<大項目> 海外情勢
<中項目> 旧ソ連・東欧各国
<小項目> チェコ
<タイトル>
チェコの国情およびエネルギー事情 (14-06-07-01)

<概要>
 1989年末に旧チェコスロバキアは市場経済への道を歩み始め、不況に見舞われたが、1993年1月のチェコとスロバキアへの分離独立以来回復し、順調な成長を遂げた。通貨危機等で1997年から1999年までマイナス成長を記録したが、2000年以降プラス成長を続けた。2008年の金融危機による輸出の減少で2009年はマイナス成長となったが、2010年以降緩やかな成長が続いている。エネルギーの主体は石炭であるが、環境への懸念から原子力発電の増設、再生可能エネルギー利用の強化を目指している。EU加盟直前の2004年に承認されたエネルギー政策では、1)エネルギー効率の最大限の追及、2)一次エネルギー供給構成の最適化、3)環境に対する最大限の配慮、4)エネルギー部門の再編・自由化の完成、を目標としている。EUの気候変動パッケージ(気候変動対策に関する一連の法令)の成立など国内外の情勢変化に対応するため、新たなエネルギー政策の策定が進められている。
<更新年月>
2011年12月   

<本文>
1.国情
 旧チェコスロバキア共和国は1993年1月、チェコ共和国とスロバキア共和国に分離独立した。チェコ共和国の国土面積は78,867平方キロメートル(日本の5分の1弱)で、人口は2010年現在で1,052万人である(首都プラハの2010年現在の人口は121万人)。また、39%がカトリック教徒でプロテスタントは4%である。チェコ共和国の地図を図1に示す。
 1989年、東欧諸国の社会主義体制は次々に崩壊し、旧チェコスロバキアでは民主改革派への政権移譲が円滑に行われ、市場経済への道を歩みだした。しかし、経済はコメコン(COMECON:旧ソ連・東欧共産圏諸国の経済相互援助会議)市場の喪失、その後のIMF(国際通貨基金)の要請による急激な経済改革などによって失速を余儀なくされた。チェコの経済は1990年から下降を始め、GDPでマイナス1.2%、1991年にはマイナス14.2%、1992年にはマイナス7.2%の大幅な下降を経験した。しかし、1993年にはプラス0.6%に転じ、景気回復の兆しも見え始めてきた。1993年1月1日のスロバキアとの分離独立がチェコ側の経済的負担を軽減させ、経済回復の一因であったといわれている。さらに1994年には2.7%、1995年には4.8%と経済は回復に向かった。
 1990年代初めからバウチャー方式(注:株式購入権であるバウチャーにより、民営化される企業の株式あるいは投資基金の株式を購入する)による大規模民営化プログラムが実施され、1998年までに公共事業体、戦略的企業を除く80%を超える企業が民営化された。OECD加盟の準備を進めていた1994年頃から経済にかげりが見え始めたが、1995年11月には良好な経済実績と民営化の進捗が評価され、旧社会主義国では初めてOECDへの加盟を果たした。
 しかし、その後法制度の未整備等を背景に不正蓄財の横行、不良債権の蓄積等様々な問題に直面し、1996年には経常収支の赤字が1995年の3倍に膨らんだ。
 経常収支の急激な悪化が外国人投資家に不信を抱かせ、1997年4月にはチェコ通貨のコルナ(Kc/CZK)の売り圧力が強まった。チェコ政府は包括的経済政策を発表して歳出の削減につとめたが不信感は払拭できず、1997年5月にはさらに深刻な通貨危機を招いた。このため、政府は追加策として安定化回復プログラムを発表し、これに基づいて中央銀行は固定相場制から変動相場制への移行を宣言した。この結果、為替レートはコルナ安に向かい、通貨危機の元凶であった貿易赤字は徐々に改善され始めた。この経常収支の赤字や通貨危機を招いたクラウス首相の責任が厳しく追及され、1997年11月、クラウス首相は退陣に追い込まれた。
 1998年になると公共料金の値上げや賃金抑制による国内需要の冷え込みにより、経済危機はさらに深刻化した。1997年から1999年まで3年連続マイナス成長を記録したが、直接投資の拡大が景気を引っ張る形で設備投資全体が回復し、2000年以降プラス成長を続けた。2004年5月にEUに加盟したことから貿易障害の多くがなくなり、内需拡大及び輸出増加により2005年以降6%台の高い成長を続けていたが、2008年に入ると物価上昇やコルナ高の影響を受け、緩やかに景気減速し始めた。さらに、同年9月の国際金融危機以降、主要貿易相手国の景気低迷の影響を受け、急激に景気が低迷し、2009年にはマイナス4.1%まで減速した。ドイツを始めとした周辺諸国の景気回復に伴い、2010年は2.2%の成長となった。その後も緩やかな成長が続いているが、財政赤字削減のために実施している緊縮財政政策がマイナスに影響することが予想される。

