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<概要>
 スイスは化石燃料資源に恵まれない内陸国で、石油など一次エネルギーの60%は輸入に依存している。しかし、電力供給では、豊富な水力資源を利用し、水力発電が発電電力量の約60%を占める。これに加えて原子力発電が約35%を占め、両者を併せてスイスの電力需要のほぼすべてを賄っている。
 原子力発電については、1990年の国民投票で10年間の開発の凍結が決まった。1999年モラトリアム失効に向け、反対派は新規建設凍結の延長と既設原子炉の運転制限および、既設原子炉の段階的閉鎖と再処理禁止のイニシアチブを政府に提出したが、2003年5月の国民投票では約60%の反対により否決され、原子力モラトリアムは解除された。
 これを受けた連邦政府は、2005年2月に原子力法を改正し、原子力開発政策を打ち出した。改正法では、原子力発電の堅持と既設発電所の運転期間制限の解除、新規建設の凍結解除とともに、新規原子力施設の建設に関する国民投票の実施、承認には立地州、近隣州および郡の審議参加、州の拒否権の廃止、許認可手続きの一元化、海外再処理委託の10年間の凍結が盛り込まれた。さらに2007年2月の「2035年までのエネルギー見通し」で連邦政府は、中長期ベース電源として原子力発電所のリプレースとガス・コンバインドサイクル発電設備の建設が必要であると報告している。
<更新年月>
2010年10月   

<本文>
1.一次エネルギー・電力
 スイスは化石燃料資源に恵まれない内陸国で、石油など一次エネルギーの約60%は輸入に依存している。一次エネルギー供給の2007年の内訳は石油42%、原子力27%、水力11.2%、天然ガス9.7%、石炭等その他が8.4%である(図1参照)。一方、2009年のスイスの電力供給では、豊富な水力資源を利用し、水力発電が発電電力量の約56%を占める。これに加えて原子力発電(5基、340.5万kW)が発電電力量の39.3%を占める(図2参照)。火力発電等はわずか4.9%にすぎず、水力と原子力を合わせて純国産エネルギーがスイスの電力需要の大部分を賄っている。しかし、氷河からの融水を利用したスイスの水力発電は冬期はダム・河川が凍結するため、10月〜3月は原子力シェアが約45%と増え、消費電力の約15%を輸入に依存しなければならない(図3参照)。
2.政策決定の特徴
 スイスは26の州(カントン)で構成される連邦国家で、政策決定は直接民主主義というスイス独特の考え方に基いている。すなわち、連邦には2院制の議会と議会から選出された行政府が存在するが、各州は独自の法律と議会、政府を持ち、憲法で連邦権限とされるもの以外はすべて州の権限である。さらに、国民は州レベルでも連邦レベルでも住民あるいは国民投票を要求する権利を有し、重要な問題は国民投票で決定されることが多い。
 原子力、エネルギー政策については、従来、原子力が連邦の権限とされる一方、エネルギーは州の権限とされてきた。しかし、1990年の国民投票を受けて、1991年の政令さらに1998のエネルギー法によって、憲法にエネルギー条項が加えられ、エネルギー分野においても、連邦政府がある程度の権限を持つよう変更されている。
3.スイスの原子力政策とエネルギー政策
3.1 原子力モラトリアムまでの政策(〜2000年)
3.1.1 原子力政策
 従来、原子力は水力と並んでスイスの重要なエネルギー源の一つと位置付けられ、原子力開発を開始したのも早かった。第1回ジュネーブ会議で原子力の平和利用の道が開かれると、早速、1957年に憲法を改正し、原子力に関する立法は連邦の権限とするとともに、1959年には原子力法が制定された。これにより原子力開発が連邦主導により開始された。
 スイスがこのように早くから原子力開発に着手したのは、自国に優れた重電メーカーが存在するなど工業技術水準が高かったことに加えて、国防などにみられる永世中立国として強い自立の意識を持っていたことも一因としてあげられよう。原子力開発はその後、1970年代の石油危機によってさらに積極的に進められることとなった。しかし、1986年のチェルノブイリ事故を契機に、スイスでも原子力反対の動きが活発化し、政府は原子力政策の見直しを迫られるようになった。1990年9月には、以下の3点のエネルギー政策に関するイニシアチブが請願され、国民投票が行われた。
