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<概要>
 ブラジルでは、原子力政策の最高決定権は大統領に属しており、その下で、ブラジル原子力委員会(CNEN)が原子力関係の研究開発、安全規制を担当している。ブラジルの原子力関連事業は、法令に基づき、すべて国営会社によって実施されている。原子力発電所の運転は、ブラジル電力公社(エレトロブラス社:Eletrobras)傘下の国営電力会社(Furnas)が行っていたが、1997年からは国営のエレトロ・ニュークリア社(Eletronuclear)に引き継がれている。CNEN管轄下の国営企業では、機器メーカーのニュークレップ社(Nuclep)と商業的燃料サイクル事業を実施するブラジル原子力産業会社(INB)がある。
<更新年月>
2015年03月   

<本文>
1.原子力組織の改組(1988年及び1997年)
 ブラジルのサルネイ大統領は1988年8月に原子力産業界の再編を行うことを決定し、原子力発電所の建設・運転業務と燃料サイクル業務を分割した。この措置は、原子力開発公社(Nuclebras)が国内外に46億ドルにのぼる負債を抱え、当時建設中であったアングラ2号機と建設が中断していた3号機の両事業が膠着状態に陥るなど、窮地に追い込まれていた原子力産業界を救済することが目的であった。
 Nuclebrasはブラジル原子力産業会社(INB)に改名され、燃料サイクルのうちイエローケーキの生産までを担当することになった。Nuclebras所有の7つの子会社についてはそれぞれ民営化あるいは業務停止の措置を受けることになり、INBの規模は大幅に減少することになった。
 また、ブラジル原子力委員会(CNEN)はNuclebrasの研究部門「原子力技術開発センター」を吸収し、研究開発部門をすべて所掌することとなった。さらに、CNENは19の関係省庁、INB、一般市民代表を構成員とする「原子力政策高等審議会」を設置し、今後の原子力開発に関してそれぞれの立場の意見を反映させる体制を整備した。
 その後、Nuclebrasは解体され、その活動内容はCNEN、新たに設立されたブラジル原子力産業会社(INB)、ブラジル電力公社(エレトロブラス社:Eletrobras)に引き継がれた。このように、CNENは研究・開発を所掌し、INBは商業化可能な燃料サイクル事業(採鉱、製錬、燃料製造等)を、Eletrobrasは原子力発電所の運転・建設を行うことになった。INBの株式の51%はCNENが保有している。原子力発電所の運転については国営電力会社(Furnas)、原子力発電所の設計・建設についてはニュークレン社(Nuclen)が行うこととなった。
 1995年1月に国有財産の払い下げに関する法律が成立し、民営化が一層進められたことを受け、ブラジル政府は1997年6月、Furnasの原子力発電部門とアーキテクト・エンジニアリング企業であるNuclenを統合させ、国営のエレトロ・ニュークリア社(Electronuclear:ETN)を設立した。これは、Furnasも民営化の対象になっていたが、民間事業者が原子力関連事業を行うことは法律によって禁止されているため、民営化に先立ち原子力発電部門を分離する目的で実施された。ETNは、アングラ1、2号機(PWR、1号機:64万2,000kW、2号機:135万kW)の運転を行うほか、建設が中断されていた同3号機(PWR、140万5,000kW)のプロジェクトを引き継いだ。アングラ3号機は2018年の運開を目指して建設中である。

2.原子力委員会(CNEN)及び関係機関の役割
(1)原子力委員会(CNEN)
 原子力政策についての最高権限は大統領にある(図1参照)。エレトロブラス社(Eltrobras)は鉱業・エネルギー省を通じて大統領に報告する一方、原子力委員会(CNEN)は科学技術省を通じて大統領に報告する。CNENは、ブラジルの原子力技術の自立化を目指して、1956年に設立された。CNENは、研究開発局(CNEN/DPD)、放射線防護・安全局(CNEN/SDRS)、組織管理局から構成され、職員数は2,000名を超えて、そのうち85%が技術系である。研究開発局は、燃料サイクル、原子炉技術、ラジオアイソトープの生産・利用、核物理・化学等を担当し、放射線防護・安全局は、放射線防護、原子力発電所や各種原子力施設の安全・規制・許認可の責任を持っている。
(2)原子力の研究開発機関(図1及び図2参照)
 組織変更の結果、それまでは民間と軍が行っていた研究・開発をCNENが行うこととなった。研究・開発資金はCNEN自身と民間(主としてウラン採掘公社)からの出資で賄われている。
 CNENは、原子力技術開発センター(CDTN、ベロホリゾンテ)、原子力エネルギー研究所(IPEN、サンパウロ)、原子力工学研究所(IEN、リオデジャネイロ)、放射線防護・測定研究所(IRD、リオデジャネイロ)の4つの原子力研究所を持っている。
 IPENの研究炉 IEA-1は出力2,000kWで、サイクロトロンでさまざまな種類の医学・産業用アイソトープを生産している。また、IPENに隣接するアラマール試験場ではブラジル海軍技術センター(CTMSP)と共同でウラン濃縮技術も確立している。
 一方、サンパウロ大学において国産濃縮ウラン(4%濃縮ウラン212kg)と国産原子炉技術を使った100kWの実験炉が1988年11月から運転を開始している。
(3)ニュークレップ社(Nuclep)
 Nuclepは、CNEN監督下の国営企業として1975年に設立され、アングラ2号機以降の原子力発電所に必要なあらゆる重機器を供給している。ただし、ブラジルの原子力発電開発計画が10年近く凍結されていたため、同社は、石油化学工業向けの蒸気発生器(SG)やブラジル海軍の潜水艦用機器、水力発電タービンの製作などで凌いできた時期もあった。同社は国営企業として、民間に技術や機器、人材、プラントの提供などのサービスを行い、1994年11月にはブラジルの企業として初めてISO 9001を認証された。
(4)ブラジル原子力産業会社(INB)
 INBは、上記のとおりブラジルの商業用燃料サイクル会社である。同社の予算は1995年には4,100万ドルとなり、1992年予算から倍増したが、INBのフロントエンド部門での事業展開は、ウラン採鉱と処理、燃料集合体の製造・組立てに限られていた。しかし、ブラジルの原子力産業の再活性化によって、INBは国内におけるあらゆる燃料サイクル部門のニーズに対処出来るよう準備を進めており、原子力機器・サービスの輸出も検討している。

