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1.設立の経緯と目的
世界保健機関(WHO:World Health Organization)は、1946年にニューヨークで開催された国際保健会議で採択された世界保健機関憲章に基づき、世界の全ての人々の健康の保護、増進のための国際保健活動を計画、実施、調整することを目的に、国際連合(United Nations)の一つの専門機関として1948年4月7日に設立されている。「すべての人々が可能な最高の健康水準に到達すること」(憲章第1条)を目的としている。使われている紋章は、国連紋章の中央に医術の神といわれているヘビとギリシャの医神イスキュレピアス(Aesculapius)の杖を配したものである。
2.組織機構
WHOは2015年6月現在194の加盟国と2つの準加盟地域(プエルト・リコ(米)とトケラウ諸島(米))で構成され、毎年1回5月にジュネーブで世界保健総会(World Health Assembly)が開催され、WHOの活動内容を審議し、基本方針、事業計画、予算を決定している。総会を補う組織として総会で選出される34ヶ国が推薦する執行理事会が設けられており、これは毎年1月と5月に開催される。理事会は、総会に提出する重要議題の準備、総会で審議されない細かな問題を審議する。
総会や理事会で決定されたことを実施するのが事務局で、その事務局長は総会によって任命されている。事務局の本部はスイスのジュネーブに在り、また、アフリカ、アメリカ、東地中海、ヨーロッパ、南東アジア、西太平洋など6ヶ所の地域事務局と癌研究所(International Agency for Research on Cancer:IARC フランス)がある。さらに、WHO健康開発総合研究センター(WHO Centre for Health Development、通称「WHO神戸センター」)、WHO健康開発研究欧州事務所など多くの連絡事務所が世界各地に設置されている。世界保健機関事務局の組織図を図1に、日本が含まれる西太平洋地域事務局の組織図を図2に示す。
日本は1951年5月16日に加盟が承認され、マニラに事務局をおく西太平洋地域に属している。国内では、国立予防衛生研究所、癌センター、各大学医学部などの機関がWHOの協力センターとして指定され、ウィルス性疾患、癌、肝炎、職業衛生などのテーマについてWHOに協力して研究、情報交換などを行っている。日本の協力としては、ジュネーブ本部の第4代事務局長に1998年7月まで中嶋 宏氏が2期10年間務めた。2015年9月現在、第7代事務局長としてマーガレット・チャン氏が就任している。1999年2月に西太平洋地域事務局長に尾身 茂氏が就任した(2009年まで)。2015年現在、シン・ヨンス氏が就任している。ジュネーブの本部や西太平洋地域事務局(WPRO)などには50名程度の日本人スタッフが派遣されている。1996年3月には、兵庫県、神戸市、地元経済界の支援を得て、神戸市にWHO神戸センター(WHO Centre for Health Development)が開設され、健康開発に関する学際的研究機関として、特に社会の都市化と高齢化に関する問題に焦点を当てた健康指標作りや研究ネットワークの構築に努めている。
3.事業活動と予算
WHOは、国際保健事業の指導・調整機関として機能することになっており、各国と各種の国際協力事業を行っている。主な事業活動は、(1)医学情報の総合調整、(2)国際保健事業の指導的且つ調整的機関としての活動、(3)保健事業の強化についての世界各国への技術協力、(4)感染症及び他の疾病の撲滅事業の奨励・促進、(5)保健分野の研究の促進・指導、(6)生物学的製剤及び類似の製品、食品に関する国際的基準の発展・向上などである。一方、加盟国に対しては、分担金の拠出や保健衛生関係の情報提供が義務づけられている。
WHOの予算は、加盟国の義務的分担金(各国の分担率は国民所得等に基づいて算定される国連分担率に準拠)により賄われる通常予算と加盟国及び民間団体等からの任意拠出に基づく予算外拠出金からなっている。2004/2005年一般会計予算は2年間の総額で8億8011万ドルである。2003年の分担金上位国は、1位 米国(分担率22.0%)、2位 日本(分担率19.4%)、3位 ドイツ(分担率9.7%)、4位 フランス(分担率6.4%)、5位 イギリス(分担率5.5%)であった。日本の分担金は年度によって差異があるが、およそ50億円で分担率は20%前後である。WHOの総予算規模は2014−2015年で約6億8,400万ドルである。各種機関、団体からの寄付金を加えると、総予算は約40億ドルになる。
