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<概要>
 原子力平和利用は何をなしうるかについては、次のとおりである。
(1)豊かで潤いのある生活の実現;太陽光、風力などの新エネルギーは原子力などと共生することが期待されるので、長期観点から研究開発を進めていくことが重要である。(2)地球環境と調和した人類社会の持続的発展;原子力は、二酸化炭素、窒素酸化物等を発電の過程において排出せず、地球温暖化の防止などに有効であり、人類社会が地球環境と調和しながら、持続的な発展を遂げていくための有力な手段として期待される。(3)21世紀地球社会の条件整備への寄与;地球的視野でエネルギー源の選択肢をできるだけ多様化していくことは重要であり、原子力はその重要な柱である。また、原子力研究開発の推進は、原子力分野にとどまらず新たな知識や革新的技術を創出し、21世紀社会の基盤となる知的資産の形成に貢献していくことにつながる。本稿は原文を掲載する。
<更新年月>
1998年05月   (本データは原則として更新対象外とします。)

<本文>
第1章 21世紀の地球社会と原子力の果たす役割
2.原子力平和利用の役割
 前節では、現状から予測される21世紀の地球社会が直面する諸問題とそれらに対処していくための方向について言及しました。その上に立って、本節では、より望ましい21世紀を創造するために、グローバルな意味で原子力平和利用が果たし得る役割について考えます。もとより、原子力は地球社会全体を考える上での多様な要素の一つに過ぎませんが、これからの原子力を考えるに当たっては、原子力分野の出来事や状況を勘案するだけでは不十分であり、前節に述べたような状況を念頭に置きながら、大きく人類社会の発展とのかかわりという観点からも原子力を捉えてみることが重要です。実際、21世紀を見通す上でエネルギー問題の展開は極めて重要な要因であり、とりわけ原子力は、前節で述べたような諸問題に対処していく上で大いに貢献できる可能性を持つものですから、その進展の如何は21世紀の地球社会に大きな影響を与えるものと考えられます。

(1) 豊かで潤いのある生活の実現
 人は皆、豊かで潤いのある生活を望み、その実現を追求する権利を持っています。そのような暮らしは、必ずしもエネルギーを大量に消費することによって実現するわけではありませんが、エネルギーは経済社会や日常生活を支える基盤ですから、一定量のエネルギーは安定的に供給していくことが必要であり、既に見てきたようにその量は地球規模で今後一層拡大していきます。
 現在、世界のエネルギー消費の9割以上を化石エネルギーに依存していますが、資源制約や環境制約などを考慮すれば、非化石エネルギーが今後一層大きな役割を果たしていくことが望まれます。
 太陽光、風力などの新エネルギーの開発に寄せられる期待は大きく、分散型エネルギーとして原子力などと共生することが期待されますから、将来のエネルギー供給に一定の役割を果たせるよう長期的観点からこれらの研究開発を進めていくことが重要です。しかし、新エネルギーは、エネルギー密度が低い、あるいは自然条件に左右されやすい、といった性質を内包しており、現在のところ、経済面、技術面等において解決すべき課題が多く残されています。このため、世界的に見た場合にはエネルギー供給源として実質的な役割を果たすには至っておらず、また近い将来において現実的な大規模なエネルギー源としての役割をこれらに期待することは困難です。
 このような中で、原子力は技術面、経済面等の基本課題を克服し、すでに現実の安定したエネルギー源としての地位を占めており、将来的にも大規模なエネルギー供給源として一層大きな役割を果たしていくことが期待できます。
また、エネルギー利用と並ぶ原子力の重要な柱と言うべき放射線利用も生活に密着した多様な可能性があります。医療、農業、工業、生命科学、基礎研究などのほか、環境保全の分野においても研究開発、実用化が着実に進められています。
 原子力は、人間らしい生活基盤の維持・形成を保障するために不可欠なエネルギーという観点や放射線利用の観点から、既に生活に密着したものとなっていますが、豊かで潤いのある生活の実現のため、今後、その役割はさらに増大することが期待されます。

(2) 地球環境と調和した人類社会の持続的発展
 現在のエネルギー供給の約9割が化石エネルギーであり、また人口やエネルギー消費が今後とも増加していくことは、既に見たとおりですが、需要に応じて安易に化石エネルギー資源を消費していくと、来世紀には資源制約が顕在化する可能性があります。原子力の導入は、この資源制約を緩和していくための一つの有効な方法です。とりわけ、核燃料リサイクルは、有限なウラン資源を飛躍的に有効利用でき、長期的には人類社会にとって重要な役割を担うことが期待できます。また、エネルギー資源には各々特徴がありますから、特徴を活かして使うことが大切であり、原子力で代替可能な用途には原子力を使い、貴重な化石エネルギー資源をより適切な用途に充当していくという考え方が大切です。
 石油を始めとする化石エネルギー資源は、入手しやすく、技術的にも使い勝手の良い資源ですが、人間活動に起因する二酸化炭素排出量の約8割は化石エネルギーの消費に伴うものと考えられ、また酸性雨の原因物質である硫黄酸化物、窒素酸化物の発生も化石エネルギーの消費によるところが大きいことなど地球環境への影響という観点からは大きな課題を抱えています。
 一方、原子力は、二酸化炭素、窒素酸化物等を発電の過程において排出せず、また、施設の建設や燃料生産過程等を含めても、他の発電方式に比べて圧倒的に二酸化炭素等の排出が少ない(我が国を例にとると二酸化炭素の排出量は石炭火力を100とした場合、石油火力の74、天然ガス火力の66に対し原子力は2という試算があります)という長所があり、原子力の導入は地球温暖化の防止などに有効です。
 また、ウランやプルトニウムは単位重量当たり石油の約200万倍ものエネルギーを持っていますが、このことは、原子力エネルギー、すなわち原子核の反応により発生するエネルギーが、化学反応によりエネルギーを発生する化石エネルギーに比べ、エネルギー源としての潜在的性能において本質的に優れていることを示しているのみならず、原子力によりエネルギーを取り出す際に発生する廃棄物の量が、他のエネルギー源で同じエネルギー量を取り出す場合に比べて圧倒的に少なくなるということにつながっています。我が国を例にとると原子力施設から発生する放射性廃棄物は国民一人当たり年間約85g(うち、高レベル放射性廃棄物は約3g)です。高レベル放射性廃棄物の処分については、環境への影響を懸念する向きもありますが、安全は十分に確保されることについて技術的な見通しが得られつつあります。
 このように、原子力は人類社会が地球環境と調和しながら、今後とも持続的な発展を遂げていくための有力な手段となることが期待されます。

