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<概要>
 原子力発電所は構成要素が多く、その保全のための保守点検作業は膨大である。また、その作業は放射線下で行われるため、特殊な問題を抱えている。
 実際の保守・点検作業は、こうした原子力発電所の特殊性から、作業場所における放射線量の測定に始まり、最後の安全確認に至るまで、非常に厳しい作業管理体制の下で実施されている。また、これに従事する作業者は十分な技能を必要とするため、教育・訓練が実施されているが、さらに、作業におけるヒューマンエラーの発生を防止するための作業管理体制の構築、作業計画の策定などが、原子力発電所の安全、安定な運用のために重要となっている。
<更新年月>
2008年12月   (本データは原則として更新対象外とします。)

<本文>
1.原子発電所の保守点検の特徴
 商用の原子力発電所は、発電設備の他に原子炉を安全に停止させるための原子炉安全防護システム(原子炉安全保護系、原子炉停止系、および工学的安全施設)が設置されている。これらの防護システムの採用により、表1に示すように同出力の火力発電所と比較して原子力発電所の構成機器の数は多く、また、プラントシステムが複雑であるため保守点検に必要な作業量が膨大なものとなっている。
 原子力発電所の保守・点検には、「日常点検」、「定期点検」、「修理」、「増設・改良工事」、および「清掃除染」などが対象となるが、以下に保守点検の中心である定期点検時の特徴を列記する。
(1)多種・多数の機器と設備
 表1に示すように、保守点検すべき機器、設備の数が膨大であり、とくに型式の異なるバルブ、電動機、ポンプが火力発電所と比べて非常に多い。
(2)放射線下の作業
 PWRプラントでは蒸気発生器(S/G)関連の工事、BWRプラントの場合には炉内構造物関連の工事などが、放射線被ばく量の高い作業であり、これらの作業には被ばく低減のために保護具の着用、作業時間の制限など特殊な対策を必要とする。
(3)作業空間の狭隘
 1970年代に商用運転を開始した初期の原子力発電所は、設備・機器の配置がコンパクトに設計されているため保守点検のための作業空間が充分に確保されていない。とくに格納容器内の作業空間は狭い(なお、最近の新設プラントは改良標準化により、保守点検の作業スペースが考慮されている)。
(4)系統隔離
 定期点検中も燃料の崩壊熱を除去するために、設備の一部(燃料冷却系統)は稼働状態にある。発電所機器の保守点検のためには、この燃料冷却系統を作動させながら、保守点検する設備、機器の系統を切り離す必要がある。この切離し作業を「系統隔離(アイソレーション)」と呼び、作業安全と燃料の冷却確保の面から行う必要があり、設備に対する広範囲な専門知識が要求される。
2.保修作業における人的因子問題
 原子力発電所の機器、設備に対する保修作業は、作業前における作業現場環境の放射線量計測から始まり、「作業周りの養生」、「系統の隔離」、「分解前のデータ採取」、「分解」、「清掃」、「点検・検査」、「部品交換」、「組み立て」、「単体動作確認」、「系統インサービス」、「機能確認試験」、および「後片付け」が標準的な作業ステップになっている。これらの一連の作業段階において、ヒューマンエラー(人的過誤)の発生を防止する配慮が必要である。
 これらのヒューマンエラーは、発電所の設備・機器が高度化する中で、一層重要性を増している。特に、システムの高度化が進むほど対象が複雑となるため、保守点検においてエラーが入り込む余地が増えることがある。また、高度なシステムは、自動化(知能化)しているため人間が関与する範囲が少なく、エラーをチェックしにくい側面がある。さらに、作業において散発的に発生するエラーは、発生頻度が少ないために類型化することが難しいが、保修における人的因子の問題点としてはこれまでに以下の特徴が指摘されている。
・エラーを直ちに発見できない(エラー発見が非常に難しい)。
・プラント停止など、エラーによる影響が大きい。
・保守点検件数とエラーの件数には相関関係がある。
 保修作業におけるヒューマンエラーの問題を扱う場合、保守点検の設備、機器ごとに作業内容が異なるために、共通的なエラー防止策を水平展開することができない。したがって、保修作業の件名ごとに作業内容を詳細に分析し、発生の可能性のあるエラーを列挙・抽出する手法によりヒューマンエラーの危険性を予測(評価)することが実施されている。一例として、配管を接続する溶接部の健全性を調べるための超音波探傷検査(手探傷の場合)におけるエラーモードの検討例を表2に示す。表2で抽出した潜在的エラーは、発生の可能性(列挙した各エラーモードの起こりやすさ)、影響の致命度(各エラーモードが引き起こす影響の大きさ)、波及の防止度(各エラーモードが影響を引き起こさないように施されている確実さ)の観点から評価し、有効なエラー防止対策の評価等に使用されている。なお、保修に係わる最近のヒューマンファクター問題としては以下の点が注目されている。
(1)熟練作業者の確保
 現在(平成21年1月時点)までに原子力発電所の基数は55ユニットに達したこと、また、夏冬の電力需要ピークを避けた定期検査の実施によって一時期に定期検査が集中するため、人材の確保が難しい。特に、高度な技能を持った熟練作業者に関してこの傾向が顕著である。
(2)作業者の高齢化
 原子力発電所の保修作業に対する3K(きつい、きけん、きたない)イメージにより、優秀な若手労働者の確保が難しく、作業者の高年齢化が進んでいる。
(3) 技術ノウハウの継承(作業者の世代交代)
 発電所の信頼性向上に伴い、設備のトラブル・不具合が減少したため、実作業を通して技術伝承を行う機会が少なくなってきている。また、経験豊富な熟練作業者が定年時期を迎えるため、若手作業者への技術ノウハウの継承も重要である。
3.保修作業におけるエラー防止対策
 実際の保修作業はすべて請負工事業者の作業員によって実施され、電力会社の保修作業員は作業計画および作業監督を行う。このため、作業内容を熟知し、適切な作業計画を立案、作業指示を行うために、電力各社は保修訓練センターを設け、保修員の知識・技能の維持向上に努めている。
 一方、実際の作業を行う作業員については、各作業ごとに、作業の段階を追って作業内容、留意事項を記載した作業要領書を作成し、保安管理者による厳重なチェックの後に、作業者に十分理解させた上で作業を実施している。また、対象となる設備、機器によって作業方法が異なるため、事前に作業内容を十分検討した作業要領書を作成し、作業範囲、作業手順、作業方法などについて厳しく管理するとともに、各作業ステップごとに、チェックシートや危険予知などによる確認やダブルチェックを実施している。さらに、作業完了後の確認試験を徹底し、作業ミスの防止に努めている。
<図/表>
表1 原子力発電所と火力発電所との物量比較
表1  原子力発電所と火力発電所との物量比較
表2 超音波探傷検査(手探傷)におけるヒューマンエラーモード(作業計画段階)
表2  超音波探傷検査(手探傷)におけるヒューマンエラーモード(作業計画段階)

<関連タイトル>
原子力発電所の保守体制と作業管理 (02-02-03-09)

<参考文献>
(1)(株)テクノバ:原子力発電所の運転・保守とヒューマンファクターに関する調査、1983年3月
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