4.原子力分野の国際協力活動
WHOは、放射線の健康被害に関連し、放射線防護指針の作成、従事者の訓練や諸国における放射能汚染物質の収集・分析等を行っているほか、国際原子力機関(IAEA)と連携して放射線の医学利用分野における放射線の開発利用にも努めている。具体的には、核兵器爆発の際の防護の手引き、核テロや汚い爆弾などに関する情報を提供している。
4.1 放射線緊急時対策支援ネットワーク
放射線緊急時の医療対策を促進するため、あるいは、放射線源などからの過剰被ばくがあった場合に支援と助言を与えるため、WHOはネットワークを構築している。放射線緊急時対策支援ネットワーク(Radiation Emergency Medical Preparedness and Assistance Network of WHO:REMPAN)は、2004年3月現在14ヶ所(10ヶ国)のWHO協力センター(Collaborating Centre)と13ヶ所(11ヶ国)の連絡研究所(Liaison Institute)から構成されている。日本では、広島の放射線影響研究所が協力センターに、放射線医学総合研究所が連絡研究所にそれぞれ参画している。
ネットワーク化されたそれぞれの放射線緊急対策支援では、(1)放射線障害についての指導・訓練及び医療措置の実施、(2)大規模な放射線事故時における緊急医療対策計画の確立への支援、(3)放射線の影響についての病理学的、疫学的調査、および(4)活動のための参考資料やガイドラインの作成、セミナーやワークショップの開催などの事業活動が行われている。また、実際に放射線事故が発生した場合に、各センターでは、オンサイト緊急処置チームを編成し、放射線モリタリングと汚染状況の調査を行い、患者の輸送、医学的調査ならびに治療のための設備および医師、看護婦等の派遣を行い、さらに、その後のフォローアップのために適切な医療処置を行う。
4.2 チェルノブイル事故の健康影響に関するWHO国際プログラム
1986年4月26日のチェルノブイル原子力発電所事故発生後、1991年から1996年まで次の目的達成のために、このプログラムが進められた。
(1)チェルノブイル事故の健康影響について、WHO加盟国の研究者や専門家等による調査協力を促進し、心理的影響のリハビリテーションを含む被ばく者の医療を行う。
(2)放射線の影響、特に長期の低レベル放射線被ばくの影響について、放射線生物学、疫学、精神病学、神経学、病理学、癌発生学、免疫学、内分泌学、遺伝学、血液学、医学的心理学、社会心理学等の分野についての基礎知識の拡大・浸透を図る。
(3)チェルノブイル事故の経験を通じ、WHO加盟国の放射線緊急時対策の改善を図る。
(4)放射線疫学手法の適用について調和を図り、健康状況の評価と予測のためのデータベースの開発・拡大を行う。
(5)放射線障害について公衆の理解を促進し、健康問題の専門家と一般公衆への教育を進める。
なお、1996年にはIAEA/WHOチェルノブイル事故10年の総括報告書が提出された。さらに、国連は2005年9月、「チェルノブイルの遺産」“Chernobyl’s Legacy:Health,Environmental and Socio−Economic Impacts”と題する最終ともいえる報告書を発表した。史上最悪の原子力災害となったチェルノブイル原子力発電所事故から20年を迎え、その影響を健康、環境、経済など総合的、且つ客観的な視点でまとめた内容である。報告書は3巻600ページもの分厚いもので、健康、環境、原子力など8つの国連機関、およびベラルーシ、ウクライナ、ロシア3政府の意見一致を反映したものである。
因みに、WHO憲章の精神を広く普及することを目的に、日本WHO協会という公益法人が1965年京都に設立され、広報誌の発行、講演会の開催、正しい健康情報の普及など多くの活動を行っている。社団法人日本WHO協会のホームページ、http://www.japan-who.or.jp/
(前回更新:2005年10月)<図/表>