<本文>
ここでの構造材料とは、原子炉の寿命期間中(供用期間中)、原子炉設備で恒久的に用いられる主要な構造物である機器・配管を構成する材料を主として指すものとする。
1.要求される性質
高速増殖炉(FBR)の構造材料に要求される性質には、他の原子炉の設備にも共通的なものとFBR特有のものがある。軽水炉構造材料の性質とも共通するものでは、(1)機械的性質の中の引張性質や疲労特性、(2)溶接性、(3)加工性、(4)伝熱性が良く、(5)材料内部に欠陥がないこと、水、蒸気に接するものでは、その耐食性に優れ、さらには、経済性が良いことなどが挙げられる。FBRに特徴的なものでは、高温Na環境での構造材料の適合性への要求であり、Na中における(1)高温材料強度、(2)耐食性、(3)伝熱特性が良好で、(4)誘導放射性物質の溶出が少ないことなどである。さらに軽水炉の条件とは異なる高速中性子照射下で、かつ高温において、(1)延性低下、(2)クリープ強度およびクリープ破断強度の低下、(3)クリープ疲労強度への影響、また(4)誘導放射性物質の発生が少ないことなどが挙げられる。
FBRの寿命期間である30〜40年に亙って、構造材料は、健全性が保持され、機能を損なう有害な変形を生じないことや破壊に至らないことの保証が要求される。オーステナイト系ステンレス鋼の場合は、427℃(800°F)以下、フェライト系合金の場合は、371℃(700°F)以下の温度領域においては、弾性変形挙動を示す応力下で構造材料として使用すれば破壊に至らないということが知られている。しかし、これ以上の温度では荷重により材料に破損をもたらす支配的な損傷・劣化の様式が異なってくるため、すなわち、高温で一定荷重が負荷された場合において、時間とともに徐々に変形が進行し、破損に至るクリープ破断強度、高温での一定荷重に加えて荷重変動が重畳したときのクリープ疲労特性などの時間とともに損傷が蓄積される現象が、FBRの熱効率を高めるための高温化への要求と相まって、重要な考慮の対象となる。このようにFBR構造材料には、従来の軽水炉構造材料では、それほど重要とはならないクリープやクリープ疲労に対する強さが優れていること、さらには高温・中性子照射下での延性保持等が要求されている。
注1)原子炉の炉心を構成し、
燃焼度に応じて交換される
燃料集合体や
制御棒に用いられる材料、すなわち、炉心材料は、ここでの構造材料には含めないものとする。
2.「
もんじゅ」の主系統概要図と構造材料
高速増殖炉もんじゅ発電所(以下、「もんじゅ」)の主系統概要図とそれらを構成する主要な機器・配管に使用される構造材料を
図1に示す。耐熱性、Na中での耐食性、耐中性子照射性に優れるオーステナイト系ステンレス鋼SUS304が、一次Na主冷却系で、原子炉容器、安全容器(ガード・ベッセル)、冷却系配管、
中間熱交換器(胴部および伝熱管)、主循環ポンプ(主要部)に使用され、SUS304が主要構造材料であることがわかる。二次Na主冷却系では、冷却系配管等に用いられるSUS304に加えて、Naと水・蒸気との熱交換を伝熱管を介して行う
蒸気発生器用材料に、フェライト鋼およびSUS321が用いられている。すなわち、蒸発器では、水側の
応力腐食割れへの耐性を考慮して伝熱管および胴部の材料にフェライト系低合金鋼(STBA24等:2 1/4Cr-1Mo鋼)が使用され、過熱器には、水蒸気環境での適合性と耐熱性に優れるオーステナイト系ステンレス鋼SUS321が使用されている。また、水・蒸気系の高温蒸気側配管材料にフェライト系低合金鋼STPA22、低温水側配管材料にフェライト系炭素鋼(STPG38、STPT49)が用いられている。格納容器本体には、軽水炉と同様に圧力容器鋼SGV49が使用されている。
3.世界の高速増殖炉と主要機器・配管の構造材料
世界各国における運転中、建設中もしくは設計例(運転終了、計画中止等を含む)である原型炉級および実証炉級の高速増殖炉およびそれらの主要機器・配管の構造材料、使用温度範囲、容器および管の主要寸法等を
表1−1および
表1−2に示す。これらをまとめると次の通りである。
・一次Na主冷却系構造材料:304ss(SUS304型)、316ss(SUS316型)、321ss(SUS321型)など 使用温度範囲:約380℃〜550℃