(3) 21世紀地球社会の条件整備への寄与
 21世紀の国際社会が安定化するための条件の一つは、経済社会を支える基盤となっているエネルギー資源が各国に行き渡ることです。資源の確保をめぐる国際紛争や国際的な摩擦、緊張がこれまでに幾度も生じたことは歴史が示すところです。経済力を背景に資源を購入するということは、自由な市場経済の下では正当な行為ではありますが、石油を始めとする便利で使い勝手の良い化石エネルギー資源を経済力を持つ国が独占し、開発途上国にそれらが行き渡らなくなるということは、国際社会の安定化を妨げる大きな要因になります。これを避けるためには、地球的視野でエネルギー源の選択肢をできるだけ多様化していくことが重要であり、原子力はその重要かつ現実的な柱です。また、原子力は準国産エネルギーとしての性格を持っているため、その導入国にとっては単なる選択肢の多様化以上にエネルギーセキュリティ上意味があります。原子力発電を導入するには一定の技術水準が不可欠であり、開発途上国の多くが直ちにこれを導入することは困難ですが、先進国が積極的に原子力を導入することによって化石エネルギー資源の需給が緩和されれば、開発途上国も必要な量の化石エネルギー資源が安価に入手できるようになります。また、原子力は現在は主として先進国のエネルギー源ですが、長期的にはより広く世界にとって重要なエネルギー源になる可能性があり、エネルギー資源をめぐる国際社会の安定化にも貢献するものと期待されます。
 地球環境問題は、将来の人類にとって重大な脅威となる可能性があるのみならず、これへの対応如何によっては先進国と開発途上国との対立を招く恐れもあります。このような中、先進国が原子力発電の導入により二酸化炭素等の排出を削減していくことは、開発途上国との関係においても望ましい対応策の一つであり、原子力は地球環境という観点からも国際社会の安定化に貢献します。
 このように、原子力は、先進国と開発途上国とが競合するエネルギーではなく、その導入の恩恵が導入国のみならず他の国々に及ぶエネルギーという特質を持っていますから、エネルギー資源問題、地球環境問題の解決に貢献しながら、国際社会の安定化に貢献できるエネルギーです。
 また、原子力技術は広範な科学領域に立脚し、各種の先端技術や極限技術などを総合する巨大なシステム技術としての特質を持ち、幅広くかつ高度な技術や知識を集大成するものと言うことができます。このため、原子力技術の向上を目指した研究開発を推進することは、原子力技術を構成する広範な科学技術の水準の向上に貢献し、原子力分野のみならず広範な科学技術分野において新たな知識や革新的技術を創出し、21世紀社会の基盤となる知的資産の形成に貢献していくことにつながります。
 冷戦終了後の国際社会が軍事重視から民生重視に移行するとすれば、原子力もまた、その民生利用(平和利用)の面で大きな役割を担っていくことが予想されます。現在、「冷戦の遺物としての核兵器」の解体に伴い発生する核物質の取扱いが国際的な重要課題となっていますが、この核物質が再び軍事目的に使われないようにすることが基本であり、その解決策としてこれらの核物質を原子力発電の燃料に使用するという考えもあります。これが実現することになれば原子力軍事利用の後始末に原子力平和利用技術が貢献するというこの時代の流れを象徴するかのような現象を見ることになります。原子力の歴史を顧みれば、冷戦構造下において、不幸なことに原子力は核兵器による抑止力として国際社会の秩序を維持するという側面を持っていましたが、21世紀には原子力は軍事のくびきを離れ、本来期待されるべき人類の福祉への貢献という平和利用分野で国際社会の安定、発展を支えていくことが切に望まれます。
<関連タイトル>
直面する諸問題と21世紀地球社会への期待[その1](平成6年原子力委員会) (10-01-02-01)
直面する諸問題と21世紀地球社会への期待[その2](平成6年原子力委員会) (10-01-02-02)

<参考文献>
(1)原子力委員会(編):21世紀の扉を拓く原子力 −原子力の研究、開発及び利用に関する長期計画− 大蔵省印刷局(平成6年8月30日)
(2)原子力委員会(編):原子力白書 平成6年版 大蔵省印刷局(平成7年2月1日)
(3)日本原子力産業会議:原子力産業新聞 第1750号(1994年7月14日)
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