<大項目> 放射線利用
<中項目> 放射線利用の基礎
<小項目> 放射線源
<タイトル>
身元不明線源 (08-01-03-18)

<概要>
 医療、工業、さらに研究や教育などの場で放射性核種を用いた放射線源(以下、線源という)が広く使用されている。これらの線源は、紛失、盗難等の何らかの理由で線源として認識されなくなり、さらには管理されない状態になることがある。そのような状態にある線源を身元不明線源と呼ぶ。放射線を出しているという認識がないことから、高いレベルの被ばくをもたらすことがあり、放射線障害を伴う事故となることもある。
 今日、放射線源の利用が進み、その方法も多様化している。それを反映して身元不明線源の数も増大していると考えられ、それによる被ばく事故が世界中でしばしば発生しており、国際原子力機関(IAEA)等も注意を喚起している。線源の使用者は、使用している線源が身元不明線源になることがないよう、安全な形で廃棄を完了するまで十分に管理する必要がある。
<更新年月>
2012年02月   

<本文>
1.身元不明線源(Orphan Source)とは
 線源として認識されなくなり、あるいは管理から免れてしまった状態にある線源を、英語ではOrphan Source、日本語では「身元不明線源」と呼んでいる。英語のorphanとは名詞として「孤児、みなしご、保護を奪われた人」、また、形容詞として「親のない、保護を奪われた」との意味をもつ。
 身元不明線源とは、一般的に、次のようなものである。
(1)規制による管理を過去に受けたことのない線源
(2)過去に規制による管理を受けたことがあるが、廃棄したり、紛失したりあるいは誤配置されてしまった線源
(3)盗難あるいは正当な手続きなく撤去された線源
2.問題を検討する理由
 放射線は医療、産業、あるいは研究開発において広く利用されており、現代社会において重要な役割を担っている。放射線の線源としては、レントゲン装置、加速器のような放射線発生装置のほか、コバルト60のような放射性核種を線源として封入した装置が用いられることが多い。放射線発生装置の場合、使用後に装置を停止させれば放射線の発生はなくなるが、放射性核種を用いた線源の場合には、常に放射線が出続けるので使用後の安全管理は線源を遮蔽することによってなされる。世界全体ではきわめて多くの放射性核種を含む線源が利用されており、このことはきわめて多くの線源が製造され、貯蔵され、そして廃棄されていることを意味している。
 大量の放射線を人体が受けると放射線障害が発生する。したがって、放射線の利用に当たっては、人体に障害を与えることのないよう、安全に十分配慮することが求められている。ところが、何らかの理由で線源として認識されず、適切な管理から外れてしまう場合がある。このような事態では、思いがけず大量の線量の被ばくを引き起こし、結果として死亡を含む深刻な事故に至る可能性がある。典型的な状況は1980年代にブラジルで発生した事故に見られる。(ATOMICAデータ「ブラジル国ゴイアニア放射線治療研究所からのセシウム137盗難による放射線被ばく事故 (09-03-02-04)」を参照)
 ブラジルのゴイアニア市の放射線治療をする病院が1985年に他の場所に移転したが、その際、そこで使用されていた放射線治療用線源137Cs(5×1013ベクレル)が正しく廃棄されずに病院跡の建物内に残され、適切な管理を免れて身元不明線源となった。1987年になって二人の男が病院跡に入り、それが放射線源であることを知らずに治療装置をこじ開け、ステンレス製の線源を価値あるものかも知れないと思って持ち出した。その後に線源のカプセルを壊し、内部の放射性塩化セシウム粉末が環境に放出されるという事態に至った。結果的に多くの公衆が外部被ばくあるいは内部被ばくした。14人が過剰被ばくし、その中の4人は被ばく後一ヶ月以内に死亡した。112,000人についてモニターを行い、249人が汚染していることが分かった。地域の環境汚染も見つかり、除染作業により5000立方メートルの廃棄物が発生した。これは大規模な身元不明線源問題の典型的事例として知られている。