3.保障措置
 ブラジルは、軍事政権時代に秘密の核兵器研究開発計画を進めてきたが、1988年の新憲法の導入を契機に核開発の放棄を宣言した。ブラジルとアルゼンチンは、1990年11月に両国において核兵器の生産と実験を禁じる共同宣言を行い、1967年に署名のために開放されたトラテロルコ条約(ラテンアメリカ非核化条約)に基づく包括的保障措置協定受け入れに関して、国際原子力機関と交渉を開始した。なお、1990年に、両国政府によって核物質計量管理機関(ABACC:Brazilian-Argentine Agency for Accounting and Control of Nuclear Materials)が設置された。上記の共同宣言に基づき、1991年1月に両国にあるすべての原子力施設と核物質のリストを交換し、共通計量管理システムの下での第1回査察を実施した。
 さらに、ブラジル、アルゼンチン両国は1991年12月13日、ウィーンのIAEA本部で最終的にフルスコープ保障措置協定に調印した。同協定は、アルゼンチン、ブラジル、IAEA、ABACCの4者の間で結ばれ、両国内のすべての原子力活動にかかわる全核物質、及び核物質の輸出に対して、IAEAによる保障措置が適用される。
 ブラジルは1998年7月13日、核不拡散条約NPT)と包括的核実験禁止条約(CTBT)を批准し、F.カルドーゾ大統領が署名した。同国の批准により、NPT条約国は187カ国、CTBT条約国は16カ国となった。
 ブラジルは、アングラ1号機を例外とすれば、主に旧西ドイツとの原子力協力協定(1975年発効)に基づく国際協力によって原子力開発を進めてきた。同協定は最初の15年間の協定期限が切れたものの、自動延長されている。ドイツとの協定には、核燃料サイクルと原子力発電全般にわたる幅広い分野での協力及び技術移転が明記されている。
 ブラジルはドイツのほかに、ロシア、アメリカ、アルゼンチン、チリ、ペルー、イギリス、中国等とも原子力協定を結んでいる。1994年9月に、ブラジルとロシアは原子力の平和利用に関する協力協定に調印した。両国は、基礎研究、制御熱核融合、研究炉、放射性同位元素(RI)の製造、放射線防護、及び原子力安全の各分野で協力することになった。また、ブラジルとロシアは2000年7月、原子力発電の開発、特に小型炉の建設について協力する協定を新たに結んだ。また、ブラジルは2010年5月にトルコ、イランとの間で研究炉向けの核燃料の交換協定を締結している。
 日本との原子力協力協定については2014年現在、締結交渉が継続中となっている。
(前回更新:2003年1月)
<図/表>
図1 ブラジルの原子力開発体制
図1  ブラジルの原子力開発体制
図2 ブラジルの主な原子力関係機関の所在地図
図2  ブラジルの主な原子力関係機関の所在地図

<関連タイトル>
核兵器不拡散条約(NPT) (13-04-01-01)
トラテロルコ条約(ラテンアメリカ及びカリブ核兵器禁止条約) (13-04-01-06)
ブラジルの原子力発電開発 (14-08-03-02)
ブラジルの核燃料サイクル (14-08-03-03)

<参考文献>
(1)「原子力年間」編集委員会:原子力年鑑 2015(2014年10月)、p.200-202
(2)日本原子力産業会議:世界の原子力発電開発の動向(2014年次報告)(2014年1月)、p.36
(3)ブラジル原子力委員会(CNEN):http://www.cnen.gov.br/
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