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原子力は多様な可能性を持った技術であり、研究開発がスタートして以来、その可能性の実現に向けて多大な努力が払われてきた。今日、
原子力発電によって世界全体の電力の約6分の1が供給されており、運転経験も、閉鎖分を含めると9,000炉・年を超えるまでになった。原子力は中核的な電源としての地位を確保するようになっている。
しかし、
軽水炉を柱とした原子力発電は様々な社会的困難に直面している。世界的にみて新規の
原子力発電所の
着工は停滞を余儀なくされており、このままでは、早ければ2010年頃を境に原子力発電設備容量が減少に転じるとの予測さえある。原子力の活用は不可欠の選択肢の一つと見られるにもかかわらず、原子力発電の新たなる飛躍への展望を持てない状況にある。そうした現実を反映する一つの指標、研究開発投資の縮小が一層鮮明になってきている。先進国政府の原子力予算にも、そのことが端的に表れている。今回調査では、こうした視点から、調査を実施している。また、電力事業の動向が原子力産業の消長そのものである実態にかんがみ、
電力自由化が原子力産業に及ぼす影響は大きい。今回の調査では、電力自由化の受け止め方についても調査している。
1.一般概況
1999年度の目本経済は景気回復局面に入り、実質経済成長率(実質
GDP)は前年度のマイナス成長から転じて、0.5%のプラス成長となった(経済企画庁「経済白書(平成12年版)」)。通商産業省(現、経済産業省)資源エネルギー庁の1999年度エネルギー需給実績(速報)によれば、1999年度の最終エネルギ一消費は、景気の回復等により前年度に比べ2.5%増の15,568PJ(ペタ・ジュール、ペタ:10
15)となり、前年度から一転して増加し、過去最高を記録した。部門別では、産業部門が景気回復により前年度比3.5%増となり、エネルギー消費全体の49%を占めた。民生部門では、家庭部門で石油製品、都市ガス、電力の消費が増加し、同2.2%増となったほか、業務部門でも0.8%の増加となり、全体では1.5%増となった。また、運輸部門でも、自動車保有台数や輸送量の増加により、1.5%増えた。
一次エネルギー供給は、景気回復によるエネルギー消費の伸びを受けて、1999年度は対前年度比0.7%増の22,967PJとなった。エネルギー源別では、石炭・天然ガスがそれぞれ対前年度比6.8%、4.1%の顕著な伸びを示した一方、前年度に4.1%増えた原子力は、原子力発電所のトラブルによる停止や定期検査期間の延長等により
設備利用率が低下したことが影響して、4.7%減の2,986PJとなり、全体に占める割合も0.7ポイント下がって13.0%となった。
結果として1999年度は、日本のエネルギー起源の二酸化炭素排出量が前年度に比べて3.3%増加し、312.6炭素換算百万トンとなった。1999年度末における商業用原子力発電の状況は前年度末同様、運転中(新型転換炉原型炉「
ふげん」を除く)51基、4,492万kWであり、総発電設備容量(電気事業用)に占める原子力発電の割合(シェア)も前年度とほぼ同じ20.1%であった。一方、原子力発電所の設備利用率はトラブルによる停止や定期検査期間の延長等により前年度より4ポイント低い80.1%となったが、5年連続で80%台を維持した。その結果、原子力発電電力量は対前年度比4.7%減の3,159億kWhとなり、総発電電力量に占める原子力シェアも2.1ポイント低い34.3%になった(
表1 参照)。
2.電気事業の支出動向
2.1 原子力関係支出高
1999年度の電気事業の原子力関係支出高は前年度に比べて1,895億円、率にして11%増の1兆8,858億円となり、2年ぶりの増加となった(
表2 参照)。費目別では、1994年度以降減少が続いていた建設費が対前年度61%の大幅な増加となり、また、全支出の約74%を占める核燃料費と運転維持費が前年度に続き微増したが(
表3 参照)、試験研究開発費はわずかに減少した(
図1 参照)。なお、電気事業の原子力関係設備減価償却費ならびに核燃料減損額はともに前年度に引き続き減少した。
2.2 原子力関係建設費
建設費は年度によってバラツキはあるものの、1983年度に記録した8,395億円をピークに概ね減少傾向で推移してきたが、今回調査では対前年度比61%増の4,258億円となり(
表4 参照)、5年ぶりに増加となった(