 わが国でも1971年に、千葉県のある造船所の構内で一人の工員が15cmほどの棒状の金属を拾い、好奇心からズボンのポケットに入れて持ち歩いた。その後も数人の友人が放射性物質であるとの認識がないままその金属に触ったりした。結果的に種々の急性放射線障害が生じ、後には障害度の高い指の切断を余儀なくされる事態に至った。拾ったものはイリジウム192(2×1011ベクレル)を用いた非破壊検査用線源であり、使用者がなんらかの理由で紛失したものであった。(ATOMICAデータ「千葉市におけるイリジウムによる放射線被ばく事故」(09-03-02-11)を参照)
 線源管理の失敗に基づくこの種の事故は意外に多く、1983年のメキシコでのコバルト60汚染事故、1984年のモロッコでのイリジウム192による被ばく事故、1990年のイスラエルでの放射線滅菌施設におけるコバルト60による被ばく事故、1993年のトルコでのコバルト60による被ばく事故、1994年のエストニアでのセシウム137による被ばく事故、1997年のグルジアのトビリシでの旧ソビエト軍用基地におけるストロンチウム90等の5核種による多核種汚染事故、1998年のスペインでのセシウム137焼却事故、1999年のペルー、エジプトでのイリジウム192による被ばく事故、2000年のタイにおけるコバルト60による被ばく事故などが挙げられる。身元不明線源に関係した事故例を表1に示す。
 この問題を重視しなければならないもう一つの理由は、物品が大量に輸出・輸入され世界中を動き回る現代社会において、ある国において一度身元不明線源が生じるとそれは容易に国境を越え、思わぬ場所で汚染が発生する可能性があるということである。
 放射性核種を含む線源は、使用目的によりきわめて多様である。医学領域では放射線治療が中心で、大線源を体外からの照射線源として用いる(遠隔治療)か、あるいは比較的小線源を体内に挿入(腔内治療、ブラキセラピー)して使用する。産業用では工業製品や農産物の照射、放射線写真撮影(ラジオグラフィ)あるいは各種の測定器(ゲージ)に使用されている。また、軍事用にも使用されている。用いられている放射性物質の種類も、その量も多様である。線源としての形状、大きさ、装置の中での線源への接近のしやすさも多様である。特徴的なことは、これらの線源あるいはその容器の多くは一般に外見に汚れがなく、金属スクラップとしての価値を有することから、盗難の対象となり、さらには金属としてのリサイクルに組み入れられることが多いことである。
3.IAEAを中心とした身元不明線源に関する活動状況
 身元不明線源が放射線安全にとって重大な問題であり、また国境を越えた問題になりやすいことから、国際原子力機関(IAEA)はこの問題に強い関心を持ち、種々の活動を行っている。2000年には、人に健康障害をもたらす可能性のある放射性線源の管理に関連して「放射線源と放射性物質の安全に関するアクションプラン」を定め、安全の確保を期している。そこでは
 ・規制の枠組み
 ・使用済み線源の管理
 ・線源の分類
 ・異常事態に対する対応
 ・情報交換
 ・教育と訓練
 ・国際的取組み
について規制当局がとるべきアクションについて定めている。
 規制の枠組みについては基本安全基準(BSS:Basic Safety Standard)に基づいて、各国が作る規制体系に助言するサービスを実施している。使用済み線源の管理では、技術書(Technical Document)などの刊行により、使用済み線源の製造者への返還、線源を含む装置の長期保管、廃棄等に関わる措置についての知識の普及を図っている。
 線源の分類では、身元不明線源への対応を次のように分類している。人体への影響を与える可能性のある放射線源を順位付けし、5つのカテゴリに分類する(表2)。
 カテゴリ−1(高リスク):RI発電器(RTG)、遠隔治療用線源、照射用線源、ガンマナイフなど
 カテゴリ−2(中リスク):工業用ラジオグラフィ線源、高線量率及び低線量率ブラキセラピー線源など
 カテゴリ−3(低リスク):低放射性線源を装備した固定型工業用計測装置、油井穿孔用線源など
 カテゴリ−4:低線量率ブラキテラピー、厚み計/レベル計、携帯型密度計、骨密度計、静電気除去器など
 カテゴリ−5:蛍光X線分析装置、永久インプラント線源など
 カテゴリは、放射線源の管理レベルの低下に伴う社会的又は経済的な影響について考慮されていないため、それを評価する手段として4つのセキュリティグループを定めて分類されている(表3)。こうした分類は種々の安全対策を考える上で参考になるものであり、各国のあるいは地域の特性を配慮して分類を考えておくことが具体的安全対策のために必要である。
