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<概要>
 米国では、1954年の原子力エネルギー法(The Atomic Energy Act)および1974年のエネルギー再編成法(The Energy Reorganization Act)に基づいて、放射線緊急事態のための準備に関する責任を原子力規制委員会(NRC)の許認可権限に求め、NRCに広範な法的権限を与えている。緊急時に対応する連邦機関は、その施設・事故の種別により定められているが、商用原子力発電所はNRCが担当している。米国での原子力防災(緊急時対応)対策は、事業者、州および地方政府、そして連邦政府諸機関の連携の下に実施される。公衆に対する緊急時対応はまず地方政府がその任にあたり、緊急時対応対策にかかわる意思決定は州政府が行う。米国では1979年3月に発生したスリーマイル島2号炉(TMI)における事故を契機に原子力施設の緊急時対応計画が全面的に見直され、その後幾つかの改訂を経て現在に至っている。一方、原子力施設におけるテロリストによる脅威またはテロ行為も、放射線緊急事態と想定され、2001年9月11日に発生した同時多発テロの結果として、国家緊急事態に対応する基本的な変更が行われた。
<更新年月>
2007年09月   

<本文>
 TMI事故後、NRCは規則改正により商用原子力発電所の緊急時計画および準備の大幅な変更を実施した。1980年には連邦規則である10CFR50の付則を改訂し、(1)緊急時計画の情報、(2)緊急時計画の内容、(3)緊急時計画の実施手順、および(4)緊急時対応データシステムを定め、10CFR50.47を追加した。これによって緊急時計画は敷地外まで拡張され、新規則にしたがって緊急時計画を改訂することが全原子力発電所に義務付けられた。緊急時計画は、許認可発給の条件の1つとなっており、事業者がサイト内で実施するオンサイト緊急時計画と、地元の州・地方政府が公衆の防護のためにサイト外で実施するオフサイト緊急時計画がある。NRCは、このオフサイト緊急時計画に対する連邦緊急事態管理庁(FEMA)の妥当性評価に基づき、オフサイト緊急時計画の整合性等を評価することになっている。事業者および州と地方政府の作成する緊急時計画の統一的な評価基準は、NRCとFEMAが共同作成したNUREG−0654(FEMA−REP−1)Rev.1(1980年11月付)「原子力発電所支援のための放射線緊急事態対応計画および準備の作成・評価基準」に示されている。これら緊急時計画の作成の流れを図1に示す。
 一方、原子力施設におけるテロリストによる脅威またはテロ行為も、放射線緊急事態と想定されるが、2001年9月11日に発生した同時多発テロの結果として、国家緊急事態に対応する基本的な変更が行われた。国土安全保障法(Homeland Security Act of 2002)」が2002年に成立し、テロ対策に関係する8省庁および22政府機関を統合した国土安全保障省(DHS)が設置された。この中には、それまで災害準備の統括を行っていたFEMAも含まれている。その後、DHSは2004年12月付で国家対応計画(NRP:National Response Plan)を作成した。NRPは、米国内での自然災害や原子力災害に加え、テロ攻撃への対処も含めた災害の防止、準備、対応、および復旧計画を1つの計画に統合したもので、初期国家対応計画(INRP)、連邦対応計画(FRP)、米国政府省庁間国内テロ対応計画(CONPLAN)および連邦放射線緊急事態対応計画(FRERP:Federal Radiological Emergency Response Plan)の対応計画等を再編した。NRPに示されている国家非常事態管理システム(NIMS:National Incident Management System)に基づく各組織(中央と現地)の連携に係る基本形を図2に示す。
 NRPに示されている原子力事故/放射線事故時の主管官庁(Coordinating Agency)を表1に示すが、これは、これまでFRERPで規定されていたものにテロ事案を追加した形に再編されている。事故時の対応機能とそれを主導する政府機関については、表2に示すようになっている。また、NRCとDHSの関係を図3に示す。
1.原子力防災対策に係る組織、体制
 米国での原子力防災対策は、事業者、州および地方政府、そして連邦政府諸機関の連携の下に実施される。これらの機関の関係を図4に示す。これら緊急時対応施設として、表3に示す施設が設営される。
 事故が発生すると、事業者からNRCの事故対策本部(ワシントンD.C.にある緊急時対応センター(EOC:Emergency Operations Center))へ通報が入り、同本部はNRCの地方事務所からの派遣チーム(サイトチーム)が現地へ到着するまでの間、州および地方政府に対して技術的な助言、指導を行う。サイトチームが現地へ到着後、サイトチームが指揮をとり、NRC本部はサイトチームを支援する(図5参照)。事業者は、発電所敷地(サイト)内に事故発生から約1時間後に技術支援センター(TSC:Technical Support Center)、運転支援センター(OSC:Operations Support Center)、そして数時間後にサイト外の緊急時運営施設(EOF:Emergency Operating Facility)において現地対策本部としての緊急時対応センターEOC(またはJFO:Joint Field Office)を立ち上げる。TSCは、中央制御室の運転員がプラント状態を正しく把握することを技術的な面から支援する。OSCは、機器、システムの制御(例えば弁の開閉)を制御室から行えなくなった場合に、要員が現場まで出向いて作業を行うことにより、運転操作を支援する。この作業は、TSCからの指導の下に行われる。現地対策本部としての緊急時対応センターEOC(またはJFO)は、オンサイトとオフサイトとのインターフェイスの役目を担う。すなわち、事業者の専門家、NRCの地方事務所から派遣された専門家チーム、FEMAや州、地方政府の関係者がEOFに集合し、事故の評価や緊急時対策に関する討議を行う。
