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EU(欧州連合)は、現在加盟国15カ国、総人口約3.8億人、
GDP総額8.4兆ドルを有する巨大な経済・市場統合体である。そのEUでは、成熟化しつつあるとはいえ今後の経済発展によって長期的には着実なエネルギー需要増大が予想される状況下、(1)地域内の主力エネルギー生産地である北海の石油・ガス生産停滞によるエネルギー輸入依存度の上昇とエネルギー安全保障問題、(2)競争導入によるEUの国際競争力強化と域内経済のさらなる統合強化を図るためのエネルギー市場自由化、(3)京都議定書による
地球温暖化ガス排出削減目標およびより長期的な温暖化対策の必要性、等の重要なエネルギー政策課題が浮上し、その対応が重視されるようになっている。
1.EUの環境政策
EUにおいて環境政策は、1987年の単一欧州議定書(Single European Act 1986)の発効以来、重要な政策として位置付けられ、その目的は1970年代から「行動計画」により公表されている。1992年の第5次環境行動計画「環境に配慮した持続性のある経済成長」は、1993年から2000年の行動指針を決め、新しい測定基準と環境問題を他の政策に取り入れるための幅広い義務を定めたEUの環境政策のガイドラインとなった。
これに続く第6次環境行動計画「環境2010:我々の未来、我々の選択」は、2002年に公表されたが、2001年から2010年におけるEUの環境政策の主要な優先事項と目的および対策の詳細を明らかにした。第6次計画の優先分野は、気候変動、自然と生物多様性、環境と健康、天然資源と廃棄物の4つが取り上げられており、これらの優先分野における改善を目指し、(1)既存の環境関連法を確実に実施すること、(2)すべての関連分野に環境への配慮を結びつけること、(3)解決策を見極めるために企業や消費者と密接に協力すること、(4)環境について、適切かつ入手しやすい環境情報を市民に提供すること、(5)土地利用に関して、より環境を意識した姿勢を育成することの5つの対策を打ち出した。なお、4大優先分野における目標を以下に示す。
1.1 気候変動
地球温暖化の原因となる二酸化炭素の排出量をEU全体で2008〜2012年までに1990年時点の排出量より8%削減するという内容の京都議定書を批准し、実行する。京都議定書における公約について、2005年までに極めて明らかな進捗を実現する。
1.2 自然と生物多様性
2010年までに生物多様性の衰退を止め、有害な汚染から自然と生物多様性の保護・回復に努める。
1.3 環境と健康・生活の質の改善
環境問題が人間の健康に影響を及ぼしているという認識の中で、包括的な環境と健康への取り組みが必要とされ、既存の法規制の実施および各分野におけるより一層の対策が必要である。特に、化学物質の環境と人間への健康破壊を1世代以内(2020年まで)に達成する。そのために、危険な化学物質は、より安全な化学物質か化学物質を使わない安全な代替技術への代替を進める。
1.4 天然資源と廃棄物
天然資源の消費とその影響が環境の持つ適応力を超えないものとし、また経済成長とバランスを保つ。この点から、
再生可能エネルギーからの発電を増やし、目安として2010年までに発電の22%を再生可能エネルギーによるものとすることを目標とする。また、廃棄物削減イニシアチブ、資源効率向上、維持可能な生産・消費パターンへのシフトを通し、大幅な廃棄物量削減を達成し、リサイクルを推進する。
なお、EUの環境に関わる法規制は、(1)廃棄物管理、(2)騒音、(3)大気汚染、(4)水質汚染、(5)自然および生物多様性の保護、(6)産業 の分野に分け、詳細に規定されている。
2.EUにおける環境対策支出の位置づけ
EUの統計局であるユーロスタットによると、1998年のEUにおける環境対策支出は公共部門(ただし廃棄物管理や下水処理などの環境関連専門のサービス供給事業者による支出を除く)では、約500億ユーロ、民間部門(産業)では約300億ユーロ(1999年では330億ユーロ)、あわせて約800億ユーロと推定されている。これらの額は、GDPに占める割合ではそれぞれ0.6%(公共)、0.4%(民間)、1%(合計)に相当する。また、1998年の民間部門(産業)における環境対策支出は約300億ユーロであったが、1999年EUの最新統計は336億ユーロとなった。これはGDPの約0.4%に相当し、GVA(総付加価値)に占める割合は2%となっている。
図1に環境対策支出のGDPに占める割合および国民1人当たりの金額を示す。
公共部門のGDPに占める割合が高い国は、オーストリアおよびオランダ(1.5%)、スウェーデン(0.9%)、スペイン(0.9%)であり、国民1人当たりの支出額ではオーストリアとオランダが高い。民間部門ではフランス(0.8%)、オーストリアとドイツ(0.6%)の3カ国が続く。公共部門における支出を分野別に見ると、EU15カ国平均では水質に対する支出が最も多く、全体の3分の1を占める。
表1に公共部門における環境投資支出の環境分野別内訳を、
表2にEU産業による環境保護対策への支出の内訳を示す。
3.環境関連の主な指令・規制
EUの法規制は、環境汚染管理とリスクマネジメントの視点から、
IPPC指令(統合的汚染防止管理指令)、
環境影響アセスメント指令(EIA指令)、化学事故にかかわる
セベソ2指令、そして環境管理・監査スキーム(EMAS規則)がある。これらは、4大柱として産業分野で最も重要視されている。
3.1 IPPC(統合的汚染防止管理)指令(96/61/EC)
IPPC(Integrated Pollution Prevention and Control)はEU環境法のなかで唯一、産業汚染を根源から総括的に管理する指令である。IPPC指令では事業の操業許認可制度を設け、EU内におけるさまざまな汚染源からの汚染を最小化することを目的としている。IPPC指令は1999年10月以降、定められた産業活動に基づき、全ての新規設備および大幅な変更を行う予定の既存設備に適用されている。これ以外の既存設備については2007年10月まで移行猶予期間が与えられている。