 異常事態に対する対応では、次のような要点をあげている。
(1)不十分な貯蔵など不安全な状態にある線源を確かな管理の下に戻すための行為
(2)廃棄された線源の存在が疑われる場所の調査計画
(3)国境、スクラップ置き場、埋立地あるいは焼却炉等での検出システム
(4)不法取引の情報収集
(5)必ずしも緊急事態とはならない異常事態への対応策の準備
 このほか、情報交換、教育と訓練、国際的取組みなどについて、IAEAとして種々の事業を展開している。
 IAEAの事業は、本質的にはコンサルタント事業であるが、加盟国等から身元不明線源問題の存在が報告され、協力を依頼された場合、IAEA職員あるいは国際的なチームを組織して派遣するなど、線源の捜査あるいは撤去等の実務的努力も行っている。
 近年はテロとの関係でも線源の管理に関心が向けられている。IAEAは、核物質あるいは放射性物質を用いたテロや核物質あるいは放射性物質の悪意の利用を防止するため、物理的防護を中心とする線源セキュリティの重要性の見直しを新たに行っている。加えて、事務総長は「核テロに対しての防護に向けての対策の進歩」という報告を出すなどさまざまな活動を強化している。なお、セキュリティとはセイフティと少し異なった概念を持ち、線源のセキュリティとは線源の非認可所有の防止を意味し、線源の不法入手あるいは不法所有の規制を徹底することにある。
 IAEAの総会で核セキュリティの問題が取り上げられ、規制の枠組み、線源管理、情報管理など多くの課題に各国が取り組んでいる。第1回目の行動計画が2005年(GOV/2005/50)に報告され、第2回目の行動計画が2006年から3年間(GOV/2006/46-GC(50)13,GOV/2007/43-GC(51)15,GOV/2008/35-GC(52)12)に報告され、そして第3回目の核セキュリティ行動計画(2010年〜2013年)が進行している。
4.日本における日本保健物理学会を中心とした活動状況
 わが国でも身元不明線源問題に対する関心は深い。日本保健物理学会では学会内に「身元不明線源問題検討委員会」を設けて、身元不明線源による被ばく事故を起こさないための措置と、万が一発生した場合、被害を最小限に抑えるために必要な対策について社会に提言するための検討を行っている。2001年4月から2002年3月までに行った活動成果が報告書として取りまとめられ、次の5つの提言が示されている(参考文献1)。
(1)すべてのスクラップ業者を対象としたネットワークづくりを進めるべきである。
(2)輸入スクラップに含まれる可能性のある強い線源からの事故を防止するための効果的な方法として、水際でのモニタリング体制を整備する必要がある。
(3)スクラップ業者が身元不明線源を発見した場合、規制の対象となっている線源については日本アイソトープ協会が自主的に回収できる体制を目指す必要がある。
(4)規制対象から除外されている線源や免除されている線源は、通常の非放射性廃棄物と同様の扱いとすることを学会は勧告する。
(5)警察や消防の関係機関に対して、放射性物質が疑われる事件が発生した場合に対応できる基準化したマニュアルの作成とその存在の社会的認知を進めるべきである。
 わが国では大量の物品の輸出入があることから、海外から持ち込まれるものに対する関心が強いが、具体的な対応策として税関ではサーベイメータを準備したり、放射能探知システム(ATOMICAデータ「放射能探知システム (09-03-03-07)」を参照)を設置したり、スクラップ業界では日本アイソトープ協会と共同して問題が発生したときのマニュアルを整備するなどの作業が行われている。行政レベルでは問題の十分な認識はなされているが、もともと身元不明線源は法規制等が遵守されずに発生することを考慮すると、法令での対応にはなじまない問題であるとも考えられ、発生後の対応に関する新たな法規の必要性などは今後の検討課題となっている。
5.まとめ
 身元不明線源を生じさせないためには、厳正な線源管理が基本であり、次いで身元不明線源が生じた場合には被ばくあるいはそれによる被害を最小に抑えることが重要である。さらに、IAEAは異常事態に対する対応のひとつとして「必ずしも緊急事態とはならない異常事態への対応策の準備」が重要であることを指摘している。身元不明線源の問題が起きると放射線による被ばくあるいはリスクのレベルに関係なく社会的関心を呼びやすい。その線源によってもたらされる実際のリスクに比べて、より大きな懸念を社会が抱くことが多い。異常事態ではあるが線量寄与がきわめて低く緊急事態とは考えられない状況に対する対策を十分に立てておき、この点に関して社会の理解を得ることが本当の意味の放射線安全にとってきわめて重要である。
