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<概要>
 ヒューマンファクター研究は機械システムのなかで課題を遂行しようとする人間の行動・思考の特性(能力と限界)を明示的に把握し、こうした人間の諸特性との関わりにおいてシステムの本来の目的を確実に達成するうえで必要な広範な手段、方法について研究するものと位置づけられる。原子力施設においては1979年に発生したスリーマイルアイランド事故の発生以降、とくにその重要性が広く認識されさまざまな研究が行われてきた。ここ20年間にわたる情報処理技術の発展と相まって、新しい原子力プラントでは中央制御盤の著しい改善が図られ、国内原子力発電所のヒューマンエラー事象の分析も進み、運転管理、保守作業などヒューマンファクタ上の諸問題が改善されてきている。また安全審査指針および法令の整備などもなされた。さらに、高度の安全を達成するために、新たな視点でのヒューマンファクタ研究が原子力関連研究機関で進行している。
<更新年月>
2004年10月   

<本文>
1.原子炉事故と教訓
 1961年SL−1炉出力暴走事故、1975年ブラウンズ−1発電所火災事故、1977年デービスベッシ発電所給水喪失事故、1979年スリーマイルアイランド(TMI)−2発電所炉心溶融事故、1986年チェルノブイル−4発電所炉心火災事故、1986年サリー2発電所給水管破断事故、1999年燃料加工施設のJCO臨界事故、最近では2004年美浜−3発電所給水管破断事故などがあったが、多くは何らかのヒューマンエラーが原因となっている。その後ハード的対策あるいはソフト対策が採られるようになってはいるが、教訓が生かされていなかった事例もあった。
 日本においては、SL−1事故では「発電用軽水型原子炉施設の反応度投入事象に関する評価指針」に、ブラウンズフェリー−1事故では「発電用軽水型原子炉施設の火災防護に関する審査指針」に、TMI−2事故では「我が国の安全確保対策に反映させるべき事項について」および「軽水炉におけるシビアアクシデントマネージメントについて」に、JCO事故では「原子力災害対策特別措置法原災法)」および「緊急時環境放射線モニタリング」に反映された。他方、デービスベッシ事故の教訓は生かされずTMI−2事故が起き、サリー2事故の教訓も生かされず美浜−3事故が起きてしまった。
2.ヒューマンファクター研究とは?
 我々の日常の生活を支えるため、様々な機械システムが稼働している。こうした機械システムには、原子力発電プラントのように、生活に必要な電力エネルギーの生産を行うものであるとか、飛行機、船舶など物資、人間の輸送手段を提供するもの、さらには我々の日常的な通信手段を提供するものなど多岐にわたる。いずれの機械システムにおいても、その要件として安全でかつ効率良い運用が求められる。こうした機械システムを健全に運用するためには、機械システムそれ自体の設計・構成を適切なものとするとともに、それを運転・制御あるいは保守する人間の役割について、その能力と限界を考慮しながら適正なものとする必要がある。国内の原子力発電所のヒューマンエラー分析においても、運転操作上のエラーは操作時期・タイミングの誤り、操作量の誤り、操作の抜けで50%を超えており、保守作業上のエラーはボルト締め付け不良、その他作業量の過不足、安易な作業の実施で34%となっており、内的原因が最も多い(図1参照)。
 ヒューマンファクタとは、一般にこうした機械システムにおいて機械それ自身と対比する形でシステムに含まれる人間の役割・要素を指す。ヒューマンファクタの研究は、システムのなかで課題を遂行しようとする人間の行動・思考の特性を明示的に把握し、こうした人間の諸特性との関わりにおいてシステムの本来の目的を確実に達成するうえで必要な広範な手段、方法について研究するものといえる。原子力施設を安全に運用維持するためにヒューマンファクタの重要性が指摘され、原子炉の安全性を評価するうえでの人間の信頼性評価手法の開発、中央操作室制御盤に代表されるヒューマンインタフェース技術の改善、運転要員の訓練手法の検討・開発など、さまざまなかたちでヒューマンファクタの研究が進められている。
3.原子力施設におけるヒューマンファクター研究
