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<概要>
 日本で考えられている高レベル放射性廃棄物地層処分の安全確保の基本的考え方は、地層処分に適切な条件を持った安定な地層を処分の場所として選定し、人工的に設けられる複数の障壁(人工バリア)と天然の地層(天然バリア)より成る多重バリアシステムを構築することである。
 核燃料サイクル開発機構(現日本原子力研究開発機構)における地層処分の研究開発施設としては、すでに地層処分基盤研究施設[エントリー:ENTRY(Engineering Scale Test and Research Facility)]や地層処分放射化学研究施設[クオリティ:QUALITY(Quantitative Assessment Radionuclide Migration Experimental Facility)]が活用されており、深地層処分の研究施設計画も進んでいる。地上の研究施設であるENTRYでは、深部地下の環境下で生じる熱、応力、化学反応、水理、物質移動等の複合現象を理解し、それらの現象を長期にわたって予測するモデルを開発し、その妥当性を確認するための研究が行われている。同様に地上の研究施設であるQUALITYでは、深部地下環境を模擬した雰囲気制御下で放射性核種を用いた核種移行研究が行われている。以下にENTRYおよびQUALITYの施設概要を紹介する。
<更新年月>
2000年06月   

<本文>
1.地層処分基盤研究施設(ENTRY)
1.1 概要
 本施設の第一期施設は、核燃料サイクル開発機構(現日本原子力研究開発機構)(以下「サイクル機構」)東海事業所の南東地区に1993年に完成した。建屋は研究棟と試験棟の二棟からなり、研究棟では各種分析機能や計算機を用いた基礎試験や解析が、試験棟は、工学規模の試験が行われている。研究棟は地上4階の鉄筋コンクリート造で建築面積が約1350平方メートル、延べ床面積が約4500平方メートルであり、各種計算機、精密分析機器、シミュレーション設備等が設置されている。試験棟は地上1階の鉄骨造で建築面積は約1500平方メートルで工学規模の複合試験設備等が設置されている。第二期施設は1997年に完成し、第1期施設と同じ大きさの試験棟を増設するとともに、工学規模の複合試験設備や高度な分析設備等を設置した( 図1 参照)。
 本施設の特徴は次のとおりである。(1)放射性物質を用いないコールド施設である、(2)深い地下の環境条件を地上で作りだせる、(3)基礎試験から大型試験まで一括して実施できる、(4)様々な現象のシミュレーションができる。
 本施設に設置されている計算機システムは、地層処分研究のデータや試験設備で得られた結果を処理し、地層処分で想定される様々な現象や多重バリアの性能を解析するとともに、その結果を表示させるビジュアリゼーション機能を持たせている。
1.2 試験設備の概要と研究計画
 本施設では、地層処分で想定される様々な現象のうち、地下水影響過程に着目し地下水に対する多重バリアシステムのふるまいを試験し、解析、評価を通じて地層処分システムの設計や性能評価で必要となる、シナリオ開発、モデル開発、データベース開発を行う。 本施設の主要な試験設備と研究内容を以下に紹介する( 表1 参照)。
(1) ニアフィールド化学環境変化試験設備
 人工バリアおよびその周辺の岩盤(合わせてニアフィールドと呼ぶ)と地下水との間で生じる化学反応や化学反応を伴う物質移動現象に関して、以下の試験を行い対象となる場の化学特性の変化を解明する。
・化学平衡反応試験
 地下深部の環境である低酸素濃度や還元条件が模擬出来る雰囲気制御グローブボックスを用いて、地下水と人工バリア材(金属材料、粘土材料等)や天然バリア材(岩石、鉱物)との反応過程を調べる。雰囲気制御グローブボックス内では、バリア材料の腐食生成物等を分析することもできる。これらの試験の結果は、地球化学モデルによる解析結果と比較し、地球化学モデルやデータベースの適用性を確認する。また、不足している地球化学データの取得も実施していく( 図2 参照)。
