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<概要>
 スイスの原子力発電は、5基の発電所によって総発電電力量の約40%の電力を供給し、水力(約6割)に次ぐ主要な電源と位置付けられている。原子力発電所は1960年代後半〜70年代前半にターンキー(完成品引渡し)方式により外国メーカーに発注された。同国のブラウンボベリ社(BBC)は、原子炉の建設技術で国際的な評価も高かったが、スウェーデンのアセア社との合併を経て、2000年5月に英国BNFLに買収され、同じく1999年にBNFLに買収されたウェスチングハウス(WH)社の原子力事業部門と統合、ウェスチングハウス・エレクトリック・カンパニーとして成立した。現在、東芝グループの一翼を担う。
<更新年月>
2010年10月   

<本文>
1.電源開発
 アルプス山系を抱えるスイスは、水力発電が重要な電源として開発されたが、ほとんど頭打ちとなり、近年、新規の水力開発は国民投票によって禁止されている。大型の火力発電も燃料輸送、環境汚染等の問題のため導入が難しいことから、1960年代半ば以降、原子力発電が導入された。1970年後半から1980年代前半にかけて準国産エネルギーである原子力発電は国民大半の支持を得ていた。しかし、5基の原子力発電所が完成した1970年初期ごろから、反対運動が強くなり、カイザーアウグスト発電所の立地は頓挫した。チェルノブイリ事故を受け1990年に行われた国民投票の結果、原子力発電所の建設は10年間凍結となった。
 2001年1月、連邦政府は「スイス・エネルギー」を発表し、化石燃料消費の削減と二酸化炭素排出量の削減を目標に、エネルギー効率と再生可能エネルギーの開発をエネルギー戦略としていたが、原子力発電所が運転寿命を迎える2020年以降、深刻な電力供給不足が心配されることから、2007年2月には大容量発電所の建設がエネルギー戦略に加わった。移行的措置としてコンバインド・サイクル・ガスタービン(CCGT)が推奨され、長期エネルギーとしては原子力オプションの堅持が盛り込まれている。なお、2003年の原子力法の改正で、原子力発電所の運転期間に制限を設けないことや、新規発電所建設の凍結は解除されている。
2.スイスの電気事業
2.1 スイスの電気事業の概要
 スイス国内で消費した2007年のエネルギーの総量は、2,703万石油換算トン(toe)で1990年に比べ約8.2%増加している(図1参照)。その内訳は石油42%、原子力27%、水力11.2%、天然ガス9.7%、石炭0.6%で、化石燃料は全て輸入されており、エネルギー全消費量の約55%〜60%を海外からの輸入に依存している。また、2008年のスイスの電力消費量は、575億kWhである。消費電力量の分野別内訳は、家庭用31.2%、工業用31.7%、サービス用27.2%、輸送用8.2%、農業用1.7%となっている(図2参照)。一方、2009年のスイスの総発電電力量は665億kWhとなっている。総消費量との差は約90億kWhと大きくなっているが、これには送変電ロスと、スイスと周辺諸国との電力輸出入の差分でスイスからの出超となった量約21億kWhが含まれる(図3参照)。総発電電力量の内訳は、原子力39.3%、貯水式水力31.6%、流込式水力24.2%、火力その他4.9%で、発電電力量の約96%を国産エネルギーである原子力と水力で賄っているのが特長である。特に氷河からの融水を利用した水力発電は55.8%と高く、気象条件等に絡んだ発電量の変動が、スイスと周辺諸国との電力融通規模に拍車をかけることになる。
2.2 スイスの電力輸出入の状況