 原子力施設におけるヒューマンファクタ研究の重要性が広く認識されるようになったのは、1979年に発生した米国スリーマイルアイランド原子力発電所で発生した炉心損傷事故(ATOMICA<02−07−04−02>ほか参照)であった。この事故では、運転クルー(原子炉運転員)が長時間にわたり原子炉で発生した事象の進展を正しく把握できず炉心損傷に至った。こうした事態を引き起こさないためには、中央制御室をどのように設計すべきか、運転クルーの構成はどのようにすべきか、どのような教育・訓練を行うべきか、あるいは運転手順書はどのようなものであるべきかなどの議論・研究が精力的に行われ、さまざまの改善が施されることになった。
 TMI事故の発生する以前においても、1970年代中頃、米国電力研究所(EPRI)において、制御室を構成する計器、操作器の型、色、配置などが必ずしも人間工学的基準と適合しない部分があり、人的過誤(ヒューマンエラー)を引き起こしやすいとの指摘がされていた。TMI事故はこうした先駆的なヒューマンファクタ研究の成果が実際の原子炉システムに適用される途上で発生した不幸な事故ということもできる。この事故を契機として、操作器および計器の系統別配列と適切なラベリング、操作器の形状の用途別統一、警報の重要度分類、当直長席への安全パラメータ表示システム(SPDS)用CRTの設置などの改善が施された(参考文献1)。
 こうしたヒューマンファクタ上の課題の改善と並行して、原子炉安全評価手法の一つである確率論的安全評価PSA)の枠組みのなかで、機械システムの信頼性に加えて人間の信頼性を評価する手法(人間信頼性評価手法(HRA))についての研究も精力的に進められた。これは様々の環境・条件のもとで操作あるいは認知・思考に際し人的過誤の発生頻度を定量化し、原子力システムとしてトータルな安全性への人的過誤の寄与を見極め、システムの安全性の向上に役立てようとするものである。こうした評価手法のより現場的な試みとして、プラントの管理運用におけるヒューマンファクタ上の問題点を総合的に分析し、職場環境の改善に役立てようとする動きも生じた(例えば、米国INPO(原子力発電運転協会)によるHuman Performance Evaluation System(HPES))。
4.高度情報処理技術の発展と原子力施設のヒューマンファクタ(事例:原子力発電所の中央制御盤)
 前節でも触れているように、原子力施設における人間の役割・要素は、中央制御室における操作盤のあり方など、人間が操作・思考する環境とは切っても切れない関係で捉える必要がある。TMI事故の発生した1970年代後半から現在までの20年の間、情報処理技術はめざましい発展をしてきた。原子力施設におけるヒューマンファクタ上の改善もこうした情報処理技術の発展を取り込むかたちで著しい進展が見られる。こうした改善を中央制御盤の変遷のなかでみることにする。
4.1 第1世代(対象プラント例:BWR−福島第一原子力発電所1〜6号機、PWR−美浜原子力発電所1、2号機)(図2参照)
 これらのプラントでは、アナログ技術に基づき、一つのセンサーで得られた物理量を一つの計器で表示するといういわゆるsingle sensor−single indicatorの考え方に基づくプラント状態監視用データが表示されている。こうしたインタフェースは、原子力発電所の巨大さと相まって、盤総長20mを超す巨大な中央制御盤を構成するものとなっている。TMI事故発生時に使用されていた制御盤はこの世代のものに属し、TMI事故後第3章で述べたような改善が施された。
4.2 第2世代(対象プラント例:BWR−柏崎刈羽1〜5号機、PWR−高浜3、4号機)(図3参照)
 1980年代に入って、第1世代の部分的な手直しでなく、その当時までのプロセス計算機の進歩と各種制御装置の信頼性向上によって可能となった諸技術を積極的に取り入れた制御盤が開発・設置された。主要な特徴をまとめると、(1)広範囲にCRTを制御盤に導入しプラントの監視性を向上、(2)プラント起動・停止操作の部分的自動化、(3)プラント起動・停止時や定例試験時の手動操作に対して操作ガイダンスのCRT表示などがある。
4.3 第3世代(対象プラント例:ABWR−柏崎刈羽6、7号機、PWR−未定)(図4参照)