(1)原子力エネルギーからの段階的な脱却に関する国民イニシアチブ
(2)新規の原子力発電所建設の10年間凍結に関する国民イニシアチブ
(3)連邦政府に省エネルギー促進の責任を与える憲法改正に関する政府提案
 国民投票では、(1)の脱原発は52.9%の反対で否決され、(2)の10年間のモラトリアムは54.6%の賛成で採択、(3)の省エネ政策も71%の賛成で採択された。これにより、1990年9月から10年間(2000年末まで)、原子力発電所の建設を凍結することになった。
 なお、国民イニシアチブとは、10万人以上の署名を集めて国策を提案する手続で、国民投票によって賛否が問われる。また、イニシアチブは、「賛成」が投票総数の過半数を占めると同時に、23州(20州と6準州)のうち過半数以上の州が「賛成」した場合に成立する。
3.1.2 エネルギー政策
 国民投票の結果を受け、連邦政府は1991年に原子力モラトリアム期間中のエネルギー対策を定めた「エネルギー2000行動計画」を発表した。同計画の内容は次のとおりである。
・化石燃料消費と二酸化炭素排出を2000年までに1990年の水準に安定化
・電力消費の伸び率を抑制
・水力以外の再生可能エネルギーの開発促進(2000年までに発電電力量の0.5%)
・2000年までに水力発電電力量を5%引上げ
・2000年までに原子力発電プラントの出力を10%引き上げ
 因みに、この計画は政府のエネルギー分野での権限拡大で策定された最初のものであった。
3.2 モラトリアム失効直後の動向
3.2.1 原子力法の改正(原子力モラトリアム解除へ)
 スイス全州議会(上院)と国民議会(下院)は2003年3月21日、改正原子力法案を承認した。可決された原子力法は、原子力オプションの維持、使用済燃料の再処理の2006年以降10年間のモラトリアム、放射性廃棄物最終処分場の立地に対する州の拒否権の廃止などが盛り込まれている。また、1990年以来凍結されていた新規原子力発電所の建設は計画の是非を国民投票に委ねることとなり、原子力モラトリアムは解除された。
 再処理路線については、継続か凍結かで上下院の主張が分かれていたが、最終的には上院の主張どおり現行の契約が切れる2006年7月以降、10年間にわたって凍結されることになった。なお、原子力施設の立地に関する権限を州から連邦政府に移したのは、2002年9月に行われたニトバルデン州の住民投票で、同州のベレンベルクに低・中レベル放射性廃棄物(LLW・ILW)の研究所を建設する計画が再度否決されたことを受けたものである。
3.2.2 反原子力イニシアチブの国民投票による否決
 2003年5月18日に実施された国民投票の結果、新規原子力発電所の建設凍結(モラトリアム)や段階的な原子力発電所の閉鎖を求める2つの反原子力国民請願(イニシアチブ)はいずれも約6割の反対によって否決された。2つのイニシアチブは、市民団体である「モラトリアム・プラス(MP)」と「パワー・ウィズアウト・ニュークリア(PWN)」が1999年末に、10万人を超える署名を集めて国に提出したものである。MPは原子力発電所の新規建設をさらに10年間凍結した上で、運転中の5基の原子力発電所の出力増強を禁止し、運転期間を40年間に制限することを提案した。PWNは運転中の原子力発電所のうち、比較的古いベツナウ1、2号機(PWR、各38万kW)とミューレベルク(BWR、37.2万kW)の3基をイニシアチブ可決後2年以内に、残り2基を30年間の運転後に閉鎖するほか、再処理も禁止することを提案した。
 MPの提案に対しては反対が134万1,512票(58.4%)、賛成が95万5,593票(41.6%)で、バーゼル・シュタット、バーゼル・ラント両準州で賛成票が反対票を上回った。PWNの提案に対しては反対が154万164票(66.3%)、賛成が78万3,718票(33.7%)で、バーゼル・シュタット準州だけで賛成票が反対票を上回った。