 スイスは、欧州最大の融通電力調整機関UCTE(Union for the Co-ordination of Transmission of Electricity)に加盟している。UCTE参加国はベルギー、ボスニア・ヘルツェゴビナ、ドイツ、ルクセンブルグ、スペイン、オランダ、フランス、オーストリア、ギリシャ、ポルトガル、イタリア、スイス、スロベニア、チェコ、クロアチア、ハンガリー、ユーゴスラビア、ポーランド、マケドニア、スロバキアなど20ヶ国にのぼり、UCTEは電力融通だけでなく、EC指令「電力自由化」を円滑実施するための機能も担う。欧州には、その他に北欧諸国で構成されるNORDEL、英国のUKTSOA、アイルランドのATSOI等の電力融通組織があり、さらに欧州内の電力取引の円滑化、電力市場の形成のため1999年6月にはETSO(European Transmission System Operator)が組織された。
 スイスの2009年の電力輸出入量を図4に示す。電力輸出量は541.6億kWh、電力輸入量は520億kWhで、この中にはフランス・イタリア間の通過電力も含まれ、融通電力量はUCTE諸国全体の約20%を占める。スイスの送電系統は8電気事業者所有の380kVと220kVの送電線により構成され、2004年12月からスイスグリッド(Swissgrid)により運用されている。スイスグリッドは2008年1月からスイス送電系統運用者(TSO)の地位を獲得し、電気事業者は送電事業を分離・独立させ、2013年1月までに送電資産をスイスグリッドの株式と交換することになっている。また、隣接国連系線の混雑緩和のため、送電網の整備が順次行われている。
2.3 スイスの電気事業の形態
 スイスの電気事業は、発送配電を受け持つ大規模な電気事業者と、小規模の発電事業者、州レベルまたは地域レベルの送配電会社、小規模の地方配電会社が混在する自然発生的な形態となっているが、今後電力自由化が進展するにつれ、電力会社の統合化がさらに進むと見られている。具体的には、発送配電の一貫会社が6社、独立系発電会社が約80社、州営広域送配電会社が約30社、小規模地域配電会社が約900社となっている。主要な電力会社はAlpiq(Atel Aare-Tessin AG+Energie Ouest Suisse EOS)、Axpo(Centralschweizerische Kraftwwerke+Elektrizitats-Gesellschaft Laufenburg EGL AG+Nordoestschweizerische Kraftwerke NOK)、BKW FMB Energy Ltd、Stadt Zurich(Elektrizitatswerk der Stadt Zurich - EWZ)である。電気事業者のほとんどが州政府または地方自治体の管理下にある公的独占企業で、フランスEDF、ドイツE.on、EnBWなどの外国資本の比率は10%未満である。
2.4 電力市場の自由化
 スイス政府は、世界的な自由化の流れに呼応し、1999年12月に電力市場法案(EMG法案)を可決し、段階的な市場開放をめざした。しかし、労働組合や左翼、環境保護団体は失業者の増大や国外企業の参入などを理由にEMG法に反対。電力業界も移行に伴うコスト抑制のため、期間を延長すべきと主張してきた。そうした中で、電力市場自由化法の賛否をめぐる国民投票が2002年9月22日実施され、賛成97万1775票(47%)、反対107万8112票(53%)となり、同法は否決された。EMG法案によると、自由化の対象は最初の3年間が年間2000万kWh以上(約110社)、4〜6年間が年間1000万kWh以上の需要家(約250件)、7年目の2009年に完全自由化となる見通しだった。
 その後、連邦政府はEU加盟諸国で電力の自由化が進む一方、スイスで市場開放を遅らせるのは不利益と判断し、2004年6月に電力供給法(Stromversorgungsgesetz)を作成し、2008年1月発効した。同法では独立の規制機関として電力委員会(ElCom:ElektrizitatsKommssion)と独立送電系統運用者(TSO)の設立、系統への公平で非差別的なアクセス、配電部門のその他事業部門からの会計分離などが規定されるとともに、安定供給や料金の上昇に対する国民の不安に対処するために、需要家保護や公共サービス義務に対する規定も含まれている。政府は2013年から全面自由化実施の政令を公布する予定であるが、移行に先立ち再度国民投票が実施される可能性もある。
3.原子力産業