 デジタル化技術の発展を背景に計算機のより一層の高度化利用をベースに、ヒューマンインタフェースの高度化、自動化範囲の拡大を図るなどさまざまの改良を行い、運転員が正確かつ迅速な判断・対応を下せるような制御室環境を実現した。主要な特徴をまとめると、主要な監視操作を集約した主盤とプラント全体状況を運転員全員の共有情報として提供する大型表示盤の採用、運転員のワークロード分析に基づく自動化範囲の拡大、座位による監視操作の可能化などがあげられる(参考文献2)。こうした中央制御盤の変遷は、情報技術の高度化など新しい技術の導入により原子力施設の運転・保守に携わる運転員の負担を軽減し、原子力の安全確保にとって本来彼等に求めるべき判断能力などが充分に発揮できるような環境を中央制御室などを中心としたシステムに組み込んだ歴史とみることができる。
5.ヒューマンファクター研究の今後の展開
 制御室を構成する計器、操作器の型、色、配置などを問題とする伝統的な人間工学的な配慮を中心とするヒューマンファクタ研究は、高度な情報処理技術の展開とともに、新たな視点にたった研究が求められている。第4章で記述したように、高度情報技術の発展は、中央制御室の構成を大きく変え、より安全で信頼性の高い操作環境を提供した。しかしながら、ここで導入された新しい技術について、これに付随し新たに発生しうる異なる問題についても充分な注意を払う必要があろう。例えば、複数画面の呼び出しを必要とするCRT画面の操作については、伝統的な人間工学的な配慮ではカバーできない問題、いわゆるキーホール効果(CRT画面上に表示されている情報の一部のみが意識され、全体の状況把握を困難にする効果)などについての充分な検討を必要とする。
 こうした問題を背景として、システムを構築する際にあらかじめ人間の思考などの諸特性を明確に取り込んだシステム設計の方法論、認知システム工学(Cognitive Systems Engineering)とよばれる分野も提唱されてきている(参考文献3)。また、国内では電力中央研究所ヒューマンファクタ研究センター、東京電力ヒューマンファクタグループ、原子力安全システム研究所社会システム研究所、原子力発電技術機構ヒューマンファクタセンター(2003年10月から原子力安全基盤機構に引継がれた)および日本原子力研究所(現日本原子力研究開発機構)においても、フルスコープの原子炉シミュレーターを軸とした実験施設などを構築し、こうした新しい方法論に基づくヒューマンインタフェースの構築技術の開発・研究を進めている。
<図/表>
図1 国内原子力発電所におけるヒューマンエラー事象の分析(〜2000年度)
図1  国内原子力発電所におけるヒューマンエラー事象の分析(〜2000年度)
図2 第1世代中央制御盤
図2  第1世代中央制御盤
図3 第2世代中央制御盤
図3  第2世代中央制御盤
図4 第3世代中央制御盤(ABWR型中央制御盤)
図4  第3世代中央制御盤(ABWR型中央制御盤)

<関連タイトル>
加圧水型原子炉(PWR) (02-01-01-02)
原子力発電所の保修に係る人的因子問題 (02-02-04-04)
米国スリー・マイル・アイランド原子力発電所事故の概要 (02-07-04-01)
TMI事故の経過 (02-07-04-02)
原子力施設の安全とヒューマンファクタ (06-01-01-31)

<参考文献>
(1)田辺 文也:原子力発電プラントにおける人間中心のマンマシンシステムの構築へ向けて(ミニ特集 人間中心の自動化システム)、計測と制御、32(3),193−198(1993年3月)
(2)岩城 克彦、大塚 士郎、三宅 雅夫:ABWR型中央制御盤の開発と完成、日本原子力学会誌、39(8),2−8(1997)
(3)Rasmussen, J., Pejtersen,A.M.,& Goodstein,L.P.: Cognitive Systems Engineering,New York,Wiley(1994)
(4)東京電力:「ABWR型中央制御盤」、東京電力パンフレット
(5)電力中央研究所:国内原子力発電所におけるヒューマンエラー事象の分析(?2000年度)、電中研報告 原子力発電03−003、ge−rd−info.denken.or.jp/ge−leaflet/pdf/S03001.pdf
(6)河野竜太郎:医療事故防止のための心理学的研究、6.産業分野におけるヒューマンエラー低減の取り組み−原子力発電所におけるヒューマンファクタへの取り組み−、1999年度横浜市立大学研究奨励交付金・研究報告書、p.2−3
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