・二次Na主冷却系構造材料:304ss(SUS304型)、316ss(SUS316型)、321ss(SUS321型)、2 1/4Cr-1Mo鋼、9Cr-1Mo鋼など 使用温度範囲:約340℃〜520℃
「もんじゅ」との比較においては、おおむね、同系統の材料が使用され、「もんじゅ」の使用温度範囲は、海外炉の平均的な条件に含まれているといえる。機器・配管別の特徴的なことでは、原子炉容器は薄肉、大口径であり、「もんじゅ」においては、内径7.1m、肉厚50mmである。この特徴である口径/肉厚比をみると、冷却系機器を内臓するSuperPhenix等のタンク型炉で著しい。蒸気発生器については海外の原型炉段階でも、蒸発器と加熱器に分離し、各々に適性が勝る異なる材料を当てはめる方式が見られるが、実証炉段階では、一体型となり、高温強度、水・蒸気中での腐食や応力腐食割れ耐性、Naとの適合性、溶接等に総合的に優れる同一材料が使用され、あるいは候補とされてきている。
近年の構造材料実用化の動向としては、原子炉容器、中間熱交換器への316FR鋼(316LN)の使用、Na主冷却系配管に使用する12Cr系鋼の開発、一体型蒸気発生器材料に改良9Cr-1Mo系鋼を適用する流れが注目される。
4.高速増殖炉環境の構造材料への影響
a)ナトリウム環境の影響
FBR構造材料に及ぼすNa環境の影響への考慮としては、まずは、Naの比熱が小さく熱伝導率および熱伝達率が良いこと、一方、主要機器・配管を構成するオーステナイト系ステンレス構造材料では、熱膨張係数が大きく、熱伝導率が比較的小さいことから、原子炉定格運転時の定常熱応力への対策並びに原子炉停止時などのNa冷却材の温度変化による繰返し過渡熱応力の発生への対策、すなわち、それぞれの熱応力低減対策、ひいては、クリープ疲労損傷累積の低減化等が重要である。さらに、Naに浸漬される構造材料の腐食および質量移行、これらに伴う材料の機械的性質等の変化、その他に注意が払われる。一次冷却系放射線場の形成と機器保守の観点から、構造材料成分が発生源となる放射性
核種の生成、移行、沈着への配慮も必要である。
FBR条件(温度、Na純度等)でのNa腐食は、一般腐食であり、孔食や粒界腐食のような局部腐食は認められていない。FBR用鋼材の一般腐食速度は、Na浸漬前後の重量変化から求められるが、600℃以下の流動Na中で、Na中の酸素濃度が10ppm以下の場合、数μm/年以下である。また、オーステナイト系ステンレス鋼では、高温側のNa浸漬表面近傍に、Ni、Cr、Mn等の鋼中成分元素の選択的溶出に伴い、極薄いフェライト化した変質層が観察される。
鋼中成分元素の溶出に伴う機械的性質の変化では、蒸気発生器材料として使用される2 1/4Cr-1Mo鋼の炭素成分の溶出(脱炭)に伴う引張り強さ、クリープ破断強度等の低下が評価の対象となる。Na中での304型、316型ステンレス鋼および2 1/4Cr-1Mo鋼の低サイクル疲労特性については、空気中データと比較して同等かもしくは優れた挙動を示すことが観察されている。
注2)FBR機器のNa中における金属同士の静止接触部では、接触面における材料成分の拡散により、例えばSUS316同士では、約500℃以上の温度では融着することが観察されており、機器設計、使用面での配慮が必要とされる。この融着現象は金属表面に形成されるNaCrO2膜の安定性の影響、すなわち、Na中酸素濃度の影響を受けるといわれる。
注3)一次冷却系放射線場の形成に寄与する主要な核種は、
54Mnおよび
60Coである。
59Co(n,γ)
60Coの生成量の低減、ひいてはNa中への溶出・移行を抑制するため、炉心材料や一次系で用いられる摺動部材料のみならず、原子炉容器材料、炉内構造物材料等のCo成分量を制限することも有効とされる。
注4)Na中における鋼材の一般腐食速度は、Na温度、浸漬時間、Na中酸素濃度、下流効果などに依存する。
b)中性子照射の影響
中性子照射環境では、原子炉容器周りの構造材料の機械的性質に及ぼす照射の影響が焦点となる。FBR一次系温度(約380℃〜550℃)の条件下では、中性子照射量がある値を超えると、おおむね、SUS304、SUS316等のオーステナイト系ステンレス鋼の照射後引張り性質における伸びの低下、耐力の増加等がみられ、高温域でのクリープ特性では 破断強度の低下が生じる。引張り性質での耐力の増加には、主として、中性子によるはじき出し効果が寄与し、伸びの低下には、はじき出し効果、核変換によるHe生成等が影響し、高温域のクリープ破断強度の低下には、He生成の影響に加えて、析出物の照射成長等が寄与するといわれる。照射によるこれらの性質変化には、中性子照射量、中性子エネルギースペクトル、照射温度および材料試験温度が影響し、結晶粒度や化学成分などの金属学的因子も関係する。