2.エネルギー事情
2.1 エネルギー資源
 チェコは石炭(瀝青炭)及び褐炭の資源は豊富であるが、その他に目立った資源がない。チェコ政府によれば、2008年末の石炭の可採埋蔵量は1.9億トンとされている。北モラビアのアッパー・シレジア盆地のオストラバ・カルビーナで比較的高品位の石炭が埋蔵されているが、坑内掘りで採算性は悪い。アッパー・シレジア盆地はヨーロッパで最大級の石炭田で大部分はポーランドにあるが、約6分の1はチェコに属する。一方、褐炭の可採埋蔵量は9.1億トンと評価されている。主な褐炭田は北ボヘミアにあり可採埋蔵量の79%を占め、比較的良質の褐炭が埋蔵されている。2008年現在、北ボヘミア、西ボヘミア及び南モラビアで採掘しており、効率的で経済的な露天掘りはボヘミアで行われている。
 旧チェコスロバキアのウラン生産は第二次世界大戦終了直後の1946年に始まった。1946年から1991年12月のソ連崩壊までの期間、チェコスロバキアで生産されたウランはすべて旧ソ連に輸出され、旧ソ連の核開発及び原子力発電所用核燃料として使用された。最初にJachymov鉱山とHorni Slavkov鉱山で生産され、1960年代半ばに操業を終了した。主要な鉱脈型鉱床であるPribramは1950年から1991年まで操業した。1960〜1990年まで年間2,500〜3,000トンU(ウラン、以下同じ)生産されていたが、2009年には255トンUまで減少した。探鉱は1989年まで組織的に続けたが、同年にすべてのウラン関連活動を縮小することを決定した。チェコの既知ウラン資源の主要部分は23鉱床に存在しており、そのうち20鉱床は終掘または閉鎖(注:Strazは1995年に閉鎖、1996年からインシチュリーチング(ISL)鉱山の環境回復措置のもとでウラン抽出)され、現存する鉱床のうち、1ヵ所(Rozna)で採掘中である。また2ヵ所(Osecna-Kotel及びBrzkov)に将来採掘可能な資源がある。2009年1月現在、既知資源量は502トンUと見積もられており、内訳は確認資源量が80ドル/kgU以下で採掘可能なもので432トンUとされ、推定資源量が80ドル/kgU以下で採掘可能なもので70トンUとされている。また、未発見予測資源量は80ドル/kgU以下で採掘可能なもので180トンUとされている。探査及び採掘を含むウラン関連の事業は国有会社DIAMO社が行っている。図2にチェコの主要ウラン鉱床を示す。
2.2 エネルギー需給
(1)エネルギー生産
 2010年の一次エネルギー生産量は、前年比1.3%増の1,306PJ(ペタ・ジュール=1015ジュール≒0.0239×100万石油換算トン)であったが、2008年の水準には達していない。一次エネルギー生産の種別構成では、2010年は固体燃料が全エネルギー生産の74%を占め、ついで一次電力・熱が24%を占めた。液体燃料とガス燃料は両者合わせ2%であった。一次電力・熱の大部分を占める原子力はエネルギー生産の23%を占めている。2000年の構成では、固体燃料が87%、一次電力・熱が12%を占めており、液体燃料及びガス燃料が1%だったので、この間に固体燃料の構成が13ポイント下がった分、一次電力・熱が上がるという状況が作られている。固体燃料の生産量は2000年以降ほぼ同水準を維持していたが、2008年以降若干減少している。石炭は2008年に1,270万トン生産された。褐炭は2008年に4,770万トン生産されたが、このうち3,760万トンは北ボヘミアで採掘された。このうち2,230万トンはチェコ電力グループのSeveroceske炭鉱会社によって採掘され、チェコ電力の火力発電所で大部分が使用されている。表1に一次エネルギー需給の推移を示す。
(2)エネルギー供給
 一次エネルギー生産量にエネルギー正味輸入量(輸入量−輸出量)を加えた一次エネルギー供給量は、2010年に前年比5.3%増の1,837PJであった。エネルギー種別では固体燃料が846PJ(シェア46%)、液体燃料が401PJ(同22%)、ガス燃料が335PJ(同18%)、一次電力・熱が255PJ(同14%)であった。2000年と比較すると、供給量全体では11%増加し、エネルギー種別では固体燃料(同55%)が減少し、液体燃料(同19%)、ガス燃料(同19%)及び一次電力・熱(同7%)は増加した。
(3)エネルギーの需給バランス及び最終エネルギー消費
 一次エネルギー供給量に占める一次エネルギー生産量の比率をエネルギー自給率とすれば、2004年以降は72〜73%であったが、2010年は71%となった。2000〜2003年は、74〜75%であったことから自給率は減少傾向にあるが、EUの中では最も自給率が高い国の一つである。
 供給量と自給量のギャップを埋める輸出入についてその推移をみると、ガス燃料の純輸入量は2000年以降、減少傾向にあり、液体燃料の純輸入量は2000年以降、増加傾向にある。一方、固体燃料及び電力については一貫して輸出商品とされている。
 最終エネルギー消費量は、2000年を底に長期的には増加傾向にあったが、2008、2009年は減少した。2010年の最終エネルギー消費量は、前年実績を8.3%上回る1,114PJに回復したが、2007年の水準には達していない。