・地下水水質形成過程試験/化学反応フロント試験
 深部地下水の水質は、雨水や海水が地下にしみ込んでいく過程で岩石と反応して決まると考えられる。この過程は地下水と岩石との化学反応と物質移動が組み合わさった現象である。この現象を解明するために、岩石等を充填したカラム中に模擬地下水を通水し、溶液組成の変化を測定する。また、性能評価上特に重要なパラメータである酸化還元電位やセメントを用いた場合に生ずる高pHフロントが岩石との反応でどのように変化してゆくかを調べることもできる。これらの試験結果は、化学反応と物質移動を組み合わせたモデルによる解析結果と照合することによってモデルの確証に役立てる( 図3 参照)。
 フロントとは、地下水の化学特性である酸化還元電位やpHが、鉱物−水等の化学反応によってどのように変わっていくかを意味している。
(2) ニアフィールド連成現象試験設備
 深部地下における地下水の流れや廃棄物からの発熱、地圧等が相互に作用した複合現象等に関して、試験条件を様々に変化させて以下のような試験を行い熱、水理、応力等が同時に関連する現象を調べる。これらの試験は、原位置における試験と相互補完的に実施し、信頼性の高い解析手法の確立に役立てる。
・亀裂状媒体水理試験
 かこう岩のような固い岩の中の水や物質の移動は、岩の中の亀裂を通っておこると考えられる。しかも、地下水は亀裂の全体ではなくチャンネルと呼ばれる狭い流路や亀裂の交差部を選択的に流れることが知られている。このため、単一または交差する亀裂を有する岩体を掘り出して、地上で亀裂中の水等の動きを調べ、亀裂中の水理物質移行モデルの確証に役立てる。試験に用いる岩は、単一の亀裂あるいは複数の亀裂を持つかこう岩で、試験中も地下と同じ条件の地圧を試験体へかけ、トレーサとして塩水等を用いて試験する( 図4 参照)。
・多孔質媒体水理試験
 砂岩や泥岩のような堆積岩中の水や物質の移動は、細かい粒子のすきまを通っておこると考えられる。実際の岩は不均質な粒径の粒子の集まりであり、その中の水の流れや収着性も一様ではない。この試験では、粒径を変えたガラスビーズで不均質な媒体を造り、その中の密度差による水の流れや収着性が異なる場合の物質の移動を試験し、実際の岩体中の水や物質の移動の解析に用いるモデルの確証に役立てる( 図5 参照)。
・多孔質媒体不飽和水理試験
 処分坑道の周辺には坑道の掘削や処分操業時の排水・換気の影響で不飽和領域で発生すると考えられる。不飽和領域の形成により、坑道周辺の岩盤内に空気が侵入し、地下水化学や水理場に影響を与える。本試験では、このような処分坑道周辺に生じる不飽和領域の進展メカニズムを実験的に明らかにするため、水槽を用いて掘削影響領域を考慮した処分坑道周辺岩盤を人工的に作成し、坑道掘削後の坑道への湧水量、間隙水圧を計測するとともに、不飽和領域の広がり等を観察する。試験結果は、不飽和領域進展過程のモデル開発に反映する。
コロイド移行試験
 亀裂性岩盤中でのコロイドを伴う溶質移行に関して、コロイド−溶質−岩石の3者間の相互作用の影響をカラム試験により評価し、コロイドの亀裂壁面への付着等考慮すべき因子の抽出と、それを考慮したコロイドと核種の移行モデルの開発を行う。
・熱−水−応力連成試験
 人工バリアとその周辺の岩盤でおこる現象は、廃棄物からの熱と地下水の流れおよび地圧等の応力が組み合わさった現象である。本試験では、実際の岩の中に緩衝材を詰め、周囲から地圧に相当する圧力をかけて、温度変化や応力変化等を試験する。また、合わせて処分孔掘削時のゆるみ領域に関する観察も実施する。この結果は、熱−水−応力連成モデルによる解析結果と比較し、モデルの確証に役立てる( 図6 参照)。
(3) 人工バリア構造力学試験設備
 地下水移行シナリオに影響を与える可能性のある人工バリアの構造力学的変化について実験的観察を行い、地層処分システムの性能評価に必要なシナリオ解析等に役立てる。
・水素ガス移行挙動試験