 スイスの原子力発電所は、ターンキー契約(完成品引渡し方式)で外国メーカーに発注され、以後の燃料供給その他も国外のメーカーに発注されている。しかし、スイスには従来からブラウンボベリ社(BBC:Brown Boveri et Cie)やズルファー社等の重機器メーカーや精密計器メーカー等があり、主契約原子力メーカーとの技術協力、下請等で原子力産業に進出している。アーキテクト・エンジニアリング関係にもモーターコロンバス社(現コレンコ・パワー社)やエレクトロワット社等が実績を積んでおり、国際的に高い評価を受けている。
 なお、BBCは1988年1月、スウェーデンのアセア社と合併し、欧州最大規模の重電気メーカーであるアセア・ブラウンボベリ(ABB)社が誕生した。ABB社の原子力部門は、PWRとBWRの燃料、原子力エンジニアリングと運転支援サービスを全世界にわたって供給し、ABB社はBWRのサービスと燃料で世界市場の約11%を、PWRでは市場の6%を占めていた。しかし、世界的な原子力産業界再編の流れの中で、英国原子力燃料会社(BNFL)がABBの原子力部門を2000年5月に買収し、同じく1999年に買収したウェスチングハウス(WH)社の原子力事業部門と統合してウェスチングハウス・エレクトリック・カンパニーとなった。2006年10月以降、BNFLから離れ、東芝グループの一翼を担う。
 2010年10月現在、スイスで運転中の原子力発電所は5基、340.5万kW(図5参照)。発電のほか、熱供給源としても利用されている。表1にスイスの原子力発電所5基の炉系統供給、タービン・発電機(TG)等の供給者およびアーキテクト・エンジニアを示す。ゲスゲンのKWUを除き、炉系統供給の主契約者は、PWRはWH社、BWRはゼネラルエレクトリック(GE)社。タービン・発電機供給の契約者はBBC。さらに、アーキテクト・エンジニアは、BBCの他、ギップス&ヒル社(G&H)が主契約者となっている。
(前回更新:2003年1月)
<図/表>
表1 スイスの原子力発電所の主契約者等
表1  スイスの原子力発電所の主契約者等
図1 スイスの一次エネルギー供給バランスの推移
図1  スイスの一次エネルギー供給バランスの推移
図2 用途別消費電力量の推移
図2  用途別消費電力量の推移
図3 スイスの電源別発電電力量の推移
図3  スイスの電源別発電電力量の推移
図4 スイスの電力輸出入バランス
図4  スイスの電力輸出入バランス
図5 スイスの原子力発電所
図5  スイスの原子力発電所

<関連タイトル>
スイスのエネルギー政策と原子力政策・計画 (14-05-09-01)
スイスの原子力発電開発と開発体制 (14-05-09-02)
スイスの原子力安全規制体制 (14-05-09-03)
スイスの核燃料サイクル (14-05-09-04)
スイスのPA動向 (14-05-09-06)

<参考文献>
(1)(社)海外電力調査会:海外諸国の電気事業 第2編 2010(2010年3月)、p.65-75
(2)(社)日本原子力産業会議:世界の原子力発電開発の動向 2001年次報告(2002年5月)、p.4-7、52-53
(3)(社)日本原子力産業会議:原子力年鑑 平成2003年版(2002年11月)、p.396-398
(4)(社)日本原子力産業協会:原子力年鑑 平成2010年版(2009年11月)、p.242-246
(5) (社)日本原子力産業協会:世界の原子力発電開発の動向 2010年(2010年5月)
(6) 国際エネルギー機関(IEA:International Energy Agency)、Switzerland Statistics
(7)スイス連邦政府エネルギー局(BFE):Schweizerische Elektrizitatsstatistik 2009(2010年6月)
(8)Kernkraftwerk Gosgen、http://www.kkg.ch/upload/cms/user/110_Kernkraftwerke_der_Schweiz.pdf
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