FBR構造材料の中性子照射データの収集には、国産実機材料照射データの充足、「高温構造設計基準」に導入されている照射影響補正量の合理化、耐中性子照射性に優れた構造材料の開発等を目標に進められてきている。
5.材料強度基準等
「もんじゅ」用構造材料については、運転温度領域、さらに高温領域を包含する(1)短期荷重試験、(2)疲労試験、(3)クリープ試験、(4)クリープ疲労試験、(5)リラクセーション試験等の空気中の各材料試験データが系統的に蓄積、整備され、機器・配管の高温構造設計基準を構成する材料強度基準等のデータ・ベースとなっている。さらに、これらの基準では、Na環境や中性子照射環境下の種々の条件における構造材料試験に基づき、Na腐食量の評価方法、2 1/4Cr-1Mo鋼の脱炭に対する材料強度補正係数の導入、照射による補正を必要としない延性確保に関わる高速中性子照射限界量の設定等がなされている。
高速増殖原型炉「もんじゅ」に次ぐ実証炉では、原子炉出口温度が550℃と、「もんじゅ」の529℃と比較して、より高温に設計され、高温材料強度特性の重要度が高まる。このため、実証炉以降の構造材料には、新たに、原子炉容器材料等に316FR鋼、一体型蒸気発生器伝熱管材料に改良9Cr-1Mo系鋼、配管材料には、配管長短縮を狙いとして、高温強度に優れ熱膨張係数が比較的に小さい改良12Cr系鋼(実用化高速炉)などが検討され、開発が進められている。実証炉高温構造設計基準、あるいは実用化高速炉構造設計基準に付随する材料強度基準には、これらの鋼種の材料データを拡充、整備する努力がなされている。
6.
供用期間中検査と構造材料監視試験
FBR構造材料の炉寿命期間中の健全性は、運転中の連続的なNa漏洩監視、定検時に行われる目視検査や超音波等による構造物の供用期間中検査(In-Service Inspection:ISI)並びに定期的に炉内から材料試験片を取り出して実施する構造材料の監視試験によって確認される。例えば、「もんじゅ」の場合の構造材料の監視試験では、原子炉容器、炉心支持板および炉心槽の各部材が対象とされている。
<図/表>
<関連タイトル>
高速増殖炉の構造設計 (03-01-02-05)
高速増殖炉の原子炉本体 (03-01-02-07)
ナトリウムの特性 (03-01-02-08)
高速増殖炉の蒸気発生器 (03-01-02-11)
<参考文献>
(1)動力炉・核燃料開発事業団:高速増殖炉もんじゅ発電所 原子炉設置許可申請書(1990年7月変更)
(2)動力炉・核燃料開発事業団:高速増殖炉の技術、日本工業新聞社(1985)
(3)IAEA:IWGFR/90,LMFBR PLANT PARAMETERS(1991)
(4)三浦正憲、他:トップエントリー型FBR実証炉の概要、日本原子力学会誌、Vol.35、No.4(1993)
(5)青砥紀身:高速炉構造用SUS316の開発とMK-III主中間熱交換器への適用、サイクル機構技報、No.21
別冊(2003年12月)
(6)長崎隆吉:原子力材料、第5章、日本金属学会(1989)
(7)石森富太郎(編):原子炉工学講座 燃・材料、培風館(1983年3月)
(8)動力炉・核燃料開発事業団:解説 高速原型炉高温構造設計方針 材料強度基準等、PNC TN241 85-08(1985)
(9)Kawasaki.N.et.al.:Recennt Design Improvemennts of Elevated Temperature Structural Design Guide for DFBR in Japan, SMiRT-15, Div.F, F04/4(1999)
(10)笠原直人、他:実用化高速炉構造設計基準のための研究開発、サイクル機構技報、No.20(2003年9月)
(11)科学技術庁(監修):FBR広報素材資料集(第2版)、日本原子力文化振興財団(1990年3月)