 オーバーパック等の腐食に伴い水素ガスが発生する。そのガスが緩衝材や岩石の中でどのように挙動し、緩衝材の変形や水の動きにどのように影響するかを試験する。設備は防爆構造の中に設置されたカラム中に緩衝材を詰め、水素ガスを圧入しその挙動を調べる( 図7 参照)。
・緩衝材流出挙動試験
 緩衝材が岩の亀裂等を通って流出する可能性とその程度について試験する。本設備は内部が透視可能な人工的なすきまをもつアクリル板や天然岩石を用いてその中心部に圧縮したベントナイトを設置し、水をすきまに注水し、そのすきまで緩衝材がどのように挙動するかを試験する( 図8 参照)。
・緩衝材力学挙動試験
 緩衝材の長期的変形挙動に関して力学試験等により基礎データを取得する。
2.地層処分放射化学研究施設(QUALITY)
2.1 概要
 本施設は放射性同位元素(RI)使用施設として、ENTRYに隣接して1999年に完成した。建屋は、鉄筋コンクリート造で、地下1階、地上2階建てである。建築面積は約1200平方メートル、延床面積は約3600平方メートルである( 図9図10 参照)。
 建屋に付属して、雰囲気制御グローブボックスにガスを供給する高圧ガス製造設備(窒素ガス、アルゴンガス)および高圧ガス貯蔵所、非常用発電機を設置した発電機棟等を備えている。
2.2 試験研究設備の概要と研究計画
 高レベル放射性廃棄物等の地層処分システムの性能評価における信頼性を向上させるためには、人工バリアや天然バリア中における核種移行現象を研究し、それに基づくモデル/データベース開発や各現象の影響評価が求められる。
(1) 使用する放射性同位元素と研究計画
・放射性同位元素
 本施設で使用する放射性同位元素の種類および年間使用数量は、26核種、107.16GBqである( 表2 参照)。
 核種については、地層処分の研究開発を行う上で評価対象となる核種を抽出することにより選定した。また、TRU(超ウラン)廃棄物の処分研究にも対応できるよう、ヨウ素、炭素の放射性同位元素の使用も可能である。
 本施設で実施する研究項目を次に示す。(1)地下水への核種の溶解度研究、(2)人工バリア中の核種の吸着・拡散研究、(3)天然バリア中の核種の吸着・拡散研究、(4)コロイド移行研究、(5)放射線影響評価研究、(6)有機物影響評価研究、(7)微生物影響評価研究。
 溶解度研究では、放射性元素の熱力学データベースの信頼性向上や溶解度制限固相の変化に関する研究、吸着現象に関する研究では、イオン交換や表面錯体反応といった吸着メカニズム研究、拡散現象に関する研究では、拡散化学種と空隙構造との相互作用に関する研究を体系的に行う。また、核種移行研究全般としては、炭酸濃度影響研究、海水系地下水を用いた研究、Pa, Cm, Ac等といった高放射性元素を用いた研究、共沈現象に関する研究やTRU廃棄物 処分特有の化学環境、特に高pH環境での研究も進める。2000年以降は、地域や地質環境を特定しないいわゆる一般的な研究から、これらを特定したサイト・スペシフィックな研究へと移行するものと考えられ、さらには安全規制に関わるさまざまな核種移行研究が要請されよう。
(2) 試験研究設備の概要
 本施設には、深部地下環境を模擬した雰囲気制御下で核種移行研究を体系的に行うための試験設備を有している。
・雰囲気制御グローブボックス( 図11図12 参照)
 グローブボックス内の酸素濃度を1ppm以下に保持する雰囲気制御グローブボックスは、12基設置されている。このうち3基は、炭酸の影響評価試験を考慮して、任意のCO2濃度(1ppm以下〜1000ppm)に制御できる機能を有している。雰囲気制御ガスとして窒素ガスを用いるが、窒素の放射線分解の影響に配慮が必要な場合は、アルゴンガスを用いる。
 雰囲気制御は、グローブボックス内を窒素ガスまたはアルゴンガスでブローして置換した後、窒素ガスまたはアルゴンガスをグローブボックスとガス循環精製装置との間で循環し、ガス精製装置により酸素を除去することにより行われる。ガス精製装置では、白金触媒に3%水素混合ガスを流し、循環ガス中の酸素と反応させて水に還元させることにより酸素濃度を減少させる。また、RIを使用するので、グローブボックス内圧力は設置している室内の圧力より低くなるように設定される。
