概要>
 世界的な人口増加に伴い食料需給が急激に増大している。食料消費は、自国内の地産地消型から世界の輸出入型に変わりつつあって、食料・食品の輸送・保存中の病虫害に対応できるそれらの保存技術の必要性が増大している。食料・食品の輸出入大国の米国では、その必要性が特に高い。米国は、1960年代から食品照射技術の開発に力を注いできた。1984年に保健福祉省(HHS)の食品医薬品局(FDA)は、59kGyの高線量による冷凍食鳥肉の慢性毒性試験、慢性致死試験、世代試験、発がん性試験、変異原性試験に問題は無かったと発表した。これ以降、食品照射の許可が増えた。2014年までに、馬鈴薯の発芽防止、害虫駆除、食肉の寄生虫の駆除、殺菌等を含め16の照射許可が下りている。その他、病人食や米航空宇宙局(NASA)の宇宙食の殺菌に食品照射が利用されている。食料・食品の輸出入はさらに増大が予想され、米国における食品照射の役割は今後さらに増大すると予想される。
<更新年月>
2015年09月   (本データは原則として更新対象外とします。)

<本文>
1.食料需給と輸出入
1.1 世界の食糧事情
 世界人口は2000年の61億人から2050年には92億人に増加し、食料需給は2000年の45億トンから2050年には69億トンに増加すると予想されている。一方、食料生産量は穏やかな増加で推移すると見込まれることから、世界で食料・食品の輸出入は増大することになる。その輸送の間に、食品の25%は病虫害により廃棄される可能性が高い。古くからの食品の保存技術には、化学的な方法には発酵、燻蒸、殺虫・防黴剤の利用等があり、物理的な方法には乾燥・脱水、熱処理、密閉(低酸素)、低温貯蔵等の技術があり、さらにそれらを組み合わせた方法がある。それぞれの技術にはそれぞれの特徴があるが、さらに、大量処理が可能な平易で有効な技術の開発・利用が、大量の食品輸出入に望まれている。
1.2 米国の食品輸出入
 図1は、米国の農産物の輸出と輸入の推移を示す。輸出量は2000から2014年の間に平均8%の割合で増加し、一方、輸入は7.8%の割合で増加した。農産物の輸出入では、米国は世界216カ国中の最大の輸出国であり、また最大の輸入国である。図2は米国の主な輸出食品の推移を示す。全般に着実な増加がうかがえる。主な輸出品は、小麦、大豆、綿花、飼料及びその加工品で、総額2014年には約1,497億ドルになった。輸入品目は輸出と同様であるが、40%は果物、野菜、ナッツ、ワイン、コーヒー、ココア、ゴム等の園芸作物、21%は砂糖、コーヒー、ココア、ゴム等の砂糖・熱帯産物であった。その他は野菜油、穀物製品、牛・羊肉、乳製品などで、近年その割合は増加している。
 食品消費は、国内地産地消型から世界輸出入型に変わりつつあり、輸送・保存中の病虫害に対応できる食品保存技術の必要性が増大している。輸出入大国の米国では、その必要性は高い。
2.放射線の農業分野での利用
2.1 農業分野の利用概況
 1895年のX線の発見以来、様々な分野で放射線の利用が検討された。農業分野では、放射線による品種改良が世界で進められ、既に2000種を超える新品種が作出されている。また特定の害虫を駆除するために、放射線を利用した不妊虫放飼法はウリミバエ、ラセンウジバエ等の駆除に利用され成果を上げている。放射線照射による食品の病虫害低減方法は1910年代から開発が始まり、米国はいち早くこの問題に取り組んだ。
2.2 食品照射技術の開発
 表1は米国と世界の食品照射に関する主な経緯を示す。1916年に、米農務省のG.A.ランナーは、X線照射によるタバコシバンムシの卵、幼虫、成虫の駆除を報告した。この方法は、1929年、アメリカ・タバコ・カンパニーにより葉巻の殺虫・殺卵処理に利用された。1943−1945年頃から米国は食物照射に関連する研究開発に力を注いだ。1952年、米BNLのA.H.スパローとH.クリステンセンは、馬鈴薯の発芽防止に対するX線照射の有効性を報告した。これを契機に、世界で食物の照射・保存研究が本格化した。また米国は、1950年頃から原子炉による照射用線源の製造を開始した。
2.3 照射食品の安全性
 国際的には、1961年にFAO(国連食糧農業機関)、IAEA(国際原子力機関)及びWHO(国連世界保健機関)が食品照射の安全性等の検討を開始し、1980年に10kGy以下の照射食品の安全性を勧告した。1983年にはコーデックス(Codex、国際食品規格委員会)が照射食品の安全性を確認した。1997年には、FAO・IAEA・WHOの高線量照射に関する合同研究部会が上限10kGyの撤廃を勧告している。表2は、多くの試験・検討から得られた照射線量と対象食品の関連を示す。また、表3は、食品照射に関する健康影響の試験・検討結果を示す。制御された照射食品は、健康に影響しないことが判る。
3.米国の食品照射の検討と利用
3.1 食品照射の安全性と法規制
 食品医薬品庁(FDA)は、1979年に照射食品委員会(BFIFC:Bureau of Foods Irradiated Food Committee)を設置した(表1)。この委員会は照射食品の安全性を評価し1980年に以下の内容の報告をまとめた:[1]1kGy以下の照射食品では放射線特有の分解生成物の生成は僅少で毒性試験の必要はないが、1kGy以上の照射食品では遺伝学的検討が必要である、[2]10kGy以下の照射食品に最大0.03%の放射線特有の分解生成物ができるので検討を要する、[3]50kGyの照射食品は全食事量の0.01%以下なら安全である。
 1982年に、FDAは既存の毒性試験結果を検討し以下を報告した:(1)55.8kGy照射の牛肉の亜慢性毒性試験では悪影響は見出されない、(2)59kGy照射の食鳥肉と55.8KGy照射の牛肉の繁殖試験、催奇性試験、慢性毒性試験及び変異原性試験に悪影響は見出されない。
 1984年にFDAは、[1]1kGy以下の照射による発芽防止、生鮮果実の熟度調整・殺虫処理を暫定的に許可し、30kGy以下の香辛料や乾燥野菜の処理を暫定的に許可した。また、FDAは、[2]59kGy照射による冷凍食鳥肉に、慢性毒性試験、優性致死試験、世代試験、発がん性試験、変異原性試験に問題はないと発表した。これ以降、食品照射の許可が増えた。
 米国の農務省(USDA)の植物検疫局(APHIS)と食品医薬品局(FISI)、保健福祉省(HHS)の食品医薬品局(FDA)は食品の照射処理に関し、表4に示す法規制・ガイドラインを決めて照射条件、照射施設管理、照射食品のモニタリング、輸入食品の監視を行っている。
3.2 照射許可品目と現状
 表5は、食品医薬品局(FDA)が許可した食品類の照射目的と上限線量を示す。香辛料類は、1986年に許可された。肉類では、1985年に豚肉の寄生虫の殺虫のため、1997年に冷凍肉の殺菌が、2012年に冷蔵食鳥肉の殺菌と畜肉製品の殺菌処理が許可され、また、2014年にはエビ、カニ等の甲殻類の殺菌照射が許可された。生鮮果実・野菜は、1986年に発芽防止・熟度調整及び殺虫処理のための照射が許可された。
 2005年には香辛料8.0万トン、牛ひき肉及び食鳥肉0.8万トン、果実・野菜類0.4万トン、合計9.2万トンが照射処理された。2010年には10.3万トンに増加しているが、米国内の照射量は2005年とほぼ同量と見られている。増加分は、主にアジアや中南米からの照射済み輸入果実によるもので、輸入前に米国のAPHIS(輸入動植物の検疫機関)と輸出国の担当機関が照射施設を検査することに依る。表6は輸入食品の管理状況を、国際的な照射食品のロゴマーク「Radura」と合わせて示す。
 米国では、許可が直ちに商業照射・生産に結びつくわけではないが、世界的な食料需給の増大により今後さらに照射食品は増加すると見込まれる。
(前回更新:2005年6月)
<図/表>
表1 米国と世界の食品照射に関する主な経緯
表1  米国と世界の食品照射に関する主な経緯
表2 食品照射の線量区分と品目
表2  食品照射の線量区分と品目
表3 食品照射の健康影響の課題と試験・検討結果
表3  食品照射の健康影響の課題と試験・検討結果
表4 米国、食品照射の法規制、ガイドラインなど
表4  米国、食品照射の法規制、ガイドラインなど
表5 米国食品医薬品局(FDA)が許可した食品
表5  米国食品医薬品局(FDA)が許可した食品
表6 米国の照射食品輸入の管理状況(2010年)
表6  米国の照射食品輸入の管理状況(2010年)
図1 米国の農産物輸出入の推移(2000〜2014)
図1  米国の農産物輸出入の推移(2000〜2014)
図2 米国の農産物輸出の品目別推移(2000〜14年)
図2  米国の農産物輸出の品目別推移(2000〜14年)