図1参照)。1990年代は、それ以前に着工された原子力発電所が次々に完成する一方、1998年度までに新規に着工した原子力発電所は柏崎刈羽6、7号機、女川3号機の3基にとどまったため、建設中の原子力発電所の基数が年々減少した。これが1998年度までの電気事業の建設費支出の減少に結びついていた。しかし、1998年度には、東通1号機と浜岡5号機が、1999年度には志賀2号機が相次いで着工され、再び建設中のプラント基数が増加に転じたことが、1999年度の建設費に現れているものと考えられる。
これまで運転中の発電炉プラントの増加に伴い、顕著な伸びを続けてきた運転維持費は、1999年度も対前年度比2%増の9,118億円となったが、建設費が大幅な伸びを記録したため、全支出に占める割合は48%となり、6年ぶりに50%台を下回った(
表4参照)。また、運転維持費同様運転基数にあわせて増加を続けている核燃料費は、1999年度は対前年度比4%増の4,852億円、全支出の26%を占めた(
表4参照)。核燃料費のうち、原料の輸入等に充当された外貨支払高は1,081億円で、核燃料費全体の22%を占めた。
原子力発電所の運転に係わる経費である核燃料費と運転維持費を発電電力量当たりでみると、1999年度は、核燃料費が1.54円/kWh、運転維持費が2.89円/kWhで、いずれも前年度より上昇した(
表3参照)。また、設備容量でみると、核燃料費が1万802円/kW、運転維持費が2万300円/kWで、同じく前年度より上昇した。運転維持費はここ10年間、発電電力量当たりでも設備容量当たりでも、年度ごとのバラツキはあるものの、高い設備利用率や運転保守技術の向上などによる抑制効果に支えられて減少傾向を示してきた。しかし1999年度は発電電力量が5%減少し、設備利用率も前年度を4ポイントあまり下回る80%となったことから(
表1参照)、コスト上昇につながった。
2.3 原子力関係支出見込み
1999年度現在の電気事業の支出見込みは、総支出高は1年後(2000年度)が1999年度(実績)比0.91倍の1兆7,088億円、2年後(2001年度)が同0.91倍の1兆7,140億円、そして5年後(2004年度)が0.98倍の1兆8,454億円となっており、いずれも1999年度を下回ると想定されている(
表4参照)。内訳では、建設費が5年後(2004年)に1.09倍の4,660億円となる一方、運転維持費は0.79倍の7,197億円、核燃料費は0.95倍の4,615億円に減少する見込みとなっている。試験研究開発費のほか、立地地点調査費などが含まれる準備費は、特に大きい伸びが見込まれており、1年後1.38倍、2年後1.73倍となり、5年後には3.84倍の1,983億円となっているが、これは主に新規発電炉プラント建設計画にともなう立地地点調査費が、大きく増えることによるものと考えられる。1999年度時点での支出見込みは、いずれも前年度調査時点での見込みより低い値となっており、電気事業各社が支出を抑制する方向で調整を進めている実態が伺える。
1998年に策定された現行の長期エネルギー需給見通しの原子力発電開発計画では、2010年までに16〜20基の原子力発電所の増設という目標が示されている。しかし、電気事業11社が1999年度末に公表した2000年度原子力開発計画の中では、(1)2000年度中に8基、1,087万kWを電源開発調整審議会(現総合資源エネルギー調査会電源開発分科会)へ上程する、(2)2000〜2009年度の10年間に10基、1,262.9万kWを運転開始する(2014年度までに20基、2,541.8万kWを運転開始)となっており、長期エネルギ一需給見通しの目標を下回っている。これは長引く景気低迷の影響から今後の電力需要の伸びが鈍化するとの予測や、電力市場の部分自由化のスタートから、電気事業各社が投資の抑制に動いていることを示している。
3.鉱工業の原子力関係売上動向
3.1 3年ぶりの増加
1999年度の鉱工業の原子力関係売上高(合計)は、対前年度比17%の大幅な減少を記録した1998年度の1兆5,020億円から12%増の1兆6,792億円となり、3年ぶりに増加に転じた(
表5 および
図2 参照)。近年、低調が続いていた新規原子力発電所の建設が、ようやく軌道に乗ってきたことを反映していると考えられる。一方で、電気事業の原子力発電開発計画をみても、今後は過去のような大量の発注は見込めないため、鉱工業の売上が今後増加基調に転じるかどうかは不透明である。鉱工業間の中間取引的な売上(鉱工業向け売上のうち、核燃料サイクル機器以外の部分)を除いた、エンドユーザーである電気事業者や政府など最終需要者への売上高(最終需要相当額)は1兆5,374億円となり、対前年度(1兆3,767億円)比12%の増加となった。