2.緊急時対応に係る事業者、州および地方政府、NRC、連邦政府の役割
 緊急時対応に係る事業者、州および地方政府、NRC、そして連邦政府の役割は次のとおりである。
 事業者は、炉心の保護、および環境への放射性物質の放出抑制など事故の制御と影響の緩和を図る。また、緊急事態発生から15分以内に外部の関連当局に緊急事態発生の旨通知し、必要ならば公衆に対する避難等の防護対策に関する勧告を州および地方政府に行う。
 州および地方政府は、公衆を事故の影響から守るとともに、事故に関する情報を公衆に通知し、必要ならば防護対策を実施する。防護対策実施の意思決定は州政府が行う。
 NRCは事業者の緊急時対応をモニターするとともに、事業者から要請があれば技術支援を行う。また、連邦政府の緊急時対応の中で技術面での中心的役割を担う。NRCサイトチームが現場に到着し、機関の指導的役割を引き受ける旨を宣言すると直ちに、同チームには、連邦政府の対応を指揮する権限が付与される。
 連邦政府の緊急時対応に係る技術的支援の中で、プラントの状況評価などサイト内に係る部分はNRCがその任にあたり、環境モニタリングなどサイト外に係る部分はエネルギー省(DOE)によって設置される連邦放射線モニタリング・評価センター(FRMAC:Federal Radiological Monitoring and Assessment Center)、緊急時モニタリングの専門家チームである放射線学的支援プログラム(RAP:Radiological Assistance Program)、被ばく医療の支援を行うREAC/TS(Radiation Emergency Assistance Center/Training Site)および環境保護庁(EPA:Environmental Protective Agency)等の諸機関がその任にあたる。NRCサイトチームも、施設あるいは地方政府によって設置された共同情報センター(JIC:Join Information Center)に代表者を派遣する。このセンターでは、全メディアの問い合わせに対処する。
3.緊急時計画区域(EPZ)
 米国では緊急時対応計画が必要な区域として2種類の緊急時計画区域(EPZ:Emergency Planning Zone)が設定されている。緊急時計画区域とは、「事故の場合に公衆を保護するために迅速にして効果的な措置が講じられるために計画策定の必要な区域」とNRCにより定義されている。原子力発電所については、発電所の中心から半径約10マイル(16km)の「プルーム被ばく経路」といわれる一次区域では、主に避難と屋内退避を実施する。「食物摂取経路」といわれる二次区域は、発電所の中心から半径約50マイル(80km)の区域で、主に汚染食物を摂取することによる公衆の被ばくを低減させるため、家畜には貯蔵飼料を与え、食料および水を管理する防護措置が講じられる。なお、他方、実践的な考え方として、発電所の中心から周囲2マイル、風下5マイルの「即時避難」という区域がある。
4.緊急事態活動レベル(EALs)と防護対策実施の判断基準
 NRCの規則では、(1)異常事態(Unusual Event)、(2)アラート(Alert)、(3)サイト緊急事態(Site Area Emergency)、および(4)全面緊急事態(General Emergency)という4つの緊急事態区分が設定されており、施設の状態によって定められた緊急時活動レベル(EALs:Emergency Action Levels)に基づいて、各緊急時対区分が宣言される。EALsは、事業者、州および地方政府、そしてNRCの緊急時対応策のための基盤となる。この区分の概念を表4に示す。
 過酷な炉心損傷を伴う事故の防護措置を決めるための技術的根拠および指針は、「重大事故に伴う防護措置勧告基準(NUREG−0654,Supplement3,1996)」およびEPA 400−R−92−001に示されている。周辺住民に対する防護対策を実施するか否かの意思決定を行う上で、プラント状態および公衆の被ばく線量に関する情報は有用である。被ばく線量と防護対策指標値との関係を表5に示す。
5.訓練
 NRCおよびFEMAは、協力して定期的な原子力防災訓練の評価に当たっている。これは10CFR50附則E.F.2により、すべての稼働中の原子力発電所施設において、2年毎に実施するよう求められているからである。これらの完全参加型の防災訓練は、同じ緊急時計画のもとで、役割を有する事業者および州・地方の放射線緊急事態対応組織のすべてが集結して取り組むものである。NRCは事業者の行動を評価し、FEMAは州および地方機関による対応を評価する。場合によっては、連邦レベルの様々な対応機関が訓練に参加することもある。訓練の結果、NRCまたはFEMAによって指摘された弱点や欠陥については、適切な是正措置によって修正しなければならない。各州は、州内にある原子力発電所について、プルーム被ばく経路区域内の計画に関する2年毎の2日間に及ぶ初期対応を中心とした訓練以外に、6年毎の5日間に及ぶ事後対応(初期だけでなく緊急事態解除を伴う中期から後期対応)も含む食物摂取経路内の訓練に参加しなければならない。いずれの防災訓練にも、一般市民を関与させる必要はない。