<関連タイトル>
食品に対する放射線照射(食品照射) (08-03-02-01)
海外における食品照射の現状 (08-03-02-05)
照射食品の安全性と利用の動向 (08-03-02-07)
電子スピン共鳴法による照射食品の評価 (08-03-02-08)
わが国における食品照射技術の開発(その1)初期の研究とナショナルプロジェクト (08-03-02-09)
わが国における食品照射技術の開発(その2)1980年以降の研究開発 (08-03-02-10)

<参考文献>
(1)USA FDA,Food and Drug Administration:Food Facts,Food irradiation、http://www.fda.gov/downloads/Food/IngredientsPackagingLabeling/UCM262295.pdf
(2)日本食品照射研究協議会:「食品照射研究の歴史と現状」、食品照射、49(1)、47-119(2014)
(3)内閣府食品安全委員会:ファクトシート、「放射線照射食品(概要)、平24、6.14、https://www.fsc.go.jp/sonota/factsheets/f06_food_irradiation.pdf
(4)厚労省:「食品への放射線照射についての科学的知見のとりまとめ業務報告書」、pp.35-39(平成20年3月株式会社三菱総合研究所(平成22年5月改訂))、http://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/iyaku/syoku-anzen/housya/houkokusho.htmlhttp://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/iyaku/syoku-anzen/housya/dl/houkokusho06.pdf
(5)久米民和:「世界における食品照射の処理量と経済規模」、食品照射、43、46-54(2008)
(6)IAEA:Irradiation of bulbs and tuber crops,IAEA-TECDOC-(1997)
(7)小林、菊地:「食品照射」、放射線科学、88、18-27(2009)、http://www.radiation-chemistry.org/kaishi/088pdf/88_18.pdf
(8)伊藤:放射線と産業、121、pp.38-41(2009)
(9)米国農務省(US DA):Economic Research Service(ERS),Agricultural trade、http://www.ers.usda.gov/data-products/ag-and-food-statistics-charting-the-essentials/agricultural-trade.aspx
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