 使用者は多様化した多数の線源を取り扱うとき、身元不明線源が生じやすいということを十分に認識する必要があり、放射線安全関係者すべてがこの問題に関心を持ち続けることが必要である。
(前回更新:2004年1月)
<図/表>
表1 世界における主な身元不明線源の事故例
表2 放射線源の危険性と具体例
表3 セキュリティグループごとの遂行目標

・図表を一括してダウンロードする場合は ここをクリックして下さい。


<関連タイトル>
ブラジル国ゴイアニア放射線治療研究所からのセシウム137盗難による放射線被ばく事故 (09-03-02-04)
メキシコ/米国におけるコバルト60で汚染された製品による市民の被ばく (09-03-02-10)
千葉市におけるイリジウムによる放射線被ばく事故 (09-03-02-11)
放射線利用における放射線被ばく事故 (09-03-02-15)
タイ王国におけるコバルト60による放射線被ばく事故 (09-03-02-17)
金属スクラップに混入した放射能 (09-03-02-18)
放射能探知システム (09-03-03-07)

<参考文献>
(1)日本保健物理学会:身元不明線源問題検討委員会報告書(2002年5月)、

(2)IAEA:Measures to strengthen international co-operation in the nuclear, radiation and waste safety; The safety of radiation sources and the security of radioactive materials. http://www.iaea.org/About/Policy/GC/GC43/Documents/gc43-10.pdf
(3)IAEA:Measures to strengthen international co-operation in the nuclear, radiation and waste safety; The action plan for the safety of radiation sources and security of radioactive materials. http://www.iaea.org/About/Policy/GC/GC44/Documents/gc44-7.pdf
(4)IAEA:Nuclear security - Progress on measures to protect against nuclear terrorism; Report by the Director General. http://www.iaea.org/About/Policy/GC/GC47/Documents/gc47-17.pdf
(5)IAEA: Orphan radiation sources raise global concerns, p.18-21, IAEA Bulletin 41/3/1999
(6)IAEA:The evolving new international dimensions, p.39-48, IAEA Bulletin 43/4/2001
(7)文部科学省科学技術・学術政策局:放射線源の安全とセキュリティに係る検討状況、http://www.aec.go.jp/jicst/NC/senmon/bougo/siryo/bougo01/siryo5.pdf
(8)内閣府原子力政策担当室:放射性物質の防護に関する国際的な動向等について
(9)IAEA: IAEA-TECDOC-1355 Security of radioactive sources, Interim guidance for comment, http://www-pub.iaea.org/MTCD/publications/PDF/te_1355_web.pdf
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