 訓練シナリオは事業者が作成し(シミュレータを用いる)、NRCがそれを是認する。通常考えられるシナリオは、全面緊急事態(General Emergency)が発生し環境への放射性物質の放出があり公衆に対する防護対策を要するようなものである。
FEMAは、州政府や地方自治体に対して直接的な法的権限はなく、FEMAの訓練評価者は検査官とは見なされていないが、FEMAの訓練所見は、NRCの法的プロセスにおいて大きな重要性をもっている。FEMAはオフサイト機能における重大な欠陥が発見されれば、州政府およびNRCに対して訓練の直後に報告を出し、訓練後約90日以内に正式の訓練報告書を発表する。この報告書には、FEMAの訓練所見が述べられている。オフサイト緊急事態準備に欠陥の可能性がある場合、訓練より120日以内にその欠陥について是正措置を講ずるものとする。オフサイト組織が遅滞なく欠陥を是正することを怠ったときは、FEMAは「合理的な保証」という所見を撤回することがある。
(前回更新:2001年3月)
<図/表>
表1 NRPによる原子力/放射線緊急事態時の主管官庁
表1  NRPによる原子力/放射線緊急事態時の主管官庁
表2 NRPによる原子力/放射線緊急事態時のDHSと主管官庁の対応機能の概要
表2  NRPによる原子力/放射線緊急事態時のDHSと主管官庁の対応機能の概要
表3 緊急時対応施設
表3  緊急時対応施設
表4 米国における緊急事態活動レベル(EALs)の分類
表4  米国における緊急事態活動レベル(EALs)の分類
表5 米国の防護対策指標
表5  米国の防護対策指標
図1 米国における緊急時計画の作成
図1  米国における緊急時計画の作成
図2 NRPによるNIMSに基づく各組織(中央と現地)の連携:基本形
図2  NRPによるNIMSに基づく各組織(中央と現地)の連携:基本形
図3 NRCとDHSの関係
図3  NRCとDHSの関係
図4 米国における原子力防災に係る事業者、州および地方政府そして連邦諸機関の関係
図4  米国における原子力防災に係る事業者、州および地方政府そして連邦諸機関の関係
図5 NRCの体制(緊急時体制完了期:サイトチームの派遣がある場合)
図5  NRCの体制(緊急時体制完了期:サイトチームの派遣がある場合)

<関連タイトル>
米国における防災のための計算機システム (10-06-03-01)
原子力防災対策が発動された過去の事例 (10-06-01-03)
アメリカの原子力安全規制体制 (14-04-01-04)

<参考文献>
(1)NUREG−1650,Rev.1 The United States of America Third National Report for the Convention on Nuclear Safety September 2004,U.S.NRC
(2)National Response Plan(NRP),December 2004,DHS,”Nuclear/Radiological Incident Annex”
(3)NUREG−0728,Rev.4 The NRC Incident Response Plan April 2005,U.S.NRC
(4)NUREG−0654/FEMA−REP−1,Rev1,Criteria for Preparation and Evaluation of Radiological Emergency Response Plans and Preparedness in Support of Nuclear Power Plants(November 1980)
(5)NUREG−0654/ FEMA−REP−1,Rev1,Suppl.3(1996)
(6)NRC Regulatory Issue Summary 2005−08,Endorsement of Nuclear Energy Institute(NEI)Guidance“Range of Protective Action for Nuclear Power Plant Incidents”
(7)South Texas Project Electric Generating Station Emergency Plan,Revision 19(2000)
(8)日本原子力研究所:原子力災害への対応に関する動向等の調査(内閣府受託報告書)(平成17年3月)
(9)日本原子力研究開発機構:米国等における防災体制の調査・分析(内閣府受託報告書)(平成18年3月)
(10)原子力安全委員会:原子力施設等の防災対策について(平成19年5月一部改訂)
(11)宮澤直裕:米国における原子力防災計画−NRCを中心とした緊急時対応体制について−、海外電力、第42巻、No.3、通巻416号、27−32(2000年3月1日)
(12)原子力安全委員会事務局:諸外国における緊急時活動レベル(EAL)及び運用上の介入レベル(OIL)に係る状況について、防専第15−3−1号(平成19年4月24日)
(13)米国国土安全保障省(DHS):National Response Plan(NRP)(December 2004)、p.19、37/114
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