3.2 売上高の66%が電気事業向け
1999年度の売上高を納入先別にみると、最も売上が大きいのは電気事業向けで、対前年度比12%増の1兆1,041億円、全売上高に占めるシェアは66%であった(
表5参照)。鉱工業の売上における電気事業への納入比率は、総売上高の減少にあわせて1993年度の79%を最高に5年連続でシェアが低下し1998年度には65%となったが、1999年度はこれを僅かに上回った。電気事業向け売上の内訳をみると、1999年度は、最も大きなウェイトを占める原子炉機器・関係設備が対前年度比5%増の3,199億円となったのをはじめ、発変電機器が同55%増の745億円、建設・土木が同44%増の904億円、機器据付けが83%増の621億円となり、のきなみ増加に転じた。原子力発電所の機材・建設に関連する項目の売上は発電所建設の減少を受けるかたちで、前年度まで大幅に減少を続けてきていた。
4.研究開発動向
4.1 民間企業の原子力関係研究支出
1999年度の鉱工業の原子力関係総研究支出高(海外技術導入費を除く)は395億円で、対前年度(502億円)比21%減となり、過去10年間で最低を記録した前年度実績をさらに下回る結果となった。また、電気事業の試験研究開発費は359億円となり、前年度(362億円)に比べて微減にとどまったものの、1995年度から続いている減少傾向に歯止めはかからなかつた(
表6 および
図3 参照)。一方、1999年度の民間企業の研究者数は前年度比7%減の1,830名。内訳は鉱工業1,718名(前年度比7%減)、電気事業112名(前年度比17%減)であった。この結果、民間企業の研究者数は、1990年度の3,100名が、この10年間で約41%も減少したことになる(
表7 参照)。
5.アンケート調査:電力自由化と原子力産業(
図4 参照)
世界的な電力市場自由化の流れの中で、わが国でも2000年3月から部分自由化がスタートした。2000年度の電力各社の事業計画では、設備投資の抑制等の動きが鮮明になっている。また、コスト削減を目的とした海外調達の動きも拡大していくとみられている。こうした状況を踏まえ、今回調査では、電力自由化が原子力産業に及ぼすと思われる影響についてアンケート調査を行ったところ、売上実績を有する企業282社中、約250社から回答が得られた。調査結果については、自由化によって各企業の原子力部門がどうなっていくのかまだ予想し難いといった結論の段階にあると見られるため、あえて評価を加えずに結果をまとめた。
5.1 市場規模
電力市場の自由化が各社にとって好ましいか聞いたところ、短期的(1〜5年)、長期的(5年〜)とも、「好ましくない」が「好ましい」を上回ったものの、半数近く(短期44%、長期48%)の企業が「どちらとも言えない」と回答、まだ様子眺めの状況にあることが分かった。これを業種別にみると、建設業が自由化に対して厳しい見方をしていることが明らかになった。具体的には、短期的にみて「好ましい」と答えた企業が8社だったのに対し、「好ましくない」はこれを大きく上回る32社となった。また建設業では、長期的にも「好ましくない」(26社)が「好ましい」(12社)を上回った。原子力産業の市場規模に対する見通しについては、「拡大する」とした企業が、この設問に回答した企業全体の4%にすぎないわずか11社しかなかったのに対し、「縮小する」と回答した企業は全体の40%に相当する100社に達し、市場自由化に対して厳しい見方をしている現状が浮き彫りになった。
5.2 売上
自由化が各社の原子力関係売上に与える影響について聞いたところ、「売上減少に結びつく可能性がある」とした回答が全体の50%に相当する125社あった。
<図/表>
<関連タイトル>
平成10年度電力供給計画 (01-09-05-14)
平成11年度電力供給計画 (01-09-05-15)
原子力産業実態調査報告(平成8年度) (10-05-03-01)
原子力産業実態調査報告(平成10年度) (10-05-03-03)
<参考文献>
(1) 日本原子力産業会議(編集発行):平成11年度 原子力産業実態調査報告−研究開発の縮小、鮮明に−(第41回調査)原子力調査時報第69号(2001年1月)