・大気グローブボックスおよびフード
 大気下での試験および分析に使用する大気グローブボックスは、4基設置されている。また、廃液を地下タンクに移送するためのグローブボックスが、1基設置されている。
分析の前処理等に使用するフードは、3基設置されている。
・分析設備
 本施設に設置されている主な分析装置を以下に示す。
 X線 回折装置、フーリエ変換赤外吸光光度計(FT−IR)、ガスクロマトグラフ質量分析装置(GC−MS)、レーザ誘起化学種分析装置(LPAS,TRLFS)、レーザ回折式粒度分布測定装置、イオンクロマトグラフ(IC)、全有機炭素分析装置(TOC)、放射能分析装置、誘導結合プラズマ質量分析装置(ICP−MS)、高・低真空型走査型電子顕微鏡(wet−SEM)、X線マイクロアナライザー(EPMA)など。これらのうち、雰囲気の影響を受けるX線 回折装置、FT−IR、LPAS、TRLFS等の分析装置は、雰囲気制御グローブボックス内に設置されている。
<図/表>
表1 地層処分基盤研究施設の主要設備と対象となる現象およびプロセス
表1  地層処分基盤研究施設の主要設備と対象となる現象およびプロセス
表2 地層処分放射化学研究施設にて使用の許可を取得した放射性同位元素
表2  地層処分放射化学研究施設にて使用の許可を取得した放射性同位元素
図1 地層処分基盤研究施設(ENTRY)
図1  地層処分基盤研究施設(ENTRY)
図2 化学平衡反応試験設備(EDAS
図2  化学平衡反応試験設備(EDAS
図3 地下水水質形成過程試験設備(IMAGE−GEOCHEM)
図3  地下水水質形成過程試験設備(IMAGE−GEOCHEM)
図4 亀裂状媒体水理試験設備(LABROCK)
図4  亀裂状媒体水理試験設備(LABROCK)
図5 多孔質媒体水理試験設備(MACRO
図5  多孔質媒体水理試験設備(MACRO
図6 熱−水−応力連成試験設備(COUPLE)
図6  熱−水−応力連成試験設備(COUPLE)
図7 水素ガス移行挙動試験設備
図7  水素ガス移行挙動試験設備
図8 緩衝材流出挙動試験設備(BENTFLOW
図8  緩衝材流出挙動試験設備(BENTFLOW
図9 地層処分放射化学研究施設(QUALITY)の設置位置
図9  地層処分放射化学研究施設(QUALITY)の設置位置
図10 地層処分放射化学研究施設(QUALITY)
図10  地層処分放射化学研究施設(QUALITY)
図11 雰囲気制御グローブボックスの概略系統図
図11  雰囲気制御グローブボックスの概略系統図
図12 雰囲気制御グローブボックスの概観
図12  雰囲気制御グローブボックスの概観

<関連タイトル>
高レベル放射性廃棄物の地層処分研究開発の重点項目とその進め方 (10-02-02-01)
放射性廃棄物安全研究年次計画(平成8年度〜平成12年度) (10-03-01-11)

<参考文献>
(1)石川 博久:地層処分基盤研究施設の概要と研究計画について、平成5年度「放射性廃棄物管理専門研究会」報告書、KURRI−TR−384、京都大学原子炉実験所、p.47(1993)
(2)内田 雅大ほか:地層処分基盤研究施設における第二期試験設備の概要、動燃技報 No.102, p.21(1997.6)
(3)油井 三和:QUALITY(地層処分放射化学研究施設)の建設とその意義、平成9年度「放射性廃棄物管理専門研究会」報告書、KURRI−KR−17、京都大学原子炉実験所、p.95(1997)
(4)芦田 敬ほか:地層処分放射化学研究施設(クオリティ)の概要、サイクル機構技報 No.5, p.9−13、(1999.12)
(5)地層処分研究開発ホームページ
(6)(社)日本原子力学会:日本原子力学会誌 解説「わが国における高レベル放射性廃棄物地層処分の技術的信頼性」、2000 vol.42、2000年6月、p.486−p.506
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