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日本原子力研究所(現日本原子力研究開発機構)においては、原子力船「むつ」による研究開発と平行して、船舶用原子炉(以下、舶用炉という)の研究開発を進めている(
表1 参照)。この舶用炉の改良研究として、次世代舶用炉の具体的な炉概念を確立するための設計評価研究、これらを支援するための実験・解析研究、原子力船エンジニアリングシミュレ−ションシステムの開発などを行っている。また、原子力船実用化のためには、原子力船の技術基盤の確立ばかりでなく、在来船との経済的競合、安全性の向上、国民による受容性、乗組員養成、国際基準の整備など、原子力船の運航前に解決しなければならない種々の環境整備の調査・検討も行なっている(
図1 参照)。
1.舶用炉の設計評価研究
「むつ」原子炉以降の技術の進展等を積極的に導入して行なった舶用炉(一体型、半一体型およびル−プ型の加圧水炉)の試設計(1983年度〜1985年度)、及びこれらの試設計の評価(1986年度)の結果をもとに、1987年度からは将来の実用化を目指し、次世代舶用炉の炉概念確立を進めてきた。とくに、原子動力のもつ燃料容積が小さく長期間燃料供給不要の長所を生かせる砕氷能力を有する極地用観測船への搭載を想定した大型船舶用原子炉(MRX、
図2 参照)、さらに燃料の燃焼に酸素が不要な長所を生かせる深海科学調査船への搭載を想定した深海船用原子炉(DRX、
図3 参照)の炉概念を検討するとともに、実現に向けての研究開発を行なってきた。
1992年度までの研究開発では、これまでの基本的炉概念を確立してきており、今後の炉概念の成立実証性と、より詳細な設計展開に必要となる熱水力デ−タの取得、信頼性および運転保守性能の実証を含む工学的レベルの設計研究の進め方も検討している。
原子力船に搭載する原子炉は、原子炉が限られたスペースに置かれることから、軽量小型にする必要がある。また、風波による船体動揺等の厳しい条件下で使用されるとともに、陸から隔離され直接支援を受けにくい環境にもあることから、原子炉が高度の安全性を持つとともに、運転・保守が容易であり高度な自動化運転が可能な原子炉が要望される。大型船舶用原子炉(MRX)と深海船用原子炉(DRX)の設計検討に当たっては、高度な受動的安全性(異常時に自動的に安全側に向かう性質)を有すること;負荷追従性能が良いこと;及び保守点検の容易さを損なわない範囲で軽量小型であること、を主な設計目標としている。
2.大型船舶用原子炉(MRX)および深海船用原子炉(DRX)の概要
図2に炉概念図と設計主要目値を示す。従来の舶用炉と比較して大幅な軽量小型化が 図られている。
イ.一体型
PWRの採用
一次系大口径配管がないので、大
LOCA(一次系大口径配管破断事故)の可能性を排除し、工学的安全系を簡素化できる。また、プラント(
格納容器外形)を小型化できる。
ロ.原子炉容器内装型
制御棒駆動機構の採用
安全系の簡素化に役立ち(制御棒飛び出し事故原因の排除できる)、また、炉の小型化が可能である(特に一体型炉に好適:制御棒と制御棒駆動機構間の短縮が可能である)。この制御棒駆動装置はMRXとDRXのキーコンポーネントであり、これらの炉概念の検討と併行して基礎的な開発試験を実施した。駆動部のモーターに使用する電線の耐熱試験を終了し、駆動用モーター を試作し、高温水中試験も実 施した。
ハ.原子炉容器水漬式格納容器(サプレッション型
原子炉格納容器)の採用
原子炉容器、配管類の断熱施工、一次系補機類の水中設置、並びに保守の問題などまだ未検討の課題もあるが、通常の原子炉格納方式と比較した場合、舶用炉として多くの利点がある。LOCA時に際し、原子炉容器内の蒸気が格納容器内に流出した場合、水面が上昇して満杯となることによって均圧化し一次冷却水の格納容器への流出が止まるので、炉心冠水が維持できる。受動的な冷却システムの適用が可能なので、長期間にわたる炉心の