IPPC指令では、空気、水質、土壌の汚染管理について、エネルギー使用、廃棄物および事故防止に関する条項が規定されている。同指令の対象となる設備は操業許認可が必要なうえ、継続的な監査および許認可条件の更改の対象になる。IPPCの操業許認可には「利用可能な最善のテクニック(Best Available Technique,BAT)」を基にした排出基準および操業条件が規定される。指令では、
欧州委員会に対し、EU加盟国間や同指令の適用される産業間でBATの情報交換を行うことが求められ、欧州委員会内に設けられたEIPPCB(European Integrated Pollution Prevention and Control Bureau)が軸となって、BAT参照文書(Best Available Techniques Reference Documents,BREF)の作成・公開が行われている。BREFはEU加盟国政府が企業に対して操業許認可条件を設定する際の基準として考慮することを求められるものである。BREFは、欧州委員会環境総局ならびにEU加盟国、EFTA加盟国、EU新規加盟予定国、産業界、環境NGOから成る情報交換フォーラム(Information Exchange Forum,IEF)の合意を得たアウトラインおよびガイドラインに沿って作成されている。IEFはBREF作成のためのプログラムを毎年決定し、EIPPCBでは特定のプログラムに対して一定期間、各産業分野に参加国および産業界の専門家によって構成される技術作業部会(Technical Working Group,TWG)が設立される。また、IPPC指令では、一般市民にも各施設の排出量に関する責任についての情報が必要であるとの観点から、欧州汚染物質排出登録(EPER/European Pollutant Emission Register)を規定している。EU加盟各国政府は、定められた各産業における排出記録リストを保管し、各施設の排出状況を欧州委員会に対して報告しなければならない。
3.2 EIA(環境影響アセスメント)指令およびSEA(戦略的環境影響アセスメント)指令
EUにおける環境影響アセスメント制度は、特定の公共および民間事業の環境影響アセスメントに関するEU指令(EIA指令: Environmental Impact Assessment指令)(85/337/EEC)およびその改正であるEU指令97/11/ECに基づいている。これは「対症療法よりも未然防止に重点を置く」というEU環境政策の基本方針に基づくものである。
EIA指令は、事業認可の前に当該事業の環境への影響を特定して評価を行う環境影響アセスメントの手順を定めており、一般市民および環境関連機関との協議など、あらゆる評価結果が事業の認可手続きで考慮される。改正EIA指令では、加盟国内で、IPPC指令の要求事項とEIA指令の要求事項を合わせて単一の手順を設けることが認められている。
さらに、2001年7月、EUは戦略的環境影響アセスメント指令2001/42/EC(SEA指令/Strategic Environmental Assessment指令)を発効している。SEA指令は、政策、計画、プログラムに対する戦略的環境影響アセスメントで、従来EIAの意思決定過程に一般市民の意見を組み入れる仕組みを定めている。対象となるのは、公共の都市・農村計画や土地利用、交通、エネルギー、廃棄物、水、産業(鉱物抽出を含む)、電気通信、観光事業などの戦略的な計画やプログラムおよび特定の輸送インフラ計画やプログラムなどである。
3.3 セベソ2指令
セベソ指令は1982年に制定されたEU指令で、正式には「一定の産業活動に伴う重大事故の危険性に関するEU指令82/501/EEC」と呼ばれる。これは、1976年にイタリアのセベソにある殺虫剤・除草剤製造化学工場で発生したダイオキシン汚染事故を機に制定された。
その後、1996年12月に再制定が行われ、「重大事故の危険性の管理に関するEU指令96/82/EC」(いわゆるセベソ2指令)が採択された。セベソ2指令の目的は、危険物質による大規模災害を予防するとともに、災害が発生した際の人間および環境への危害を最小限に食い止めることにある。このため、同指令では化学物質の製造および保管について管理実施内容を規定し、安全管理システムの確立、工場施設の建設や変更の規制、監査システムなどを定めている。
3.4 EMAS規則
EMAS規則(Eco-Management and Audit Scheme Regulation/環境管理・監査スキーム規則)は1993年に
欧州理事会で採択された。産業分野を対象に、各企業が自発的に環境政策を導入することを推進する。EMAS制度に登録しようとする企業は、環境法規の遵守、汚染防止対策、環境実績の継続的向上を目指し、環境プログラムと環境管理システムを確立しなければならない。また、定期的に環境報告書(声明書)を公表する義務を負う。
<図/表>
<関連タイトル>
地球の温暖化問題 (01-08-05-01)
温室効果ガス (01-08-05-02)
地球温暖化防止対策のためのエネルギー・環境関連税 (01-08-05-33)
京都議定書(1997年) (01-08-05-16)
<参考文献>
(1)Statistics in Focus, Environment and Energy-Environmental Protection Expenditure in Europe.(Theme 8-14/2002)”,Eurostat、
http://www.epa.ie/pubs/docs/Environment%20in%20Focus2002.pdf
(2)(社)日本機械工業連合会:EUの環境政策と産業