3.エネルギー政策
 現行のエネルギー政策(原題は「国家エネルギー構想」、以下「2004年エネルギー政策」と呼ぶ)は、EU加盟直前の2004年3月10日に承認された。
 2004年エネルギー政策は、2030年までの30年間を展望した長期の政策ビジョン、目標及び諸施策、さらに長期エネルギー見通しからなっている。政策ビジョンでは、エネルギー部門の長期発展の枠組みを規定する主な優先事項として、自立性(国外エネルギー源からの自立、危険地域にあるエネルギー源からの自立、輸入エネルギーの不安定な供給からの自立)、安全性(原子力安全を含めたエネルギー源の安全性、すべてのエネルギーの供給信頼度、エネルギーシステムの合理的な分散化)及び持続的発展(環境保護、経済及び社会的発展)の確保が謳われている。
 また、目標には 1)エネルギー効率の最大限の追及、2)一次エネルギー供給構成の最適化、3)環境に対する最大限の配慮、4)エネルギー部門の再編・自由化の完成、が掲げられている。これらの目標について、表2に示されているような状態の達成が見込まれている。
 京都議定書におけるチェコの温室効果ガス排出量の目標は2008〜2012年で1990年比−8%であるが、2008年で−27.2%を達成している。2008年の再生可能エネルギーによる発電電力量は国内総消費電力量の5.2%で、2004年エネルギー政策の目標である2010年までに8%の達成は困難な状況である。
 EUは2007年3月の首脳会議で、気候変動対策として2020年までに温室効果ガスを1990年比20%削減、エネルギー効率を20%改善、エネルギー消費量に占める再生可能エネルギーの割合を20%にすることを約束し、2008年12月には、欧州議会が気候変動パッケージ(気候変動対策に関する一連の法令)を採択した。この中で、チェコは最終エネルギー消費に占める再生可能エネルギー比率を2005年の6.1%から2020年までに13%にすることを約束している。
 2004年エネルギー政策は、2005年と2010年に見直されているが、国内外の情勢変化に対応するため、2010年7月に発足した中道右派政権により2060年までを見通した改訂が行われている。国内資源を活用しつつ原子力発電を拡大するシナリオと再生可能エネルギーを大幅に拡大するシナリオが検討されている。
(前回更新:2002年1月)
<図/表>
表1 チェコ共和国の一次エネルギー需給
表2 チェコ共和国のエネルギー政策の主な目標
図1 チェコ共和国の地図
図2 チェコ共和国の主要ウラン鉱床

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<関連タイトル>
チェコの原子力事情 (14-06-07-02)
ボフニチェ原子力発電所(チェコ・スロバキア)のIAEAによる安全調査 (14-06-07-03)
スロバキアの国情およびエネルギー、電力事情 (14-06-08-01)
スロバキアの原子力事情 (14-06-08-02)

<参考文献>
(1)海外電力調査会(編集発行):海外諸国の電気事業 第2編 2010年、(2010年3月)、p.92-105
(2)OECD/NEA−IAEA共同報告書、ウラン2001:資源・生産および需給、p.144-153、ウラン2009:資源・生産および需給、p.179-189
(3)IAEA ホームページ:Nuclear Fuel Cycle Information System
(4)外務省ホームページ/各国・地域情勢/欧州/チェコ共和国
(5)IEA, Energy Policies of IEA Countries, The Czech Republic, 2010 Review
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