3.3 モラトリアム失効後の政策
3.3. 1スイスの長期エネルギー政策の見直し
 スイスでは現在4サイトで5基の原子炉が稼働中(図4参照)で、総電力需要の約4割を賄っているが、これらの運転寿命を50〜60年程度と仮定すると、2020年〜2045年に順次原子力発電所の運転は停止する。このような事情に加え、2008年には原油価格の高騰など、2020年以降の深刻な電力不足が懸念され、政府は2007年2月、中長期的エネルギー供給の安定を目指し、エネルギー政策の方針転換を決定した。
 新エネルギー戦略は、エネルギー効率と再生可能エネルギー、大容量発電所の建設の3本柱となっている。2003年の原子力法改正で既に原子力オプションの堅持と原子力発電所の運転期間制限の撤廃、新規原子力発電所建設の凍結が解除されているため、2007年長期エネルギー見通しでは、ベース電源として既存原子力発電所のリプレースと、移行期間としてコンバインド・サイクル発電設備の建設の必要性が明記された。
 政府の動きに呼応して、スイス大手電力Alpiq社の子会社ニーダーラムト原子力発電会社(Niederamt)は2008年6月にゲスゲン隣接サイトに1基(110-160万kW級)の建設を、AXPO社およびBKW-FMBエネルギー社は2008年12月にベツナウ、ミューレベルクの立替として2基(160万kW級)の新規発電所建設の概要承認申請を連邦政府へ行った。今後、議会による審議調整を踏まえ、国民投票による同意を経て、許認可手続き、建設へと進み、2020年〜2023年ごろの運転開始を計画している。なお、スイスでは地球温暖化対策として、2020年までに1990年比で20%の温室効果ガスの削減を目標としているが、2007年3月の改正エネルギー法では、再生可能エネルギーの発電量を2030年までに2000年より54億kWh増加させ、そのうち20億kWhを水力発電で賄うこととしている。
(前回更新:2004年2月)
<図/表>
図1 スイスの一次エネルギー供給量
図1  スイスの一次エネルギー供給量
図2 スイスの電源別発電電力量の推移
図2  スイスの電源別発電電力量の推移
図3 スイスの電源別発電電力量の年間推移
図3  スイスの電源別発電電力量の年間推移
図4 スイスの原子力発電所
図4  スイスの原子力発電所

<関連タイトル>
スイスの原子力発電開発と開発体制 (14-05-09-02)
スイスの原子力安全規制体制 (14-05-09-03)
スイスの核燃料サイクル (14-05-09-04)
スイスの電気事業および原子力産業 (14-05-09-05)
スイスのPA動向 (14-05-09-06)
スイスの国民投票 (14-05-09-07)

<参考文献>
(1)(社)海外電力調査会:海外諸国の電気事業 第2編 2010(2010年3月)、p.65-75
(2)世界原子力協会(WNA):Nuclear Power in Switzerland、http://www.world-nuclear.org/info/inf86.html
(3)(社)日本原子力産業会議:原子力年鑑 2004年版(2003年11月)
(4)(社)日本原子力産業協会:原子力年鑑 2010年版(2009年11月)、p.242-246
(5) (社)日本原子力産業協会:世界の原子力発電開発の動向 2010年(2010年5月)
(6) 国際エネルギー機関(IEA:International Energy Agency)、Switzerland Statistics
(7)スイス連邦政府エネルギー局(BFE):Schweizerische Elektrizitatsstatistik 2009 (2010年6月)、

(8)Kernkraftwerk Gosgen:Kernkraftwerke der Schweiz - BFE Nr. 8651(2010年8月), http://www.kkg.ch/upload/cms/user/110_Kernkraftwerke_der_Schweiz.pdf
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