<大項目> 放射線影響と放射線防護
<中項目> 原子力施設による健康影響
<小項目> 放射線事故
<タイトル>
メキシコ/米国におけるコバルト60で汚染された製品による市民の被ばく (09-03-02-10)

<概要>
 1983年12月メキシコのヤレス(Ciudad Juarez)市で、放射線治療装置が病院の倉庫から持ち出され、スクラップ業者に売却されて解体された。この装置の線源容器はスクラップ業者に持ち込まれる途中で破壊され、その中に含まれていたコバルト6060Co)のペレットは運送中に散逸して道路や住宅地に散らばったり、スクラップ業者が売却した製鋼所で屑鉄といっしょに溶解されて数千トンの放射能汚染鉄材となった。この汚染鉄材で作られたスチール製品はメキシコと米国で販売されて、一般市民が被ばくすることとなった。この汚染事件が発覚したのは、翌年1月に汚染スチール製品を運送中のトラックがたまたま道を誤って米国ロスアラモス研究所にさしかかり、そこの放射線モニターの警報が鳴り出したからであった。この事故による被ばく者は数千人に上り3〜7Svの高線量の被ばく者もあったが死者はなかった。この事件を契機に米国では国境における放射能汚染物品の検査体制が整備された。
<更新年月>
1999年03月   (本データは原則として更新対象外とします。)