崩壊熱除去に有利である。また、中性子ストリーミングがないので、二次
遮へいが不要か、あるいは遮へいの大幅削減が可能である。
ニ.受動的
崩壊熱除去システムの採用
蒸気管破断、蒸気発生器伝熱管破断等の事故時に、
自然循環により炉心の崩壊熱を格納容器水中に放熱できるヒートパイプ式 水冷却システム(弁の開放操作のみ) が採用できるので、受動的崩壊熱が可能であり、安全性の向上ができる。
図3に深海船用原子炉(DRX)の炉概念図と設計主要目値を示す。MRXと同様、一体型PWRであり、タ−ビンや発電機が耐圧殻を兼ねた原子炉格納容器に内蔵され、超小型発電ユニットとなっている。
3.原子力船エンジニアリングシミュレーションシステムの開発
舶用炉の効率的な開発のため、1987年度より原子力船エンジニアリングシミュレー シ ョンシステムの開発を進めてきた。本システムは、舶用炉設計の各段階における炉プラント性能の評価・確認、プラントの一部を模擬することによる実験研究、また高度自動化研究の一環として計算機制御・
異常診断・運転支援等のシステム開発、ヒューマンインターフェースの研究等に活用している。
「むつ」の実験航海で得られた各種試験の諸データを用いて調整・検証をしシステムの基本性能を確認したので、今後の舶用炉研究開発に活用する。さらに、「むつ」デ−タのデータベース化、実験航海では遭遇できない条件下での数値実験等の実施により、我が国における当分の間唯一の実船実験となった「むつ」成果の活用に供用される。
4.原子力船の将来展望
原子力の長所を生かせれば、原子力船としての用途は、高速コンテナ船などの商船ばかりでなく、砕氷船、深海調査船などの特殊用途にも展望があるので、いろいろな用途に応じた原子力船の検討を実施している(
表2 参照)。産業・経済の地球規模化が進行しつつある現在、大量の貨物を早く安全にしかも経済的に目的地に運送されることが期待される。
図4 は、MRXを搭載した大型高速コンテナ船の設計例である。また、日本国内及びアジア各地を高速海上輸送システムで連絡するテクノス−パ−ライナ−計画では、ガスタ−ビンを用い50ノットの高速で1000トン程度のコンテナ貨物を運搬する計画である。多量の燃料を消費するガスタ−ビン船の替わりに、原子動力による超高速コンテナ船の展望も期待できる。極地や深海を含む全地球的な科学調査の重要性が増しつつある。
図5 は、MRXを搭載した厚さ3mの砕氷能力を有する極地用観測船の設計例である。
図6 は、DRXを搭載した最大潜航深度6,500mの能力を有する深海科学調査船の設計例である。
とくに、原子力商船の需要は、貨物の高速輸送性能とともに、物流コストに左右される。一例として、東京からロスアンゼルスまで、在来船(21ノット)、高速コンテナ船(30ノット)、超高速コンテナ船(50ノット)および航空機を使ってコンテナ貨物を運んだ場合のト−タル物流コストの比較を
図7 に示す。輸送品目の単位重量当たりの価格によって、有利な輸送機関が決まってくる。高速コンテナ船は在来船が運送していた高価な品目の輸送を、超高速コンテナ船は航空機が運送していた比較的運賃負担力の弱い品目の輸送を分担できることが予想される。
<図/表>
<関連タイトル>
原子力船「むつ」開発の概要 (07-04-01-01)
原子力船「むつ」の概要 (07-04-01-02)
原子力船「むつ」の安全性 (07-04-02-01)
原子力船「むつ」実験航海の成果 (07-04-02-02)
世界における原子力船研究開発と運航実績 (07-04-05-01)
<参考文献>
(1) 日本原子力研究所:原子力船研究開発の現状1992,1992年2月
(2) 日本原子力研究所:原子力船研究開発の現状1993,1993年2月
(3) 日本原子力研究所:原子力船研究開発の現状1995,1995年3月
(4) 日本原子力産業会議(編):原子力年鑑平成6年版、1994年11月