<本文>
1.概要
 1983年12月、メキシコのヤレス(Ciudad Juarez)市で16.7TBq(16.7E12Bq)のコバルト60(60Co)線源を用いた放射線治療装置がスクラップ業者に売却され、解体された。この線源容器は破壊され、その中に含まれていた6,000個の60Coのペレットが運送中に散逸し、また、ペレット込みで溶解された鉄材が原因となって数千トンの金属製品(汚染鉄材)が放射能で汚染され、それらがメキシコと米国で販売されて一般市民が被ばくすることになった。メキシコでは、運搬中に散逸したペレットのために街路や家屋が汚染され、またこの汚染鉄材を扱った幾つかの鋳造工場が汚染された。その結果、約数千人の人々がかなりの放射線に被ばくすることとなった。被ばく者は3〜7Svの線量の者が7人、0.25〜3Svが73人、0.005〜0.25Svが700人と推定されている。死者はなかった。この事件で特筆されるのは、米国からメキシコに輸出されたコバルト60治療装置がメキシコで解体され、放射能汚染スチール製品となって米国に輸入され、運送途中で偶然汚染が発見されたことにより回収措置がとられたこと、この偶然の発見がなければ、一般市民が気づかぬまま放射線に被ばくし続けることになったこと、そしてこの出来事が米国における放射能汚染民生品の輸出入検査体制整備のきっかけになったこと、である。
2.事故の経緯
 1984年1月16日、スクラップ製品のスチール棒材を積んだ1台のトラックが道を間違えてニューメキシコ州ロスアラモス研究所(Los Alamos National Laboratory)にさしかかったところ、道路脇に設置してあった放射線モニターの警報(アラーム)が鳴りだし、研究所の保安係に停止させられたのがこの事件発覚のきっかけである。調査の結果分かった経緯の概略は以下のとおりである。
 1977年にメキシコのヤレス市(Ciudad Juarez)の医療センター(Centro Medico)が中古の放射線治療装置(テレコバルト)を米国から購入した。この装置は米国クリーブランドのピッカー(Picker)社製で、当初テキサス州ルボック(Lubbock)のメソヂスト病院(Methodist Hospital)が購入し、線源の定格放射能は5,000 Ci(18.5E13Bq)であり、1969年に線源を追加更新していた(2,885Ci(10.7E13Bq))。したがって半減期から推定すると1983年の時点では放射能は450Ci(1.67E13Bq)以下となるが(文献2)、メキシコに転売された際の税関の記録では1,003Ci(3.7E13Bq)となっており、そこから計算すると事故時には約400Ci(1.47E13Bq)であったと推定されている(文献5)。この装置はメソヂスト病院から仲介業者を経て1977年にメキシコのヤレス市の医療センター(Centro Medico)に転売され、そこでは放射線治療医不在、あるいは代金未払いなどの理由で、使用されることなく物置に放置されていた。1983年11月、無知な泥棒がそれを運び出し、ピックアップトラックの上で2重になっている線源容器を壊し、12月6日頃スクラップ業者に運び込んで売り払った。このとき、容器に入っていた6,000個の60Coのペレットの一部が運送中に散逸して道路や住宅地に散らばった。また残りのペレットを含んだ輸送容器は屑鉄として売られた。米国原子力規制委員会NRC)からの通報により、このスクラップ業者の作業所が閉鎖されたのは1984年1月20日(ロスアラモスで汚染物が発見されてから4日後)で、それまでの間に一般市民や製鋼所の作業者など多数の人々が被ばくした。また、線源を含んだ汚染屑鉄がスクラップ業者からメキシコの2カ所の製鋼所(チワワのアセロ社とヤレスのファルコン社)および米国セントルイスのファルコン米国工場に売られ、そこで溶融されてスチール材となり、加工され、販売されてしまった。アセロ社はスチール棒、ファルコン社はテーブル脚などを製造していた。これらの放射能で汚染された製品はメキシコ国内での販売のみならず、米国に輸出され、それが発覚の発端になったのは前述のとおりである。事件の進行の経緯は 表1 に、また、問題の放射線治療装置と線源の諸元を 表2 に示す。放射能汚染スチール製品がメキシコから米国に入った経路については 図1 に示す。
3.結果と教訓
 この事故で、メキシコおよび米国で数千人以上の人々が放射線に被ばくすることとなった。メキシコでは製鋼所やスクラップ業者の作業者などかなり高い被ばく線量を受けた者がいるが死者はなかった。全身被ばく線量で3〜7Svの者が7人、0.25〜3Svが73人、0.005〜0.25Svが700人と推定され、手足などの部分被ばく線量では、手に100Sv(10,000rem)に達する者もいた。線源の所在が完全には把握できず、空気中に飛散した物(air-borne)も一部はあったと思われることから、線量推定は不確かさが大きい。
 NRCは米国の一般公衆と輸送業者の被ばく線量を、起こりうる最大の線量となるような仮定の下に推定した。その結果、一般公衆については許容線量限度以下、輸送業者については運輸省が示している限度値を超えることはなかったと結論している。テーブル脚に関しては、33,000個中約2,500個が汚染し、放射能は最大で375mR/時、大部分は1〜100mR/時であった。レストランで使用されていたテーブル脚の場合は、テーブルの近辺で線量率が3mrem(30マイクロSv)/日であり、32日間被ばくしたとして96mrem(960マイクロSv)になるが、実際には殆どの場合、接触時の線量率が1mrem/時より遙かに低く、32日間被ばくしても1mrem(10マイクロSv)以下であると考えられた。
 この事故は気づかぬうちに放射性物質が一般市民の環境に入り込み、広範囲の放射線被ばくを生じた「前例のない」事件である。ロスアラモスで汚染が発見されてから新聞、雑誌などのマスメデイアは事故とその影響について詳細に報道したので、一般市民の関心と危惧も高かまった。米国、メキシコ両政府共に調査の進行状況を公表し、市民の安心を得ることに努めた。民生品に含まれる放射能(放射線)の規制、国境における検査体制、環境中の放射能サーベイ、紛失線源の回収、除洗、公報の在り方など、この事件を機に検討・整備が進んだという点でも意味するところの大きい事件であった。60Coやセシウム137(137Cs)などの工業や医療で用いられる放射線源が紛失し、鉄製品に紛れ込んで一般市民の被ばくをもたらす事件はこの事件以後も世界各地で起きており、ふだんの注意が必要とされる。
<図/表>
表1 事故の経緯
表2 放射線治療装置と線源
図1 放射能汚染スチール製品がメキシコから米国に入った経路

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<関連タイトル>
放射線利用と照射施設 (08-01-03-14)
非破壊検査用の線源 (08-01-03-11)

<参考文献>
(1) 原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)、放射線医学総合研究所(監訳):人工放射線による被曝−工業用および医療用の線源、UNSCEAR1993年報告書「放射線の線源と影響」、実業公報社(1995年10月)p.126
(2) Fliot Marshall:Juarez-An Unprecedented Radiation Accident,Science,Vol. 223,p.1152(1997)
(3) Mollina,G:Lessons learned during the recovery operations in the Ciudad Juarez accidentl,Proceedings of a Symposium on Recovery Operations in the Event of a Nuclear Accident or Radiological Emergency,STI/PUB/826,IAEA(1990),p.517
(4) Lubenau,J. O. and Nussbauer,D. A.:Radioactive Contamination of Manufactured Products,Health Physics,Vol.51,p.409(1986),Pergamon Journals Ltd.
(5) US Nuclear Regulatory Commission:Contaminated Mexixan Steel Incident,US NRC Report NUREG-1103,NTIS,Springfield,V. A.(1985)
(6) 岩崎 民子、市川 雅教:メキシコ−米国における治療用60Co線源紛失事故顛末記、放射線科学 28(11),p.268(1985),実業公報社
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